軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第40話 変身スーツ

ヒューゴは番所のドアノブに手を置いたまま、思わず立ち止まった。

「変身?」

言葉の語感からすると姿が変わることだろうか。

「レベルアップ……」

守護者としての格が上がるという意味だとしたら歓迎すべきことだ。

ヒューゴはその明晰な思考を巡らせる。おそらくこの後立ち向かうであろう問題解決に、『変身』とやらが必要なのだろうという結論を出す。

わからないことは多いが、それを言ったら毛玉が少女の姿になることも、尻尾で文字を書くこともヒューゴの常識の範囲外だ。

自分が毛玉の 守護者(マスター) になることに何の意味があるのかも、よくわからない。

だがヒューゴは『変身しますか?』という質問に迷わずこたえる。

「応じる。変身させてくれ」

《了解しました》

アナウンス音声と共に、ヒューゴの頭の中で音楽が流れはじめた。

ジャカジャン! ジャカジャン! ダカダカダカダカドン、シャーン(ドラムソロ)! ジャジャン!

勢いのある勇ましい音楽だ。ちなみに短い音楽による効果音のことを、ゲーム業界ではジングルと呼ぶ。

そう。おそらくこれは、変身に対応するジングルだ。

「はっ?」

わけが分からず固まっているヒューゴを置き去りにして、突風が巻き起こり、ヒューゴの周囲をつむじ風が取り囲む。

「むっ!」

連続する想定外の事態に、ヒューゴは腰の短剣に手をかけた。ところがその短剣が、みるみる小振りのカナヅチに変化する。服装や髪型も変わってゆく。

適度に整えて後ろに流された髪は、洗いざらした手拭いに無造作に被われる。布から厳選されたオーダーメイドの絹のシャツは、裾のほつれた分厚い麻の作業着へと変わる。

腰には厚手の布で作られた無骨な作業用のエプロン。そのエプロンにはカナヅチの他に金属の定規、数種類のノミが収まっている。

その姿は五番街でよく見かける、小物大工か家具職人そのものだ。

「これが平民父ちゃん……!」

思えばヒューゴこそ、父親という存在とは縁が薄かった。先代皇帝は政治にも息子にも関心のない人で、ほとんど言葉を交わしたこともなく、成人した途端に戦場に送られた。

そしてヒューゴが敵兵の返り血に塗れているうちに、いつの間にかいなくなっていた。

「父ちゃん……」

ヒューゴが口にしたその言葉は、いつか戦場で傷口に甘く沁みた『ハチミツ』に似ていた。

平民父ちゃんは一日中汗水流して働き、夕陽を背にして家族の待つ家へと帰る。その手には馴染みの客に振舞われた珍しい外国の菓子が握られている。

父ちゃんはそれをその場で食べずに、こっそりとポケットへと入れた。家で待つ乳歯の抜けたばかりの坊主の口へと放り込むために。

そんな父ちゃんに……。自分は今、変身したのだ。

つむじ風が、徐々におさまってゆく。

ヒューゴは、『平民父ちゃん』への変身を完了した。

* * *

※ここからは副音声でお届けします。()の中はヒューゴが口にしているつもりの言葉です。

ヒューゴは番所のドアを開けると、入り口付近にいる若い兵士に声をかけた。

(失礼。聞いても良いだろうか)

『えらいすんません』

「な、なんすか?」

(ここで、少女が保護されてはいないだろうか?)

『ここで、おらがとこの娘っ子が世話になっとるってぇ、聞きやして……』

若い兵士は戸惑った。やたらと威風堂々とした態度。それとは裏腹な、五番街でよく聞く職人言葉。チグハグさで脳がバグる。

「あ、ああ……。尋問中の娘のことか? ……ことですか?」

暴れ出すような危険な素振りは見られないが、威圧感と目力が半端ない。ついつい口調が改まってしまう。おまけに薄汚れた手拭いの下からは、看板役者と見紛うような男前な顔がのぞいているのだ。

(私はその少女の保護者だ。目通り願おう)

『へぇ、ご迷惑ば、おかけしやした。おらが娘でがす。連れて 帰(けぇ) っても?』

正直若い兵士は、ひれ伏したい気持ちだった。なぜか人間としての格が違う気がしてならない。だが自分は民草の生活を護る巡回兵なのだ。負けるわけにはいかない。

「いえ、まだ尋問中です……だ! 少々、待たれよ!」

兵士は精一杯の虚勢を張り、尋問が行われている小部屋へと向かった。

「おやっさん! 娘の父親らしき人物が引き取りに来ました!」

「……そらまた早いな?」

おやっさんの言う通りだ。まだ容疑者である少女の身元確認すら済んでいない。そこに疑問を持たなかったのだから、この若い兵士とヒューゴの勝負は既についていたのかも知れない。……知らんがな。

(失礼する)

『えらい、すんませんなぁ。通りまっせ』

ヒューゴは堂々と、しかしスルッと兵士の横を通り抜けて小部屋へと滑り込んだ。

「へーか!」

ミーヤは椅子から立ち上がり、トテトテと走り寄ってひしっとヒューゴの腰のあたりに抱きついた。

「へーかぁ! うわーん!」

(よしよし。迎えに来た。城へ帰ろうな)

『このちびすけ! 心配させやがって! 帰ったら母ちゃんから大目玉だ!』

荒い言葉が聞こえるが、ミーヤを見つめる目も、頭を撫でる手も優しい。

それは『平民父ちゃん』に、とても似つかわしい仕草だった。

その後、『平民父ちゃん』は作業用エプロンのポケットから自然な様子で、伝書鳩を取り出し、城の文官を呼び出した。

それは巡回兵士たちの、あまたの突っ込みを許さない、不思議と説得力のある手際だった。

そして駆けつけた文官により、ミーヤの洗濯下女としての身元と、ミーヤの持つ金貨が毛玉様保護の報償金であることが保証され、無事に無罪放免となった。

さて、この事件の顛末には少し続きがある。

変身スーツ・タイプ『平民父ちゃん』には、意外なオプションが付いていたのだ。

* * *

「へーか、ドアは両びらきにして欲しいの。毛玉だから」

(うむ、わかった)

『がってん承知の介でぇ』

「毛玉用のベッドもつくって、欲しいの」

(うむ、わかった)

『おう! 任しとけぇ!』

「へーか、ちがう人みたいな、話しかただねぇ」

「うむ、今は平民父ちゃんだからな」

「そっか!」

小物大工であるらしい平民父ちゃんは、鮮やかな手付きで毛玉用ツリーハウスを作ってくれたのだった。