軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

32話

結果から言うとハロルドは入団試験に見事合格した。延べ30人以上の騎士をほぼ無傷で倒しきったのだから当然である。

固有モーションにはまらない動きへの対処もハロルドの反射神経と身体能力をもってすればなんてことなかったわけで、後半は慣れたのも手伝って半ば作業感覚に陥ったほどだ。気が付けば久しぶりに感じた昂りも治まっていた。

しかし合格はしたが問題もある。非常に難儀な話ではあるが、新入りが先輩をボコボコにしたことに関して一部の人間には良い感情を抱かれなかったということだ。

「ハロルドって新入りはお前だな?」

「……だったらなんだ」

「態度がでかいようだから新人としての振る舞い方を教えてやろうと思ってな」

つまり何が言いたいのかというと、入団から10日と経たずして隙あらば先輩騎士に絡まれるという事態が発生していた。

騎士様がそんなんでいいのか、というのがハロルドの率直な感想である。外側から見れば優秀で誉れ高い彼らも、皆が皆善人というわけではないようだった。

とはいえよくこんなことを平然とやるものだ、と思ってシドに尋ねたところ、武器や魔法を用いての私闘は禁止されているとのこと。その禁を破ればかなり重い罰則が下されるらしい。

だから彼らは素手で絡んでくるのだ。もちろんハロルドも素手である時を狙ってやってくる。

あくまで武器を用いた私闘ではなく素手による訓練という名目の元行われているらしい。

新入団員に課せられる手洗いの洗濯を済ませ、それらをようやく干し終えて隊舎に戻ろうとしたハロルドの前に、ずらっと居並ぶ四人の先輩騎士。ハロルドはあからさまにため息をついた。

その態度がまた相手を逆撫でるが知ったことではない。彼らにとってはハロルドが何をしようと気に障るのだ。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、とはよく言ったものである。たとえハロルドを殴りつけても溜飲が下がることはないだろう。

ならば大人しく殴られてやることもない。憎まれるのが避けられないのであれば憎まれたままで結構だ。

はっきり言って相手をするだけ無意味である。ここでハロルドが取る行動はひとつしかない。

両膝をわずかに曲げ、やや重心を落とす。その今にも飛びかからんとする姿勢に四人が警戒心を高めるが、それが仇となる。

足に込めた力を解放し、ビュン、という風切り音を残してハロルドの姿が消えた。

至近距離でハロルドに集中しすぎたがために視野が狭まり、そのスピードに目がついていかない。結果として対応に遅れる。

ハロルドが消失したという事態を認識した時、彼は既に右手側にそびえる石壁を蹴って前方へと向けて加速していた。1秒にも満たないアクションで四人を置き去りにし、一気に20メートル以上の距離を空ける。

こうなれば相手に追いつく手立てはない。彼らが振り返った時にはハロルドの背中はもう遠くなっていた。

背後から聞こえる「待ちやがれ!」という怒声をスルーして人気の多い場所を目指す。人目があれば彼らとしても絡みにくくなるからだ。

こうしてやり過ごしておけば相手をしなくて済む。

(それにしてもあんな奴らが山ほどいるなんてフィンセントも報われないなぁ)

ぐんぐんと距離を引き離しながらハロルドはそんなことを考えていた。

ゲームでこそ強大な敵となるフィンセントではあるが、彼自身は根っからの善人である。常に人として、騎士として、正しくあろうとした人格者だ。

『騎士は王国の剣であり、盾である』

それが彼の信念だが、フィンセントが守ろうとしているのは王だけではない。彼の言う王国とは、すなわち全ての国民を指した言葉だ。

作中のセリフを拝借するならば

『民あってこその国なんだ。国がなければ王など必要とされない。だからこそ国を導き、民にとって安寧の 縁(よすが) を築くのが王の務め。ならば我ら騎士は両者がお互いの役目を果たせるよう、彼らを襲う脅威を排除し、国の行く末を切り拓く者だ!』

というわけだ。

仁義を重んじ、礼を尊び、弱き者を助け、間違った者は諭し、国民を害する者は容赦なく切り伏せる。フィンセントはそういう男なのである。

彼は間違いなく正しい。そしてその正しさを主張し、実践できるほどに強くもあった。彼自身が自分はそうでなければいけないと強制していたからというのもあるが。

その結果として原作のフィンセントは己の信念を貫き通したその先で、自らが抱いていた理想に押し潰され、心が折れたのである。

少し話が逸れたが、要するに騎士団内に悪しき伝統のごとくこびりついている訓練という名のかわいがりは、フィンセントが望む騎士像や組織のあり方からはかけ離れたものである、ということだ。こういったものを許しはしないだろうし、彼が団長となったあかつきには一掃されるのではないだろうか。

できる限り速やかにそうしてくれると嬉しいなー、などとまるで他人事のように思いながら足を緩めることなく逃げおおせる。

すでに時刻は昼過ぎだ。そろそろ昼食にでもするかと、手に持ったままだった木編みの洗濯カゴを隊舎へ返却して大食堂へと向かう。そこなら今の時間帯は人も多いのであからさまに絡まれることもない。

完全に余談ではあるが、大食堂の料理は基本メニューが無料である。グレードの高いものやサイドメニューを追加する場合には料金が発生するが、それも大した額ではない。

食は太くも細くもなく、特別なこだわりもないハロルドは無難に基本メニューを注文するとさっさと空いている席に座った。当然ながらぼっち飯である。

しょっちゅう因縁をつけられているハロルドは先輩はもちろん、同期にも避けられている。同期生とはいえ入団した時期や経緯が異なるためどこか壁があるのは確かだが、やはり1番の要因は事あるごとに絡まれているせいだろう。

一緒にいれば巻き添えを食らう恐れもあるのだから近付くのに尻込みするのは仕方のないことである。

「今日もしかめっ面だなぁハロルド」

とはいえどんなところにも例外は存在するもので、空いていたハロルドの真横、右隣の席に遠慮なく座る男もいる。

シドだ。そして彼に連れられるようにロビンソンとアイリーンもハロルドの対面へと腰を降ろした。

「何の用だ?」

「一人寂しく食事してるかわいそうな後輩がいたからな。心を痛めた先輩が相席してやろうと思ってよ」

「要らん世話だ。だいたい貴様こそまともな友人がいないんじゃないのか?こいつら以外といるところを見たことないが」

「バカをいうなよ。ロビンじゃあるまいし」

「否定できないことを言わないでほしいな……」

いきなり流れ弾が直撃してロビンソンが気落ちする。背中を丸め、手に持ったスプーンでスープをかき混ぜる姿はいじけた幼子のようだ。

ここに来てから頻繁に顔を合わせているのでハロルドも理解したが、この強面で大柄なロビンソンという青年は、その見かけによらず気弱で繊細な、おまけに穏やかな気性の持ち主だ。見た目と中身がまるで噛み合っていない。

なので恐れる必要はないのだが、それでも完全に慣れるまではまだ時間が必要だ。突然視界に入ると反射的に縮み上がってしまいそうになる。

「それはそうと人気者になったもんだな。先輩のお相手が大変そうじゃねーか」

シドがやや声のトーンを落としてそんなことを言う。どうやら彼の周囲でもハロルドを快く思っていない人間がいるらしい。

それに流されずこうして気さくに接してくれているのをみても、シドは良い人なのだろう。ロビンソンやアイリーンも心配したような目をハロルドに向けてくる。

「……確かにな。今まさに面倒な奴らに包囲されている」

「そんだけ言えんなら大丈夫っぽいな」

悪態にも嫌な顔をすることなくシドはカラカラと笑う。

対してアイリーンはため息を吐いた。

「まったく信じられないくらい可愛い気がないわね。そんなんじゃ友達も恋人もできやしないわよ」

「ぶははは!恋人ってそりゃお前も人のこと言えなばっ!」

「何か言った?シド」

シドが言い切る前にアイリーンの左ストレートが炸裂する。その拳が捉えたのはシドの顔面だ。

容赦なく振り抜かれた拳を見舞われたシドの鼻から赤い筋が流れ出る。

「はっ、生憎と俺にそんなものは必要ない」

「そりゃそうだよねぇー」

威圧感を放つアイリーンにそう返した瞬間、どこからともなく現れたコーディーがハロルドの右肩に手を回す。その顔はいつもの薄ら笑いだ。

他の三人はこの登場の仕方に慣れているのか目立った反応は見せない。

ハロルドも外面は彼らとそう変わらないが、内心では驚きで心臓が早鐘を打っている。

「ハロルド君には婚約者がいるわけだし?今さら彼女を作る必要なんてないもんなぁ~」

これといった前置きもなく、さらっと爆弾を投下するコーディー。驚きが重なってハロルドは即座に反応ができなかった。

それどころか致命的な失態を犯してしまう。

「……なぜ貴様がそれを知っている?」

そう問い質してしまった。これではコーディーの発言が事実だと肯定してしまったようなものだ。

シドが鼻から滴る赤い液体を袖口で乱雑に拭いながら、空いているもう左肩を掴む。

「詳しく聞かせてもらおうかハロルド。お前に婚約者がいるだとぉ?」

「そーそー。清楚で奥ゆかしく、深窓の令嬢って言葉がお似合いのそれはもう可愛らしい女の子でさー」

詰め寄るシドの問いかけに答えたのはなぜかコーディーである。

それも苛立たしいが、何よりも問題なのは明らかにエリカのことを知っているようなその口ぶりだった。

「おい、どうして貴様がアイツのことを――」

「アイツ?今アイツって言った?その年でもう亭主気取りか!?」

「ええい、喚くな鬱陶しい!」

「さって、オレは仕事に戻りますかね。君らも騒ぐのはほどほどにしとけよー」

どういうことだと縋りつくシドを引き剥がすのに苦戦している内に、騒ぎを招いた元凶はヒラヒラと気怠げに手を振りながら去っていった。引き留める暇もない。

しかしそれでこの場が収まるわけもなく、「彼女ならまだしも婚約者かよ!」と喚くシドや「年下でこんな愛想のない奴に先を越されるなんて……」とショックを受けるアイリーンの相手をするはめになった。ロビンソンはそんな二人を宥めようとオロオロするばかりである。

なんとも騒々しい昼下がりの一幕だった。

団員の半数以上は騎士団本部の敷地内に点在する隊舎で生活をしている。

原則入団から数年は六人一部屋という窮屈な条件だが、勤続年数や役職に応じて三人一部屋、二人一部屋といったように段々と待遇が変わってくる。

一方で家庭ができた者は自分の家に住むし、定められた基準を満たせば独身であっても隊舎から出ることは可能だ。絶対なのは入団から4年は必ず隊舎にて集団生活を行わなければならない、ということだ。

そんなわけで騎士団の副団長ともなれば完璧な個室が与えられる。正確には居住空間に加えて書斎や応接室が併設された専用の事務所が与えられるのだ。

フィンセントからすれば持て余してしまう代物ではあるが、周囲の目や耳を気にせずに済む空間は本当にありがたく思う。

だからこそなのだが、旧知の友であるコーディーはここへ踏み入ると普段のゆるい態度がさらに悪化する。互いの立場を気にする必要が全くなくなるからだ。

今も応接室の三人がけソファーに体を仰向けに横たえて占領している。膝を立てて足を組み、左腕を枕にしながら右手に持った書類を器用に片手で捲りながら読み進めていた。

「ふーん、3年ほど前から討伐遠征に志願して参加ねぇ」

コーディーの手中にある書類にはハロルドに関するあらゆる情報が記されている。まだあくまで外的から得られる情報だけに限られているが。

エリカについて知っていたのも以前の調査書に婚約者であると顔写真付で載せられていたためである。それもフィンセントが集めさせたハロルドに関する情報のひとつだった。

流しながら目を通したコーディーは起き上がると、これを渡してきたフィンセントにその真意を尋ねる。

「でさー、こんなの読ませてオレにどうしろっての?」

「近々ハロルドを君の分隊に所属させる。そのための情報の共有だ」

「おいおい、ハロルドはまだ入団して1月も経ってないぜ?普通は基礎訓練課程をクリアしてからの入隊でしょうが」

「必要ないと判断した。一応基礎訓練課程の最終試験を受けてもらうが彼なら問題なく合格するだろう」

「それはまあそうだろうねぇ。それにしたって異例中の異例だけど」

「ハロルドは優秀だ。ならば型にはめず、相応の教育を施すべきだ。そもそも13歳という史上最年少で入団したのだから、どうしようとも耳目を集めることに変わりはない」

「経験則ってやつ?でも目立つよー。今以上に」

「だからこそ君には彼の風除けになってもらいたい」

しばしの間二人の視線が交わる。

だがそれも長くは続かず、先に視線を逸らしたコーディーはふー、と長い息を吐いた。

「お前の言いたいことは分かった――表向きの理由は、な」

「……私の考えはお見通しというわけか」

「別にそこまでじゃないけどねぇ。けどそれだけならここまでする必要ないし?」

そう言って右手の書類を机の上に放り投げる。

コーディーの言い分は尤もだ。そしてフィンセントとしても自分の画策を彼に隠しておくつもりは最初からなかった。

ここまではあくまで形式上の会話をしただけであり、本題はここからだ。

「なあコーディー、入団試験でのハロルドの戦い方を見てどう思った?」

「……言うまでもなく、“ありえねー”って感じだわな。あんな騎士団対策かってくらい最適化された動きができるのはいくらなんでも予想外」

どうやら彼もフィンセントと同じ疑問には思い至っていたようだ。

それだけハロルドが見せた動きは不可解なものだった。

「私も同感だ。どこであの戦い方を身に付けたのかを調べる必要がある」

「でもハロルドは歴とした貴族よ?それも今時珍しいガッチガチの純血派」

この国と敵対関係にある組織との繋がりを危惧しているフィンセントの心を見透かしてか、コーディーが落ち着けよ、という仕草を見せる。

「その結果が使用人の一家殺害かもしれない」

「あー、それは否定できないねぇ……けど兵士を庇って怪我したとかあったし一概にゃ言えないんじゃないの?」

「それを見極めるための即時入隊でもある。彼の素性と人間性は確かめなければならない。これは君にしか頼めない仕事だ」

「要するに監視役ってことね。そこまでする必要があるかは疑問なんだけど」

「貴族だからという理由で短慮に信じることはできない。それは10年前、ノヘイクの離反で身をもって知ったはずだ」

「……」

フィンセントの言葉にコーディーは押し黙らざるをえなかった。思い出したくもない、国王の腹心とまで呼ばれていたカレム・ノヘイクの裏切り。

歴史あるノヘイク家の当主でもあったカレムは機密情報を流出させ、癒着していた商会からは多額の献金を受け取っていた。その罪状を挙げるには両手の指を使っても足りない。

そしてその中には聖王騎士団に関する情報の流出も含まれていた。

投獄されたカレムは事件へ関する供述をすることなく、壁に何度も頭を打ち付けて自害した。結果として癒着していた商会を罰するに留まり、機密情報がどこにどれほど漏れたのか、その正確なところは未だに把握しきれていない。

国王を始め、同僚や民衆からも信用を置かれていたカレムの裏切りと死は、ともすれば国が被った損害よりも大きな衝撃を与えた。

「それに私はあの事件が終息したとは考えていない。彼が残した負の遺産、当時ノヘイクと共犯していただろう人間はまだこの国の中枢に潜んでいる」

「……お前がそこまで言うってことはそれなりに掴んでるモノがあるわけか。それでもってハロルドの裏にはそいつらがいるかもしれない、と」

「もしくはノヘイクが流出させた情報を得た第三者という線もあるが、どちらにせよ憶測の域を出ない話だ。君やハロルドには悪いと思っている。だが、それでも――」

「分っかりましたよ。やってやろうじゃないの」

私は彼を疑わなければならないんだ、という言葉はコーディーによって上書きされた。

「……すまない」

「なんでここで謝るかね。ありがとうとでも言っときゃいいのに、必要以上に真面目すぎだよお前は」

「いつも隣にいた男が怠けてばかりだったからな。その男の分まで真面目になってしまったのかもしれない。今からでも少しくらい心を入れ替えてくれると助かるが」

「おー、耳が痛い。退散退散」

コーディーは肩をすくめて立ち上がりそそくさと応接室から出て行く。

パタンと音をたてて閉まった扉に旧い友人の背中を重ね、届かないと分かっていながらフィンセントは感謝の言葉を口にした。

ただ一言。「ありがとう」と。