軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第26話 三つ目の『生やす』

ミーヤとヒューゴの正式契約が結ばれた。

ヒューゴは『死ねない理由ができた』とまで言って感無量な様子なのだが、ミーヤは『あっ、そうなんだ』で終わってしまった。

これは守護者であるヒューゴ側には、覚悟を問うような文言だったあの一連のシステムからの接触が、ミーヤへは“ちょっと大切なお知らせです”といった雰囲気だったからだ。

“正式契約”とはいえ、実はお互いに何も変わってはいないのだ。ヒューゴは契約前からミーヤの保護者だった。

――そんなことよりも、ミーヤには考えなければならないことがあった。

“そんなこと”扱いされたヒューゴがますます不憫ではあるが、大切なことには違いない。

三つ目の『生やす』についてだ。

まるっとした毛玉生物であるミーヤは、自分の意志を伝える手段をほとんど持っていない。

鳴くことも出来ないし、表情で伝えることも、尻尾を振ることも出来ない。何とも不便で不甲斐ない。

ヒューゴと知り合ってから、ミーヤは自然と跳ね方や転がり方に感情を乗せるようになった。毛を逆立てたり、少し潰れてみたり、思い切り伸びたり、くるくる回ったり。

それが、毛玉のコミュニケーションとして、正しいものなのかは、わからない。ミーヤは教えてくれる同族がいないのだから。

だがヒューゴはそんなミーヤの表現を、読み取ろうとしてくれる。

「どうした? 眠いのか?」

「ハハッ、楽しいな!」

「美味いか? まだまだあるぞ!」

それは最初の頃は、丸っ切り的外れなことが多かった。それでもお互いが、伝えたい、わかりたいと思っていれば、徐々に伝わるようになる。

最近では、六割くらいの確率で伝わっているように感じる。

けれどミーヤは、ヒューゴに話したいことがまだまだ、たくさんある。

洗濯場の下女たちのこと、森で蛇に噛まれたこと、遺跡に引っ越した時のこと、ゴミ捨て場でいろいろなものを拾ったこと。

人間になれることも、ずっと前は美弥だったことも、ちゃんと説明したい。

きっとヒューゴは笑ったり、気味悪がったりはしない。驚くかもしれないけれど、受け入れてくれる。

そう思うくらいには、ミーヤはヒューゴを信頼していた。

ミーヤの考えは、 概(おおむ) ね間違ってはいない。そうでなくては、守護者になどならないだろう。

(喋れるようになるのが一番だけど、毛玉が人間の言葉を喋ったら……ちょっと不気味だよね……)

確かに人語を操る毛玉は妖怪じみている。ちょっとどころではなく、かなり気味が悪い。

実際には、ミーヤが妖怪や魔物でない確証はないのだが、退治されるのは困る。ヒューゴはともかく、お城には剣を持った強い兵士がたくさんいるのだ。

ミーヤはあくまで無害な野生生物でいたかった。そして都合上、愛されなくてはならない。

では、鳴き声ならどうだろう?

ミーヤは妹尾美弥だった頃の記憶を手繰ってみる。

(猫とか犬とか、鳴き声でけっこう気持ちわかった! それに……可愛かった!)

なかなかに良い案だ。毛玉に鳴き声があっても、そう不自然ではない。

(キューとかみゅーとか、可愛い鳴き声がいいなぁ)

尻尾はどうだろう?

(猫とか犬とか、尻尾のフリフリでけっこう気持ちわかった! それに……可愛かった!)

それも良いかも知れない。

だが、ミーヤは頭に花が生えている。そして背中には翼が生えている。ちょっと盛り過ぎな気もするが、それも今更だ。

この際、どんどん生やしてみるのも悪くない。……悪くない……?

少なくとも、全部盛りの 丼(どんぶり) が美味しいのは間違いない。

(尻尾を筆みたいにすれば、お手紙が書けるかも!)

おお、それは名案だ。ミーヤはエレンとイレーヌに文字を習ったばかりだ。簡単な手紙なら書くこともできるだろう。

だがしかし。毛玉が文字を書くとなると、ちょっとチートが過ぎるのではないだろうか? なかなか判断が難しい。

(よし決めた! 尻尾にしよう! 生やしてもらうもの、決まりました!)

ミーヤは心の中で高らかに宣言した。相手はゲームで言うならばシステムのような存在。ファンファーレと共に接触して来て、愛されポイントを消費してミーヤに何かしらを『生やしてくれる』。

(尻尾を生やして下さい、お尻に! 伸び縮みして、思った通りに動かせて、頑丈で力持ちで、先っぽが筆として使える尻尾が欲しいです!)

注文が多い。だがミーヤも、これで愛されポイントを消費するのは三回目。今までの失敗を繰り返すつもりはない。取り消しや、やり直しは出来ないのだ。

《了解しました。色や形状の希望がある場合は、詳しく設定して下さい》

翼を生やす時は、見た目ばかりを指定してしまった。結果、白くてパタパタ羽ばたく小さな翼は『可愛い』は申し分ないが、蝶や蚊ほどの飛行性能しかない。

ミーヤは鍛えれば、燕のように速く飛んだり、大鷹のように高く飛んだり出来るようになるかもと、諦めないで頑張ってはいる。

だが努力が必ずしも報われないのが世の常だ。そんな厳しい現実が見えてきた、今日この頃なのだ。

それに大鷹も燕も、努力したからすごいわけではない。そういう風に、できているだけだ。毛玉が、頑張らずとも転れたように。

(今回は、性能重視でいくことにしよう……)

日々、失敗し、そして成長する毛玉……それがミーヤなのだ。

ミーヤは、慌てず焦らず、じっくり考える。時間制限がないことは確認済みだ。

(えーっと、筆として使うとなると、ライオンみたいな感じ……かなぁ。フサフサ部分は毛並みと同じ色。使わない時は邪魔にならないように出来るといいな!)

猿みたいに尻尾で木の枝にぶら下がったり、象の鼻のように器用に使いたい。

それなら、手を生やしてもらえば良いんじゃないかとも思うが、想像してみて欲しい。

ミーヤは肩も首も、定かではないまん丸い毛玉なのだ。ボールにニョッキリと手が生えていたとしたら? その姿はどう考えても妖怪寄りなのではないだろうか。

実はミーヤも『手が欲しい』と思って、聞いてみたことがある。

《一本ずつになりますが、宜しいですか?》

という返事が返って来た。

宜しくはない……。ギチギチとか、ギョエーみたいな鳴き声が聞こえてきそうだ。妖怪感が半端ない。

じっくり考えて、丁寧に伝えて、慎重に尻尾を生やしてもらった。

ポンッ!

あっさりとした効果音だ。短いジングル(音楽)をつけても良いのではないだろうか?

今回、注文が多かったせいか、二回目分のポイントを全部使い切ったらしい。

思い返してみれば、頭の花は咲かせたすぐあとに、またファンファーレが鳴った。つまりほんの少しの『愛されポイント』しか消費していなかったのだろう。

なるほど。見るからに低コストな花だ。

さて、仕様確認である。本当は鏡で尻尾の生えた全身を見てみたいのだけれど、振り返って後姿を見るのは毛玉には無理なのだ。

非常に残念だが、合わせ鏡をしない限り不可能だ。現状ヒューゴの寝室に手鏡はない。

ミーヤは尻尾が邪魔にならないか、コロコロ転がってみることからはじめた。

多少の異物感はあるけれど、以前と同じように転がることが出来た。飛び跳ねる際のバランスも問題ない。パタパタと羽ばたいて飛んでみたが、それにも影響はないようだ。

次にニョーンと伸ばしてみた。お腹に力を入れると伸びる。力を抜くと引っ込むようだ。

ニョーンと伸ばすとようやく尻尾の様子を見ることが出来た。注文通りにライオンの尻尾に似ていて、先っぽがフサフサだ。そして思ったよりも、ずっと長く伸びる。

どうやら、ゴムのように伸び縮みするのではなく、掃除機のコンセントのように収納されているようだ。引っ張ると出て来て、離すとシュルシュルと引っ込む。そんな感覚に近い。

小さな毛玉の身体の、どこに収納されているのか気になるところだが、仕様書を見ることが出来ない以上、考えても仕方ないだろう。

ニョーン、シュルシュル! ニョーンニョーン、シュルシュルシュル!

ミーヤは何だか楽しくなって、ついついエンドレスでニョーン、シュルシュルを繰り返してしまった。そしてハッと我に返った。

美弥だった頃、掃除機のコンセントを出し入れして遊んでいて、壊してしまったことを思い出したのだ。壊れたコンセントはデロリンと伸びたまま、戻らなくなってしまったのだ。

美弥のお母さんは『仕方ないわねぇ』とボヤキながら、束ねたのちに結束バンドでキュッとして使っていた。

危なかった! 危うく、尻尾を背中でキュッと束ねて暮らす毛玉になるところだった……! そうしたら『仕方ないわねぇ』では済まなかっただろう。

ミーヤは『ほどほど』について学んだ。また少し賢くなった。

システムに『頑丈で力持ち』『思った通りに動かせる』と注文をつけた。ミーヤは期待感に胸を膨らませながら、適当に伸ばしてブンブンと振り回してみた。

空気抵抗が新鮮だ。そしてなかなかの操作性だ。

(悪くない! むしろ……かなり良い気がする!)

徐々に長くして、自分用のクッションをパスパスと叩く。攻撃力とまではいかないが、これならばヒューゴをトントン叩いて『ねぇねぇへーか!』みたいに呼ぶことが出来るだろう。

ミーヤは、ヒューゴとの交流のために尻尾を生やした。

それは、生きるために必要だと判断した『翼』を生やした時とは、明らかに違う選択だった。