軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第56話 異形のバケモノ

《準備完了。実装します》

無機質なアナウンスが響いた瞬間、ミーヤの小さな体が内側から爆ぜるような衝撃に見舞われた。

「ピギィィィッ……!!」

悲鳴とも、肉が裂ける音ともつかない異音が、静まり返った草原に響く。

まだら模様の毛並みが内側から、突き破るように生えてきた赤黒い筋肉の繊維によって、無残に剥ぎ取られていく。

ギチ、ギチギチィッ!

《表面積、補完します》

まん丸だった身体が不自然に膨張し、歪な形へと形を変える。頭のすぐ横からは、肩も肘も無視したような、節くれだった「腕」が三本、肉を割って唐突に突き出した。

背中からも、お腹からも、節足動物のような硬い節を持った「尻尾」が、節操もなく何本も生え、石畳を鞭のように叩いている。

「ミー……ヤ……?」

ヒューゴの腕の中で、愛しい毛玉が、みるみるうちに変貌していく。

肩口からは太い「足」が逆さまに生え、可愛らしかった琥珀色の瞳は、肥大化した頭部のあちこちに、複眼のようにいくつも増殖し、狂ったドラゴンを多角的に捉え始めた。

(ごめん、ね……。へーか……。かわいくない、よね……。でも……!)

バキィッ! と骨が外れるような音がして、ミーヤの体躯は三メートルを超える異形へと膨れ上がった。

もはや、どちらが前でどちらが後ろかもわからない。いや、それは元からか。

全身から生えた腕が、足が、尻尾が、それぞれ独立した生き物のように蠢き、周囲の空気を威嚇するようにかき回す。

たったひとつ。

かつて頭だったと思われる場所には、ヒューゴが引っ張るなと叫んだ、ミーアリーヤの花だけが、何事もなかったかのように、揺れていた。

「ギョエェェェェェーーッ!!!」

ミーヤの口があったはずの場所が裂け、重低音の混じった、おぞましい咆哮が放たれた。

バルガスが腰を抜かし、尻もちをつく。

「な、なんだ……! あの化け物は! 毛玉が……毛玉が化け物になったのか!?」

ドラゴンが、本能的な恐怖にたじろぎ、一歩後ずさった。

理性を失ったドラゴンの目にも、目の前の『それ』は、この世の 理(ことわり) から外れた、正体不明の暴力そのものに見えたのだ。

(生えた! いっぱい、生えたよ! これなら、へーかを……!)

琥珀色の複数の目が、ドラゴンをキッと睨みつける。

(お父さんを……、守れる……!!!)

異形と化したミーヤの身体のあちこちから、『ポン』という、『生やす』に対応した効果音が鳴る。

それはあまりにも場違いで、生えたものに相応しくなかった。

ミーヤは四方八方に生えた腕と足を同時に地面へ叩きつけ、凄まじい速度でドラゴンへと突っ込んだ。

(わたしの、お父さんを、いじめるなー!)

* * *

ドォォォォォンッ!!

漆黒の塊と化したミーヤが、ドラゴンの懐へ入り込む。

増殖した複数本の腕が連続して、ハンマーのようにドラゴンの巨躯を叩く。

バルガスは腰を抜かしたまま、ガチガチと歯を鳴らして後ずさりした。

「な、なんだ……なんなんだ、あの……あの出来損ないのバケモノは……!」

ミーヤは構わなかった。

自分がどれほど醜く、 悍(おぞ) ましい姿になっているか。今はそんなことは少しも考えられない。

バキ、ボキィッ!

ドラゴンの強靭な鱗が、圧倒的な質量攻撃に悲鳴を上げた。

反撃しようと鋭い牙を剥くが、ミーヤの背中やお腹から生えた「足」が、その顎を強引に蹴り上げた。

だがその時、筋肉の奥に埋まったミーヤのケモ耳が、ぴくりと動いた。

狂ったような咆哮の奥に、かすかに別の声が混じっているのだ。

叩くたびに、その声は少しずつ大きくなっていく。

(……怒りが、制御できん……)

(……どうにもならん)

(……身体が勝手に動く……)

ミーヤは動きを止めた。

(ドラゴンさん……?)

以前、遺跡で会った時、ドラゴンは金色の美しい瞳をしていた。今は、赤い。

赤く染まったドラゴンの瞳をじっと見つめると、その奥に、かすかに、金色が揺らめいている。

(いる……! ドラゴンさん、まだそこにいる……!)

ロボの目も、あの大猿の目も、虎の目も……。みんな同じだった。苦しみと怒りの奥に、かつての『森のボス』がいた。

(みんな、苦しんでたんだ……)

胸が、痛かった。

ドラゴンも、森のボスたちも……『悪者』なんかじゃなかった。

ミーヤは叩くのをやめ、代わりにドラゴンの巨大な頭部を、無数の腕でギュッと包み込んだ。

暴れるドラゴンの下敷きになり、ミーヤ自身の体からも骨の折れる嫌な音がする。それでも、絶対に離さない。

(ドラゴンさん! 聞こえる?! わたしだよ、毛玉のミーヤだよ!)

ドラゴンの赤い瞳が、ミーヤの至近距離で揺れる。

(あの時の、森の遺跡で話したじゃない! 「また会おう」って、言ってくれたじゃない!)

目の前で苦しんでいる、大きな生き物が、悲しくて、悔しくて、仕方がなかった。

(正気に戻って! ドラゴンさん、お願い、思い出してよ!)

ドラゴンの赤い瞳が揺れる。奥の金色も、ゆらゆらと揺れる。

(ドラゴンさん、優しかったよ! 他の毛玉を探してくれるって言った! わたし……うれしかったんだよ! 森で、はじめての、友だちだった! こんなのやだよ!)

ミーヤの魂の絶叫は、果たしてドラゴンに届いているのか……。

パンパカパーン!

突然、ファンファーレが鳴り響いた。

《種族を超えた深い友情を確認しました》

《新要素『マブダチポイント』が発生しました》

《対象の『ドラゴン』の精神汚染を確認》

《これより『マブダチポイント』を消費して、対象者の『精神浄化』を実行します》