軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

40話

準備万端とは言い難いが、いくら不満を募らせたところで時間が待ってくれることはない。結局タスクに協力を要請する以外に効果が期待できそうな対策は思い浮かばなかった。

今回の遠征が罠であると触れ回ろうにも、確固たる証拠がない限りたとえ話の内容が真実であっても信じてもらえるわけがない。他にできることがあるとすればコーディー達に注意喚起を促す程度である。

それも大して意味を成していないが。

大小の岩がごろごろ転がっている岩石地帯を荷物を積んだ馬の手綱を引きながらゆっくりとした速度で進んでいく。気分的に重たい足取りが悪路でさらに重くなっている気がした。

「もっと肩の力を抜けってハロルド。顔がいつもの5倍は強張ってるぞ」

どちらかというとげんなりしているハロルドに、並んで歩いていたシドが茶化すように言葉を投げかけてきた。

コーディー隊の面々には遠征初日から毎日のように似たようなことを言われている。恐らく初めての任務で緊張していると思われているのだろう。

意味合いは違えど緊張しているのは間違いない。

しかし困ったことにハロルドの「注意を怠るな」や「周囲に気を配れ」といった諸々の発言が、緊張によって過剰に気を張っていると捉えられてしまっている。ロビンソン達を含めて経験のある人間ほど今回の遠征は危険度や緊急性は低いと見ている者が多かった。

警戒や準備をしていないわけではないのだろうが、多分に余裕を漂わせている。悪い言い方をすればどこか空気に締まりがない。

「貴様らが緩みすぎなだけだ。もし戦闘が始まれば真っ先に死ぬぞ」

「戦闘って誰とだよ?」

「哨戒任務の場所は国境沿いだ。不審な目撃者というのは帝国の人間かもしれないだろうが」

「まあそれはあるかもしれないけどよ。だとしても情報じゃ多くて30人程度だっつーし偵察目的だろ?こっちは200人以上の編成だし、万が一戦闘になってもぱぱっと蹴散らして終わりだって」

まず戦闘にはならない。シドの言いたいことは分からないでもないのだ。

30人の偵察が敵地で装備と補給の整った相手と戦うなど無駄に戦力を潰すようなものである。騎士団の人間はそれがいかに無意味であるか理解しているが故に、戦闘は起こり得ないと結論付けてしまう。

しかしそれは事前の情報が正しかった場合の話である。今回はその前提からして崩れている可能性が高い。

原作では多数の死者が出ることになっていた戦いだ。森の中では伏兵や奇襲が待ち構えていると見た方がいいだろう。

だいたいシドはこの間イアリークラウドに遭遇して死にかけたというのにどうして余裕綽々なのか甚だ疑問である。

無事に帰還できた暁には今まで以上に扱いてそんな余裕を木っ端微塵に砕いてやろうか。

などと悪どいことを考えつつ、ハロルドはもう何本目になるか覚えていない釘を刺す。

「死にたくなければ今この瞬間に戦闘が開始されても対応できる準備をしておけ。まあ貴様ごときではたかが知れているだろうがな」

「へいへい」

ハロルドの嫌味な発言に慣れてきているシドには暖簾に腕押しのようだった。

いっそのこと待ち受けている未来をぶちまけたくなるが、信じてもらえるだけの証拠もないし、逆に不信感やいらぬ嫌疑を持たれかねない。

せめてコーディー隊の面々にだけでも危機感を植え付けようとしたが上手くいかず、結局数日後にはベルティスの森の近くにある町へ到着してしまった。ここに逗留しながら森の中や近郊の哨戒任務を行うことになる。

(あー……どうするかなぁ)

町に着いたのが夕方だったこともあり、翌日の準備が終わると早々に時間の空いたハロルドは夕焼けに染まった町をあてもなくさ迷う。

時間帯もあって人影はまばらだ。そもそもがあまり大きな町ではない。

閑散とした通りを答えの出ない問題に頭を悩ませながら歩く。思考にリソースのほとんどを割いていたこともあって、意識したわけではないがハロルドの足は裏路地へと進んでいった。

それからほどなくしてその足が止まる。

はたと我に返ったためだ。そして自分が道に迷っていることにも気付く。どこをどう歩いてきたかも定かではない。

一体何をやっているのか自分自身で呆れてしまう。人気のない裏路地で、そんな思いがつい口をついた。

「……もう止めだ。いつまで続ければ気が済む」

自分へ向けた独り言であろうともハロルドの口はどこか高圧的である。

しかし次の瞬間、何処からともなく人影が現れた。夕闇から溶け出てきたような黒装束の者達。まるで忍者を彷彿とさせる出で立ちだ。

そんな不気味な集団に取り囲まれ、まさか敵襲か、とハロルドの警戒心は瞬時に最大まで上がる。

だが予想に反して10数名の黒装束達は動かない。このまま睨み合いになるかと思いきや、黒装束の中の一人が前に歩み出て目元以外を隠していた顔を覆う布を取り外した。

「お久しぶりですハロルド様~」

緊張感の似合わない間延びした声。見知った割烹着姿からだいぶ装いは変わっているが、そこにいたのは間違いなくエリカの付き人であるはずのユノだった。

相手が敵ではなく味方だった安堵感に緊張はほぐれて体から力な抜ける。

「タスクの使いか」

「はい~」

交渉の末なんとかもぎ取ったタスクからの援助。約束通り人材を派遣してくれたのは非常にありがたい。

だがその中になぜユノの姿があるのだろうか。はっきり言って侍女のユノには荷が重い仕事だ。

まあ使わされたのだから隠れた実力者なのかもしれないが、そうだとしたら彼女はエリカの護衛も務めていた可能性が高い。

「貴様がここに来るのをよくアイツが許したな」

「はい~。エリカ様が“貴方の思うようにしなさい”と仰ってくれましたので~」

(うん?)

ユノからの返答が噛み合わない。ハロルドとしてはタスクに命令されエリカとユノの主従共々渋々話を飲んだのだろうと思って聞いたのだ。

しかしユノの言葉ではまるで“ユノ自身が望んでここへ来た”と受け取れるものだった。

そこに何か引っかかりを覚えたハロルドだが、今はそんなことを気にする余裕もない。

「ふん、まあいい。で、貴様らはどこまで聞いている?」

「大まかには~」

言葉を濁すユノ。いくら無人とはいえ往来でするような話ではなかった。

どこに耳目が潜んでいるかも分からない。

「なら場所を移すぞ。詳しくはそこでだ」

「ではこちらへ~。人目につかないお部屋をご用意してあります~」

さすがタスクの使いだけあって手際がいい。

ユノのセリフに反応して他の黒装束達はまたもや影の中へ溶けるように消えていった。案内は彼女一人が務めるということだろうか。

ユノに向き直ればあの見る者を和ませる、ふにゃっとした笑顔が待ち受けていた。

そんな彼女へ向けて、頼むからうまく援護してくれよ、とハロルドは無言で祈るのだった。

ベルティスの森の最寄り町に到着してすでに3日。後援部隊としての仕事をこなしつつ、表面上はいつもと変わらぬ態度を崩していないコーディーだが、その胸の内は中々に悩ましかった。

悩みの種はつい最近自分の隊に加わった少年、ハロルドである。

騎士団のNo.2にしてコーディーの旧友でもある副団長のフィンセントからの頼みでハロルドの監視を行っているわけだが、自らの部下を疑っているのは気分のいいものではない。

だがハロルドには疑うに足るだけの不可解な点が存在するのが厄介だった。

当初は圧倒的な戦闘能力にばかり注目してしまっていたが、試験の際に遭遇した謎の赤黒い霧との一戦で疑念が明確になった。

正体不明のモンスター。あれと遭遇したハロルドの反応は霧状のモンスターについて知っているとしか思えないものだった。

本人は勘と言い張り、言葉ではあたかも初めて見たように振る舞っていたが、あれは明らかにコーディー達へ赤黒い霧との戦い方を見せつけていた。

フィンセントからの依頼がなく、最初から疑っていなかったとしたらあの不可解さは見落としていたかもしれない。

騎士団にとって不利益となる行動ではないが、知っているならそんな回りくどい選択をしたのはなぜなのか。

(“赤黒い 霧(アレ) ”の存在を知っていることを知られたくない、って考えるとしっくりくるんだよねぇ)

その理由は見当もつかないが。

そもそも赤黒い霧が何なのかすら分かっていない。もしかしたらあの霧の正体が解明できればハロルドの行動の意味も見えてくる可能性はある。

しかし今はそんな悠長なことを言っていられない。騎士団との戦い方にしろ謎のモンスターにしろ、ハロルドは普通の人間では知り得ないことをよく知っている。

そんな彼は今回の遠征任務に参加することを知らされた際、明らかに動揺していた。そしていざ遠征が開始されてからは口を開けば「攻撃に備えろ」という趣旨の発言を繰り返している。

まるでそうする必要性があることを“知っている”かのように。

それにこの町に到着してから空いた時間に姿が見えなくなっていることがあるのも気がかりだ。

嫌な予感が拭えない。周りの団員は初任務に緊張しているからだと思い込んでいるようだが、ハロルドがそんな気の小さな少年でないことは承知している。

たとえ内心では縮み上がっていたとしても恐怖をああして表に出すことはしないだろう。

それが分かるだけにハロルドの執拗なまでの発言に不安が煽られる。

無理矢理にでも知っていることを吐かせるべきなのだろうか。それでハロルドが白状するとは到底思えないが、命の危機に関わりそうなものであれば部下を預かる身として強硬な手段も選ばなければならないのかもしれない。

(でもさぁ、ハロルドだってオレの大事な部下なんだよねぇ)

それがコーディーの揺るぎない意思であり、同時に悩みの原因でもあった。

数ヵ月の間、彼と間近で接してきたからこそ、ハロルドが外面ほど悪い人間ではないことは理解している。何か秘密を抱えてはいるようだが、これまで騎士団が不利になるようなことはしていない。

ハロルドを信じたい、と思う。上官として当然の想いだ。

しかし信じたいから信じる、では話にならない。無条件の信頼は盲目に等しく愚かだ。

フィンセントの頼みもあるしこのままなあなあで済ませるわけにもいかない。

深く長いため息をひとつ吐く。

もう考えているだけでは埒が明かない。

いっそのこと挨拶がてらハロルドに「やあやあ、おはよう。ハロルド君何か隠し事してる?」と真っ正面ら切り込んでみるのはどうだろうか。

あまりに明け透けすぎて然しものハロルドもぽろっと情報を溢してしまうかもしれない。

いやそりゃねーか、と自身の発想に突っ込みを入れる。

しかし性にこそ合わないが腹を割って話してみるのもありなのではないだろうか。哨戒任務中に何か起こるのであればもう時間がないかもしれない。

そう思い立ちハロルドの元へ向かおうとしたところで、中隊長以下が詰めている部屋へ伝令がドアも壊さんばかりの勢いで転がり込んできた。

「しょ、哨戒任務中の部隊が何者かによる攻撃を受けていると報告がありました!負傷者多数!至急応援を求むとのことですっ!」

伝令を契機に各隊長が迅速に動き出す。その中で最も速かったのはコーディーだった。

ハロルド達を含め20人ほどの団員が詰めている部屋の扉を開けると間髪入れずに言い放つ。

「仕事の時間だよ。各自装備を揃えて外に集合。それからロビン君」

「は、はいっ!」

「ハロルド君はどこにいる?」

「ここに居たんですけどついさっき何処かへ……」

遅かった。恐らく彼は現場に向かっている。

コーディーは直感でそう悟った。

「コーディー隊はマリク隊の指示に従うように。オレはハロルド君を探してくるからよろしく!」

「ぶ、分隊長!?」

呼び止めるロビンソンの声を振り切ったコーディーは、まず厩で厩務員に確認を取る。聞けば残された馬を借りた人間はいないし、数も減っていないとのこと。

何の権限も持たない新人団員が緊急用の馬を借りられないとハロルドも考えたのだろう。

つまりハロルドは自分の足でベルティスの森を目指している。馬に乗れば追い付けるはずだ。

厩から馬を拝借したコーディーは一直線に森を目指す。それから5分もしない内にハロルドの背中を視界に捉える。

それにしても驚異的な脚力だ。追い付くまでに予想以上の時間がかかった。

そのままハロルドを抜き去って前に出ると馬から降りてハロルドの前に立ち塞がる。

「そんなに急いでどこへ行くんだい?ハロルド君」

「……貴様、アイツらはどうした?」

「ロビン君達かい?彼らの指揮は他の隊に任せてきたよ」

「戻れ。アイツらの隊長は貴様だろうが」

「それを言うなら君もだよ。戻るなら一緒にどう?」

「断る」

帰投の拒絶。ハロルドは単独で動くつもりということだ。

それがどんな結果を招くかハロルドなら理解していないわけがない。上官の指示を無視して身勝手な単独行動。

しかも戦場へ介入するとなれば処罰は免れない。コーディーが庇える範囲を越えてしまう。最悪、除隊か投獄の可能性もある。

それでも向かわなければならない理由が、彼にはあるのだろう。

ハロルドという少年は自らの信念を決して曲げはしない。そう思わせる意思の強さを彼は持っている。

きっと言葉での説得は意味を成さない。

強情な部下を持つと苦労するねぇ、と苦笑を漏らす。

「大人しく戻ってくれるとオレとしては助かるんだけど?」

「くどいぞ。さっさと退け」

「はいそうですか、って見過ごすわけにはいかないんだよねぇ。営倉にぶち込まれるのは嫌じゃない?」

まあそれも生きていればの話なのだが。

ハロルドの双眸を見れば嫌でも理解できる。あれは死地へと飛び込む覚悟をした者の瞳だ。

往々にしてあの目をした人間が無茶してきた姿をコーディーはこれまでに何度も見てきた。中には死んだ者も少なくない。

「……」

「だんまり?なら言わせてもらおうか」

そんな目をした部下をむざむざ戦場に送り込むことはできない。

フィンセントはハロルドに疑念を抱いているようだが、コーディーは違う。初めてハロルドを目にした時、コーディーは彼に見たのだ。

次代の騎士団を担うハロルドの姿を。

これは、言ってしまえばコーディーのわがまま。理想の押し付けだ。

コーディーとフィンセントでは叶えられないかもしれない未来を、勝手にハロルドに期待をしただけ。

それでも、だからこそ死なせたくない。

深く息を吸い込み、意地でも退きはしないと伝わるように。

鞘から剣を抜き、自分でも柄ではないことをしていると自覚しながら。

いつものようにヘラヘラと笑って、こう宣言した。

「ここを通りたいならオレを倒していけ!……なんてね」