軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第11話 洗濯下女のお仕事

お城はすぐに見つかった。

落ち着いて周囲を見渡してみれば、街の中心に大きくて立派な、見るからに『お城!』という建物が見えているし、広くて特別に整えられた馬車道が、お城まで真っ直ぐに続いている。

ミーヤはお城に向かって歩きはじめた。

(でも……お城に着いたら、どうしたらいいのかな? 案内の人とかいるかな?)

ミーヤは森の毛玉なのだ。職探しのことなど何もわからない。だが、小学生女子だった美弥は知っている。

『わからないことは、大人に聞けばいい』

お城までの道のりを、質問するためのセリフをひたすらに練習しながら歩く。

ミーヤの舌は、まだまだ上手く動いてくれないのだ。

「せんたくの、おしごっとを、

もりゃ、もらえると、ききました」

舌の動きだけではない。すごく小さい声しか出ない。仕事をもらうには、しっかりした印象が必要だろう。

(失敗した……木の実をつまむ練習より、声を出す練習をすればよかった!)

いやいや、あの指先の鍛練があったからこそ、ミーヤはこの場所にいるのだ。あれがなかったら、いまだにカーテンワンピースは出来ていない。

(あっ、まずはあいさつ……かな?)

「こにちは! こんち、こんにちは!」

ミーヤが腹筋を使って、必死に声を出すと、すれ違う人がびっくりしていた。けれど中には、ニコニコ笑って「はい、こんにちは」と返してくれる人もいた。

お腹と喉と舌。全部をうまく使う。

(人間って、大変だぁー!)

ちょっとだけ弱音を吐きたくなったけれど、ミーヤは根気強く練習を続けた。

お城には意外に早く到着してしまった。赤い靴のおかげだが、ちょっと練習が足りないかも知れない。

大きな門の両脇に、槍を持った背の高い門番が二人立っていた。

(大丈夫、聞いてみるだけなら、怒られない)

ミーヤは勇気を出して近づいた。

「あ、あの、こんにちは!」

門番の一人――ひげのおじさんが、ちらりとミーヤを見下ろした。

挨拶は完璧にできた。

「せんたくの、おしごと……もりゃえるって、ききました」

惜しい! 舌の回転がちょっとだけ足りなかった! ラ行は特に難しい。

おじさん門番が眉を片方上げた。

「お嬢ちゃん、いくつだい?」

年齢を聞かれているのだろう。毛玉のミーヤは自分の年齢なんて知らない。生まれてから、いくつの季節を超えただろうか。

ミーヤは考えた。

靴屋の男の子にちびすけと言われた。ちびすけでは、きっと仕事はもらえない。しっかり者のお姉さんでなくてはいけない。

「じゅうにさい」

美弥の考える最強お姉さんは小学六年生……。つまり十二歳だ。

おじさん門番は、しばらくミーヤの顔を見て、ふんっと鼻で笑った。

「帰れ帰れ」

手をひらひらと振られた。

「せんたくできます。とくい、です」

ミーヤはあわてて続けた。

「ちのしみは、こんさいの、しるでおちます。

レースのきばみは、れもんしぼって、ひなたにほすときれいになります」

おじさんは、ぽかんとした顔をした。

「いろがらものは、酢であらうと、いろおちしません」

若い門番が、ぶっと吹き出した。

「なんだそれ」

「ほんとです」

ミーヤは思い切りお腹に力を入れて、精一杯大きな声を出した。

「せんたく、できます!」

おじさん門番はしばらくミーヤをじっと見て、ニヤリと笑った。

「まっすぐ行け。中庭を抜けたら洗濯場だ」

ミーヤは目を丸くした。

「いいの?」

「追い返されるかもしれんが……」

おじさん門番が、しゃがみ込んでミーヤの背中をトンと城の中庭の方へ押した。

「それでもいいなら行ってみろ。突き当たりを右だ」

ミーヤはぺこりと頭を下げて、赤い靴をぱたぱたと鳴らしながら駆けだした。

「いいんですか?」

ミーヤの背中を見送っていた、若い門番が言った。

「どうせ洗濯場は、いつも人手不足だ」

おじさん門番は、よっこいせと立ち上がって、腰を押さえてうめき声をあげた。ずっと立ちっぱなしの門番は、 側(はた) から見るより激務だ。

「あの子、どう見ても訳アリですよね」

仕事、もらえるといいですねぇと、若い門番が人の良さそうな笑顔を見せる。

「レモンの話……俺のお袋が同じこと言ってたんだ。案外、即戦力かもな」

「ハハッ! まさか!」

* * *

街から見上げた時も大きな建物だと思ったが、門の中側はまるで小さな街のようだった。高い塀沿いの石畳は長く続いている。

公園の広場のような前庭を抜けると、いくつかの建物があり、屋根のある通路で繋がっていた。

一番大きな建物からは、門番の二人と同じ匂いがした。鉄と、革よろいの匂い。おそらく城の警備兵の詰所だろう。その向こう側の小屋からは乾いた木と鉛筆の芯のような匂い……薪と石炭の匂いがする。

奥の方の建物からは、大勢の人の気配がして、煙突から煙が上がっている。肉を焼く強烈な匂いがするので、厨房か食堂だろう。

屋根付きの通路を人々が行き交っている。大きな野菜カゴを持った青年、エプロンをした女性、書類の束を抱えた男性は忙しそうに小走りだ。

(突き当たりを、右……)

門番の言っていた方向からは、微かに石鹸の匂いがした。ミーヤは少しも迷わなかった。石鹸の匂いのする方向へ行けばいいのだ。

やがて急に視界が開けた。

高い木と、そこに張り渡された、たくさんのロープ。ハタハタとはためく様々な布の群れ。降り注ぐ日差しで、蒸発していく水の匂い。

ミーヤは一旦足を止めると深呼吸をして、一番強く石鹸の匂いのする小屋のドアを叩いた。

「はいはい、いま開けるよ」

少ししてドアが開き、腕まくりをした中年の女の人が顔を出した。石鹸と湯気の匂いが、むわっとミーヤの顔を直撃した。

「せんたくの、おしごとを、もらえると、ききました」

女の人は目をパチパチと 瞬(またた) いて、ミーヤを上から下まで眺めた。

「あんたが、かい?」

ミーヤはコクコクと頷いた。

「まあ……。とりあえず入りなよ」

洗濯場は、思ったよりも広かった。天井は高く、天窓が開いている。大きな 桶(おけ) がいくつもあり、汚れ物の入ったカゴが積み上がっている。

「……ちっちゃいね」

ジャブジャブという洗濯板を使う音が止まり、みんながミーヤの方を見た。

「迷子じゃないの?」

ミーヤは慌てて首を振った。

「せんたく、できます」

「うーん。下女とはいえ、城の洗濯場で働くには条件があるんだよ。女、十二歳以上、犯罪歴なし、身元保証人」

身元保証人……。何を保証してもらう人なのだろう。森の毛玉、時々は人間になる、自分が何歳かもわからない。この場で口にして、状況が好転する材料など、ミーヤは何ひとつ持っていなかった。

ミーヤは俯いて、黙り込んだ。

「いたずらじゃ、ないんだね?」

ミーヤは俯いたまま、頷く。

「……じゅうにさいか、わからないです。でも、せんたく、できます」

女たちは顔を見合わせている。ミーヤはぎゅっと目をつぶった。

「……いっしょうけんめい、やります」

小屋の中が、しんと静かになった。

「こんな仕事を、こんな顔してやりたがるなんて……」

「事情があるんだろうさ」

ここにいる者の多くが、似たような顔をしてこのドアを叩いたのだ。

子供を抱えて、夫をなくした者。

過去を置いてきた者。

病気の家族を抱えた者。

「……あたしが身元保証人になるよ」

ドアを開けてくれた女の人が言った。

「あんた、名前は?」

「ミーヤ」

「ミーヤ、手癖の悪いことはしないって約束できるかい?」

「はい!」

ミーヤは『手癖が悪い』の意味はわからなかったが、『悪いこと全般』をしなければいい。食い気味に返事をした。

「あはは! おかみさん、下女の仕事より下町でひったくりする方が稼げるって!」

トウモロコシのヒゲみたいな髪をした、日に焼けた女の人が言った。

「わたくしたちだって、帰りに頂くお給料以外に、お金なんて持って来ていないもの」

きれいな栗色の髪をくるりと巻いた女の人が言った。

二人とも、ミーヤの援護射撃をしてくれているらしい。

「十二歳は……ちょっと無理があるけど。女官長さまは滅多に洗濯場に顔を出さないし、何とかなるだろうさ!」

下女たちは、みんながコクコクと頷いた。

「あたしはマルタ。おかみさんでもいいよ。一応、この洗濯場の責任者だ。それでミーヤ、いつから働ける?」

「いまからでも、だいじょぶ、です!」

「そうかい? じゃあ、書類を書いちまおうか。あんた、字は書けるかい?」

「かけないです!」

ミーヤは元気よくこたえた。洗濯場に笑いがこだました。

こうしてミーヤは、王宮の洗濯下女として働くことになった。