軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

109話

平沢一希がハロルド・ストークスに成り代わってからおよそ八年。自分の意思とは関係なく皮肉と暴言しか吐かないその口には散々苦しめられてきたが、それも八年という歳月の中である程度慣れてしまったことは否めない。

相手に嫌われるだとか、傷付けてしまうだとかを考えているとろくに口も開けないからだ。それに人間性を疑うような暴言が飛び出してもその後の言動でセルフフォローが出来ないこともない。まあ印象が最低最悪のクズ野郎から最低のクズ野郎に回復するくらいの微妙な変化ではあるがしないよりましであるし、何より嫌われるのも軽蔑されるのも慣れたものである。

しかしながらそんなハロルドにも未だに慣れていないことがあった。

それはゲームと同じような状況に陥った時、原作と同じセリフを勝手に口にしてしまうことである。クララの処刑を買って出て、その死を偽装しようとした時や、地下牢でユストゥスが面会に来た時もそうだった。

後者に関しては原作とは異なるシチュエーション、タイミングではあったが『ユストゥスがハロルドに力を与えようとする』という意味では同一の状況と言えた。

以上のことからハロルドは原作と同様のキャラクターに対して、原作ストーリーに沿うような展開に繋がる場面でこの原作再現とでも呼ぶべきものが起きるのではないかと考えていた。そして反証的にはなるが原作で描写のない展開や、すでに過ぎた場面では起こり得ないとも考えられた。

根拠としては些か弱いかもしれないが確かめるためのサンプルが少ない上に、意図的に原作通りのイベントを起こそうにもハロルド関連はとにかく死亡フラグに直結しそうなものばかりでおいそれと検証するわけにもいかなかった。

しかし今、最悪に近いタイミングでそれが起きてしまった。取り繕う言葉よりも早く『ハロルドが敵として初めてライナーに対峙した』シーンのセリフが口をついて出たのだ。

これは本来ならライナー、コレット、ヒューゴの三人しかパーティーにいない序盤の段階で発生する戦闘イベントだ。現在の主人公パーティーは六人全員が揃っているし、そもそもライナー達と初対面でもない。

(クソっ!そういうことか!?)

焦りつつも忙しなく動かし続ける頭でハロルドはひとつの答えを結論付ける。

ハロルドが初めてライナーと対峙したのはデルフィトでの闘技大会。そこでライナーと戦ったが、あれは敵としての戦闘ではなかった。フォグバレーでは途中まで敵として対峙したものの、ハロルドとしてではなかった。

だが今こうして、原作通りならハリソンの手駒として登場するはずの場面にハロルドとして現れてしまった。ライナーの目の前に、敵として。

(……完っ全に油断してた)

原作のセリフを口走る機会が少なく発生条件を探れなかったというのは大いにある。加えて過去にライナーと戦っていること、そして現状がすでに原作から大きく乖離してしまっていること。

それらを踏まえるとまさかここで原作のセリフをのたまうことになるとは思ってもみなかった。

「な、なに言ってるんだよ、ハロルド……」

信じられないものを目にしたように、少しだけ震える声でライナーがそう漏らした。まあ共に旅をする仲間とまではいかないが味方だったはずのハロルドがいきなり敵対しているとしか思えない言葉を口にすれば純粋なライナーがそうなってしまうのも頷ける。他の面々も程度の差こそあれ困惑しているのがその表情から窺える。

ただ一人、真顔でハロルドを見つめ返すエリカを除いては、だが。流石に嫌われているだけはあるなと実感できて嬉しいやら悲しいやら……などと間の抜けたことを言っている場合ではない。

「それは本気で仰っているのですか?」

「さあな。切りかかってくれば確かめられるかもしれないぞ?」

エリカの問い掛けに否定を返そうとしたが、やはり挑発しているような言葉しか出てこない。要するにいつも通りの慣れ親しんだ展開だ。ここからの軌道修正が腕の見せ所である。

まずはくるりと踵を返してライナー達に背を向けた。交戦の意思なし、という無言のアピールだ。万が一にも彼らの性格からして背中から襲いかかってくるなどということはしないのは分かりきっている。

背を向けたまま足を進めるのはバルコニーの一角。広い屋上の三分の一ほどを占める小屋だ。

そのドアノブに手を掛けるが、施錠されている。仕方なく扉ごと剣で外壁ごと切り伏せて小屋の中を確認する。するとそこには大量の武器がコレクションされていた。ゲームでは壁に数本の剣や斧が飾られているだけだったような記憶があるが、まあ気にするようなことではない。

膨大な量の武器。その中明らかに他とは一線を画すように展観されているものがある。ライナーの家から盗まれた剣と、ハロルド達が遺跡から発掘してきた秘宝が部屋の中央に鎮座されていた。

とりあえずこれを手にすれば主人公パーティーの武器が強化されることになる。まあ単に装備しただけでラスボス戦に挑むとほぼ詰むのだが、そこは原作に倣って解決していくしかない。

「これが貴様の探し物だろう?ライナー」

そう言ってグリフィス家から持ち出された……というかハロルドが持ち出した宝剣『グラムグラン』を放り投げる。それは緩やかな弧を描いてライナーの足元に突き刺さった。

しかしライナーは表情を歪めるばかりで剣を手に取ろうとはしない。それを疑問に思っているとコレットが口を開いた。

「どうして……ハロルド様がそれを知っているんですか?」

原作知識です、とも、それを盗んだ実行犯だからです、とも言うことは出来ない。

だがそんなに不思議がることだろうか?ライナーの家に強盗が押し入って剣を盗み出したことはハロルドとして確認済みだ。

しかし次の一言で失態を犯したことに気付かされる。

「ライナーだって見たことのない剣を、なんで……」

鞘の存在しないグラムグランは鉄製の箱から出され、抜き身のまま飾られていた。ライナーすら見たことがないというなら、形状を知っているのは遺跡から発掘したオルベルとレオナだけなのかもしれない。

そうならば勿論ハロルドが一目見ただけでそれが盗まれた剣だと分かるのはおかしな話だ。もしハロルドがそれを知っているのだとしたら、今の状況からしてまず思い浮かべるのはハロルドがグラムグランを盗んだ者達と繋がっているのではないか、という可能性だろう。

ライナーとコレットの反応を見る限り、その仮説に思い至っているのは明白だった。そして複雑な事情があれど、それは寸分違わぬ事実である。

どう答えたものか、なんて悠長に考えている暇はなかった。この質問に沈黙や間を空けて返すのはほぼ肯定と等しい。

即否定しなければいけない。しかし下手なことは口走れない、という葛藤。

「貴様らはその程度のことすら言われなければ理解できないのか?」

結果、ハロルドの口から飛び出したのはそんな言葉だった。どちらとも受け取れる返答ではあったが、この状況で言葉を濁すということは暗に肯定を意味しているようにしか聞こえないだろう。

セルフフォローによるリカバリーには慣れている?否、その考えはただの油断であった。

(あれは慢心フラグだったか……とはいえフラグ回収が早すぎる)

内心でさすがは“ハロルド”だと自嘲する。もういっそこの場から逃げ出してしまいたかった。

だがそうは問屋が卸さないのが世の常である。

「なんでだよ……お前のこと、仲間だと思ってたのに……!」

ライナーが震える手でグラムグランの柄を握った。ハロルドを睨みつけた目には今にもこぼれそうなほど涙が溜まっていた。

素直で、人が良く、そして家族や仲間を心底大切に思っているライナーにとってこの状況は辛くて仕方がないだろう。彼の性格を知っているハロルドはその心情を察する。

ハロルドを仲間だと思っていた、とライナーは言った。その言葉には微塵の嘘もないだろう。それだけにそのハロルドが自分の両親を傷付けた者達と繋がっていたのだとしたら、その怒りと悲しみは計り知れない。

瞬間的に空気が張り詰めた。その原因は剣を構えたライナーであり、対峙した相手を威圧するようなプレッシャーが放たれている。

対するハロルドも剣を構える。結局戦うことになるのか、という諦めからではあったが。

この展開を想定していなかったわけではない。むしろ原作通りに行けば避けられない戦いだと考えていた。

「……俺に仲間など必要ない。群れるのは弱者の生き方だと言ったのを忘れたか?」

それでもやはり、できることならライナー達とは戦いたくなかった。この世界を救う英雄達であり、底抜けの善人である彼らと刃を交えたくはなかった。

原作から乖離し始めたことでその可能性も出てきたかもしれないと思っていたが、その望みが叶うことはないようだ。慣れと共に培ってきた諦めの良さに促されて意識のスイッチを切り替える。

「確かにハロルドは強いよ……でもその強さがあるなら人を傷付けるんじゃなくて守ることができたんじゃないのか!?アイツらを止めることだってできたんじゃないのかよ!」

ライナーがベンチに寝かせたウェントスとリリウムを横目に見ながらそう言った。

「当然だ。俺なら二人掛かりで挑まれようと容易く斬り伏せられる」

「ならどうして父さんと母さんを……!」

「それが必要なことだったからだ」

その一言が引き金となった。

ライナーが一足飛びでハロルドとの間合いを詰めてくる。その踏み込みは以前フォグバレーで目にしたものより格段に速く、剣閃の鋭さは確実に常人のそれからは逸脱していた。

そして何よりも今ライナーが手にしているグラムグランは外部の魔力を吸収して属性攻撃へと変換するという機能が付いている。ライナーの怒りに呼応したかのような炎を刀身に纏わせた一撃が振り下ろされる。

触れるものを全て焼き尽くさんとする炎の刃。ハロルドは二本の剣を交差させてそれを受け止めると、そのまま薙ぎ払うように剣を振るい、勢いの止まったライナーを後方へと弾き飛ばした。

「くっ……!」

衝撃に耐え後ろへと滑りながらも体勢を崩さずに踏ん張るライナー。

しかしハロルドは既に彼から意識を離していた。

(こいつらに怪我をさせる意味はない!どころか最悪!んでもってここで一番警戒しなきゃいけないのは――)

瞬間、踏み込もうとしたハロルドの足元を衝撃が襲う。

一メートルほど先の地面が爆発したように抉れ、その中心には一本の矢が刺さっていた。言うまでもなく、ここにいる人間の中で矢を扱うのはただ一人。

「『 風撃扇(ふうげきせん) 』」

まるで感情が込められていないような声。それは矢を放ったエリカのものであった。

その目に怒りや悲しみの色はなく、声と同様ただただ無感動にハロルドの姿を映していた。その整った容姿と相まってか精巧な人形のようにも見え、美しさと共に不気味さを覚える。

「私にはハロルド様が何を考えているのか分かりません」

そんなエリカが不意に語り掛けてきた。

「……だから何だ?」

「なぜ戦わなければいけないのか、その理由を聞いてもお教え頂けないのでしょう」

「……」

ここでライナー達と戦う理由などハロルドにはない。強いて言うなら原作イベントが複合的に噛み合ってこんな状況に陥っているだけなのだが、そんな説明をしたところでバカにしていると思われるのがオチだ。

なんと返答していいのか分からずにハロルドは押し黙る。

「……もう、それでも構いません。貴方が戦うことを望んでいるのなら、私達と戦う理由が貴方にあるのなら私は戦います」

「……本当に厄介な女だな、貴様は」

そんなセリフを吐き出しながら思わず笑みが浮かぶ。それは皮肉を込めたものではなく、自嘲の笑みだった。

本来のエリカならば戦うよりも先に対話を試みる人間である。RPGのパーティーメンバーである以上戦闘はこなすが、ストーリーで窺い知れる性格を鑑みれば戦うことを強要されたとしても素直に頷くことは絶対にないと断言できる。

平和を望む聖女のようだったエリカが、戦うことを忌避していたあのエリカがここまで言うのだ。彼女の中でハロルドという存在がどれほど見下げ果てられているのかよく分かる。

そしてそうなるように仕向けてきたのは他でもないハロルド自身だ。それが今ここで牙を剥いたとして文句を言う資格などあろうはずがない。

エリカがハロルドを狙うように弓を構え、弦を引き絞る。

原作とは異なるタイミングで主人公パーティーとの、それもフルメンバーとの一戦。

「参ります」

その戦いの幕がエリカのセリフと共に切って落とされた。