軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 帝国への旅 弐

『なぜ軍を出撃させないのか』

議会では非難の声があがった。確かに帝国の所業は再びの開戦に値する。だがヒューゴは静かに言った。

「戦争をするつもりはないからな」

戦争などしても、血を流すのは兵士と民ばかりだ。帝王を締め上げるならば、相対する外交の形を取った方が確実だ。

それに……ヒューゴは 毛玉(ミーヤ) を取り戻すために砦で戦った時に、思い知ったことがある。

ヒューゴは人を斬れなかったのだ。

覚悟を決めたつもりだった。ミーヤのためならば、修羅へと堕ちるつもりだった。

だがヒューゴは人の身体に 刃(やいば) 突き入れることも、血を流させるために引くことも出来なかったのだ。

森のボスたちを相手にした時も同じだった。

宝剣アウステリアは幸いにも片刃の大剣だったので、全て峰打ちで叩き伏せた。

あまりの使い勝手の悪さに『こんなことならば棍棒を持ってくるべきだった』と後悔したほどだ。

かつて戦場のヒューゴは、一太刀で敵を斬り伏せることをこそ『慈悲』だと思っていた。そう思い込もうとしていた。

だが今は、もう無理だ。

『目の前の一人を斬れば、どこかのミーヤが泣く。ミーヤを斬られて、泣く自分がいる』

命を愛することを知ってしまった自分は、もう戦争はできない。

「こんな俺を皇帝として担ぐのが嫌なら、引き摺り下ろせばいい。俺はいつでも代わってやる」

ヒューゴの言葉に、議会場が鎮まり返った。この場にいる者は、誰もがヒューゴの有能さと腐敗に対する苛烈さを知っている。議員たちは文官の手を借りて、粛々と外交の準備を整えた。

* * *

出発の朝は、よく晴れていた。

五台のうち前から二台は幌馬車で、食糧や野営に必要なテントなどの荷物を積んである。

三台目には護衛騎士と帝国の使者が乗っている。丁重にもてなされた割に、今日も顔色が悪い。

四台目には砦にいた研究員が三名。この三名は帝国に逆らえずに、不本意な研究をさせられていたとして、亡命を希望している。

その交換条件として、砦での研究の全てを証言すると約束しているのだ。

そして最後尾の馬車に、ヒューゴとザック。ザックは今日は護衛騎士に扮している。ヒューゴの膝には 毛玉(ミーヤ) 、そして……、肩には、一匹のトカゲがいた。

このトカゲ、少々変わった姿をしている。何しろ翼があるのだ。毛玉にもあるのだから当たり前なのか? いや、そんなわけはない。

(ドラゴンさん、クッキー食べる?)

「***(もらおう)」

(ドラゴンさん、ボードゲーム、やる?)

「***? ***(ゲームとな? なんだそれは?)」

(ドラゴンさん、歌う?)

「***? **(なぜ、歌うのだ?)」

ミーヤのノリは完全にバス遠足のそれだ。

ドラゴンが帝国への旅について行きたいと言い張った。その時に 毛玉(ミーヤ) がつい『だって大き過ぎるもん。馬車に乗れないよ』と思ってしまったのが運の尽きだ。ドラゴンはある程度、ミーヤの思考を読むことができるのだ。

「小さければ、問題はないのだな?」

ドラゴンは不敵に笑うと、みるみる小さくなった。

(ドラゴンさん、チートが過ぎるよね!)

こんなに何もかも出来てしまっては、ミーヤのシステムが裸足で逃げ出してしまう。『マブダチポイント』の使いどころがないではないか。

ちなみにこの世界には 双六(すごろく) 形式のゲームも、オセロに似たゲームも存在している。

ミーヤは尻尾を使って、夕食の後にヒューゴと遊んだりしている。

(そろそろ、おべんとうの時間かな!?)

ミーヤの体内時計というか腹時計が、そろそろ昼休憩の時間を告げる。具体的に言うと『キュルキュル、グゴー』と鳴ったのだ。鳴き声を持たない毛玉の割に、ハラヘリ音は大きい。

「ミーヤ、腹が減ったのか? そろそろ昼休憩にしようか」

ヒューゴがすぐに聞きつけて、御者を止める合図を送る。御者が『ほうほう、やー!』と停止の掛け声をあげた。全ての馬車は徐々に速度を落とし、やがて停止した。

「どこか、景色の良い場所を探して参ります」

ザックが馬車を降りて走って行った。働き者である。

(わーい、おべんとうだ!)

ミーヤはワクワクが抑えられず、チョンチョンと馬車の座席を跳ねた。今日のために、料理長が特製ランチボックスを用意してくれたのだ。

(天気がいいし、さいこうだね!)

小高い丘の上に、皇帝専用高級シートを広げ、待ちに待ったお弁当タイム。空気は冷たいが、今日は風もなく日差しが穏やかだ。

だが、馬車から降りると、ドラゴンはミーヤの毛並みの中に埋もれるようにくっついてきた。どうやら寒いのは苦手らしい。

(わぁー、すっごくおいしそう!)

彩り良く配置されたランチボックスは、まさに料理長の職人魂の結晶だった。

手前には串に刺した自家製ハム、うずらの卵、飾り切りされたニンジンが三色団子のような可愛らしさで二つ。

その隣のふんわりと優しい色のオムレツは、中からチーズの匂いがする。

カラッと揚げたキノコとポテトは、ハーブとコショウのいい匂いだ。

薄いパンを、くるりと渦巻きのように丸めたサンドイッチも素晴らしい。中身はサーモン、アボカド、トマトがきれいな色合いで並んでいる。

特筆すべきはオムレツだろう。見事に写実的な猫の絵が、ケチャップで描かれているのだ。

(キャラ弁だ! ねこのキャラ弁だよ!)

ミーヤの琥珀色の目はキラキラと輝き、ヨダレが滝のように流れ出た。ミニドラゴンは隣ですでにレタスをパリパリと齧っている。草食だからだ。

「ミーヤ、食べていて良いぞ。お茶をもらってくる」

自分でお茶を取りに行く、皇帝陛下とは。

ヒューゴが立ち去った、そのほんの少しの隙を狙ったかのように……。帝国の使者がフラフラと歩いて来た。

じろりと毛玉とランチボックスを眺める。

「なぜペットの珍妙な毛玉ごときが、わしより豪華な弁当を食っているんだ? 不当だ! それを寄越せ!」

使者はミーヤの前からランチボックスを奪い、事もあろうに一番最後に大切に食べようと思っていたオムレツを、猫の顔をぐちゃぐちゃにして手で掴むと、パクリと口に入れてしまった。

「ほほう、なかなかの味だな。ちっ! 皇国のくせに良い料理人を使いおって……! 生意気な……」

――ピキピキ、メキメキッ!

「……え?」

使者が凍り付く。

毛玉の背中から、突如としてムキムキとした筋骨隆々の「腕」が生えてきたのだ。

「ヒッ、ヒィィィィィ!?」

(料理長の……、キャラ弁……。わたしのオムレツ……、ねこさん……! ゆ、ゆるさない……!)

「ひ、ひぎゃあああああ!? 化け物、化け物が出たぁぁぁ!」

腰を抜かして這いつくばる使者の後頭部を、ミーヤの背中の拳が正確に捉える。

ゴンッ! ゴンゴンッ!

(ねこさんの、かたきーーー!)

ゴンゴンと連続でゲンコツを落としていると、湯気を立てるカップを持ったヒューゴが丘へ向かって歩き出したのを、ミーヤの琥珀色の目が捉える。毛玉の視力は12.0だ。

――シュルシュルシュル……ッ!

背中の腕があっという間もなく引っ込んだ。

「お待たせ、ミーヤ。お茶を……って、どうしたんだ?」

ミーヤはヒューゴの足元に飛びつくと、ぐちゃぐちゃにされたオムレツの残骸を尻尾でさし示して全力で被害を訴えた。

「……なるほど。オムレツを、使者殿が食べてしまったのか。大人げない」

使者は頭を押さえてうずくまっている。

「泣くな、ミーヤ。俺の分のオムレツをあげるから。ほら、見てごらん」

差し出されたヒューゴのオムレツには、ケチャップで頭に花の咲いた毛玉が描かれていた。

(わぁぁ……! わたしのキャラ弁だぁ!)

自分の姿の描かれたオムレツを見て、ミーヤは一瞬で機嫌を直した。パタパタとヒューゴの周りを飛び、尻尾をプロペラのように回した。

「ア、アウステリア……恐るべし……」

使者はその言葉を最後に、白目を剥いてそのまま卒倒した。

「おや、使者殿? ……ザック、悪いが彼を馬車まで運んでやってくれ。少し疲れが出たようだ」

「御意。……(自業自得ですかね)」

髭の濃い護衛騎士が呆れたように肩をすくめ、気絶した使者の足を掴んで引きずっていった。

ミーヤはオムレツを幸せそうに頬張り、ドラゴンはマイペースに二枚目のレタスをパリパリと齧っている。

「***……(騒がしい羽虫だのう)」

(羽虫じゃないよ! 毛玉のミーヤだよ!)

お弁当タイムを無事に(?)終えると、馬車は再び、ヴォルガルド帝国を目指して出発した。