軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

45話

「次から次へと羽虫のように湧き出しおって……」

と、そこで大男のセリフが止まる。代わりに視線がハロルドへ――正確にはハロルドの服装に注がれていた。

深紅の軍服は間違いなくサリアン帝国軍のものだ。

「貴様、サリアン兵か?なぜ我の邪魔をする」

「はっ、このシチュエーションで本当に俺が仲間だと思っているなら笑い種だな。図体の割りに脳みそは小さいと見える」

ハロルドの先制“口撃”が炸裂する。いつでも、どんな時でも変わらないその在りようが、今は頼もしく映った。

鼻で笑われた男のこめかみがヒクつく。

そこで一瞬生まれた隙を逃さず、ハロルドは鍔迫り合いの体勢から男を押し返し、甲冑の上から土手っ腹に強烈な蹴りを打ち込んだ。

ダメージはほとんどなさそうではあったが、まさか蹴りが飛んでくるとは予想していなかっただろう男はよろめきながら後退する。

「アイツらは死んだのか?」

ハロルドはそんな相手から目を逸らさないままユノにそう尋ねてきた。アイツら、というのは倒れている者達のことだろう。

「生死は分かりません。ですが重傷者もおりますので……」

一刻を争う危険な状況。しかも四方を敵兵に囲まれており、自分達の生存はほとんど絶望的である。

それを理解しているのかいないのか、ハロルドの反応は端的だった。

「そうか」

たったの3文字。

しかしそこに込められていたのは静かな、けれども明確な怒りの感情。

ハロルドは手持ちの回復アイテムをユノの前に放り投げる。傷を癒すためのもの、魔力を回復させるためのもの、どちらも揃っていた。

「貴様は 治癒魔法(ヒーリング) が扱えたな?それを全て使い切ってでも片っ端から治癒しろ。死んでいる奴は叩き起こしてから治せ」

「無茶を仰いますね~」

いつもの軽い口調で応えながらハロルドの全身を観察する。

所々に裂傷を負い、深紅の軍服が一部黒ずんで変色している箇所もあった。血が滲んでいるからだ。

決して軽くない負傷。それでも回復アイテムを自分に使うつもりはなさそうだった。

まだ動ける、という無言の主張。仲間を助けろ、という寡黙な優しさ。

「許可なく死ぬことは許さないと言ったはずだ。俺は許可を出した覚えなどない」

厳しい上司がいたものである。ハロルドが満足するレベルの仕事をこなせる人材などそうはいないだろう。なにせ他人に厳しく、自分にはもっと厳しいスパルタの権化だ。

危機的な状況にも関わらず、ユノの口から苦笑が漏れる。

「体たらくを晒している邪魔な奴らを直ちに目覚めさせて下がれ。いつまでも足元に転がっているようなら踏み砕くからな」

「ではすぐにでも……と言いたいところですが、撤退は極めて難しいかと」

敵将が率いている兵士の数は軽く見ても30は下らない。多数の怪我人を抱えてこの包囲網を突破するのは現実的ではないだろう。

そう結論付けたユノの判断は間違いではない。

しかしそれは 規格外(ハロルド) の存在を抜きにした場合の話である。

「貴様らにそこまでの働きは期待していない。あの目障りな雑兵は俺が一掃する」

事も無げに言い放つハロルド。

彼は三十人を超える敵兵を一人で受け持つと言ったのだ。ユノだけではなく、この場の全員が己の耳を疑った。

「調子に乗るなよ小童が!やれるものならやってみるがいい!」

大言壮語としか思えない発言に男は激昂する。マスクで顔を隠しているとはいえその声や体格からハロルドが少年と呼べる年齢なのは察しがついていた。

自分が率いる部下が一人の子どもに負けるわけがない。

それは正当な主張で、当然の油断で、然るべき自惚れである。

しかし同時に致命的な傲りとなった。

「ああ、そうさせてもらう」

その言葉を最後にユノの視界からハロルドの姿が消えた。直後、鈍い金属音が連続して森の中に木霊する。

音がした方へ振り向けばすでに数人の兵士が倒れていた。

しかしそこにハロルドの姿はなく、今度は別の方向から金属音と短い悲鳴が上がるのみ。

ここ数ヵ月の内にまた一段と速くなっている。

木々が生い茂り視界が悪いというのもあるが、それを加味してもユノの目では追いきれなかった。

ユノ達を取り囲んでいた兵士がみるみる地に伏していく。

驚嘆してその光景を眺めていたユノはそこでハッと我に返る。

折角ハロルドがその身を挺して時間を稼いでくれているのだ。自分は自分の役目を果たさなければならない。

剣で切られ血を流す者、炎に焼かれ皮膚が爛れている者。痛々しい姿の仲間達をユノは必死に治療していく。

回復魔法が使えない他の二人もエーテルを飲ませたり応急処置を施しながら、なんとか動けるまで回復させようとしている。

圧倒的に有利だったはずの戦況が傾き始め、苛立った敵将がさらに声を荒げて怒鳴り始めた。

「小童一人に何を手こずっている!さっさと殺せ!」

「う、動きが速すぎます!捉えられまがはぁっ!」

兵士の一人がセリフの途中で打倒された。脇腹の辺りの甲冑が粉々に砕かれ、失神してピクピクと痙攣している。

鍛え上げれば剣でもああまで見事に甲冑を破壊できるらしい。切られてこそいないが、人体内部へのダメージは相当大きいだろう。

残す敵兵があっという間に十人を切る。絶望的だったはずの状況がわずか1分足らずで覆りつつあった。

味方からすれば闇祓う英雄。敵からすれば死神か悪魔だろう。

戦況が大きく傾き、痺れを切らしたのか敵将が動いた。

「灰にしてやる!『フレイムバースト』ッ!」

吹き荒れる炎の突風。その射線上にはハロルドと、男の味方であるはずの兵士。

誰かが“えっ”という声を漏らしたような気がした。

それが真実かは定かではない。声を発したかもしれない敵兵は、全員炎の突風に飲み込まれた。恐らく生きてはいないだろう。

敵の将は自軍の仲間を巻き込みながらハロルドへと攻撃した。

「……貴様、どういうつもりだ?」

そんな奇襲とも言えるフレイムバーストを回避していたハロルドは男から離れた位置に着地するとそう問いかけた。

その声を耳にしてユノの背筋が冷える。まるで背骨が氷と化してしまったような錯覚。

激情からはほど遠い、低く、落ち着きさえ感じる重い声色。ユノにはそれが嵐の前の静けさを湛えているようにしか聞こえなかった。

「無能な手駒はどう打っても悪手にしかならんのだよ。だから貴様諸共葬ってやろうとしただけだ。囮にすらなれなかった者共を殺すことが何か問題かね?」

「いや、合理的だ。無能を切り捨てるという判断は実に正しい。愚図ほど扱いに困るものもないからな」

男の非人道的な手腕をハロルドは称賛する。それを意外に思ったのは他ならぬ敵将本人だ。

しかしそんな言葉とは裏腹に、ハロルドの目は頭一つ以上大きな相手を見下していた。

「それを糾弾するつもりはない。貴様ごときの器ではその辺りが限界だろう。自らの低能さを恨め」

瀕死の仲間を助けるために身命を賭して戦うハロルド。

一人の敵を倒すために仲間を殺した将。

上に立つ者として、その差は歴然だった。

どこまでも不遜で、自分をこき下ろし、格下にしか見ないハロルドに、男の我慢は限界を越える。

「どうしても死にたいようだな!帝国軍少将、『魔導師』リッツェルトの名に賭けて望み通り貴様を嬲り殺しにしてやろう!」

「はっ、その図体で魔導師とは似合わないな。無駄に備えた筋肉はただの飾りなのか?大剣を振り回している方がまだそれらしい。まあどちらにしろ貴様に頭を使った戦い方などできないだろうが」

しかしそんな男――リッツェルトの憤怒などどこ吹く風。ハロルドは臆することもなく辛辣な言葉を浴びせ続ける。

張り詰める緊張感。しばしの沈黙の末、その空気が交戦開始をもって破裂した。

リッツェルトは少将と名乗った。魔法の扱いに長け、階級相応の実力者であることは間違いない。

果たして満身創痍のハロルドが勝てる相手なのか。そんな不安がユノの胸中をかすめる。

もしこの戦いが招く結末を知っていたとしたらユノは無理にでもハロルドを止めただろう。

だがそれは叶わない。

ユノはもう、ハロルドを襲う残酷な運命の連鎖をただ見ていることしかできないのだから。