軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第42話 最弱の毛玉VS最強生物

――その時だった。

ミーヤの全身の毛が、一瞬にして逆立った。

頭の花が、恐怖でへにょりと萎れて花びらを散らした。

その気配は、時々森の最奥から、うっすらと漂ってくることがあった。

ヒューゴが時折見せる、あの『皇帝の覇気』によく似ている。

もっと粗野で、もっと暴力的で、けれど、根底にあるのは同じ『最強』の証明。

ヒューゴが雷だとすると、その気配は噴火する前の火山のようだった。

その、全ての生き物を平伏させるような、絶対的な強者の気配が、圧力を伴って押し寄せて来る。

ミーヤはピキリと固まって、頭の中が真っ白になった。ヒューゴを呼ばなくては……!

『へーか! 助けて!』

ミーヤがまさに、心の中でそう叫ぼうとした瞬間、大きな影がミーヤの住処である遺跡に、大音響と共に着地した。

ズシーーーン!

遺跡のすぐ脇の木にあるツリーハウスが、木ごとぐらぐらと大きく揺れた。

ミーヤはウッドデッキからコロリと転がり落ちて、その勢いでコロコロと転がった。

止まらない。

(ひゃ、ひゃ、ひゃ、うひゃあー!)

ポテン。

何か、かたいものにぶつかって、ようやく止まった。

(た、助かった……?)

目を回しながら、ミーヤはそろそろと顔を上げた。

この状況には覚えがある。まだハムの人になる前のヒューゴと、はじめて出逢った時だ。

ただし、ミーヤがぶつかった“かたいもの”はピカピカに磨き上げられた黒い靴ではなく、大きな……鋭い 鉤爪(かぎづめ) だった。

その上には、鱗に覆われた巨大な足。

さらに上へ、その上へと視線をのぼらせて――ミーヤは、琥珀色の目をまん丸にした。

(お、おお、おっきい……!)

見上げた先に立っていたのは、ミーヤが今まで森で出会ったどの生きものよりも、ずっと古く、ずっと恐ろしい”何か”だった。

* * *

首は長く、頭部には鋭い角が生えている。全身を覆う鱗は、日の光を受けて鈍く光っている。長い尻尾の先をゆっくりと動かして、遺跡のあちこちに散らばっていた瓦礫を弾き飛ばしている。

その姿はまるで、絵本や映画で見たことのある伝説の生き物のようだった。

(ど、どら……ごん、さん……?)

巨大な生物は大きな翼を畳むと、じっとミーヤを見つめた。

「*****?」

鳴き声とも、唸り声とも聞こえる、低く不思議な音が、大きな口から漏れている。鋭い牙や分厚く赤い舌がチラッと見えて、ミーヤをまた震え上がらせた。

(な、なんか、話しかけられてる……?)

ミーヤは今まで、森の動物と意思の疎通ができたことはない。みんな無関心か、毛玉を捕食しようと追いかけてくるかのどちらかだった。

けれどこの……巨大な生物は、明らかにミーヤに向けて何か言っている。

「*****?」

(えっ、どうしよう……全然わからないよ!)

「*****、*****?」

ミーヤは必死で耳を傾けた。いや、傾いた。だが、わからない。わかるわけがない。

(あっ、そうだ! わたしには『生やす』ができるんだ!)

動詞と動詞で文法が崩壊しているが、ミーヤの言わんとしていることは間違いではない。ミーヤは『愛されポイント』を使って、何かを『生やす』ことで、巨大生物との意思の疎通をはかろうというのだ。

(えっと、ドラゴンさんの言葉がわかるようになる……耳? 耳で良いのかな?)

毛玉にも耳に相当する、聴覚を司る機関は存在している。ただ、はっきりと自覚できるほどのものではない。

それなら、他の機能を備えた“新たな耳”を生やしてしまっても、問題ないかもしれない。

(人間は? 人間になった場合は?)

ケモ耳……ならばどうだろう。毛玉に生えた場合は、同じ毛色にして貰えば違和感は少ない。人間になった場合には、カチューシャやヘアバンドで隠せる気がする。

(よし……! 耳を生やしてもらおう! ドラゴンさんと、お話をしよう!)

ミーヤ。ドラゴンさん『お前を食べて良いか?』とか言っていたら、どうするの……?

(ドラゴンさんの言葉がわかるようになる、耳を生やして下さい! 人間の時は、カチューシャかヘアバンドで隠れる位置にして……えっと、毛玉の毛色と同じ色で、ネコみたいに柔らかくて薄いケモ耳でお願いします!)

今回も注文が多い。だが取り消しもやり直しも出来ないのだ。

《受付完了、実装します》

ポン!

どうやら無事にケモ耳が生えたようだ。頭の上の方からいつもの音が聞こえた。

「……ほう? 面白い。我の言葉を理解するために、己の身体を作り変えたか。最弱の羽虫めが、度胸だけはあるらしい」

ドラゴンさん、めっちゃ喋ってた! しかもすごく偉そう……!

(羽虫じゃないもん、毛玉だもん)

「毛玉……。それがお主の名か?」

(ドラゴンさん、心がよめるの?!)

「まあな。それで、毛玉よ。お主はここで何をしておる? ここは我の神殿だぞ」

(毛玉のミーヤだよ! 誰も住んでないと思って、そっちの石室に住んでいたんだけど、ドラゴンさんのお家だったんだ。ごめんね!)

「我はその石室には入れんから、どうでもいいわ。時に毛玉のミーヤよ、お主の身体を作り変える技はどうやっておるのだ? そんな技は聞いたこともないぞ」

(わたしもわかりません!)

「そうか……わからんのか。まあ、面白いから良いわ」

(ドラゴンさん、わたしを食べる?)

「お主なんぞを食ったところで、我の腹は少しも膨れんよ」

(じゃあ、食べない?)

「そもそも、我は草食だ。それに、一年に一度ほどしか食事を必要としない」

ミーヤはホッと息を吐いた。

(ドラゴンさんは、すごく長生きなんだよね?)

そのくらいは、毛玉の本能でわかる。ドラゴンの気配には、恐ろしく長い時間を生きてきた威厳がある。

(この森に、わたし以外の毛玉は住んでいる?)

「うむ……。手足もなく、跳ねるのみの毛玉か……。知らんな。この森でも、他の森でも見たことはない。我が知らんだけかも知れんが」

(そうなんだ……)

ミーヤはがっかりして、ぺしょんと潰れた。頭の花も俯いている。ちなみに、先ほど萎れて散った花はまた新しく咲いている。

「まあそう、がっかりするでない。今度旅に出る時は、ついでにお主の同族を探してやろう。どうせ暇だしな」

(ほんと? ありがとう!)

「最近は、森に狩人でも木こりでもない人間が大勢入り込んでおる。あの人間どもは、やけに嫌な臭いがする。お主も用心するがいいぞ」

(そうなんだ……。ドラゴンさん、やさしいんだね!)

「我も、意思の疎通のできる相手は多くないからな。お主の気配は覚えたから、また会いに来る。また会おう、毛玉のミーヤよ!」

ミーヤはチョンチョンと跳ねて、ドラゴンを見送った。ミーヤは森での、はじめての友だちができた。

* * *

「ミーヤ、ただい……」

ヒューゴが執務室から戻って来た。ミーヤは約束を守って、日が暮れる前に城に帰って来たのだ。

部屋に入ってきて、途中で言葉を途切れさせた。毛玉の頭に視線が釘付けだ。

「みみ……耳なのか? いつ、こんなものが……。今朝、出掛けるまではなかったのに……」

ミーヤはパタパタと飛んで、ヒューゴの肩に乗った。スリスリと耳の生えた頭を擦りつける。

「まったく……驚かせてくれる。だが、耳もなかなか似合っているぞ。転がる時に、邪魔にはならんのか?」

ミーヤはコクコクと頷いた。実際には前に傾いているだけなのだが。

ヒューゴはそれを見て、フッと口許を綻ばせる。

「何が生えても……可愛いだけだ。ハハッ! 俺の毛玉は面白いな!」

パンパカパーン!

また……『愛されポイント』が貯まったらしい。ヒューゴの愛は今日も大盤振る舞いだ。