軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19話

ハロルドとタスクが協力関係を結んだその晩。

夜の帳が下り分厚い雲に阻まれて月明かりも地表には届かない暗闇の中、その闇から逃れるように煌々とした明かりが灯っている一室があった。

その一室では上座に座ったタスクを始め、妻のコヨミと娘のエリカ、タスクの側仕えであるキリュウ、そして汚れひとつ無い割烹着がトレードマークになっているユノの計5人が一様に押し黙っていた。

緊張感をほぐすようにこの屋敷の主であるタスクが会話の口火を切る。

「さて、何か報告があるようだね?ユノ」

「はい。旦那様、そしてエリカ様にお伝えしなければならないことがあります」

おっとりした声ではあるものの普段の間延びした口調とは違った様子でユノはそう切り出した。

「エリカにもか?」

「左様でございます。エリカ様からのご用命で動いていましたので」

その言葉にユノ以外の視線がエリカに集まる。彼女はそれを受けて深く頭を下げた。

「彼女達を勝手に動かしてしまい申し訳ありません、お父様。ですかどうしても確かめなければならないことがあったのでユノの力をお借りしました」

「確かめなければならないこと、とはハロルド君についてかい?」

「そうです。お父様はハロルド様が使用人親子を殺害した、というお噂はご存じですか?」

「ああ、ストークスの市井ではそのような話が出回っているという報告は上がってきているよ」

商人や旅人を装ってストークス領に潜入した内偵からも母子殺害の件は聞いている。ストークス家へ対する元々の嫌悪感もあってか領民の間でかなり広まっているようだった。

「……それが虚偽である可能性が浮上しました」

「虚偽?つまり殺害された噂されている親子はまだ生きているということか?」

「その真相を確かめるためユノ達に協力をしてもらったのです」

そして今、その調査結果を伝えるためにユノはここにいる。

今度は全員の視線がユノに集まった。全員が次に彼女が発する言葉を待つ。

それに対してユノは勿体つけることもなくこう語った。

「今回の件に関してですが流布している噂は誤りでした。殺害されたはずの使用人クララとその娘のコレットは今も存命です」

その報告にタスクは目を細め、エリカは顔を俯かせ両膝の上に置いていた拳を強く握りしめた。彼女の心を罪悪感が覆う。

そんなエリカを気遣うように見やりながら、それでも報告を続ける。

「今彼女達が暮らしているのはブローシュ村というバラック子爵が管轄している小さな村です。かなり手間取りましたが本人からの証言も得られました」

「手間取ったとは?」

「名前を変えておらず村人に聞いて彼女達に辿り着くのは容易でしたが当時の事を頑として語ろうとはしませんでした」

先んじた仲間からその報告を受けたユノは自分の足で現地へ赴いた。実際に話してみれば門前払いとまではいかないが、クララに真相を語る気は全くなさそうだった。

しかしユノとしても「それでは仕方ありませんね~」と引き下がるわけにはいかない。そしてクララと言葉を交えている内にあることにも気が付いた。

それは彼女がハロルドに対して多大な恩を感じている、ということだ。

ハロルドは自ら殺したと主張しながら彼女達の生存をひた隠しにし、殺害されたという噂を知りながらそれを鎮静化させる動きはまるで起こさない。加えて殺されたことになっている彼女がハロルドに恩義を感じているのは何故なのか。

そこまで考えた時、ユノの中にとある仮説が浮かび上がった。その仮説が正しかった場合はクララを揺さぶれるかもしれない妙案だ。

と同時にそれはハロルドとクララ、両者の想いを踏みにじるようなものだった。

しかしそうなったとしてもユノに口をつぐむという選択肢はない。苦い思いを噛み殺して彼女はこんな言葉を続けた。

『ハロルド様は人殺しの汚名を被り、それを進んで肯定しているのですよ。そのせいでハロルド様は今自領の民から敵視されており、表にこそ出していませんが非常に憔悴なさっていました。

わたしも隠された真実を白日の下に晒す気はありません。ですがその真実を語っていただければ秘密裏にハロルド様の理解者を得ることができるのです。どうかあの方を救うと思ってご助力いただけないでしょうか』

所々盛られたその口説き文句は効果覿面だった。ユノの言葉を聞いたクララは顔を真っ青に染め上げて口を手で覆う。

瞳には涙が滲み、痛々しい数分の沈黙を経てようやく彼女はあの日何が起きたのかその全てを明らかにした。

そして後悔する。無理強いをしてまで語らせることしかできなかったことを。

「……彼女はなんと?」

「事の顛末は5ヶ月ほど前、クララが誤ってハロルド様に怪我を負わせそうになったのが発端だそうです」

そこからユノは彼女から聞いた話を正確に、過不足なく部屋いる全員に伝えた。

それをきっかけにハロルドの両親が激昂し斬り殺されそうになったこと。

ハロルドがクララを魔法の実験台にすると嘘をついて地下牢に閉じ込めたこと。

そうして時間を稼ぎながらクララを救出する手段を編み出したこと。

娘が天涯孤独にならないように自分と引き合わせてくれたこと。

荷馬や家財道具、さらには多額の支度金まで用意し無償で提供してくれたこと。

今そうして汚名を被っているのは恐らく自分達の身の安全を確保するためだということ。

「……彼女は涙ながらにそう話してくれました」

ユノの報告を聞いて誰もが言葉に詰まっていた。

あの不遜な態度の内側にハロルドがどれだけの強さと優しさを持ち、また同時に苦しみを抱えていたのかを知ったから。

そしてそれを知っているクララが彼を助けるためとはいえ彼の想いを無下にして真実を口にするのはきっと身を切るような思いだっただろう。

不意にエリカが立ち上がり襖に手をかける。その背中をタスクが呼び止めた。

「エリカ、どこに行くつもりだい?」

「……私はハロルド様に謝らなければなりません。何も知らず、知ろうともせず、ただ感情のままに罵り、あまつさえ手まで上げてしまいました。到底許されることではないですけれど、それでもせめて……」

誠心誠意謝ることくらいはしなければいけない。

しかしその想いはタスクによって阻まれた。

「それは認められないな」

「何故ですか?」

「彼がここまで身を呈して守っているんだ。それを知った私達が取るべき行動は秘密の共有ではなく秘密の厳守だ。まだお互いを信用しきれていない相手に情報が漏洩したと知ればハロルド君のことだ、さらなる漏洩を警戒して今より孤立してしまうだろう」

そうなればこれまで孤軍奮闘してきたであろうハロルドをさらに孤独に追いやる危険性がある。ハロルドならそれでも何とかしてしまいそうではあるが、やはりそれは荊棘の道だ。

分厚い仮面の下では絶え間なく傷付き、時には涙しているかもしれない。

「エリカが謝りたいと思うのは当然のことだよ。でもそれは本当に彼への罪の意識からくるものかな?酷い仕打ちをしてしまったことへの許しが欲しいだけじゃないと言い切れるかい?」

「っ!」

だからタスクは止めた。愛娘に理不尽で厳しい言葉を向けてでも。

エリカもタスクが言わんとしていることは分かる。頭でなら納得もできた。だが心は、感情は、理性で片付けることができない。

「……ではどうしたらいいのですか?過ちを正すことも、頭を下げることもできない私はどうすればいいというのですか!?」

そう叫ぶエリカの姿は年相応の幼子だった。普段必要以上に大人びているエリカの子どもらしい振る舞いに、非常に場違いであるとは承知しながらもタスクは微笑ましく思う。

スッと立ち上がりエリカに歩み寄ったタスクは、自身の腹部ほどの高さに位置するエリカの頭を優しく撫でた。

「お前はハロルド君を支えられる人間になりなさい。彼は優秀だけどあまりに優れすぎている。時にその力は彼を孤独にするだろう」

ハロルドと言葉を交わしたタスクは直感的に感じ取ったことがある。恐らくハロルドは自分と、というより一般的な人間と違う視点で世界が見えているのだろう。

そうでなければ“俺以外の人間には理解の及ばないことだ”などという言葉は出てこない。

どこか嘆くような口ぶりでそう語っていた彼はタスクが懸念した自身の未来を理解しているのだろう。しかし幸か不幸か、ハロルドはその孤独に耐えるだけの強さも持っている。

彼ならばどれほど険しい道のりでも止まることなく歩み続けて行くはずだ。タスクはそんな意思の強さをハロルドから感じていた。

「自分の行動を償いたいと思っているなら許しを請うのではなくて彼が成そうとしている事を見守り、支え、寄り添い、真に理解できる人間になってみせるんだ」

「ハロルド様に寄り添い、真に理解できる人間に……」

「それはとても難しいことだろうね。ハロルド君はその優秀さ故、協力者は求めても仲間は必要としないかもしれない。1人で多くをこなせてしまう彼の独断を信じて付いて行くことがエリカにはできるかい?」

何よりハロルド自身がエリカを遠ざけようとしているのは明らかだ。タスクにはハロルドが意味もなくそのような態度を取るとは思えない。

エリカに対してそうするだけの理由が彼にはあるのだろう。

つまりエリカがどれだけ心を尽くしたところで省みられないかもしれないのだ。それもまた過酷な道を歩むことになる。

「……」

そしてここで安易に「できます!」と断言できるほど、エリカは思慮の浅い子どもではなかった。自らの行動がどれだけ自己中心的で、タスクが言う理想像からかけ離れたものか痛いほど分かっているからだ。

悔しそうに唇を噛んだエリカに屈んで目を合わせたタスクは、情に満ちた優しい声で諭すように語りかける。

「今すぐ答えを出す必要はないよ。彼の姿から学んでどうしたいかを決めればいい。まあ手を上げたことについてはやり過ぎたと謝罪するべきだけどね」

意気消沈した様子で小さく「はい……」とだけ漏らしたエリカを自室に帰す。今日これ以上何かを言っても心を整理できないだろうと判断した。

エリカと、その背中に従ったユノが退室するとタスクは苦笑いを浮かべた。

「婚約が決まった時も相当だったが、今回もかなり落ち込んでいるようだな」

「その理由はまるで逆のようですけどね」

対してコヨミはくすくすと鈴を転がすような声で笑う。

ほんの2ヶ月ほど前は気丈に振る舞いつつも望まぬ相手との婚約に内心では気落ちしていたエリカ。

それが今やその相手を傷付けてしまったことに後悔を覚え、認められたいとすら思っている。その気持ちを本人はまだ気付いていないようではあったが。

「子どもはこうして成長していくのだな……」

「しみじみと何を仰るのですか?我が子の成長を実感するのは初めてのことではないでしょう」

「愛娘となるとその感慨もまたひとしおだよ。ところでキリュウ、イツキの返答はどうだった?」

「明朝にはお戻りになるとのことです」

長らく無言で控えていたキリュウの言葉にまたもやタスクは苦笑を漏らした。

「まあアイツのことだからそう言うとは思っていたが」

「あの子はエリカを愛していますからね。鍛練でもハロルド君と戦わせてしまったらやり過ぎてしまわないかしら?」

「恐らく大丈夫だろう。ユノからの報告ではハロルド君もかなりの腕前らしい。一方的なことにはならないはずだ」

とはいえタスクとしてもイツキが負けるとは思わないのだが。何にせよあの2人がぶつかり合うのは中々に面白そうだ、と少年じみた出来心が顔を覗かせる。

「悪い顔になっていますよ、貴方」

「心外だ。未来ある子ども達に心が踊っているだけだよ」

「旦那様もまだまだお若い、ということですかな」

「はは、違いない」

「はあ、男の人というのはいくつになっても子どもなんですから」

ニヤニヤしながら頷き合うタスクとキリュウにコヨミは呆れてため息を吐いた。

そんな大人達のやり取りが行われていることなど知るよしもないハロルドは、予期せぬ事態もあったがそれでも順調に事が運ばれていると満足し、久しい敷き布団の感触を味わいながら寝こけていた。

そして迎えた明くる日の朝。

上機嫌さなど微塵も感じさせない冷めた表情を貼り付けたハロルドはタスク、コヨミ、そしてエリカの3人と一緒に朝食を摂っていた。その会食も一段落した時の出来事である。

「そうだ、ハロルド君。昨日の件だけど君に相応しい相手を用意したよ」

食後の緑茶を口にしているとタスクがそう切り出した。

ハロルドはその言葉に眉根を寄せる。

「昨日の今日でずいぶんと手際がいいな」

「たまたま実力者が近くに来ていてね。手合わせを打診したら二つ返事で了承してくれたんだよ」

「そいつは何者だ?」

「それは会ってのお楽しみさ。今朝戻ってきたばかりだけど早速手合わせをしてみるかい?」

「無論だ。場所は用意してあるんだろうな?」

逸る気持ちを抑えきれずに食い付くハロルド。その姿を見てタスクは一層笑みを濃くする。

「当然だとも。馬車で移動するから準備を整えてくれるかい?」

タスクのセリフを聞くや否やハロルドは席を立ってあてがわれている自室へと戻る。和装――旅館の浴衣のような格好では戦いづらいので着替えるためだ。

「昨日もそうでしたけどハロルド君は正座が平気なのね」

「侍女の説明を聞かなくとも和服を着れたというしな。箸の使い方や内履きに関してもそうだがスメラギの文化への造詣が深いようだな」

「……そういえばサクラのことも知っているようでした」

空いたハロルドの席をスメラギ一家は不思議そうに眺める。

それから数十分後、いつもの装いに着替えたハロルドの姿は馬車の中にあった。乗り合わせているのはタスクとキリュウ、そしてなぜかエリカである。

ハロルドの隣に座るエリカは非常に気まずそうだった。その気持ちはハロルドもよく分かる。

本人が嫌がっているのは間違いない。恐らくタスクに何かしらの考えがあってのことだろう。

そう結論付けたハロルドは余計な口を開かず馬車に揺られ続けた。

それからしばらくして到着したのは巨大な武道館だった。

馬車を降りてまず目に入ったのが有に10メートルはある門。それは見る者に威圧感を与え、門をくぐり抜けて敷地内に入れば広大な土地の中に様々な施設が立ち並んでおり、そこかしこから掛け声や床を打ったようなドン、という音が耳を澄まさなくとも聞こえてくる。

ハロルドが案内されたのはその中でもとりわけ厳かな雰囲気で佇む2階建ての道場だった。

外観と同じく木製の外付け階段を登り2階に備え付けられている正面玄関から道場内へと入る。

格子状の窓からは太陽の光が差し込み薄暗さを感じさせないそのフロアはまるで休憩所のようだった。一角には何人もの大人が横たわれる広さが確保された畳が敷かれている。

ガヤガヤと活気溢れていた休憩所はタスクとエリカが姿を現すと一瞬で静まり返り、その次の瞬間には全員が頭を下げて礼をの姿勢を取った。

「いきなり訪ねてすまないね。少し下の道場を借りるよ。イツキは来ているかい?」

「はい、今朝方お見えになりました」

タスクは道場内にいる人間に気安く話しかけ、話しかけられた男達も慕うようにそれに応える。信頼関係が目に見えるようだ。

そんな光景を目にしながら先導するキリュウの後を追ってハロルド達は1階に下りる。

そこにあったのは剣道場だった。競技用のコートが2面並んでおり天井は吹き抜けになっている。

2階は観客席が設置されていて、タスクの訪問があったせいか何事かと上から1階の様子を覗き見ようという人間がぞろぞろと現れる。

だがそんな見物客などハロルドにとってはどうでもいいことだった。彼の目は既にある一点に釘付けとなっていた。

剣道場の中心で竹刀を振るう1人の少年。ハロルドより年上だろう12、13歳ほどの少年が黙々と素振りを繰り返している。それだけで視線を引き付ける力が彼にはあった。

「イツキ」

タスクが名前を呼ぶとその少年は素振りをやめてハロルド達の方へと向き直る。

純日本人のような黒髪黒目。身長はハロルドより10センチは高く、爽やかで端正な顔立ちはハロルドの元の世界でもアイドルとしてやっていけるほどだ。

目の覚めるような美少年ことイツキは開口一番こんなセリフを口にした。

「おお、エリカ!しばらく見ない内に一段とキレイになったね!」

タスクをスルーしてエリカへと一直線に突進し、その手を握りしめてひたすら賛辞を吐き出し続ける。エリカは困ったようなものを見る目をイツキに向けていた。

「……おい、まさかこいつが俺の相手か?」

「言いたいことは分かるが実力は確かだ。安心するといい」

「俺は“強い奴を用意しろ”と言ったはずだぞ。どう見ても子どもだろうが」

「それは君もだろう?」

エリカ以外眼中になし、といった様子だったイツキはしっかりとハロルドの方にも意識を割いていたらしい。エリカに向けていたものとはまるで違う、どこか黒さが漂う笑みでハロルドに向かい合う。

「まずは自己紹介をさせてもらおう。僕はイツキ・スメラギ。エリカの兄だ」

「……ハロルド・ストークスだ」

「それだけかい?違うだろう?最も大事なことが抜けているじゃないか」

イツキはハロルドの左肩にポンと手を乗せる。

「君はエリカの婚約者なんだろう?僕の!自慢の!!妹のねっ!!!」

右手が置かれた肩がギリギリと握りしめられるのを感じながらハロルドは悟った。

こいつは間違いなく重度のシスコンだ、と。