軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第57話 究極進化

《これより『マブダチポイント』を消費して、対象者の『精神汚染の浄化』を実行します》

ドラゴンの血管を巡っていた薬物成分が、システムの力によって強引に無害な物質へと分解されていく。

「……ガ、……ア、…………」

ドラゴンの猛り狂った咆哮が、次第に掠れた溜息へと変わっていく。

やがて、その瞳から濁った赤が完全に抜け落ち、透き通るような美しい金色が戻ってきた。

「***……。**? ふむ。……この気配、……あの時の羽虫か」

埋もれていたミーヤのケモ耳が、ドラゴンの言葉を拾う。あの偉そうで、けれど親しみのこもった言葉。

(羽虫じゃないよ! 毛玉のミーヤだよ)

ドラゴンはゆっくりと首をもたげると、自分を羽交い締めにしている漆黒の異形を、黄金の瞳で見つめた。

「もはや毛玉とは言い難いが……。お主の技が、我を救ってくれたようだな」

(……ドラゴン、さん……。よかった……)

ミーヤは安堵のあまり、草原にズシンと音を立てて座り込んだ。小さな毛玉の頃とは違い、そのままコロンと転がることはない。

ドラゴンはふいっと視線を巡らせ、砦の前で腰を抜かして震えているバルガスを冷たく見下ろした。

「貴様の所業、全て覚えておるぞ。人間ごときが、我を弄んだ代償……。高くつくぞ」

ドラゴンの全身からかつて森で感じた、噴火直前の火山のような覇気が放たれる。

バルガスは「ひいぃっ!」と短い悲鳴を上げて、そのまま白目を剥いて卒倒した。

「……さて、ミーヤよ。……その男が、お主の言っていた同族の親か?」

ドラゴンが鼻先で、呆然として跪いているヒューゴを指し示す。

(違うよ、へーかは毛玉じゃないもん。あ……、わたしも、もう……毛玉じゃない……かも……)

「そうか? お前たち二人は似ていると感じたのだが……」

(えっ、わたし、こんなに色々生えてるのに?)

「うむ……、それにしても……二人とも怪我が酷いな。我の使っている薬草を分けてやろう。特別だぞ?」

ドラゴンは喉の内側の鱗を外して、艶々した大きな葉っぱを二枚出して渡してくれた。

(あ、ありがとう、ドラゴンさん)

ドラゴンは黄金の瞳を細め、バルガスの襟元を巨大な鉤爪でひょいとつまみ上げた。ゴミでも扱うかのような無造作な動作だ。

「この下劣な人間どもには、我自身の手でケリをつけねば気が済まぬな。このままヴォルガルドの帝都まで乗り込み、二度と我らに手出しできぬよう魂に刻みつけてくれるわ」

(えっ、ドラゴンさん……行っちゃうの?)

「案ずるな。カタをつけたら、改めて会いに行く。……ではな、我が『マブダチ』よ!」

ドラゴンは大きく翼を広げ、夜の帳を切り裂くようにして飛び去った。その巨大な影が月に重なり、やがて暴風のような翼音も遠ざかっていった。

* * *

静寂が、草原を包み込む。

残されたのは、三メートルを超える漆黒の『異形』、そして満身創痍の皇帝だけだった。

ミーヤは、振り向くのが怖かった。今更ながら、自分がどんな姿をしているのかが、気になった。

ヒューゴは……、自分の姿を見て、どう思っているのだろう。

勇気を振り絞って、恐る恐る振り向くと。

そこには、折れた宝剣を握りしめたまま、異形となったミーヤを……見上げるヒューゴの姿があった。

(あっ、……こわい、よね。……ごめん、なさい)

ミーヤは思わず後ずさった。

(わたし……もう、へーかに愛される毛玉じゃなくなっちゃった……)

ヒューゴの方を直視できない。少しでも嫌悪の表情が見えてしまったら、どこかに飛んで逃げてしまいたい。

(洗濯室にも、もう行けない……、みんなに怖がられちゃう……)

嫌われることは……、怖がられることは、ミーヤが思っていたよりも、ずっと苦しいことだった。

(森へ帰ろう……。森の奥で、誰にも見られないようにして暮らそう……)

ミーヤが重い身体を引きずるようにして、森へと向かおうとした、その時。

カラン、と……。背後から音がした。

ヒューゴの手から、折れた宝剣がこぼれ落ちた音だ。今にも倒れ込みそうな足取りで、一歩、また一歩と、ヒューゴは『バケモノ』になってしまったミーヤへと歩み寄って来る。

「……ミー、ヤ……」

掠れた声で、呼ばれる。

ミーヤは反射的に身をすくめた。叩かれると思ったのだ。化け物め、と罵られると思ったのだ。

だがミーヤに触れたのは、血に汚れながらも、温かいヒューゴの手のひらだった。

「……酷い、傷だ……。……痛かった、だろう……」

ヒューゴは、異形のミーヤを、かつての小さな毛玉を抱きしめていた時と同じように、静かに、深く抱きしめた。

「俺が不甲斐ないばかりに、こんな傷を負わせてしまった……すまない……。さあ、早くドラゴン殿のくれた薬草を使うんだ」

ヒューゴはミーヤの姿など、まるで見えていないかのように、薬草をペタリとミーヤの傷口に貼り付けた。自分だって、傷だらけなのに。

ミーヤは震える尻尾で、地面に文字を書いた。

『こわくないの? こんなに、いろいろ、生えて。バケモノみたいになっちゃったよ?」

ヒューゴはその文字を読んでフッと笑った。

「何が生えようと、どんな姿だろうと……お前は、俺の……、可愛い毛玉だ」

その言葉は、ヒューゴが守護者になった時に、誓った言葉そのものだった。

そもそもヒューゴがミーヤを『可愛い』と称するのは、柔らかな毛並みでも愛くるしい丸い身体でも、庇護欲をそそる小さく弱い様子でもないのだ。

人が誰かを想う時、どうしても“姿”や“形”の美しさに左右される。けれどヒューゴの胸にあるのは、それとは別の、もっと静かで深い愛だった。

それは、我が子の不格好さをこそ愛おしむ親の情愛であり。老いさらばえ、病に伏したペットを、より一層愛でる飼い主の献身と同じもの。

美しくある必要などない。

傷つき、汚れ、変わり果てたその姿こそが、ヒューゴの守護欲を、ひりつくような愛着を、狂おしいほどに掻き立てる。

しかもそれは、ヒューゴを守ってミーヤが選び取った姿なのだ。愛さずに、いられるわけがない。

異形のミーヤを抱きしめるヒューゴは今、守護者としての本質を、その魂で体現していた。

『かわいくなくても、いいの?』

ミーヤの問いに、ヒューゴが答える。

「……姿など、どうでもいい。……生きていてくれれば、……それだけでいい……」

――――『我、ヒューゴ・ヴァレリウス・アウステリアは守護者となり』

――――『ミーアリーヤの生涯を見守り、慈しみ、幸せを願うことを誓う』

契約は――。果たされたのだ。

パンパカパーン! パッパッパ、パンパカパーン!

場違いな、けれど今までで一番大きなファンファーレが鳴り響いた。続いて荘厳なオーケストラの演奏が流れる。それは、ミーヤとヒューゴ、両方に聞こえていた。

《愛されポイントがカンストしました》

《だいしゅきポイントがカンストしました》

《ヒューゴの守護者レベルがカンストしました》

《守護者に、変身スーツが三種類付与されます》

《タイプAノーマル型毛玉 固有名『ミーヤ』。正式名称『ミーアリーヤ』。究極進化の条件を達成しました》

* * *

荘厳なオーケストラの演奏が終わると『ピコン』といつものお知らせ音が鳴った。

《究極形態への進化準備を開始します》

《究極進化の形態を決めて下さい。

・美しい妖精

・究極の美少女

・身体能力の高い獣人

・頭の輪と白い大きな翼を持つ天使

・この世界で唯一の魔法少女

選択肢の例を提示しましたが、他にもあなたの望む形態へと進化が可能です》

(へぇー、さすが、きゅうきょく進化だね。うーん、どうしようかな)

ミーヤは一応考えたが、すぐに答えは出た。

(決めた! なりたい自分には、自分でなるよ! だから、元のわたしに戻して)

《タイプAノーマル型毛玉を希望、ですか?》

(うん! 戻して欲しいの。毛玉で、洗濯下女のわたしに!)

《タイプAノーマル型毛玉は幼体であり、進化前の形態に過ぎません。よろしいのですか?》

(幼体って、子供って意味だよね? だったらわたしにピッタリだよ。たくさん寝て、たくさん食べて、大きな毛玉になるんだよ。頑張って、なりたい自分になるよ!)

《……了解しました。選択を受け付けます》

《究極進化、準備完了》

《タイプAノーマル型毛玉》

《実装します》

ボヨヨヨーン!

バネかゴムが伸び縮みするような音――ミーヤが毛玉に戻る時の、お約束のSE(効果音)が鳴り、もくもくと煙が上がった。

それが晴れると——。

ヒューゴの手のひらに、小さな毛玉がちょこんと乗っていた。

まだら模様の毛並み。琥珀色の目。頭の上には、黄色い小さな花。

ヒューゴは呆然と見下ろした。

「ミーヤ……、少し、大きくなったな」

(わかる? 少しだけ大きくなったの! 翼もちょっとだけど、大きくなったよ!)

ミーヤがパタパタと羽ばたいた。

その大きさの違い……、わかるのはおそらく本人とヒューゴだけだろう。

あっ、でも……。蝶か蚊くらいだった飛行性能が、蜜蜂くらいに上がっている……!?

毛玉(ミーヤ) は頭の花をゆらゆらと揺らしながら、旋回した。

それも前は出来なかった……!

(わたしに戻ったよ、へーか!)

ヒューゴはゆっくりと膝をついて、震える手で毛玉をそっと包み込んだ。

「どんな姿でもいいが……、その姿は格別だ……!」

ヒューゴの“一番星の青”が、優しく潤んだ。