軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第49話 もう、戻れない

感謝祭の翌日の洗濯室には、どこか気だるい寂しさが漂っていた。

それぞれが祭りの日の出来事を話しながら、日常生活を取り戻していく。

「うちの旦那ったら、子供たちと飲みすぎてさー」

「うちの娘は、甘いもの食べ過ぎて、ニキビができたって騒いでいたよ」

「うちは爺ちゃんが、祭りで踊り過ぎて腰が痛くて立ち上がれないって!」

「あはは! みんな平和だねぇ。感謝祭のご馳走は、作ってもらったのかい?」

以前、報奨金の使い道を下女たちが話しているのを聞いた時は、自分の寄る辺なさで寂しくなってしまったミーヤだが、今回の感謝祭は違う。

守護者であるヒューゴと、感謝祭のご馳走に栗のパイを一緒につくり、その後は祭りに賑わう街へと繰り出したのだ。

ミーヤは思い出しただけで、嬉しくてコロコロと転がりたくなった。

(ダメダメ! 今は人間なんだから!)

我慢してくれて良かった。ミーヤには甘い洗濯下女の面々でも、さすがに突然コロコロ転がりだしたら対処に困る。

「それにしてもイレーヌは来ないねぇ」

マルタが心配そうに言った。

「昨日の感謝祭を別にしても、もう三日も出勤していないんだ」

洗濯下女の仕事は登録・日給制だ。ミーヤをはじめとした、都合の良い日だけ出勤する者も多い。

だがイレーヌは、誰よりも出勤率が高く、遅刻も早退もしたことがない。

「具合でも悪くしてなきゃいいけど……」

「いや、几帳面なあの子なら、具合が悪けりゃヨシュア坊に連絡に来させるくらいはするはずだよ」

「ヨシュアも一緒に寝込んでいるのかな……。あたしが今日、家まで行って見てくるよ」

エレンが引き受けてくれたので、一旦この話はおしまいになった。

だがミーヤには、気になることがあった。

感謝祭の前日、栗を買いにいた場に行った時のことだ。イレーヌは元気がなかったし、悩んでいるみたいだった。

(イレーヌは病気じゃなかったけど、シュランの実を買ってたから、ヨシュアが病気かな?)

病気の時には心細くなる。ミーヤが熱を出した時には、イレーヌが世話を焼いてくれたし、ヨシュアも栄養たっぷりのスープを作ってくれたのだ。

(わたしもエレンと一緒に行こう! 何か、お見舞いを持って行こう!)

ミーヤはお見舞いを何にするか、考えながらせっせと洗濯仕事を済ませた。

そうして、エレンと二人で市場で買い物をしてから、イレーヌの家を訪れた。お見舞いの品は人気のパン屋さんでクリームパンを買った。

トロトロの甘いクリームは、栄養たっぷりだし、柔らかいパンなので病人でも食べられる。

* * *

ミーヤとエレンがドアをノックすると、イレーヌはどこか怯えたような様子でドアを開けた。

「あっ……エレン。ミーヤも……。どうしたの?」

「三日も出勤しないから、具合でも悪くしてるのかと思ってさ。何かあったのかい?」

「あ、ええ……、ヨシュアが……ちょっと体調が悪くて……」

そう言うイレーヌも、顔色が悪い。

「大丈夫なのかい? 風邪か? 医者には診せたのか?」

「ええ、流行性感冒らしいの。だから、家へはあげられないの。ごめんなさいね」

流行性感冒はインフルエンザのことだ。

「大変じゃないか! 熱は高いのか? 何か食べられているのか?」

「エレン……、ありがとう。でも熱は下がったの、大丈夫よ」

ようやくイレーヌが少し笑顔を見せた。ミーヤは、オズオズとクリームパンの包みを差し出した。

「これ、おみまい。おだいじに、ね」

「ミーヤ……ありがとう。ヨシュアに渡すわ。あと三日くらいしたら、出勤できると思うの。マルタさんにそう伝えてくれる?」

イレーヌはそう言って、早々にバタンとドアを閉めた。

「心配だけど……まあ、熱が下がったなら、大丈夫だろうな。さっ、帰ろうミーヤ」

「うん……。わたし、市場で、かいものするから、ここでバイバイ」

「そうか? じゃあ、またな!」

ミーヤは手を振ってエレンを見送ると、くるりと踵を返して、イレーヌの家へと戻った。

イレーヌの家からは、確かに病気の匂いがした。でも、あれは……。

(知らないおじさんの匂いがした。あと、ヨシュアは今は家にいない)

イレーヌが、なぜそんな嘘をつくのかミーヤは気になったし、嫌な予感がしたのだ。それはおそらく、野生の勘だ。そして間違っていない。

ミーヤは“加齢臭”の出所である、客間の壁に、そっと耳を付けた。

* * *

「もう大丈夫だ。わしは、毛玉を捕まえに行かねば!」

「お父様、無理です。まだ熱が下がったばかりなんですから」

「期日があるんだ。明日までに帝国との国境へ毛玉を連れて行く約束なんだ」

(……どういうこと? 毛玉(わたし) を捕まえて、どうするの?)

イレーヌの父親は確か……。

(悪いことをして、牢屋に入れられちゃったんだよね? そんで、脱走しちゃった……! あっ、脱走して、帰って来てるから、イレーヌは嘘をついたんだ!)

「やめて下さい! 毛玉様は陛下の大切なペットなんです。そんなことをしたら……!」

「それでもわしはやるぞ! お前たちとまた一緒に暮らすためなら、国なんぞ売ってやる! ペットの毛玉なんぞ、知るもんか!」

「お父様……」

(イレーヌ、泣いてる……。おじさんも……。わたしが捕まれば、帝国から報償金がもらえて、家族で暮らせるようになるのかな? それなら……)

ミーヤは毛玉に戻り、イレーヌの家のドアを尻尾でトントンとノックした。

そして……イレーヌが細く開けたドアの隙間から、思い切り中へと飛び込んだ。

* * *

イレーヌは、唇を噛みしめた。

「……ごめんなさい」

何に対しての謝罪なのか、自分でも分からない。ただ、口にせずにはいられなかった。

毛玉は逃げなかった。それどころか、チョンチョンと近づいてくる。

そして、まるで――イレーヌを気づかうように見上げて、身体を傾けている。

「……だめよ。こんなの……だめに決まってる……」

震える指先で、小さな身体を抱き上げる。

(温かい……)

小さくて、やわらかい……。そして軽い。

その頼りない感触が、どうしようもなく――重かった。

これで……もう、戻れない。

イレーヌは、毛玉を抱きしめて上着の懐に入れると、静かに家を出た。このまま国境へと向かうつもりだ。

振り返れば、きっと足が止まる。

戻れないならば、振り返らずに行くしかない。

その先に、何が待っていようとも。

イレーヌは震える足で乗り合い馬車の停車場へと急いだ。