軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12話

「生育状況はどうなっている?」

「全6ヶ所で順調な生育を確認しています。収穫量も概ね想定通りです」

「ならさっさと手を拡げたいところだが……」

「残念ながらこれ以上規模を拡大させるとなると人手が足りません」

「監査が入らないと利益に目が眩み自分勝手な栽培に走る農家も出るでしょうな」

LP農法の試験運用を開始して2週間、一希はノーマンとジェイクの2人とその成果を確認しつつこれからの展望を話し合う。

場所はもちろんハロルドの部屋だ。この頃は部屋にいても1人ということが少ない。ノーマン、ゼン、ジェイクの誰かしらが部屋に居ることが多くなった。

「人手不足に関しては俺じゃどうにもできない。この邸で他に使えそうなのはいないのか?」

「現状では難しいですな。アリアスやセクソンに協力してもらえば一時しのぎにはなるでしょうが……」

ノーマンがクララ救出計画に尽力した兵士達の名前を挙げる。

だが彼らに本来の仕事と平行して農村まで出向いて監査役までやらせるのは現実味が薄い。ノーマンが自分で口にした通り一時しのぎにしかならないだろう。

「ちっ、ならいっそのこと外部の人間でも雇うか……?」

「外部ですかな?」

「例えば父に自分専用の側近が欲しいと頼み込んで……いや、それでは駄目だ。父の息が掛かった奴じゃ余計に動きづらい」

ぶつぶつと独り言に没頭しそうになった 一希(ハロルド) をジェイクが呼び止める。

「ハロルド様、まずは報告の続きをさせていただきたいのですが」

「ん?ああ、土壌の件か」

「はい。試験畑の土壌についてですが大きな変化は見られていません」

試験畑というのは早い話がジェイクの自宅に作られた畑のことである。そこで3種類の野菜をただひたすらに栽培し続けているのだ。

確認したいのは長期間、もしくは大量にLPを注いだ場合土壌に問題が発生するかどうか。これで土が痩せ細って畑として使えなくなるとなれば即刻中止しなければならない。

「今回でローテーションはいくつになった?」

「赤グルトが7回、スズイモが6回、ブルーナが11回になります。定期的に調理師達にも試食してもらっていますが味にも違いは出ていません」

「悪くはない報せだがまだまだ試行回数が足りない。引き続き試作栽培を行って経過を見ろ。それから……」

こうして数日に1度は顔をつき合わせ状況の把握に勤しむのが一希の日常になっていた。学生時代には味わえなかった充実感はあるが未だに前途は多難である。

そして高校や大学の授業とはまた違う頭の使い方をすると、その反動か体が暴れることを要求してくるようにもなった。

というわけで議論を終えた一希が剣を携えて足を運んだのはすっかりお馴染みになった邸の裏に広がる森の中、クララ救出計画で利用した拓けた地点だ。

思い切り剣を振れる唯一の場所である。

到着するなり一希は軽く体をほぐすと早速いつものルーティーンを開始する。

袈裟斬り、斬り上げ、回転斬りの3連撃。

しかしその剣速や剣閃の鋭さは鍛練を始めた当初とは比較にならないほどの域に達していた。空気さえも斬り伏せてしまいそうな、見る者を圧倒する剣舞。

だが 一希(ハロルド) の剣技はそれだけに留まらない。

目を閉じ呼吸を落ち着け神経を研ぎ澄ます。

訪れる静寂。それを破るように一希が動き出す。

1秒足らずで繰り出されたのは先程までと同様の3連撃。異なるのはそこからさらに先。

回転斬りで振り抜かれた刀身に宿っていたのは――雷。

「『 雷迅(らいじん) 』」

その言葉に呼応するように輝きを増した電流は、刀身が地面に突き立てられた瞬間に放たれた。

一希を中心に8本の雷撃が発生し周囲を襲う。ひとつは地面を抉り、ひとつは岩を焦がし、ひとつは幹を砕いた。

雷撃のリーチはおよそ3メートル。しかも全方位への攻撃が可能という数的不利をものともしない一撃を放った一希は、しかし不服そうに呟いた。

「この程度じゃ使い物にならない」

今しがた一希が放ったのは『Brave Herats』では初級技に数えられる『雷迅』という技だ。

見た目は中々派手であり初めて成功した時は一希自身がビビったりしたのだが、ゲームでは所詮 MP(マジックポイント) 消費5の雑魚技である。主人公がレベル1桁で修得するだけにダメージもお察しだ。

ではなぜ不服なのかというと、不思議なことに一希の中には“もっとやれる”という感覚が芽生えているからに他ならない。最初は雷撃の数が4本だったことを考えればその感覚はあながち間違っていないだろう。

ハロルドは基本的にどの属性の魔法も使用可能だが、中でも彼を象徴するのは雷である。そんなハロルドの体が“俺はこんなものじゃない”と叫んでいるようで、その訴えに応えるように一希は脳裏をよぎる理想の雷迅を完成させようと一心不乱に剣を振るう。

だから気が付かない。今の自分が10歳の子どもでは到底辿り着けない高みに登っていることに。

それがどれだけ異常であるかということに。

そんな自分が他者からどう見られるかということに。

(これは大変なものを見てしまいましたね~)

内心はいつもと変わらぬおっとりとした口調のユノだが、珍しくその頬には一筋の汗が伝う。

ストークス家の内偵が一段落し、本格的なハロルドの調査に乗り出した初日に目を疑う光景に遭遇してしまった。彼に出会ってから自分の五感を疑ってばかりいる、と微かな苦笑が漏れる。

しかし笑ってばかりもいられない。どう考えてもハロルドは普通ではなかった。

自分の背丈に近い鉄剣を軽々と振り回し、その剣速は歴戦の剣士に引けを取らない。加えて既に魔法を付加した剣術まで扱えている。

それ自体は何かを証明する決定的な根拠にはならないが、彼には大きな秘密があるとユノは確信した。

問題はその秘密がスメラギ家、そしてエリカに危害を及ぼす危険性があるかどうか。

事前に用意していた手筈では正面から接触しようと考えていたが、万が一のために探りを入れる手段を練り直した方が良さそうだ。そう思い踵を返し音もなく立ち去ろうとした瞬間にそれは起こった。

ハロルドに背を向けたユノの背後でガン、という重々しい衝撃音と共に空気が震える。

(――っ!?)

突然の事態にユノは反射的に身を竦めた。

音の正体はハロルドの剣。それが今は主人の手を離れ、ユノが身を隠していた木に深々と突き刺さっていた。

意識が切り替わる一瞬の隙を狙い澄ました不意打ち。そこに木が無ければ確実に彼女を貫いていただろう。

その事実にユノの血の気が引く。それでも声を上げなかったのは彼女がこれまで培ってきた鍛練と経験の賜物だろう。

だが驚きのあまり茂みを盛大に踏み鳴らしてしまったのは致命的な失態だった。

「誰だ?コソコソと隠れていないで姿を現せ」

ハロルドの鋭い声が響く。

このまま逃走を図ろうかとも考えたが自分の隠密行動を的確に見抜いた彼の目を誤魔化すことはできないだろうと観念し、ユノはハロルドに姿を晒した。

するとハロルドは若干目を見開き、次に本当にわずかながら表情を変えた。

(今のは安堵……でしょうか~?)

その変化を読み取れたのはユノの類い稀な観察眼の力である。

しかしそれが意味するところは分からない。

対する一希は最高潮にテンパっていた。

雷迅の練習に熱中し過ぎたあまり右手からすっぽ抜けた剣はあらぬ方向へと飛び立ち、10メートル以上離れた位置の木に刺さることで止まった。

驚いたのはそこに何かの気配があったことである。

まさか人にでもぶち当たって怪我をさせてしまったんじゃないかと大慌てで声をかけた。そのまま茂みの方へ駆け出そうとしたところで木の陰から現れたのはユノだった。

見たところ怪我をしている様子はなく一希は胸を撫で下ろす。危うく殺人犯になりかけてしまった。

「申し訳ありませんハロルド様~、つい出来心で~」

一希がハロルドの口でも謝罪の言葉を捻り出せるのかと悩んでいるとなぜかユノが頭を下げた。

どうやら 一希(ハロルド) の鍛練を覗いたことへの謝罪らしい。一希にとって別にそんなことはどうでもいいのだが。

「陰でうろちょろするな、小賢しい。立場を弁えなければ手痛い傷を負うことになるぞ」

見てるなら目の付くところに居てください。どこに居るか分からないと怪我をさせてしまうかもしれないので、という一希の気遣いは微塵も伝わらない。

むしろユノにはこう聞こえていた。

(釘を刺されてしまいましたか~……)

こちらの存在を易々と看破し、抵抗の余地を与えずに、かつ無傷で鎮圧する鮮やかな手腕。エリカという護るべき存在が側に居る状況ではとても相手取れるものではない。

彼もそれを理解しているからあえてこうして警告しているのだろう。

――これ以上踏み入るのなら次は無いぞ、と。

ハロルドが子どもだからといって気を抜いていたつもりはない。甘くも見ていなかった。

それでもユノは軽々と上回られてしまった。まるで最初から全てを見透かされていたかのように。

完敗だった。果たしてハロルドには戦ったという意識があったのか。そんな疑問すら感じるほどの力量差を見せ付けられた。

彼は武力だけではなく智謀すらも兼ね備えていた。

「ふん、まあいい。ところで箱入り娘はどうしている?」

言葉を返せないでいるユノにふとハロルドがそんなことを尋ねてきた。

いきなりの話題転換にユノは面食らいつつもその質問に答える。

「エリカ様はまだ少し体調が優れないようです~。慣れない環境に戸惑っているのかもしれません~」

(ただの体調不良にしちゃ2週間は長いよなぁ。病弱設定は無かったはずなんだけど……)

街の案内から戻ったエリカは気分が優れないと言い出し、あれ以来ほとんど部屋に篭っていて姿を見ていない。お陰でLP農法の試験運用にかかりきりになれているが、ここまで長いとだんだん心配が大きくなってくる。

もしや何かのフラグじゃあるまいな、と危機察知能力が警鐘を鳴らす。まあ既に手遅れなのだが。

「大方自分の家が恋しくなったんだろ。さっさと帰ったらどうだ?」

「冷たいお言葉ですね~。仮にも婚約者なのですからもう少し優しさを見せてもよろしいのでは~?」

それができたら苦労はしないのである。ハロルドの口はさながら呪いの装備だ。

「下らない。貴様の言う通り俺とアイツの関係は仮初めだ。そんなものに縛られるつもりはない」

「どういう意味でしょうか~?」

(あ、ヤバい。喋りすぎたかもしれん)

将来的に婚約を破棄するつもりであることはまだ公にはできない。

この思惑を知っているのは手紙を読んだタスクだけだ。そして書いておいてなんだが一希もタスクがそれを全面的に信じているとは思っていない。

だからこそハロルド・ストークス自身に婚約を解消する意思があるということを今の段階で誰かに知られるのはリスクが高い。

現段階では準備が整う目処すら立っていないのだ。

「貴様に説明する必要はない」

まともに誤魔化すこともできず、そんな負け惜しみ染みたセリフを吐いて一希はユノから逃げるように邸へと戻る。

後頭部辺りにユノの視線を感じたが無視を貫いた。