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【コミカライズ決定】大丈夫です。貴方の事は信用していなかったので。

作者: 千秋 颯@6/18「一途に溺愛されて~」アンソロ発売!

本文

私、フェリシアには幼い頃に婚約を交わした幼馴染、ドルフがいた。

同じ侯爵家に生まれた私たちの家の地位や政界での影響力は同程度。

婚姻まで漕ぎ着ければ安泰だろうと双方の両親は考えていた。

両親は言った。

将来、侯爵夫人となるべく淑女としての教育を積みなさいと。

勉学などは後回しでいいのだと。

私はそれに従った。……表向きは。

けれど逆にそれ以上の事もした。

淑女教育で求められた成果を最短で叩きだし、代わりに余った時間は常に街へ足を運ぶようになった。

両親にはオペラの鑑賞で芸術的感性を磨くだとか、折角だから次の刺繍の授業に用いるものを自分で見繕いたいだとか適当な事を言って外出の説得をした。

けれど実際に向かったのは劇場でも店でもなく――図書館だった。

国立の大きな図書館へ足を運び、私は学術書――それも魔法学に関するものばかり多く触れた。

「やぁ」

図書館内の共有スペースにあるテーブルに本を広げていると同い年程度の少年に声を掛けられた。

「こんにちは」

「こんにちは」

彼はこの図書館で出会った友人だ。

図書館に出入りする者の殆どが大人であるから、自分と同じくらいの子供に出会うのは珍しい。

だから出会って少し話をしてからは、自然と仲良くなった。

名前は知らない。

私はここにいる事が両親にバレるのを避けたかったので、どこかから話が漏れてしまう事がないよう念には念を入れて名乗っていなかったし、彼の方も名乗ったり、私に名を問うたりはしなかった。

「今日は何を読んでいるんだい?」

「魔法学の術式構築理論よ」

「全体の基礎理論は? ちょっと前まで読んでいたじゃないか」

「何とか読み終えたの」

「すごいなぁ!」

「貴方程ではないわ。……ねぇ、ここで躓いているのだけれど、わかる?」

私は自分が同年代の中では群を抜いて知識を積んでいる自覚があった。

けれどこの、名も知らない友人は私以上に知識に富んでいた。

「ああ、そこね」

彼は私の隣の椅子によじ登ってテーブルの上を覗き込む。

そして丁寧に答えてくれた。

「なるほど。第二章で定義されていたものを持ち出すことで長文術式の省略化を可能とするのね」

「そうそう。やっぱり君は頭がいいなぁ」

「何それ。嫌味?」

「いや、本心だよ。特に術式構築に於いては僕よりもずっと呑み込みが早い。向いているのかも」

「本当?」

「うん」

「なら……候補に入れるのもありね」

私は少し考え込んでから頷いた。

「候補って、何の?」

「ううん。こっちの話」

「ふぅん」

それから私達は五年ほど交友を続けた。

訪れる日時が丸被りするわけではなかったので、私が図書館を訪れる日数を考えれば、彼と顔を合わせる頻度自体は少ない方だった。

特に、成長するにつれて彼は中々図書館に現れなくなった。

そして、彼と最後に顔を合わせた日。

十三歳の頃の事だ。

「やぁ」

相も変わらず勉学に励む私は、その声に振り向く。

そして半年ぶりに見た顔に驚きと、確かな喜びを覚える。

「久しぶりね」

「ああ、久しぶり」

そう言って微笑む彼の顔は、異性が見たら黄色い悲鳴が上がりそうな程に美しい。

出会った頃から綺麗な顔だとは思っていたけれど、成長するにつれてその印象は深まる一方だった。

銀色の前髪の下、金色の瞳が私を映して細められている。

久しぶりに会ったという事もあり、彼に見つめられた私は少し緊張をしていた。

「座る?」

私が隣の椅子を示す。

すると彼は首を横に振った。

「今日は君に会いに来ただけだから」

「別れの挨拶をする為に?」

彼は目を瞬かせる。

私は苦く笑った。

「話を聞いてきた感じ、私よりいくつか歳が上のようだったから。ならそろそろ学園へ入るころでしょう? 貴族なら当然のように入学するでしょうし、平民でも貴方くらい聡明な人なら特待生で充分入ることが出来る。時期的にもそろそろ入学の準備があるころでしょう。……違う?」

「……いいや、違わないよ」

彼はそう言って笑った。

「全く、君には敵わないなぁ」

「何を言っているの。私よりもずっと賢い癖に」

「買い被り過ぎだよ」

少しの間笑い合って、それから私は彼に問う。

「入学先は聞いても良いのかしら」

「マレンターレだ」

「東の名門ね」

我が国には名門と呼ばれる王立学園が二つ存在する。

一つが東のマレンターレ。

もう一つが西のシルタリス。

私は二年後にシルタリスへ入学する予定だ。

今年入学の代であれば、同じ学園へ入学する場合、在学期間が被ると思い聞いてみたのだけれど……残念ながら私達が出会うことはないようだった。

「なら本当にお別れね」

「ということは君はシルタリスへ行くんだね」

「今までありがとう。貴方に会えてよかった」

「……ねぇ。君、大学院へ進む事は考えていないのかい」

彼の本題である別れの挨拶を切り出したところ、そんな問いが投げられた。

彼が言いたい事はわかっている。

マレンターレとシルタリス。

双方で優れた知見を持つ生徒は卒業後、王立魔法大学院へ進む資格を得る。

「私は女性よ」

「君ならいけると思うけれど」

しかし大学院へ進む限られた者の中でも、女性は特に少ない。

何故なら、貴族の女性には――

「私、婚約者がいるの」

――子を産む使命があるから。

彼は静かに目を開いてから、納得したように頷いた。

「それは、そうか。君の歳ならいてもおかしくはないし、学園卒業と同時に婚姻する者も多いから」

「そういう事よ」

「では本当にお別れという訳だね」

「そうね、今のところは」

「うん?」

「いいえ。忘れて頂戴」

首を傾げる彼へ私はそう答える。

それから彼は私へ手を差し出した。

「今までありがとう」

「こちらこそ。楽しかったわ。学園でも頑張って」

「うん」

私はその手を握り、握手を交わす。

その後、私から背を向けた彼は、去り際に。

「もし、何か状況が変わって大学院へ来る事があれば、その時は迎えに行くよ」

そう言い残したのだった。

***

さて。

何故私が女性という立場でありながら、誰から求められるでもなく、寧ろ両親に隠れてまで勉学に勤しんでいたかというと。

「フェリシア! お前との婚約を破棄する!」

―― これ(・・) の為だ。

シルタリス魔法学園へ入学した私は一年と少しの学園生活を経た頃、婚約者であるドルフからそう言い放たれた。

今日は年に一度開かれる学園のパーティー。

その会場の真ん中でそれは起きた。

ドルフは幼少から、傲慢で怠け者な性格の男だった。

また彼は両親がいないところで常に『お前のような女はオレと釣り合う訳がない』と散々嫌味を吐いていた。

私は女性の中でも素朴な見た目をしていたし、愛嬌もある方ではなかったのに対し、ドルフは美しい容姿を持つ少女に目を引かれやすかった。

貴族の女性などいくらでも替えがきく存在だと思っていた事もあるのだろう。

そして何より彼は、浅慮で感情的、衝動的な男だった。

だからこそ彼は将来――異性との関わりが増える学園生活の中で、下位貴族や平民に誑かされてこのような行動に出るかもしれないな、と踏んでいたのだ。

結果、幼い頃からの予想は的中。

彼はこうして婚約破棄を申し出て来た。

ただ……私とてこのような男との婚姻を心から望んでいる訳ではなかったが、婚姻適齢期を目前として、婚約者ありきの将来設計を立てていた少女が婚約破棄後の人生を何の用意もせず難なく歩める程、世の中は甘くない。

故に幼い頃の私は……

――婚約破棄の後、ドルフや他者に依存しないで生きていく方法を模索しなければ。

そう考えた。

そこで密かに準備を始めたのだ。

例えドルフに捨てられ、新たな婚約相手を見つけることが出来ずとも、家の顔に泥を塗らずに生きていく方法を。

そしてそれこそが名誉ある事と称される魔法大学院への進学、そして学術の最先端を行く研究者となるというものだった。

「俺の婚約者に相応しいのは、お前のような醜女ではなく、マージェリーの様な女性だ!」

彼は自分の傍に居る少女を抱き寄せてそう言う。

マージェリー様は男爵令嬢。

侯爵家との地位の格差は計り知れないものであるし、仮にご両親が彼女との婚姻を許可したとしても、侯爵に相応しい器、品性、知能全てが欠けているドルフとマージェリー様では家の存続すら怪しい気はする。

しかし彼がそれを望むというのであれば喜んで受け入れよう。

何やら私の悪事がどうとか、マージェリー様を虐めているだとか、全く記憶にないことを言われてはいるがそんな事はどうでもいい。

日頃の行いが良ければ、このような言い掛かりを信じる者など出てきやしない。

婚約破棄をされるものとして動いてきた私は勿論その辺りも徹底していた。

「よって、お前との婚約を破棄する!」

「畏まりました。ではそのように」

「……なっ!」

何故か驚くドルフ。

恐らくは泣いて縋るだろうとでも思っていたのだろう。

「お、俺が何を言っているのかわかっているのか!」

大体こういう文面で用いられるセリフは『お前、自分が何を言っているのかわかっているのか』だと思うのだが。

何とも愉快な発言である。

「ええ」

「お前との婚約を白紙にすると言っているんだぞ!?」

「はい。大丈夫です」

彼は泣き喚く私を詰って悦に浸った上で切り捨てたかったのだろう。

けれど、お生憎様。

そんな事が起こる訳もない。

「――貴方の事は、信用していなかったので」

私は彼を婚約者として信用した事など一度もなかったのだから。

***

さて、婚約破棄から時は流れ。

本日は大学院入試の結果発表の日。

私は大学院の正門を潜っていた。

結果は手紙でも送られるのだが、一番早く合否を知る方法は指定日に大学院に貼りだされる紙を確認する事。

張り紙に受験番号があれば合格、無ければ不合格、だ。

一人身になった私は勿論大学院の入試を受けたので、こうして大学院の敷地に足を運び、結果を確認しに来たという訳だ。

使用人や両親、恋人など好き勝手に身内を連れてやって来る他の受験者達。

その人混みに紛れながら私は誘導に従って張り紙前までやって来る。

張り紙には受験の際に割り振られた番号が、試験の成績順に記されていると案内があった。

人混みに揉まれながら私は張り紙へ近づく。

その時。

傍で同様に揉まれている人物の中、見知った顔を見かける。

ドルフとマージェリー様だ。

女性とは違い、男性の中には領地経営と勉学を両立し、双方で結果を出す者もいる。

ドルフもそうなるべく大学院の受験をしたのだろう。

彼は私を見て驚いたようだが、すぐに馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

独り身の女が人生の一発逆転を狙って悪足掻きをしている、とでも思っているのだろう。

その後、人の流れのせいでドルフ達が先に張り紙前まで進み、私はその場に暫く留まることとなった。

そうして遅れて張り紙前まで辿り着いた時。

顔を青くさせて俯くドルフと、それを必死に慰めるマージェリーの姿があった。

彼の反応から、その結果は明白だった。

余程自信があったのだろう。

肩を震わせたまま動こうとしないドルフから目を離し、私は自分の番号を探す。

真っ先に確認するのは、張り紙の一番左上――首席の位置だ。

そこを確認し、私は一つ息を吐く。

首席に記された番号は、紛れもない自分のものだった。

番号があった者はこちらへという声がやや離れた場所から聞こえる。

そちらへ向かおうと目線を落とした時。

私は自分を見る視線に気付いた。

ドルフだ。

彼はどうやら、せめてもの腹いせとして私を笑いたいようで、私が悲しむのを待っていた。

そんな彼を一瞥だけし、私はすぐに背を向ける。

向かうのは合格者が呼ばれている方角だ。

「な……っ、ま、まさか……!」

「嘘よ、そんなの!」

二人の悲鳴のような声が聞こえるが私はそれを無視する。

そして漸く人混みから抜け出すことが出来た私は一息吐き、案内役の大学院生の元へ近づこうとした。

その時――

ザワッと、別の方角から声が湧く。

何事かとそちらを見れば、大学院の研究棟から一人の青年が歩いて来る姿を見つける。

受験者は皆、その人物の姿に釘付けとなっている様だった。

「見ろよ。イーデン第二王子殿下だ」

「マレンターレ首席卒業で、大学院進学後すぐに新たな法則を発見したっていう……?」

そう囁かれるその名は私も勿論存じ上げていた。

我が国の第二王子は優れた知見を持つお方だそうで、他の王族が学園卒業後に政務へ専念する中、彼は貴族達のように政務と研究の両立をしているとか。

尊き立場のお方であることに加え、研究に於いて他の研究者達に引けを取らない確かな成果も出している彼は国民の――特に、今この場にいる者達にとっては憧れの的だった。

そんな彼は銀色の髪を風に揺らしながら、何かを探すように辺りを見回している。

受験者達の方ではなく、集められた合格者達の方を。

そしてその顔がふと合格者の集まりから、移動途中の私へ向けられ、かと思えば――

彼は大きな歩幅で私との距離を詰め始めた。

「……えっ」

予想外の事に私は慌てる。

自分は何かしでかしてしまったのだろうかと思ったのも束の間。

相手の顔がしっかり認識できる程度にまで距離が縮まったところで、私は漸く気が付いた。

彼の面影を持つ少年に私は会った事がある。

……尤も、成長した姿はあどけなさの代わりに男性らしい凛々しさと、数々の女性を卒倒させそうな艶っぽさを備えていたのだが。

「――フェリシア・コンラッド?」

「……はい」

念の為、と彼は私の名を確認する。

私は名乗った覚えがないが、彼が持っているであろう人脈や権力を以てすれば調べる事など造作もないだろう。

私が頷けば、彼は美しい顔を少し崩して、甘い笑顔を湛えた。

「よかった。また会えた」

それから、彼の正体に驚いて目を白黒させる事しかできない私へ手を差し出す。

「イーデン・メレディス・エムサクルだ。首席合格おめでとう」

私はおずおずとその手に触れる。

大きな手が私の手を力強く握った。

「フェリシア・コンラッドです」

「これからよろしく頼むよ、後輩殿?」

「……その、ご期待に沿えるよう尽力いたします」

「なんだ、それ」

以前までとは異なる、堅苦しい口調で答えれば、イーデン様が声を上げて笑う。

「いいよ、今まで通りで」

「そ、そうは言われましても」

「まぁ、そうだよね。意識しない方が難しいか……なら」

イーデン様はそう言うと私の腕を引き、耳元で囁いた。

「婚約しようか、僕達」

「………………はい!?」

「近しい関係になれば、振る舞い方なんて気にする必要もないだろう?」

「え、ちょ……」

混乱しながら彼の言葉を遮ろうとした私の頬に、柔らかい感触が触れる。

傍から見れば、何やら囁いているようにしか見えなかっただろうが……私にとっての問題はそこではない。

思考停止した私の顔を、恐ろしい程に整った顔が覗き込む。

「まさか、王族の申し出を断ったりしないだろう?」

彼は妖しく目を細め、口角を上げて、低く呟く。

「そういう事だ。改めて、よろしく頼むよ――フェリシア」

――情報過多だ。

思わぬ再会も、彼の正体も、この展開も、顔の良さも。

長年積み上げてきた知識量に耐えてきたはずの私の頭はあっという間にショートしてしまい……私はそのまま両膝から崩れ落ちた。

「おっと、大丈夫?」

それをイーデン様が咄嗟に支えてくれたのだが……

(――――だから顔が良いんだって!!)

元凶の顔が間近に迫った事で私の理性は余計遠くまで飛んで行ってしまったのだった。