軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第47話 料理人父ちゃん

※ここからは副音声でお届けします。()の中はヒューゴが口にしているつもりの言葉です。変身スーツの仕様により、下町言葉に自動翻訳されています。

* * *

厨房の扉が、凄まじい勢いで蹴り開けられた。

現れたのは、鋭い眼光を放つクックコートの男。厨房をジロリと眺め回すと、年季の入ったエプロンのポケットから、使い込まれた万能包丁を取り出した。

(……待たせたな、ミーヤ。怪我はないか? 状況は把握した。これより俺が事態を収拾する)

『おう、待たせちまったな、ちび助! どこも痛かねぇか? 派手にやったようだが、後の始末は全部この父ちゃんに任せな!』

ヒューゴの口から飛び出したのは、地響きのような野太い職人言葉だった。

「な、なんだ、あんたは!」

腰を抜かしていた料理人たちを無視し、ヒューゴは呆然とする若き料理長に向き直った。

(料理長、貴公の心中はお察しする。我が娘の不手際を深く陳謝しよう。だが、今は立ち止まっている時ではない)

『よぉ、若造! うちの娘がとんだ迷惑かけちまって、すまなかったな! だが、いつまでケツついてやがる。厨房の床は、鍋とプライドを乗せる場所だろうが!』

その一喝は、雷鳴のように厨房の空気を叩き割った。

「は、はいっ……!」

料理長はあまりの圧力と、懐かしい師匠と同じ口調に、弾かれたように直立不動になった。

(全員、直ちに持ち場へ戻れ。三分で戦線を立て直す。……ミーヤ、共にこの苦境を乗り越えよう)

『おい野郎ども、グズグズすんじゃねぇ! 三分で叩き直すぞ、準備しやがれ! ……ミーヤ、おめぇもだ。泣いてる暇があったら片付けや掃除をしてろ!」

「「「イエッサー、シェフ!!」」」

そこからは、まさに戦場だった。

ヒューゴは正確無比な動きで包丁を振るい、食材を刻んでいく。

(……この万能包丁という道具は、実に機能的だな。重心のバランスが素晴らしい。……よし、火加減はこれで最適か?)

『トトトトトン! ……ハッ、いい切れ味じゃねぇか。こいつがありゃあ、どんな絶望だって希望に変えてやるぜ! 燃えてきやがった!』

ジュウウゥ! とフライパンから炎が上がる。

ヒューゴの額から汗が滴り、クックコートが熱気で肌に張り付く。

だが、その手つきに迷いはない。ひっくり返った煮物の代わりに、手際よく肉を焼き、芳醇なソースを作り上げていく。

(……ふぅ。料理がこれほどまでに体力がいるとは。……だが、悪くない気分だ。ミーヤ、見ててくれ! 俺も精一杯やる!)

『……ふぅ、こいつはいい汗だ! 腕が鳴るぜ! 見てろよ、ミーヤ! 父ちゃんの最高の背中をよぉ!』

「わたし、おそうじ、する! ぴかぴかにする!」

ミーヤも必死に頑張った。元はといえば自分の失敗なのだ。

いつもクールで余裕たっぷりのヒューゴが、汗びっしょりになっている。

(へーかが、一生懸命だ……。わたしの失敗の、責任をとってくれているんだ……)

親の役割とは、尽きるところはそれなのだ。心配して駆けつけ、一緒に謝り、立ち上がるのを見守って、走っていくのを見送る。

ヒューゴは全力で駆けつけて、一緒に謝ってくれているのだ。

だったら、ミーヤは立ち上がらなくてはならない。

ヒューゴの背中から飛び散る熱気と、美味そうな匂いを感じながら、ミーヤもまた、汗びっしょりになって働いた。

――ガシャン! シュバッ!

流れるような連携で、皿の上に「若鶏と秋野菜のグリル」が次々と並べられていく。

最後のデザートはマロングラッセだ。ミーヤの栗を使った。

「お嬢ちゃん、いいのかい? お父さんに栗のパイをたくさん作るんだろう?」

「いいの! ひとつ分だけで、じゅうぶん!」

料理長は大きな栗を選んで、三個だけ残してくれた。

ツヤツヤ光るマロングラッセを、ミントの葉と粉砂糖で飾りつけて……!

ランチの時間ギリギリに、全ての料理が完成した。

「……よし。時間だ」

嵐が去ったような静寂の中、ヒューゴと料理長が向かい合う。

「……助かりました。あんたが何者でも……いい経験をさせてもらった」

料理長は袖で涙を拭った。目の前の男のマスクに隠れていない、その青い瞳には見覚えがあった。

ヒューゴは何も言わず、ただ黙って右手を差し出した。

料理長もまた、震える手でそれに応える。

――パンッ!!

男たちの小気味いいハイタッチが、勝利の凱歌のように厨房に響いた。

「恩に着る。……これからは、俺がこういう存在にならないとな」

料理人たちは慌ただしく、配膳のために厨房を出て行った。

* * *

バタン、と重い扉が閉まり、厨房にはパチパチと爆ぜる竈の火の音だけが残る。

「……ふぅ。さて、ミーヤ」

ヒューゴは額の汗を拭い、たった三つだけ残った、ザルのなかの茹で栗を見つめた。

「こいつが本番だったな。……やるか」

「うん、わたしが、やるよ!」

二人はエプロンの紐を締め直して、調理台の前に立った。

万能包丁で半分に割った栗をくり抜く。まずはヒューゴが見本をみせた。

「こうやって、スプーンでくり抜くんだ」

ポクッ、と黄金色の中身がボウルに落ちる。ヒューゴが見守る中、ミーヤが黙々と作業を進める。

「次は軽く崩して、小鍋で煮る。根気のいる作業だぞ」

「わかった!」

ミルクと砂糖を入れた小鍋に栗を入れ、水分がなくなるまで弱火で煮る。焦げ付かないように、根気よく混ぜる。

塊になったら追加でミルクを加えて、なめらかになるまで裏漉しする。

「……できた。くりの、クリーム……!」

ミーヤの琥珀色の目がキラキラと輝く。

パン屋で買ってきたパイ生地のカップに、たっぷりと栗クリームを詰め込む。仕上げに、料理長の作ったマロングラッセをちょこんと乗せる。

「完成だな……世界に一つだけの、感謝祭のパイだな」

二人は誰もいない厨房で、出来上がったパイを眺めながら誇らしげに笑い合った。

ヒューゴの眉間には、少しの皺も寄っていない。

窓の外からは、祭りの遠い喧騒と、感謝祭を祝う鐘の音が聞こえてくる。

だが――。

その鐘の音の響く空を、思いのほか厚い雲が流れていく。風が冷たくなり、日が翳るのは、案外早いのかもしれない。