軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第46話 駆けつける皇帝陛下 vol.2

《ミーヤが窮地に陥ってあなたを呼んでいます。守護者としての責務が発生しました。すみやかに現地に向かって下さい》

ヒューゴは手にしていたカップを卓上に置く余裕もなく、ガタンと音を立てて立ち上がった。

(……ミーヤが?)

ヒューゴの頭の中に、毛玉のミーヤと人間の姿のミーヤ、両方が浮かぶ。

(場所はどこだ)

《王宮北東、第一厨房です。事態は緊迫しています。五分以内に駆けつけて下さい》

(……わかった!)

「急用ができた。神殿を辞させてもらう」

神殿の控え室に、ヒューゴの低く鋭い声が響いた。

端正な顔立ちは一瞬で氷のように冷え切った。最近はずいぶん丸くなったと噂されているが、かつての『人間嫌い』を彷彿とさせる冷たい声だ。

「陛下、このあとはパレードと、神官長様との会食が……」

儀典官が恐る恐る声をかけたが、ヒューゴはそれを一瞥だにしなかった。

「急用だ。後日、埋め合わせをする」

「しかし……!」

「……通せ」

詰め寄ろうとした神官たちは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。

ヒューゴは皇族用の控え室を出ると、煌びやかな式典用のマントを翻して、神殿の回廊を風のように駆け抜けた。

(厨房だと!? 火事か? なぜそんな場所に? 待っていろ、ミーヤ!)

すれ違う巫女や神官たちが驚いて壁際に飛びのき、角を曲がろうとした神殿兵が、あまりの覇気に槍を落とした。

「急用だ。馬を回せ。すぐに城へ戻る」

すぐにヒューゴの愛馬が引かれてきて、ひらりと跨り走り出す。

ちょうどこの日は、感謝祭のパレード準備のため、神殿前から王宮へ続く大通りは通行止めになっていた。

(回り道などしていられん!)

ヒューゴは手綱を強く引き、馬を大通りへと躍り込ませた。

通行止めの柵を軽々と飛び越える。

「えっ、陛下!?」

「パレードはじまった?!」

大通りに集まっていた民衆は、煌びやかな式典衣装の皇帝が馬で駆け抜ける姿を見て──

「うおおおおおお!!!」

「陛下だ!!」

「今日はそういう演出なのか!?」

「かっこいいーー!!」

大喝采が巻き起こった。

ヒューゴは民衆の歓声を聞いている余裕などない。ただ前だけを見て、馬を走らせる。

(ミーヤ……! 無事でいろ……!)

風がマントを大きくはためかせ、馬の蹄が石畳を激しく叩く。瞬く間に通り過ぎでしまった皇帝陛下を、民衆は唖然として見送った。

沿道の子どもがぽつりと呟いた。

「格好良かったけどさ……もう少しゆっくりでも良かったんじゃないかな?」

――確かに。誰もがそう思ったが、この日の皇帝の勇姿は、意外にも長く語り継がれることになる。見逃した人々は、アンコールを切望したとか、しないとか……。

さて、当のヒューゴは、ただひたすらに──ミーヤの元へと向かっていた。

王宮の門が見えると同時に、門番たちが驚きがらも慌てて門を開けてくれた。

雪崩れ込むように門を抜け、北東の第一厨房前へと到着した。

愛馬から飛び降り、走り出そうとしたその時、『パンパカパーン』と例の安っぽいファンファーレが鳴り響いた。

《五分以内に到着。 守護者(マスター) レベルがあがりました。『変身スーツ・タイプ平民父ちゃんシリーズ第二弾【料理人】を入手。変身しますか?》

「また父ちゃんなのか?」

至極真っ当な疑問である。ところがシステムはヒューゴの質問をガン無視した。

《変身ポーズをキメて下さい。その場合ボーナスが付与されます》

あくまで淡白でその言い回しも儀礼的。なのにこの無茶ぶり。

だがヒューゴ、キメてやれ!

変身ポーズはビシッとキメるものだ。『決める(決定する)』ではなく『キメる』だ! 『ぶちカマす』と言い換えても良い。

「変身ポーズ……こうか……?」

これが転生者や転移者ならば恥ずかしいと叫ぶ場面だろうが、なんといってもヒューゴは現地人。しかも皇帝だ。多くの民衆の前で威厳を示すことに慣れている。

ヒューゴは腰の、式典用の剣を鞘からスラリと抜いた。鋭い風切り音を鳴らせて腰だめに切り下ろし、眼前で逆手にビシッと構える。

ピンポン! ピンポン! ピンポーン!

《暫定変身ポーズが認可されました。ボーナスとして『変身スーツ・タイプ料理人父ちゃん』に『万能包丁』が付与されます》

ピンポンは三回鳴り、ヒューゴを中心につむじ風が巻き起こった。

もう一度言おう。ピンポンは三回鳴った。

やがて、変身に対応するジングル(短い音楽)が再生される。

ジャカジャン! ジャカジャン! ダカダカダカダカドン、シャーン(ドラムソロ)! ジャジャン!

前回よりも音質が良くなっているのはなぜだろう。これが見せ場だからだろうか? ならば問題はない。

ヒューゴは変身ポーズをキメたまま、微動だにせずに待った。前回と同じならば、変身がはじまる。

逆手に持った式典用の剣が、徐々に形を変えはじめた。

煌びやかな宝石の装飾は消え失せ、

刃は丸みを帯び、

柄は握りやすい木製へと変化し──

万能包丁 になった。

式典用の豪奢なマントは、

風に溶けるようにほどけて消え、

代わりに使い込まれたクックコートが身体に沿って現れた。

金糸で縫われた皇帝の紋章は、

胸元のシンプルな刺繍へと姿を変え、

袖口は動きやすいように短く折り返される。

そして──

ヒューゴの端正な顔立ちを隠すように、白い料理人用のマスクがふわりと装着された。

その姿は王都の人気食堂で働く、腕利きの料理人そのものだった。

「これが……料理人父ちゃん……!」

* * *

ヒューゴは幼い頃、家族と食卓を囲んだ記憶がほとんどない。

先代皇帝は政治にも息子にも興味がなく、ヒューゴは幼い頃から一人で食事をとることが当たり前だった。

そんなヒューゴは当時、密かに慕っている料理人がいた。先代料理長の片腕だった人で、いつもたったひとりで食卓につくヒューゴに、料理をサーブしてくれた。

ヒューゴはその人を父親に見立てて、家族が揃って食卓を囲む光景をよく夢想した。

夕暮れの食堂。

湯気の立つスープ。

焼きたてのパンの香り。

料理人の父ちゃんが「今日は特別だぞ」と言って、家族のために腕をふるう。

母親が笑いながら皿を並べ、小さな子どもが椅子の上で足をぶらぶらさせながら「すごいごちそう! お父ちゃん、さすが料理人だね!」と無邪気に笑う。

その子供は、ヒューゴに似ていた。ヒューゴに似た顔で、幸せそうに笑っていた。

料理人の父ちゃんは、その頭を大きな手でくしゃりと撫でる。

──そんな光景を夢見ていた。

だが今は、ヒューゴが『料理人父ちゃん』なのだ。

(……それも、いいな)

無邪気で幸せな子供にはなれなかったけれど、子供を幸せにする父ちゃんになら、ヒューゴもなれるかもしれない。

つむじ風がヒューゴの足元から巻き起こり、クックコートの裾を大きく揺らした。

風が収まると同時にヒューゴは 『料理人父ちゃん』 への変身を完了した。

万能包丁が、秋の陽光を反射して鋭く輝く。

「ミーヤ……待っていろ」

ヒューゴは低く、しかしどこか優しい声で呟くと、厨房の扉を開けた。