軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第45話 栗クリーム

感謝祭は一発の空砲からはじまった。

朝から見事な秋晴れで、ドーンという大きな祭日の合図は、高い空に 木魂(こだま) して、今年最初の 秋茜(あきあかね) を驚かせていた。

ヒューゴは今日は、皇帝として神殿の式典へ参加する。煌びやかな装飾のついた式典用の衣装を身につけて、朝早くから出かけて行った。

「午後には式典は終わるから、そうしたら一緒に祭りに出かけよう」

ヒューゴは毛玉のミーヤにそんなことを言っていた。一応ヒューゴはミーヤが人間の姿になれることを知っているのだが、その言葉は、どちらのミーヤに向けて言ったのか気になるところだ。

当の 毛玉(ミーヤ) はといえば、どちらも自分なのだから、どちらでも構わないのだが。

ヒューゴが出かけてしまうと、ミーヤはさっそく人間の姿になり、栗の袋を抱えて調理場へと向かった。

城の中はいつもと違って閑散としていた。感謝祭の今日は、城のほとんどの部署は完全休暇となっている。

調理場の一部の料理人と、最低限の警備兵士のみが出勤している。もちろん洗濯室は完全休暇だ。

(料理長さん、朝ごはんが終わったあとなら、大丈夫って言ってたから、今なら平気なはずだよね!)

ぴょっこりと厨房の入り口から顔を出したミーヤに、料理長が声をかけてくれる。

「来たな!」

料理長は若くしてその地位についた才能のある人で、まだ独り者だ。祭日の今日は家族持ちの調理場の面々のために、率先して祭日出勤を買って出た。

ミーヤをニコニコと笑いながら招き入れてくれる。思えば料理長は出会いの時から、素晴らしく優しかった。

建国記念祭で手伝いとして来たミーヤが、空腹で盛大にお腹を鳴らしていることに気づいて、すれ違うたびにサンドイッチ切れ端なんかを口の中に突っ込んでくれた。

手伝いの最後の日には、割れたクッキーやロールケーキの端っこを、山ほどお土産にくれたのもこの人だ。

「栗は買えたかい?」

「はい! これです」

ミーヤは袋に入った栗を、全部渡した。

「ほほう、なかなか……んん? 色艶もいい、膨らみ加減も素晴らしい。お嬢ちゃん、これは一級品だな!」

ミーヤはえへへと頭をかいた。手放しで褒められると照れてしまう。

「パイも買ってきました」

ミーヤはパン屋で買ってきた、カップ状のパイ生地も見せる。この中に、詰める栗のクリームを作るのが本日の計画だ。

「よしよし、じゃあ早速、栗を茹でるところからはじめような」

厨房では、他に二人の料理人がいた。二人とも、ミーヤと料理長を微笑ましく眺めながら、のんびりと昼食の準備をはじめていた。

大鍋の栗が、湯の中でポコポコと音を立てる。ぷかりと浮いてこないのは、中身の詰まった良い栗の証拠だ。

弱火でしっかり茹でた栗を、ザルにあけて冷ます。冷めたら、ナイフで半分に切って、スプーンでくり抜くのだ。

ミーヤは栗が冷めたかどうか確認しようと、ひとつ手に取ってみた。

「あつっ、熱い!!!」

まだまだ全然、熱かった。ミーヤは人間歴が短いので、熱いものに慣れていないのだ。

ミーヤは驚いて、茹でた栗が山盛りに入ったザルを、ひっくり返してしまった。

栗は床へと転がり落ちる。

「お嬢ちゃん、大丈夫か?!」

ミーヤの火傷を心配した料理長が慌てて駆け寄った。床に転がった栗を踏んで滑って転ぶ。

「うわあああっ!」

料理長の足が、昼食用の鍋の置いてあったテーブルの足を蹴った。

ガッシャーーン!!

鶏と芋の煮物の鍋がひっくり返って、中身が床にぶちまけられる。

「ちょ、ちょっと料理長! うわっ!」

慌てた料理人Aが、手に持っていたデザートのトレイを落としてしまった。

ガラガラガッシャーーン!!

「ひぃぃぃぃ!!」

皿が粉々に砕け散り、破片が四方八方に飛び散る。

「うわっ!」

破片を避けようとした料理人Bが後ずさりし、背中が 吊り下げ鍋のフック にぶつかった。

ガララララッ!!

鍋が次々と落下し、直下の 焼き野菜のトレイを直撃した。焼き野菜が床に散乱する。

……厨房が、静まり返った。

「…………」

「…………」

「…………」

料理長は床に倒れ込み、

料理人Aは皿の破片の中で固まり、

料理人Bは鍋を抱えたまま震えていた。

そんな料理人たちの足元を、栗がひとつ、コロコロと転がっていった。

ミーヤは栗の入っていたザルを抱えて、あぐあぐと口を開けたり閉じたりしている。

(ど、ど、どうしよう! 祝日出勤してくれた人たちのお昼ごはん、わたしのせいで、全部ダメになっちゃった!)

ミーヤだけのせいだけではない。だが、ミーヤが最初のきっかけであるのも、事実なのだ。

「ご、ごめんなさい! どうしよう……、ごめんなさい!」

(どうしよう……、へーか! 助けて……!)

ミーヤは心の中でヒューゴに助けを求めた。それは途方に暮れたミーヤの、無意識に近い心の叫びとなった。

* * *

その頃、ヒューゴは神殿での式典を終えて、控え室でお茶を飲んでいた。

頭の中で『ピコン』というお知らせ音が鳴る。

《ミーヤが窮地に陥ってあなたを呼んでいます。守護者としての責務が発生しました。すみやかに現地に向かって下さい》