軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第31話 ただいま、メンテナンス中

洗濯の仕事が終わり、ミーヤはパンとチーズと、リンゴに似た味のする果物を買うことにした。二日続けて洗濯の仕事をしたので、ミーヤの懐は少しあたたかいのだ。

遺跡の住処に着いてから、頭の中で疑問を言葉にしてみる。

(おーい、どうして今朝は毛玉に戻れなかったの?)

ミーヤはパンパカパーンの人が、応えてくれると良いなと思ったのだ。

すぐにピコンとお知らせ音が鳴った。

《アップデートに伴うメンテナンス中です》

意外なことに、すぐに返事が返ってきた。

(えぇーっ! それっていつまでかかるの?)

《三日間の予定です》

(昨日からだから……あと二日も? もうちょっと早く終わらない?)

あと二回も、人間の姿のまま、森で夜を明かすなんて……。ミーヤは昨夜のことを思い出して泣きたくなった。

(毛玉の時は、全然平気なんだけど……)

不思議と、人恋しさや心細さは毛玉の時にはあまり感じない。代わりに生存本能や帰巣本能と云った、単純明快な衝動に身を任せることに躊躇いがなくなる。

一方で、人間の姿の時には小学生女子だった頃の記憶や感覚が前に出る、という具合だ。十歳の子供に異世界の森の闇は、深く濃く……夜は長過ぎるのだ。

システムはそれきり沈黙してしまった。

仕方がないのでもそもそとパンを食べ、ミーヤはありったけの服を身体にかけて丸くなった。硬くて冷たい床に体温を奪われる。秋口とはいえ、朝晩は冷える。

(寒い……寝られないよぉ……)

ついこの間までは、ふかふかのベッドでヒューゴのぬくもりに包まれて寝ていたのだ。

(うぅぅ、暗くてこわいよぉ……)

ミーヤはポロポロと涙が出た。心細くて、今すぐヒューゴの寝室に戻りたくなる。

(でも、へーかは毛玉のわたしが好きだから……)

ヒューゴはきっと、人間のミーヤには用がない。この姿のままでは、ヒューゴの部屋には入れてもらえないだろう。きっと会いに行っても、護衛係の兵士につまみ出されてしまう。

人間の姿のミーヤに会ったら、ヒューゴは何と言うだろうか。

(毛玉の方がいい、毛玉の方が好きって、言うのかな……)

そんなことを言われたら、すごく悲しいような気がする。毛玉の時も、人間の時も、どちらもミーヤなのだ。勝ち負けなどありはしないのに。

大体、 毛玉(ミーヤ) がヒューゴに向ける気持ちだって、打算がダダ漏れなのだ。

『愛されポイントをたくさんくれる』

『美味しい食べ物をくれる』

『快適な住処を用意してくれる』

だが愛されポイントは別にすれば、それは野生動物が 番(つが) う相手を選ぶ場合は当然の条件だ。

雄(おす) には伴侶と子供を危険から守り、充分な食べ物や安全な住処を確保する能力が求められる。

それは切実であり、人間のように『メガネが似合う』だとか『イケボ』なんていう、ふわっとした理由で恋をしている場合ではないのだ。

番(つが) う相手として見ると、ヒューゴは間違いなくとびきりのハイスペックだろう。

群(むれ) のボス(皇帝)で、食べ物も住処も最高レベルで用意してくれる。生き物としての強さも申し分ないし、 毛玉(ミーヤ) を大切にしてくれて、いざとなったら最優先で守ってくれるだろう。

もしヒューゴが毛玉だったとしたら、ミーヤは迷わず頭の花をプレゼントして、ピッタリくっついて離れない。

他のメスに取られないように、プイプイと威嚇するくらいのことはきっとする。

だが残念なことに、ヒューゴは毛玉ではないのだ。

人間としてのヒューゴについては、ミーヤよりもマルタの評価が的を射ている。『人間味が足りない』『幸せとは縁遠い男』。

ヒューゴは自分にも、他人にも執着しないのだ。……しなかったのだ。

ミーヤはヒューゴの大きな手で撫でてもらった時のことを思い出しながら、膝に頭をつけて丸くなって目を閉じる。

洞窟の入り口から、ザワザワと風に鳴る枝の音が聞こえる。ミーヤはそのたびに、ビクリと身体を震わせた。毛玉の時にはあんなに恋しかった森の風の音が、今は知らない誰かの囁き声のように聞こえる。

ミーヤはギュッと目を閉じて、ひたすら朝が来るのを待った。

* * *

翌朝、ミーヤは自分のくしゃみで目が醒めた。なんと続けて五回も出た。

二晩続けて固い床に寝たせいで、身体の節々が痛い。すっかり冷えた手足を擦りながら、残しておいたくだものを食べる。

酸味の効いた味もシャクシャクとした歯触りも、前世でのリンゴに良く似ている。ただし、見た目はナスに似ている蔓草の実だ。

(あと二日……。メンテナンス、早く終わらないかなぁ)

川で顔を洗い、歯の欠けた櫛で髪の毛を整える。毛玉に戻らないならばと、今日も洗濯場に出勤することにした。

城の裏門から入り、裏庭を抜けて洗濯部屋へと入ると、いつものメンバーの半数以上が出勤していた。

「あっ、ミーヤおはよう! なあなあ、知ってるか? 皇帝陛下のペットの毛玉が行方不明なんだって! 見つけた人には報奨金が出るらしいよ!」

エレンは朝からテンションが高い。ミーヤは耳がキーンとなった。

「ほ、ほうしょうきん……ってなあに?」

ズキズキと頭が痛くなる。寝不足のせいだろうか?

「ご褒美みたいなモンだよ! 見つけて捕まえれば金貨20枚、有力情報だけで金貨1枚だ! 洗濯なんかしてる場合じゃないよ!」

ミーヤは金貨などは見たことがない。どのくらいの大金なのか見当もつかない。

「金貨1枚は洗濯下女の仕事50〜60回分くらいよ。庶民なら家族で一ヶ月は暮らせるわね!」

珍しくイレーヌもテンションが高い。

「さっさと洗濯終わらせて、毛玉を探しに行こうぜ!」

エレンが手に持っていた虫取り網を振り回しながら言った。木の蔓で編んだ虫籠のようなものも持っている。

もしかしなくても、 毛玉(ミーヤ) を捕まえるための道具なのだろう。

ミーヤは早く毛玉に戻りたいとは思っているけれど、あんなものを持った洗濯場のメンバーに追い回されるのは勘弁して欲しい。

そもそもミーヤはあと二日、メンテナンスが終わらなければ毛玉には戻れないのだ。探すべき毛玉は、今のところ存在していない。

(それに……ちょっとわたし……具合が悪い、かも……)

ズキズキと頭が痛いし、なんだかボーッとしてきた。

赤い顔をしてユラユラと揺れているミーヤに気づいたマルタが、ズカズカと近寄って来て額に手を当てた。

「ミーヤ。あんた、熱があるよ。大丈夫かい?」

(あ……ゆうべ、寒かったから……。風邪かな? 人間の身体は弱いなぁ……)

頭が痛いのは、エレンの大声のせいではなかったらしい。

「ミーヤ大丈夫? 今日は帰った方が良いんじゃない?」

「でも……」

毛玉に戻れないミーヤに、帰れる場所は森の洞窟しかない。あと二回もあんな夜を越えなければならないと考えると、ミーヤの目にじわりと涙の膜が張る。

「か、帰りたくない……」

具合が悪いせいで、人恋しさも三割り増しだ。

「そうかい。じゃあ、その辺でタオルにでもくるまって横になってなよ。楽になったら乾いた洗濯物でも畳んでおくれ」

おかみさんがポンポンとタオルを投げて寄越し、エレンがそのタオルでミーヤを包んでくれた。

ミーヤがこっくりと頷いて横になると、イレーヌが『弱ってるミーヤも可愛いわね』と言いながらうふふと笑った。

そうしてミーヤが目を閉じると、誰かが小さな声で子守唄を歌ってくれた。

お眠りなさい 目を閉じて

夢の馬車が迎えに来たよ

月のお城や 星のお庭で

ゆかいに楽しく お過ごしなさい

お眠りなさい 目を閉じて

ミーヤの聞いたことのない、この世界の子守唄だ。涙の膜が厚くなる。でもそれは 溢(こぼ) れることはなく、甘く沁み渡るようにゆっくりと引いていった。

子守唄の声が少しづつ遠ざかり、ミーヤはトロトロと夢の入り口へと近づいて行った。