軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

125話

至るところから白煙が立ち上り、何かが焦げたような匂いが鼻を突く。その何かは、一言で表すならトラヴィスの街全体だ。

避難所兼治療所となっている高台から崖下を見渡せば、そこには壊滅状態となったトラヴィスの街が広がっている。見ているだけで自然と涙がこぼれてしまいそうな光景だった。

それでもエリカは口を真一文字に結んでその光景を目に焼き付ける。

これは自分の力では守れなかった現実だ。そしてハロルドや仲間がいなければスメラギもトラヴィスと同じ結末を迎えていたかもしれない。その事を強く自分の心に刻み付ける。

「エリカ」

「……リーファさん。交代のお時間ですか?」

「んーん、あたしも休憩」

小さな体で目いっぱいの背伸びをしながら、リーファがエリカの隣に立つ。

二人の視線は共に焼け落ちたトラヴィスに向けられていた。

「ほんと、ひどい有様だよね」

「はい……」

「……実を言うとさ、もっと他にできることがあったんじゃないかって、そんなことばっかり考えてる」

「私もです。自らの力不足をいやというほど痛感して……」

数日前に突如発生した大量のモンスターによる襲撃。

その数はスメラギ領で発見されたものより多く、偶然居合わせたエリカ達と事前に情報を得ていたらしく警備を強化していた騎士団が力を合わせてモンスターを食い止めながら街の人々を海路と陸路で避難させる二面作戦が展開された。

結果的に多くの人々を救うことはできたが、街は蹂躙され救うことのできなかった命も当然ある。その数も決して少ないものではない。

故にエリカだけでなくリーファも、他の仲間も、そしてきっと騎士団も全員こう思っているはずだ。

もっとたくさんの命を救える方法があったんじゃないか、と。

「でもそれは……思い上がりなのでしょうね」

わずかに躊躇してから吐き出した言葉。

リーファはそれを否定せずに受け止めてくれた。

「うん。あたし達は物語に出てくる英雄でも神様でもないから。目の前の人を全て救うなんて、そんなことできっこない」

「それに後悔ばかりしていては私達が助けて、それを感謝してくれた方々の気持ちを蔑ろにしてしまうような気がして」

命が助かった人の中には重い怪我をしている者も多くいた。そのまま放っておけばそのほとんどが死んでしまっただろう。

そこで治癒魔法の使えるエリカとリーファは襲撃が終わった後も丸二日以上一睡もせずに怪我人の治療にあたった。その甲斐あって治癒魔法が必要となるほどの重傷を負った人々は救うことができた。

加えて言えば旅の最中に顔を合わせる機会が何度かあった旅商人のエルが、トリアージという怪我人を段階分けする方法を提案してくれたおかげで効率的に重症者を治療することができたのも大きかった。

知人に教わったと言っていたが、状況が落ち着いたらご教授願いたいところである。

ひとまず治癒魔法が必要ない程度には小康状態となった今は炊き出しを始めとして避難所での作業に従事していた。

急がなければいけないのは仲間の誰もが理解しているが、それでもこの光景を前にして見過ごすことはできないというのが全員の総意だ。女性陣は炊き出し、男性陣は街の中で取り残された人がいないか捜索作業に精を出している。

それもあまり長くはできないだろうが、だからこそ一生懸命に頑張っていた。ハロルドの行方が分かるまで同行を願い出たウェントスとリリウムもそうだ。

彼らにもきっと思うところがあるのだろう。自分達の中で誰よりも精力的に働いていた。

「私は作業に戻ります。リーファさんはゆっくり――」

「ちょーっと待った!もう少しだけあたしの休憩に付き合ってよ」

「え?ええ、それは構いませんが……」

ベンチと呼べるほどしっかりとしたものではないが、それでも座れる程度には整えられた長石にリーファと並んで腰かける。お世辞にも良い座り心地とは言えない。ただ、それでも久しぶりにほっとしたような気持になる。

それだけ長い期間、ずっと張り詰め続けているのかもしれない。そんなエリカの内心を見透かしたようにリーファは語りかけてきた。

「最近はいろいろあってさ、あたし達みんな全然心から落ち着く時間がないのよね」

「そうですね。喫緊の問題があるので仕方がないのかもしれませんが……」

「まあだから今くらいはゆっくりさせてちょうだい」

言うや否や、リーファは寝転ぶと隣に座っていたエリカの足に頭を乗せた。いわゆる膝枕の体勢だ。

「あぁ~、予想した通り最高の寝心地……」

「り、リーファ?急に何を……」

「エリカの膝枕を堪能しようと思って。というか、やっと呼んでくれたわね」

「え?」

「リーファって。最近はずっとリーファさんだったから」

「そ、それは……」

「別に責めてるわけじゃないわよ?エリカなりの考えとか心境の変化があったんだと思うし」

心境の変化、という言葉がエリカの心をざわつかせる。

自分にはハロルドの傍に立つ資格がないのだと思い知ったあの日。自分の積み上げてきたものが無意味だったと悟ったあの瞬間。

エリカは自分の心がひしゃげる音を聞いたような気がした。

そしてリーファは、そんなエリカの心情をなんとなく察しているのだろう。エリカの目をしっかりと見ながら、それでいて優しげな微笑みを浮かべる。

「でもそれはそれとしてエリカは真面目過ぎ」

「……そう、なのでしょうか」

「そうよ。まあそれ自体は美徳だけど、恋愛くらいもう少し自分本位になってもいいんじゃない?」

リーファの言いたいことは分かる。立場や柵などに囚われず、一個人として素直に好意を伝えてもいいのだと。

きっとハロルドはそれを望まないだろう。そう考えたからこそ恋情はひた隠し、そうすることこそがハロルドのためになるのだと自分に言い聞かせてきた。

でも本当は、自分の想いを伝えてきっぱりと振られてしまうことが怖かったのだ。ハロルドが望まない、なんてものは体のいい言い訳でしかなかった。

「私には自信も勇気もありません……」

「え、煽ってる?」

「そんなまさか!煽っているつもりなどありません!」

「エリカで自信が持てないなら誰が持てるのよって感じなんだけど……?」

なんてことを言いつつリーファはエリカの膝に頭を乗せたまま眉間にしわを寄せてうむむ、と悩み始める。

その様子がなんとなく猫を連想させて、エリカはその髪を撫でつける。一応それなりに大事な話をしているはずだが、リーファの存在が本来なら張り詰めているだろう空気を緩和してくれているような気がした。

凄惨な現実から切り離されたような、ゆったりとした時間。しばらく撫でられるままになっていたリーファが、ふと妙案を思いついたような口ぶりでこう切り出した。

「ハロルドが首を縦に振るまで告白してみるのはどう?」

「どう?と言われましても……」

リーファは才媛と呼んで差し支えない少女である。そこまで長い時間を一緒に過ごしたわけではないが、それでも理知的な面は何度も目にした。科学という分野に精通しているからなのかエリカでは思いつかないような突飛な発想をすることもあるが、それも突き詰めていけば知識に基づいた合理的な判断だった、ということもある。

とても力業に聞こえるこの発言も何かそういった含蓄を含んだものなのだろうか。

「一回振られたら終わりって思うから怖いし勇気が出ないのよ。アイツが“うん”って言うまで何度でも告白してやる!って気持ちでいきましょ」

どうやらそんなことはなさそうだった。

まあ成功するまでトライ&エラーをくり返すという考え方は非常に科学者的ではあるのだが。

「さすがにそれは……ハロルド様にもご迷惑ですし……」

「いーいーかーら!」

起き上がったリーファはエリカの前に立つと、手を伸ばして両の手のひらでエリカの頬を挟む。

そしてエリカの目をじっと見つめた。

「『あなたは美しい、月明りに踊る華のように。』」

「き、急に何を?」

「これはあたしの村に伝わる、恋する女の子のためのおまじない。初めてやったけど、おまじないというより告白みたいね」

頬から手を離してリーファはいたずらっぽく笑う。

「でもこれで自信と勇気の問題はクリアでしょ?」

「……どうしてここまで背を押してくれるのですか?貴方だって、ハロルド様のことをお慕いしているのだと」

「惹かれてるとは思う。エリカみたいにはっきり好きって言えるほどじゃないけどね」

「では、どうして?」

「あたしはエリカのことも好きだから」

臆することなく、照れた様子もなく。面と向かってリーファはそう言い切った。

そういう意味合いではないと分かっているが、ここまで真っ直ぐ好意を伝えられるとエリカの方が気恥ずかしく思ってしまう。

「正直さ、こうやってエリカの背中を押すことが正しい選択なのかは分からない。エリカやハロルドのためを思うなら、静観しているのが正解なのかもしれない」

リーファの顔に少しだけ影が差す。きっと彼女にも抱えている悩みがあるのだろう。

まるで苦渋の選択をするような、そんな表情に見えた。

「でも、それじゃやっぱりいやなの。たとえ間違っていたとしても行動しなかったことで後悔したくない!あたしは皆が、あたしの好きな人達が心から笑い合える未来を夢見たい!」

「リーファ……」

「その結果誰かに恨まれても嫌われても構わない。この想いこそがリーファ・グッドリッジの原点だから」

果たしてそれはどれほどの覚悟が秘められた言葉なのか。それをエリカに推し量ることはできない。

けれど、きっとリーファという人間の生き方を決定づけるに足る想いなのだろう。

どこかハロルドにも重なるその人生の在り方にエリカは素直に羨望を抱いた。

「……私は改めて貴方に敬意を表します、リーファ。」

「あたしの方こそ。ここで心からそう言える人間だから、あたしはエリカのことも好きになれたんだと思う」

「?」

その言葉の意味が分からずエリカは小首をかしげた。

そんなエリカを見て、リーファは少しだけ呆れたような表情をする。

「あたしの励ましだって人によっては警戒するんだからね?」

「警戒……ですか?」

「恋敵を焚きつけて、ハロルドに振られるように仕向けてるんじゃないかって」

そう指摘されてハッとする。

確かに見方を変えればそういう捉え方もできるだろう。エリカの中には全くと言っていいほどない視点だった。

エリカがハロルドに振られてしまえば、リーファとしてはライバルが減る。親身にしているように見せかけながら、その実は敵を蹴落とす構図になっているわけだ。

「リーファ……貴方は政治家にも向いているかもしれませんね」

「それ褒めてるの?」

「ええ、もちろん」

しばし向かい合ったままのリーファがぷっと吹き出したのをきっかけに、顔を突き合わせてくすくすと笑う。

本当に久しぶりに陰りのない笑顔を浮かべることができたと実感する。

リーファと出会えたこと、そして親しくなれたのはエリカにとって間違いなく大きな財産となるだろう

すぐには難しいかもしれない。でもハロルドのためにではなく、ハロルドのためになりたいと思う自分自身のために。ゆっくりでも一歩一歩、ハロルドに対する考え方を変える。

(そのためにはどうしたらいいかなんて簡単に答えを出せる問題ではありませんが、せめてこの旅路が終わる頃には……)

そう意気込んだエリカは、少しだけ晴れやかになった心で作業に戻る。

焦らず、でも着実に変わっていこうと思えた。思えていた。

翌日の早朝、バーストンという小さな町でもトラヴィスのようなモンスターの襲撃が起きたこと。そしてそれに巻き込まれたハロルドが消息不明になっていることをユノから報告をされる、その時までは。