軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第23話 正式契約(ヒューゴの場合)

己を包むような光の中で、ヒューゴは冴蒼の瞳に強く警戒の色を宿した。低く構えて腰の剣に手をかける。

少し離れて控えていた護衛騎士が二人、素早くヒューゴを護るように配置する。

「陛下、如何いかがなされました? 曲者ですか?」

声を潜めて聞かれ、眉間の皺を深くする。

「この光が見えぬのか? 管楽器の音は?」

「怪しい光? どの位置で御座いますか。音はどちらから?」

危険箇所を特定出来ていない護衛の質問で、ファンファーレが己の頭の中で鳴っていることに気づく。

(他の者には、この光も見えておらんのか?)

「即刻、皆を連れて退去せよ! 以後、私の許可があるまで、安全を確保して待て!」

異変が自分の周囲のみで起きていると判断したヒューゴは、飼い主友の会のメンバー共々、自分から距離を取ることを護衛騎士に命じた。

護衛騎士たちは、ヒューゴが自分たちの誰よりも強く、誰よりも生き残る手段を持つことを知っている。

「承知!」

短く叫び、迅速に指示に従う。ヒューゴと共に泥沼のような戦場を生き抜いた彼らには、それが脊髄反射のように沁みついているのだ。

(何が起きる? 何が起きているんだ?)

ヒューゴは油断なく警戒の網を張り巡らせながら、事態が動くのを待った。

《個体名ミーアリーヤと“ヒューゴ・ヴァレリウス・アウステリア”との正式契約に至る条件が達成されました》

ヒューゴの頭の中に、無機質な声が響く。ヒューゴにとっては初のアナウンスだ。

「ミーヤ? ミーヤに何をした!」

ヒューゴはギリリと歯を食いしばりながら言った。古今東西、卑怯者が要求を突き付ける手段は変わらない。弱い者、大切な者の身を盾にする。

ヒューゴはミーヤが、何者かの手に堕ちたと思ったのだ。

「何者だ? 答えろ!」

《ヒューゴ・ヴァレリウス・アウステリア。あなたはミーアリーヤの生涯を見守り、慈しみ、幸せを願うことを誓いますか?》

続いて頭の中に響いたのは、まるで結婚式の誓いの言葉のようなアナウンスだった。

(はっ? な、何なんだこれは! 天からのお告げの 類(たぐい) か?)

ヒューゴの頭に真っ先に浮かんだのは疑問だったが、すぐに迂闊に返事は出来ないと自らを戒める。

『神のお告げ』、又は『邪悪な存在からの 拐(かどわかし) 』。どちらにせよ『正式契約』というからには、何かしらの“縛り”が発生する。

文言だけを精査するならば、邪悪なものは感じられない。ミーヤの生涯を見守ることなど、ヒューゴの望むところだ。もちろん慈しんでゆくつもりだし、幸せを願ってもいる。

「何者だ? 答えろ」

もう一度、同じことを問うてみる。

《ヒューゴ・ヴァレリウス・アウステリア。あなたはミーアリーヤの生涯を見守り、慈しみ、幸せを願うことを誓いますか?》

相手も譲らなかった。再び同じ質問をぶつけてくる。これでは埒らちが開かない。

「その質問に『応』と答えた場合どうなるのだ? 『否』と答えた場合は?」

ヒューゴは深呼吸してから戦闘態勢を解いた。相手は得体の知れないものではあるが、殺気は感じられない。

《『応』の場合、正式契約が成立し、ヒューゴ・ヴァレリウス・アウステリアは、ミーアリーヤの守護者となります。『否』の場合は現状との変化は発生しません》

「守護者とは、どういったものだ?」

《護り、慈しみ、幸せを願う者です》

「今の私と何が違う? 私はミーヤを護るつもりだし、慈しみ、幸せを願っている」

《世界が認めます。あなたとミーヤの繋がりが特別なものとなります》

ヒューゴは、世界になど認められる必要性は感じなかったが、『ミーヤの特別』という言葉には若干心を動かされた。

「その契約とやらで、こちらが差し出さねばならぬ物は? ミーヤに害が及ぶ可能性は?」

《ミーアリーヤが何者であろうと、どんな姿になろうとも、あなたの意志では、契約の解除が出来なくなります。又、ミーアリーヤが望む限りは、保護責任が発生します》

「うむ……」

契約の内容自体は動物の飼い主としての役割から、そう大きくは逸脱していない。だが、なぜそんな契約が必要なのか。そして、この声の主は何者なのか。

「いいだろう。契約を結ぼう。我、ヒューゴ・ヴァレリウス・アウステリアは守護者となり、ミーアリーヤの生涯を見守り、慈しみ、幸せを願うことを誓う」

ヒューゴは、この何者かが用意した茶番に乗ることにした。

(ミーヤに害が及ばぬならば、多少の弊害は引き受けられる)

ヒューゴには国を揺るがす事態にでもならない限り、対処出来る自信とそれを可能とする実力がある。

そして、もし何か困ったことが起きたとしても。

ヒューゴはミーヤのことで、右往左往してみたいと思ったのだ。

(ははっ! こんな契約を結んでしまっては、 容易(たやす) くは死ねなくなるな!)

自分の判断の基準となる席に、誰かを座らせること。

皇帝としてではなく、『ただのヒューゴ』として、自分勝手に死ねない理由が出来てしまったのだ。

そのことは、驚くほどヒューゴの胸を甘く、ほろ苦く締め付けた。

『生涯を見守り、慈しみ、幸せを願う』『この子が自分で幸せになるまで、今はまだ死ぬわけにはいかない』

それは恋人や伴侶への想いと言うよりは、両親が我が子に向ける想いだろう。『ミーヤが望む限りは保護責任が生じる』というのは、いつか手が離れて巣立つことを前提としているように感じる。

そのことを思うとまた、ヒューゴの胸は甘く痛んだ。

《ヒューゴ・ヴァレリウス・アウステリアと、個体名ミーアリーヤの正式な契約が成立しました。今後、あなたはミーアリーヤの守護者となります》