軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第7話 ミーヤは拾イン

ガタン、ドン、ゴツン。

「痛ったぁー!」

最初の『ガタン』は棚から転げた音。続く『ドン』は床にお尻から落ちた音。最後の『ゴツン』は床に後頭部をぶつけた音だ。

ミーヤは暗い石室の中で、頭を押さえて涙目になった。

「ううー、いたい、よぉー」

お尻も肘も、膝も痛い。

(あれ? 肘……膝?)

さすさすと痛い部分をさすっていた手を止める。わずかに差し込む月の光にかざして見ると、五本指の人間の手が見えた。

(わっ! また人間になってる!)

毛玉ならば、棚から落ちてもポヨンで済むのにと思いながら、ミーヤはとりあえず立ち上がった。

石の床に座っていると、お尻が冷たいからだ。

案の定、縦に長い身体のバランスを取るのが難しい。床に手を付いて、何とか感覚を掴む。

(はぁー、むかし人間だったからって、みんなこんな風になるの?)

むかし……というのはいつのことなんだろう。みんな……というのは、例えば誰のことなんだろう。

美弥のことは知っている。小学三年生女子、両親と兄、猫のミャー子と暮らしていた。

そこまで考えて、ミーヤはくしゃみをした。

「へっくし、へっくし、へっくし!」

三回も続けて出た。三回くしゃみが出ると風邪をひくと誰かが言っていた。

(たいへん! 風邪ひいちゃう!)

なぜ人間になるのかわからない。そして、どうしたら毛玉に戻れるのかもわからない。

でも、寒くて風邪をひく方が困るのだ。野生の生きものが病気になったら、自然治癒力しか頼るものがない。

けっきょくミーヤは、石室の中を歩き回ることにした。動けばあたたかくなるし、歩く練習にもなる。

空が白みはじめる頃になると、ミーヤは人間の歩き方をほぼ完璧にマスターした。

毛玉が跳ねるのも転がるのも全身運動だ。身体コントロールはお手のものだったりする。

(よし、日が昇った! 出かけよう!)

森に住む肉食の中型動物は、薄明薄暮性といって、日暮れと夜明け頃に狩りをするものが多い。

夜目の効く肉食獣が、まだ暗くて視界の悪い状態の草食動物を狙うのだ。

毛玉は夜目が効くが、今のミーヤは人間だ。真っ暗な中を歩くことはできない。ギリギリ安全を確保出来るまで待つ判断をした、毛玉の生存本能は良い仕事をする。

ミーヤはキラキラの朝の太陽の光を浴びながら、けもの道を足早に歩いた。もちろん素っ裸だ。

(よしよし! 上手く歩けてる!)

人口密度がほぼゼロの森の中とはいえ、違和感がないとは言いがたい。だが、毛玉に羞恥心など期待しても無駄というものだ。

さて、全裸のミーヤが目指しているのは、この森の中で唯一、人間のものが運び込まれる場所……ゴミ捨て場だ。

腐るものを捨てるのは禁止された、どちらかというと不用品置き場に近い。

今のミーヤが何よりも欲している、身体を覆うものが捨てられている可能性がある場所だ。

(毛布とか、古着とか、あるといいなぁ。あと靴! 裸足で森を歩くと、こんなに痛いと思わなかったよ……)

気をつけていても、時々小石や小枝を踏んでしまう。ミーヤの足の裏は、ところどころ血が滲んでいる。

実はミーヤがゴミ捨て場に向かうのは初めてではない。前回人間になって以来、何度も訪れている。そして毛玉でも持てるものを、せっせと遺跡の住処へ運んでいた。

最初に見つけたのは、歯の欠けた小さな 櫛(くし) だ。持ち手部分に赤い小鳥が彫ってあってなかなか可愛らしい。

(毛玉の毛並みも、櫛で 梳(とか) せば、サラサラになるかも!)

そう考えて喜び勇んで拾ったが、よく考えたら毛玉は櫛を使えなかった。しょんぼりである。

次に見つけたのは、片方だけの小さな毛糸の手袋。

( 毛玉(わたし) の帽子にぴったりだ!)

残念ながら、かぶる手立てがなかった。今は寝床に敷いてある。

チビた蝋燭が三本、洗濯バサミが二つ、小さくなった石鹸がひとつ。

どれも以前は使い 途(みち) がわからなかったけれど、美弥のことを思い出したミーヤは、とても便利なものだと知っている。

蓋の取れた小箱も見つけたので、それらは全部、その中に大切にしまった。

箱の中身は小さなものばかり。毛玉の身体で持ち帰るのはそれが精一杯だったのだ。

だが今のミーヤは人間だ。

身体が大きいし、力もある。そして何より手があるのだ。拾えるものの選択肢は大幅に広がった。

(よーし、手があるうちに、たくさん拾おう!)

毛玉に出来なかったことは、まだまだある。箱の蓋を開けること、引き出しを引っぱり出すこと、縛ってある紐を 解(ほど) くこと。

(毛玉の時は見つけられなかった素敵なものが、きっとある!)

まずミーヤが向かったのは、古びた作業デスクだ。小さな引き出しが三つ付いている。

(勉強机に似てるね。文房具……ハサミとか、糊とか、入ってるかな?)

上から順番に引き出しを開けていく。

一番上は空っぽだった。

二番目の引き出しは、軽く引くとカタカタと音がする。

(何か入ってる!)

ミーヤは、ドキドキしながら引き出しを覗き込んだ。

カラカラに干からびた、ダンゴムシだった。ざんねん……。

三番目の引き出しは、ずしりと重い。

ミーヤはそろそろと引き出しを引いた。

ザバザバビシャーン!

雨水が溜まっていた……。

ミーヤはがっくりと肩を落として、引き出しを戻した。

次に気になったのは、開き戸の付いた棚。天板や棚板は割れてしまっているが、開き戸はしっかり閉まっている。

思い切ってパカッと開いてみた。

親指と人差し指でつまめるほどの小箱が、中央にひとつだけ。

(なんだろう、これ……)

小箱の中には、金属の円筒が収まっていた。箱の側面には取っ手が付いている。

ミーヤはそうっと取っ手をつまんでみた。

(あっ、回る……)

少し錆びついてはいるが、クルクルと回る。取っ手の動きと連動して、金属の円筒が回りはじめた。

(これ、知ってる……。手回しオルゴールだ……)

金属の板を弾く澄んだ音が、チリンと鳴ってポーンと響く。

ミーヤは大森林の中で暮らす、自分の鳴き声を持たない毛玉だ。息を殺し、跳ねる時でさえ大きな音は立てない。

それが、ミーヤの生き残る手段だった。音を楽しむなど、考えたこともなかった。

(知らない曲……。でも、きれいな音……)

ミーヤはしばらく、オルゴールの音に聞き惚れた。

「へっくし!」

もっと聞いていたい。でも今は、探さなければならない物がある。

ミーヤはオルゴールを作業デスクの上に大切そうにそうっと置くと、その隣にある木箱を開けた。