軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24話

さして悩みもせずに決断した辺り、巷で囁かれているハロルドの戦闘狂化はあながち間違いではないのかもしれない。

危険性が低いとはいえ戦うことへの抵抗がかなり薄れたのも変化のひとつだろう。そうならなければ生き残れない、と割り切った結果だ。

「ところで体の方は大丈夫かい?今回の遠征では巨大なホーンヘッドと戦ったと聞いたよ」

「またそれか」

討伐遠征後は顔を合わせる度に同じことを聞かれるためかハロルドの声は心底うんざりしていた。

しかしタスクから、というかスメラギ家からすれば過去にハロルドがいきなり訪ねてきたかと思えば重傷を負っていた、という事態に遭遇しているだけに、彼が強いということは分かっていても気が気でないのだ。ましてやそんな怪我を「かすり傷だ」で済ませようとしてしまうハロルドだからこそ余計に心配してしまう。

特にエリカなど表面上は「ハロルド様がご自身で選択されたことですから」と本人の意思を尊重して過度に心配をする素振りを見せないが、その日を境に治癒魔法の練習に取り組み始めたのだからいてもたってもいられないというのが彼女の正直な心境だったのだろう。

エリカの治癒魔法がものになり始めた頃にはハロルドが怪我をするようなこともなくなり、未だにその力がハロルドの傷を癒したことはない。それでも治癒魔法の効果を高めようと日々の研鑽を怠らないエリカのハロルドへ対する献身は本物だろう。ハロルドはそれに気が付いていないのだが。

「俺がただデカイだけの雑魚に負けると思うか?考えてから物を言え」

「ハロルド君の年齢でそう言ってのけること自体驚きだよ」

「貴様の息子も大概だけどな」

この間16歳になったイツキも一人でホーンヘッドを倒すことくらいなら難なくやれるだろう。彼は同年代でハロルドと伯仲した実力を持つ唯一の相手だ。

それはイツキからしても言えることであり、だからこそよく手合わせをして競い合うような仲になっている。

彼は原作だと兄と表記されるだけで名前すら登場しないにも関わらずあれほど強い。恐らくイツキのようにハロルドが知らない強敵はまだまだいるのだろう。

圧倒的に有利な原作知識がかえって足を引っ張ることになるかもしれないということを今の段階で認識できたのは大きい。

そう考えるとリスクを犯してまでスメラギ家と関係を深めたのは正解だったとハロルドは思う。

最たる懸案事項であるエリカとの仲も3年前からほとんど進展していない。あからさまに距離を置き、会話も必要な時だけの最小限に留めた。

婚約者らしいイベントなど全く起きていない。

(これでフラグを立てろってのはムリな話だよなー)

思わずフフフと笑いそうになるほど順調だった。

スメラギ領で発生している瘴気の拡大も予断を許さない状況ではあるものの、こればかりは主人公達に解決してもらわなければならないので手出しはできない。それでも抵抗薬やLP農法の試験導入によって原作よりも大分ましな状態なのは間違いない。

とはいえ油断は大敵である。先々を考えれば問題は山積しているし、原作開始までの残り5年で可能な限りいずれ立つであろう死亡フラグの芽を駆逐してやる!と決意を新たにするハロルドだった。

4方20メートルほどの石造りの壇上で二人が激しい剣戟を交わす。

1人は少年から青年への過渡期を迎え、180センチに届こうかという背丈にやや茶色がかった黒髪の男。普段は優しげで好青年という言葉が似合うその顔は険しいものとなっている。

その青年と対するのは彼と比べて頭ひとつ小さい、およそ160センチほどの身長に深紅の瞳が特徴的な少年。青年よりもさらに深く濃い黒色の髪が振り乱れるほど激しく動きながら、その激しさとは相反する冷徹さを孕んだ鋭い眼光で剣戟を捌いていく。

親しい友人関係にある両者はたまに顔を合わせるとよくこうしてお互いの成長を確かめるように剣を交える。

「はぁ、はぁ……うん、これなら大会でも大丈夫そうだ」

剣が届く間合いから離れたイツキは呼吸を整えながら剣を下ろした。

「貴様に心配される筋合いはない」

「実力の部分ではね。模造刀の取り扱いに問題がなくてよかったよ」

「舐めるな。この程度の重さを苦にするほど貧弱じゃない」

「どちらかというと寸止めが出来ないんじゃないかという心配だったんだけどね」

同年代の出場者にハロルドの剣を受け止められる者はほとんどいないだろう、というのがイツキの見解だ。

どちらかといえばハロルドと戦うことになる相手への配慮である。まあその辺の技量に対する心配は杞憂だったが。

「じゃあ今日はこれで終わりにしよう。明日の朝ここを発つ予定だからね」

(また馬車かー。デルフィトは近場だからしょうがないけど空船に乗ってみてぇなぁ)

空船というのはゲームに登場する、船に似た見た目をした木製の空飛ぶ乗り物である。海上を航行する船と違うのは船体の両側に羽が生えていることと、マストや船尾にプロペラが付いていることだ。

デザイン重視のファンタジー感溢れる乗り物だが、その分どうしてあの形状で安定した飛行が可能なのかは不明である。

まあ動力からして『結晶』という倒したモンスターがドロップする鉱石なので科学や物理で説明できるものではないのだろう。

ちなみに結晶は調合を行う際に、武器や防具の作成と強化で大いに役立つ。

「ああ、それから大会に出場登録する名前は変えるかい?出場するのは市井の人々がほとんどだし、そういう場所に顔を出すのを君の両親は嫌うかもしれない」

「どうだか。むしろ“よく劣等種を叩きのめした!”と喜ぶかもな」

どちらにせよまともな反応ではないが。

それならば名前を変えて正体を隠しておいた方がもし両親の耳に大会の優勝者の名前が入ったとしても面倒にはならないだろう。

「偽名は適当でいい」

「なら旅すがら考えておくよ」

後日、ハロルドは『Mr.ロード』という思わずイツキのセンスを疑いたくなる名前で大会の舞台に立つことになる。

そんな未来が待ち受けていることを知るよしもないハロルドだが、受難はそれだけに留まらなかった。

数日間の移動の末、デルフィトに到着したその日の夜。

大会を翌日に控え宿泊する宿へチェックインし、夕食をとろうとイツキと連れ立って併設されているレストランへ足を運ぶと、なぜかそこにエリカの姿があった。

思わず体が硬直する。

「悪いねエリカ、少し遅れてしまった」

そんなハロルドを意に介さずイツキはエリカが座しているテーブルにつく。説明を求めようと両者を睨むが、エリカはそれより早くイツキへと苦言を呈していた。

「お兄様、私は二人で食事をと聞いていたのですが?」

「そうだね。“たまには二人で食事でもどうだい?”と誘ったのは間違いないよ」

「……そういうことですか」

イツキの計略を察してエリカが呆れたように呟いた。

要するにイツキは“たまには(ハロルド君と)二人で”という意味で誘っておきながら、意図的に括弧の中身を省略してエリカに勘違いをさせたのだ。

「同席が邪魔だというなら僕は席を外すよ?」

「ここにいろ」「いて下さい」

ハロルドとエリカの声が重なる。

今イツキが席を離れればハロルドはエリカと向かい合って食事をしなければならない。はっきり言って地獄だ。

エリカとしては嫌がることではないのだが、ハロルドが自分を遠ざけようとしているのは承知しているので迷惑になりたくない、という思いが強い。

だからといって一度席についておきながら相手の顔を見て帰る、などというのはいくらなんでも失礼がすぎる。例えそれが罠によって誘い出された席だったとしてもだ。

そんな実妹の性格を考慮して仕組んだのか、イツキの顔はしてやったりと言わんばかりだった。

「……なぜコイツがデルフィトにいる?」

「闘技大会では怪我をする恐れがあるから治癒魔法を使える者を同行させようと思ってね。ところが偶然にも家の者の都合が悪かったから仕方なくエリカに頼んだのさ」

本当に偶然なのか疑わしい限りである。

同じく騙されたエリカが反論しないところを見ると事実なのだろうが釈然としない。ハロルドにはこれが作為的な状況としか思えなかった。

「俺は怪我なんてしない」

「備えあれば憂いなし、という諺がある。だからエリカも同行してくれたんだよ」

「ハロルド様とは必要以上に接触しないというお話だったはずですけど」

「顔合わせ程度は必要だと僕が判断したのさ。その方が何かあった時スムーズに動けるだろう?」

そう返されるとおかしなことを言っているわけではないので文句をつけることも出来ない。

結局イツキに乗せられる形で三人で食卓を囲むことになった。その間ハロルドとエリカの間に会話が存在しなかったのは言うまでもない。イツキが仲介役を担わなければ終始無言だっただろう。

そんな感じでハロルドにとって苦行に等しい時間は1時間以上続いた。

夕食が終わる頃にはハロルドの精神的疲弊はピークに達していた。食事を終えるとどこか頼りない足取りでハロルドは自分の部屋へと戻っていく。

エリカはその背中を申し訳ない気持ちで見送った。

イツキに小言を並べたいところではあったがそれを察知してか彼はハロルドと共に去っていったので既に姿はない。

兄の計らいによって久しぶりにハロルドと一緒に居られたことは喜ばしいが、それ以上に迷惑をかけてしまったという思いが勝る。元よりエリカはハロルドが怪我を負わない限り闘技大会中に存在を知らせる気はなかった。

それがこの有り様である。

今度時間を作ってイツキに厳重注意をしておいた方がいいのでは、と考えながらエリカも自分の部屋へ戻った。ハロルド達と同じ宿だが一応フロアが違うので鉢合わせすることもないという配慮はなされてはいる。

自室への扉を開くとユノがいつもののほほんとした空気感でエリカを出迎える。

「お帰りなさいませエリカ様~。お疲れのようですね~」

「見ていたのね」

「これでも護衛を兼ねていますので~。イツキ様もハロルド様もわたしよりお強いので意味があるかは疑問ですが~」

強い弱いに関係なく護衛は必要なのだがユノの言いたいことはエリカにも分かる。あの二人は頻繁に手合わせをするのでそれ目にする機会は少なくないが、最近は速すぎて何が起きているのか理解できないことが増えてきた。

特にハロルドなどは本当に瞬間移動をしているのではと疑いたくなるほどの速さだ。それに対応しているイツキも尋常ではない。

「そういえばコレット様についてお話はしたのですか~?」

ユノが偶然にも昼間に出会った少女の名前を出す。

コレット・アメレール。

諸事情によって母子もろとも殺されたことになっている彼女がなぜかデルフィトにいた。時期的に考えて恐らく闘技大会の観光で訪れているのだろう。

「いいえ、伏せています」

「やはり言うわけにはいかないのですね~」

「ええ、私達は彼女の生存を知らないはずなのですから」

もしスメラギの人間がコレットや母親のクララがまだ生きていることを知っているとハロルドが気付けば要らぬ猜疑心を招いてしまう。

アメレール親子は彼が汚名を被ってまで守っている。その想いを汚すことは絶対にしたくないのだ。

いつかハロルドが自ら明かしてくれるまでその秘密に踏み入るつもりはない。

だがそれでも、何一つ言葉をかけないでいることはできなかった。

だからこそエリカは言ったのだ。

次に会うことがあれば友達になってほしい、と。

エリカは実際にコレットを見て感じたことがある。それは彼女もハロルドの味方になれる人間ではないかということだ。

コレットも知っているはずだ。危うささえ感じるハロルドの強さと優しさを。それによって救われ、今もまだ守られているのだから。

そんな彼女と再会できるとすればハロルドが秘密を打ち明けてくれた時だろう。その時に改めて彼女と友人になりたいとエリカは思う。

きっと良い友人になれるはずだから。

「今日はもう休みます。ユノ、貴女も部屋にお戻りなさい」

「畏まりました~。お休みなさいませエリカ様~」

「ええ、お休みなさい」

ユノが退出するとエリカは寝衣に着替え部屋の明かりを消してすぐにベッドへ潜り込む。いつもの布団とは違う、慣れないスプリングの感触。

ストークスの邸のものと比べるとあまり寝心地の良いものではない。

うまく寝付けないでいると先程まで考えていたことが、そしてその続きが頭をよぎった。

もしコレットと再会し友人になれたとして、その時は彼女も自分と同じようにハロルドへ惹かれていくかもしれない、と。

婚約者という肩書きはあるが暫定的なものにすぎない。ハロルドがそれを破棄する心づもりであることも知っている。

そうなればコレットは恋敵になるかもしれない。

普通なら嫉妬をするだろうか。しかし不思議とエリカの心は落ち着いていた。

恋愛において自分が有利だと考えたわけではない。

コレットが恋敵になる。それもいいのでは、とそう思ったのだ。

この数年でエリカは自分がハロルドを慕っていることを自覚した。願うならば初めての恋が成就してほしいとも思っている。

しかしエリカの中ではそんな恋心は最も大事なことではなかった。彼女が何よりも願っているのは愛しい者の幸せだ。

だからハロルドは彼が選んだ人間と結ばれてほしい。それが自分でなくとも構わない。

恋破れればきっと涙するだろう。ハロルドへの恋慕は本物だ。

それでもハロルドがコレットや他の誰かと結婚するなら、自分は晴れやかな笑顔で心からの祝福を送りたい。これもエリカの嘘偽らざる想いだった。

伴侶となるだけがハロルドの支えになれる道ではないのだ。

(だから貴女との再会を私は楽しみにしています)

窓から差し込む月の光を浴びながら穏やかに、未来の友人へ向けて微笑んだ。

煌々と照る月の輝きがコレットの鮮やかな金色の髪を連想させる。そんなことを思いながらエリカは瞼を閉じて深い眠りへと落ちていった。