軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

119話

「ウェルズさん、本当にこんな話を信じるんですか?」

町長の判断に、これまで黙していた代表者の一人が声を上げた。

確かに客観的に見ればハロルド達は怪しさ満点であり、こんな現実味の薄い内容の話を信じるのは難しいのも理解できる。

それに対してウェルズはため息を一つ吐いてから答えた。

「みなの言いたいことは分かる。だがフィオナ君……きみは彼らの言うことを信じているんだろう?」

そう尋ねられたフィオナは迷う様子もなく言葉を口にする。

「はい。私は彼らの言うモンスターも、明らかに人の手が加えられている地下施設もこの目で確認しました。これは早急に手を打たなければいけない事案です」

「だがなぁ……」

なおも渋る男は横目でハロルドを見やる。

その視線の意味を理解しているだろうフィオナはそれでも言葉を続けた。

「彼らが怪しい、という意見は分かります。話を聞く限りストークス氏が清廉潔白とは言い難い身の上であることも確かでしょうし、もしかしたら全てが彼の仕組んだことかもしれません」

「そこまで分かっているならなおのこと慎重に話し合いをするべきではないかね?」

「この件に関して氏から開示していただいた以外の情報を持っていない私達が適切な判断を下すことは困難です。仮に今の話が町から人々を追い出すための体のいい口実だとしても、地下に大量のモンスターが蠢いているという潜在的な危険は変わりません。そして今は速やかに事の真偽を確認し、真実であれば根本的な解決策を模索する必要があります」

今朝まで青い顔をしていたのが嘘のように、フィオナは毅然と言い放った。

そんな彼女を前にして反論の気勢が徐々に落ちていく。

「そのためにもまずは町民の避難を優先させなければなりません。もし私の父が生きていれば、私と同じものを目にしたならば、きっと同じ判断を下したでしょう」

「……ローレンス君でも、か。確かにきみは彼によく似ているよ……」

生前のフィオナの父親がこの町においてどれだけ信用を置かれていたかはハロルドの知り得るところではないが、それが最後の一押しになったらしく今度こそ誰も反対の言葉を口にすることはなくなった。

そのタイミングを見計らってハロルドはその場を締めくくった。

「話はついたようだな。ならさっさと行動に移せ」

話し合いを終えてからの各々の動きは迅速だった。

町の代表者達と騎士団の面々はあの後すぐに地下の状態を確かめに向かう人員の選定を開始し、翌日にはハロルドと共に再び坑道の最奥に足を運ぶことになった。

町の代表として抜擢されたのはフィオナと副町長、そして自警団の代表を含めて三人。騎士団からは多少なりともハロルドへの理解があるシドと、部隊長のラガレスの二人。

そこにハロルドを加えた計六人で地下の施設へと足を運び、各人がモンスターの大群を確認して絶句するという通過儀礼を果たす。

それを確認したのち、町の代表者達は坑道内に可燃性のガスが充満しており、それが原因で巨大な爆発が発生する恐れがあるとして住民達に避難を呼びかけ始めた。

町の地下に大量のモンスターが潜んでいて、それらが襲ってくるかもしれないという現実味の薄い話よりも、こちらの方が町民の危険意識を刺激できるだろうとハロルド、町の代表者、そして騎士団との間で取り決めた嘘である。

その甲斐もあってか避難勧告の翌日から町を出ていく者がそれなりにいた。

恐らくはバーストンに閉塞感を覚えていたり、いずれこの町を出ていこうと考えていた者達がこれをきっかけにしたのだろう。今回の騒ぎは故郷を出ていくという決心をするのに一役買ったのは間違いなく、また移住先を確保してあることも彼らを後押ししたことに繋がった。

事態が収まれば帰ってこられる、一時避難という名目も非常に大きい。まあ実際には再度戻ってこられるかとても怪しいのだが。ハロルドが想定している事態となればもう一度この町に住むというのはまず無理だろう。

もちろんそんなことは誰にも伝えていないが。

(その代償として移住先と援助資金は用意してあるから大丈夫大丈夫……)

と説明責任を放置しながら内心でそんな言い訳をくり返す。バカ正直に全て話してしまうとややこしくなるのは目に見えている。

そんなこんなで町民の避難が開始されてから二週間。それなりと言えるくらいのペースで町民の避難は進んでいた。

とはいえモンスターがいつ動き始めるか正確には分からない以上決して安心できるわけもなく、間に合わない場合の対策を講じておかなければならない。そのためにハロルドはとある物を用意していた。

「不足していた赤はどうなっている?」

「明日到着予定のもので必要と試算した分には足る量が揃います」

本番に備えて対策を協議するハロルド。そんな最中の質問にリストは淀みなく答えた。

物を取り揃えるのはなんとか間に合いそうではあるが、設置するための時間も踏まえればギリギリになるかもしれない。何かの間違いで避難も設置も余裕をもって終わらせられないかと少しだけ考えたが、その可能性は即座に否定した。

それは単に経験則からくるものだ。避難が間に合うならハロルドが命を危険にさらす必要などなく、しかし死亡フラグにとことん愛されている自分が命を危険にさらすことなく事態を乗り切れるわけがない。

ならばその危険の難易度をわずかにでも下げることを考えた方がよほど有意義である。

「白の設置はすでに完了しております。これに効果があれば大事にはならずに済むかもしれませんが……」

「ふん、俺は端から期待していないがな。そのために赤を用意させているんだ」

モンスターが行動を開始した際に発動する作戦の第一段階『ホワイトライン』、第二段階の『レッドライン』。

それでも足りなければ最終手段を取ることになるだろう。当然ながらハロルドとしては高い確率でそうなるだろうと睨んでいるが。

ふぅ、と一つ息を吐き出す。

今回の件は時間との勝負であり、おまけに多くの人々の命が懸かっている。打てる手はすべて打っておかなければいけない。

リストと現状のすり合わせを終えたハロルドは早々に席を立つ。他にもまだやらなければいけないことがあるのだ。

見回りも兼ねて歩くバーストンの町は明らかに活気が減り、それでいて物々しい雰囲気が漂っていた。まあ町の地下で大爆発が起こるかもしれないなどと触れ回られればこんな空気になるのも致し方ないだろう。

それよりも問題なのは話を信じていないのか、それとも大げさに言っているだけだと思っているのか、避難勧告に応じずこの町からは出ていかないと主張する人々の存在である。

まあ町の地下にガス溜まりがあって爆発する危険があるので避難してください、といきなり言われて全員がはい分かりましたと従うはずもない。

見回りをしていたハロルドの視界が、ちょうど騒ぎ立てている男の姿を捉える。

「何を言われても私はこの家を出ていくつもりはない!」

「気持ちは分かるんですがね。この町に留まるのは本当に危ねぇんですよ」

民家の前で三十代ほどの男性がキースと言い争っている。強面で体格も良いキースを前にしても毅然とした態度で拒絶の意志を貫くのだから相当な胆力だ。

避難を拒否している者達にとって彼のような存在は大きいだろう。

まあ、だからこそ、なのだが。

「何を騒いでいる」

遠巻きに眺める野次馬を押し退けたハロルドは二人の間に割って入る。

自然と周囲の視線がハロルドに集まった。

「な、なんだ君は」

「コイツの雇い主だ。それで貴様は……大方、避難を拒否している人間か」

「……ああ、そうだ。ここは私達家族の家で――」

「御託はいい。要するに貴様は死んでも動く気はない、ということだろう」

言うや否や、ハロルドは腰に下げていた黒剣を抜くと、そのままの勢いで男を切りつけた。

それはとても自然で、そして流麗な動作だった。蛮行にも関わらず、思わず美しいと見惚れてしまいそうな剣閃。

その剣は男の鮮血に染まる――ことはなく、彼が着ていた上着だけを切り裂いていた。

わずかな間を置いて、何が起きたか理解した男は声を出すこともなく崩れ落ちるように尻もちをつく。それと同時に野次馬から悲鳴とどよめきが上がった。

「き、君は、何を……」

男は震える声でハロルドを問いただそうとするが言葉が上手く続けられないようであった。

今まさに切り殺される一歩手前の恐怖を体験したのだからそうなるのも当然である。

「貴様はこの町から出て行くつもりがない。だがこの町に留まれば貴様は死ぬ。どうせ死ぬのだから俺が手っ取り早く殺してやる。貴様も、貴様の家族もまとめてな」

ハロルドは淡々と、なんでもないことのように男へそう告げた。

この町に残れば死ぬ。その覚悟があるのならさっさと殺してやる。未だこちらを注視している周囲の人だかりにも聞こえるように、ハロルドはそう言い放った。

とんでもない殺戮的な思考に、男だけでなくその言葉を聞いた誰もが言葉を失う。

「なぜ驚いた顔をしている?貴様と貴様の家族は自分で死を選んだ、それが少しばかり早まっただけだろう。違うか?」

違う、何もかもが違う。

この目の前の人間は、人の形をしているだけで自分達とは根本から異なる怪物だ。

その場にいた多くの人間がそう感じているだろう。

「おい!何事だ!」

騒ぎを聞きつけたか、野次馬の誰かが通報したのか。ハロルドの元に、同じく町中で避難の勧告をして回っていた騎士団員が数名駆けつけてきた。

それを見たハロルドは、ふん、と鼻を鳴らして剣を鞘に納める。

「命拾いしたな」

吐き捨てるようにそう言い残すと、集まってきた騎士団から逃げるようにハロルドはその場を去った。

人だかりが慄くように割れる。誰もがハロルドから目を逸らす。

ものの数分のやり取りでこの町の住民におけるハロルドの評判が定まったことを如実に表していた。

しかしこうなると面倒なのが騎士団の存在である。

この出来事があった数時間後、夜の帳が落ち始めた頃にハロルドは案の定ラガレスから呼び出されていた。場所は騎士団が間借りしている施設の一室だ。

ハロルドに対しては元々険しい表情を向けていたラガレスだが、今はそれがより一層厳しいものになっている。

「どういうことか説明してもらうぞ」

「説明?何についてだ?」

「とぼけるな。今日の日中、お前は避難を拒否する住民を切りつけたそうだな」

「それがどうした」

一切悪びれる様子のないハロルドの態度にラガレスは激昂する。

ハロルドに詰め寄るとその胸倉を掴んで怒鳴りつけた。

「どうした、だと?罪のない町の人々の命を奪おうとしておきながらその言い草はなんだ!?」

さすが騎士団に身を置いているだけはあるな、とハロルドは彼の正義感に感心する。

あの行いに対してここまでの怒りを表すのはポーズではなく本当に正義感の強い男なのだろう。だからこそハロルドの過去も、そして今日の出来事も許せないのだ。

だがしかし、今は正義感など大して役に立たないのである。

ハロルドは胸倉を掴まれたままラガレスに返す。

「この町に残るということは死を意味する。それを理解させるための見せしめだ」

「貴様……!」

ラガレスがハロルドに殴りかかろうとしたその時。扉がノックされる音で振り上げた拳が止まった。

動きが止まった瞬間を見逃さず、ハロルドが「入れ」と入室を促す。

扉を開けて入ってきたのはフィオナと、そして今日ハロルドに切り捨てられそうになった男だった。彼の顔は知っているのか、思いがけない人物の登場にラガレスはしばし固まる。

ハロルドは胸倉を掴んでいた左手の力が弱まったのを見逃さずその手を払いのけた。

「協力者を連れてまいりました」

「遅い。事前に話はつけておいただろうが」

「それに関してはフィオナさんではなく私が悪いんです。避難の反対派が私のところへ訪ねてきていて抜け出すのに時間がかかってしまいまして」

「ふん、だがその様子だと効果はあったようだな」

「……待て、一体なんの話をしている?」

「私の方からご説明させていただきます」

ここでフィオナの助け舟が入る。なにせハロルドが説明しようとすれば「まだ分からないのか?どうやらその頭は飾りらしい」などと挑発が挟まれることは確実であり、それを察知した彼女のファインプレーである。

「先日の話し合いの直後、ハロルド氏から『この町の住民で演技に精通している人間、もしくは演技の経験がある人間を探せ』という指示がありました。そして何人かの候補の中から選ばれたのが彼です」

「若い頃は小さな劇団ですが、そこで活動していたもので……」

少し恥ずかしそうに男はそう語る。

ここまでくれば大体察知できたのか、ラガレスの表情が気の抜けたものになる。

「ハロルド氏が彼に求めたのは『しばらく避難反対派の旗振り役となり反対派の住民を取り込む』ことと『衆人環視の状況で切り殺されそうになる演技をする』こと、そして『この件を家族も含めた誰にも口外しない』ことの三つ。もちろん無理やり協力してもらっているわけではなく、メリットを提示した上で交渉した結果です」

「私は反対派ではなかったですし、避難後に他より手厚い補償をしていただけるなら断る理由はありませんでしたからね」

「つまりハロルドの狙いは……」

「ええ、お察しの通り反対派のリーダーを自分で仕立て上げ、それを恐怖で丸め込んだように見せしめにすることで反対派の気運を削ぎ落すのが目的です。そのために一芝居打った、というわけですね」

「それで貴様のところにきたという反対派の連中はどうだった?」

「噂になっている事の経緯を尋ねるのと、私がどうするのかを聞きにくる者が大半でした。この町に残れば家族もろ共ハロルド様に殺されるだろう、そうなる前に私はこの町を出ることにする、と話しておきました」

「手筈通りだな」

あとは反対派の中でこの話は広まっていくだろうし、考えを変える者も出てくるはずだ。

説明を終えるとラガレスは呆れたような声色でこう聞いてきた。

「どうしてこちらに話を通さなかった?」

「秘密を知る者は可能な限り少ない方がいい。常識だ」

さらに言えば真実を知らない方がいざハロルドと相対した時に自然な振る舞いができるだろうとも思った。シドやアイリーンは恐らく演技の類いは苦手なタイプの人間だろう。

なんにせよすべてハロルドの目論み通りだ。

こうして反対派のトップを叩き折ったハロルドは引き続き一人でも多くの住民を避難させつつ、有事にも対応するための準備を推し進めていった。

嬉しい誤算だったのが今回の件が効果覿面だったことである。

小さな町から人が減り、さらにその中の狭いコミュニティにおける情報伝達の早さはすさまじいものであり、三日と経たず多くの反対派が避難の準備を始めたとの報告が上がった。

こうなると意地でも残ろうとする人間はかなり少数となり、いざとなれば騎士団とバーストンにきているフリエリのメンバーを合わせれば力づくで避難させることも不可能ではない。

もう少しだ。もう少しで避難が完了する。

人知れず拳を握り込んでいたハロルドの元に、しかして凶報は届く。まあ凶報というにはやっぱりか、と思えるほどに予想していたことではあるのだが。

ハロルドが滞在していた部屋に現れたリストは、いつもと変わらない冷静な口調でこう告げた。

「偵察よりモンスター達が行動を開始したとの報告が届きました。おおよそで明日の夕方には地上へ到達する速度である、とのことです」

「『ホワイトライン』を発動しろ。その後はフリエリの人間を使って避難の指揮を取れ」

「畏まりました」

恭しく礼をして退出したリストを見送ってから、ハロルドは二本の剣を手に取った。

順調に進んでいるとはいえ、避難が完了しているわけではない。バーストンには未だに数百名の住人が残っている。

タイムリミットはあと30時間ほど。強硬手段に出ても明日の夕方までに安全地域までの避難を完了させることは難しいだろう。

多くの人命を背負った正念場となる撤退戦、その火蓋が切られようとしていた。