軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

戦-3

竜牙<ドラゴン・タスク>族。

この湖にかつて存在した7部族中、5年前の戦の際に参加しなかった部族の名である。部族の掟としては強さこそ全てという考えがあり、全部族間最大の武力を持っているとされている。

今回の戦いにおいて最も協力を要請しなくてはならない部族であろう。

しかしながら他の部族との交流が無いために、どのような部族なのか。現在の族長は誰なのか。そういった情報がまるで無いために行くこと自体非常に危険が予測される。しかも先の戦いで滅びた2つの部族の生き残りを迎え入れたということがより一層危険を高めていた。

前方に見えた村を視界に入れながら、腰に手を回し密着したオスの顔を、クルシュは呆れたように横から覗きこむように眺める。表情は初めて会ったときから、何も変わらない真面目なものだ。

「本気でこのまま乗り込むのですか?」

正気を疑うようにクルシュは前に座るオスに尋ねる。

「ああ、今度向かう部族はクルシュのところとは違う。伝え聞くなら強さこそ重視されるところだ。下手にロロロから降りて向かえば、族長に会うまでに問題が生じるだろうからな。それに……敵意を向けられる理由は充分にある」

何かの確信を持ったザリュースの答えに、クルシュは無数に浮かんだ言葉をかき消す。自らよりも世界について知っているものが言うことなのだ。まさか何の情報も無くこの部族に会いに来たわけではないだろう。

ならば信頼するしかないだろう。

ロロロに乗ったまま村に近づいていく。

ロロロを視認していたのであろう幾人もの戦士たちが手に武器を持って、油断無くザリュースたちを監視する。これ以上近づけば戦いになる。そんなピリピリとした空気が立ち込める限界まで接近すると、ザリュースはロロロを止め、上から降りる。遅れてクルシュも下に降りた。

戦士たちの幾つもの鋭い視線が2人に向けられる。ザリュースは一歩だけ前に出た。

そして半身でクルシュのことを隠すと大声を張り上げる。

「――俺はグリーン・クロー部族のザリュース・シャシャ。この部族を纏め上げる者と話がしたい!」

「私はレッド・アイ部族、族長代理クルシュ・ルールー。同じく部族を纏める者に会いにきました」

その瞬間――ぐわんと空気が大きく動く。まるで感情が質量を持って襲い掛かってきたようだ。

ロロロの4つの頭が瞬時にのたうち、大顎を開けると周囲を威圧の唸り声をあげつつ、睥睨するように頭を動かす。高く続く唸り声を受け、怯えたように空気が一瞬だけひるむ。

しかしそれでもなお、無数の敵意ある目が、2人を射抜かんばかりに押し寄せてくる。これほどの憎悪はクルシュにしてみれば初めて経験だ。少しばかり胃が滲みあがるような感触に襲われる。僅かに身震いしたためだろう。纏っている服が揺れ、刺した草が互いに擦りあい大きな音を立てる。

すいっとザリュースがクルシュの前に動いた。

それが何の意味でかは考えるまでも無い。

「……庇わなくてもこの程度問題ないけど」

「庇うつもりは無い。ここに来ると決めたのはクルシュなのだから。ただ、元々この視線を受けるのは、部族を滅ぼした俺にこそ相応しい」

クルシュは何も言わずに前に立つオスを、なんとも表現のつかない感情を持って眺める。無論、服の下のため、誰も見られないのだが。

「重ねて言う! 俺はグリーン・クロー部族のザリュース・シャシャ。そしてこの者はレッド・アイ部族の族長代理クルシュ・ルールー。この部族を纏め上げる者と話がしたい!」

戦士たちが予想以上に集まりだすが、誰も族長らしきリザードマンをつれてきた形跡は無い。ザリュースは不動の姿勢を崩さないが、何かが起これば瞬時に行動するだけの心構えを既に終わらせている。そして後ろに庇ったクルシュも何らかの事態には瞬時に魔法を使うだけの覚悟をしている。

ロロロが警戒の唸り声を発するだけの静かな空間。その場にいるどのリザードマンも警戒を緩めない。そんな中――

「っ!」

――小さく聞こえる、ザリュースの息を呑む声。それに反応しクルシュもザリュースが驚いた先を見、そして息を呑んだ。

それを一言で表すなら、異形。

250センチを超えるだろう巨躯のリザードマンがゆっくりと、しかしながら確実に2人の方に向かってくるのだ。それだけなら異様という言葉は相応しくないかもしれない。だが、そんな表現が正しいには訳がある。

まず――右腕が太く大きい。シオマネキの片方の鋏が大きいのと同じような異様な外見である。いや、左腕が細いのではない。左腕だってザリュースと同等はある。ただ単純に右腕が太いのだ。

左腕の指は薬指と小指が、根元より無くなっている。

口は何かに切り裂かれたのであろう、後ろの方まで裂けている。尻尾は潰したような平べったいものであり、リザードマンというよりはワニのものをくっつけたように思える。

そんなクルシュをして、自らよりも異形と思ったほどだ。

だが、それら全ての外見よりも、何より目を引いたのは――胸に押された焼印だ。

そんなリザードマンがザリュースたちをしげしげと眺め――

――乾いた木をぶつけ合う様な擦れるような音が漏れる。それは異形のリザードマンの鋭い歯がすり合っているのだ。それは恐らくは笑い声。

「よくぞ来たな。フロスト・ペインの持ち主」

「お初にお目にかかる。俺はグリーン・クロー部族のザリュ――」

そこまで言うと異形のリザードマンはいらんいらんとでも言うかのように手を振る。

「名前だけ聞こうじゃねぇか」

「……ザリュース・シャシャ。それでこちらがクルシュ・ルールーだ」

「そっちはもしかして……植物系モンスターか? まぁ、ヒドラを連れてるし、別のモンスターを飼いならしていても不思議ではねぇか」

「……違います」

服を脱ごうと動きかけたクルシュに対し、再びいらんいらんとでも言うかのように手を振る。

「冗談を本気にするな。めんどくせぇ」

「――っ」

ざわざわと草を動かすクルシュを退屈そうに見て、それからザリュースに視線を動かす。

「んで、来た理由を聞こうか?」

「そちらの名前を聞いても良いだろうか?」

「ああ、俺は竜牙<ドラゴン・タスク>族長、ゼンベル・ググーだ」

ニヤリと歯を剥き出しに笑うゼンベル。予測された答えと言え、旅人が族長を勤めているという事実にクルシュは驚きを隠せない。しかしながらその反面、納得のいく答えでもある。これほどのオスが単なる旅人であるはずが無いという。

そんな風にクルシュが納得する中、ザリュースはまるで驚いていないように平静を保った声で話を続ける。

「なるほど。ではつい最近奇妙なモンスターがこの村には来なかっただろうか?」

「ああ、あの偉大なる者の使いな」

「来たのなら話は早い――」

話しかけたザリュースに対し、ゼンベルは手を上げてその言葉を止めさせる。

「俺らが信じるは強者のみ。その言葉を示したいのであれば剣を取るんだな」

ザリュースの前に立った巨漢のリザードマン。竜牙<ドラゴン・タスク>族長、ゼンベル・ググーは切り裂かれた口をニヤリと笑みの形に変える。鋭い牙が剥き出された。

「なっ」

「……なんとも分かりやすい言葉だ。ドラゴンタスクの族長よ。時間を無駄にすることの無い言葉だ」

「かかかか――」

強いものが族長として選ばれる。リザードマンであれば当然のことである。しかしながら部族の存続をかけた問題に対しても、そんなことで良いのだろうか。

クルシュはそう思い――それから自らがそんなことを考えたことを不思議に思う。

今の自らの考え方はリザードマンのものではない。普通のリザードマンならゼンベルの発言に対して不思議にも思わなかっただろう。実際、周囲の戦士達は納得した様子をみせている。

ならば自分はどうして?

何者かに魔法的な攻撃を受けたのだろうか。そんなわけが無い。魔法等に関してはリザードマンの殆どに負けない自信がある。その自信は魔法の攻撃なんか受けてないと騒いでいる。

不思議に思い、クルシュはザリュースを伺う。

ザリュースとゼンベル。

二人が並ぶとまるで子供と大人のようだ。ザリュースは小さいわけではない。ゼンベルが大きすぎるのだ。さらに筋肉の盛り上がりも半端ではない。ザリュースとは一回りも違う。

体の大きさで全てが決まるわけではないのは、クルシュも知ってはいる。しかし、それでもこれだけの差を目の当たりにすると、嫌なものが心を支配しようと蠢くのを抑えきれない。

嫌なもの?

自らの心のうちに浮かんだ、その奇妙な感情に意識の手を伸ばす。なぜ、クルシュは嫌なものを感じているのか。いや、予測は付く。

そしてクルシュはかすかに笑う。

――本当に自分は愚かだ。あんな簡単に――。いや種族的な種の保存という奴はそういうものなんだろうか。

クルシュは再び笑い、ザリュースの肩を叩く。

「準備で足りないものは無い?」

「無いな。何ら問題は無い」

クルシュは再び、その肩を叩く。

たくましい肩だ。

肩に手を置いたまま、ふとそんなことを考えてしまう。クルシュがオスの体を触るときなんて、魔法をかけるときぐらいなものだ。恐らくは服越しとはいえ、既に生まれてきてからオスを触った時間よりもザリュースには触れている気がする。

「……どうした?」

今だ手を離さないクルシュに違和感を感じ、ザリュースは問いかける。

「――え?! ああ、えーと、祭司の祈りよ」

「なるほど。クルシュの部族とは違っても助けてくれるか、祖霊は?」

「我が部族の祖霊はそれほど心が貧しくは無いわ。頑張って」

ザリュースの肩から手を離し、クルシュは祖霊に祈りと謝罪を送る。

そんな中、2人から少し離れたところで、ゼンベルは右腕一本で巨大な槍――3メートル近い鋼の槍、ハルバードを掴む。普通のリザードマンであれば両腕でなければ使えないような行為を可能とするのは、その異様な巨腕だ。

そして無造作に――一閃。

なぎ払うように振り回されたそれは、少し離れたところにいるクルシュに届くほどの風を引き起こす。

「か…大丈夫?」

「さて……何とかはするつもりだ」

勝てるかと聞こうとし、クルシュは止める。勝たなくてはならないと理解した上でザリュースは戦うのだ。ならばこのオスが負けるはずが無い。

たった1日の旅、出会ってからは2日にしかならないが、それでも理解できることがある。

「さて、準備はできたか、フロストペインを持つ者よ」

「問題は無い」

無造作に背中をクルシュに見せ、ザリュースは戦闘となるべき円陣の中に歩く。

はぁ、とクルシュはため息をついた。その思わず目で追ってしまう後姿に溢すように。

クルシュが長い間――実際はさほどなんだろうが――手を置いた肩から温もりが薄れていく。

これより行うのは族長を決めるときに行う戦闘の略式だと思えば良いだろう。そうなると一騎打ちのため、魔法等をかけて戦うのは違反行為だ。

温もりが心をざわめかせた時、クルシュが手を離さなかった時、防御魔法でもかけたのかと思った。しかし魔法をかけた気配は無い。

それなのに何故、ここまで心が沸き立つのか。

これは自分がオスだからか。メスに良いところを見せたいと思う気持ちか。

ザリュースは強敵を相手にそんなことを考え、笑みをこぼしてしまう。

自分もオスなんだなぁと理解して。枯木だ、と兄に言われたが……そんなわけではないということの証明を受けて。

リザードマンたちによって作られる円陣の中に入り、腰に下げたフロスト・ペインをすっと掲げる。ザリュースの戦闘意志に反応するように、刀身に霜のような白いものが纏わりつく。

ざわりと周囲のリザードマンたちがどよめいた。

それはかつてのフロスト・ペインの持ち主を知っているシャープ・エッジ部族の生き残り達だ。それ以外にもフロスト・ペインの力を目の辺りにした者たちの。

フロスト・ペインの真の持ち主しか引き出すことのできない能力の発動を前にして、ゼンベルの凶悪な顔が歓喜に崩れた。いや歓喜といってよいのか。それは歯を剥き出しにした唸りたてる獣のものだ。

「殺すのは望むところではないのだが?」

挑発するようなザリュースの発言を受け、周囲の戦士達の感情が悪い方に一気に上り詰める。しかし――。桁外れなまでの水飛沫と水面を叩く音が瞬時に冷静さを取り戻させる。ゼンベルが自らの持つ槍の穂先を湿地に叩きつけたのだ。

「ほう……ならば俺に負けだと思わせな。それに……満足か?」

「……満足した。お前は確かにこの部族を纏め上げている」

「きさまら聞け! もし俺がこの戦いで死んだら、こいつがお前達の族長だ! 異論や反論、うざってことは一切認めねぇ!」

納得したわけではないだろう。しかし、周りの戦士たちから反論の声は出ない。事実ザリュースがゼンベルを殺したとしても、歯を噛み締めながら従うだろう。そう感じさせるだけのカリスマをゼンベルは有していた。

「俺は旅人なんだが……?」

「関係ねぇな。俺達の部族は強者こそ偉大な存在だ。お前が旅人だろうと別の部族だろうと、な。だから殺す気で来い。俺はお前が戦ってきた中でも最高級の相手だろうよ」

「確かに……了解した。それと俺が死んだ場合――」

ちらりとザリュースの視線が後ろにいるクルシュに動く。

「おうよ。お前のメスは無事に帰してやる」

「……まだ『俺の』じゃないがな」

「ふん。むちゃくちゃ狙ってるじゃねぇか。あの植物モンスター。そんなに良いメスなのか?」

「むちゃくちゃな」

後ろで1人のリザードマンが頭を抱えながら蹲ったのは、この際置いておく。

「そいつは見てぇもんだ。勝ったら帰す前に剥いでみるか」

「……なんだか非常に負けたくない理由ができたな。お前ごときにクルシュの姿は見せんよ」

「むちゃくちゃ惚れてんじゃねぇか」

「ああ、むちゃくちゃ惚れてる」

メスのリザードマンの何人かが、蹲ったリザードマンに何事かを話しかけると、そのリザードマンはいやいやするように頭を振っているのもこの際、置いておく。

「はっ!」

すさまじく嬉しそうにゼンベルは笑う。

「だったら勝ってみせな! 死んじまったらすべて終わりだからなぁ」

「そうさせてもらうつもりだ」

ザリュースとゼンベルは話は終わりだといわんばかりに互いを睨む。

「――行くぞ?」

「――来い」

短い応答。しかし、互いに動かない。

周りで見守る全てのリザードマンが焦れだした時、初めてザリュースがじりじりと距離を詰めだす。湿地という水を多分に含んだ場所にあって、水音がしないようなゆっくりと動きだ。

それをゼンベルは不動の姿勢のまま待ち受ける。

やがてザリュースがある距離に達した瞬間――轟音が飛びのいたザリュースの眼前を流れていく。それはゼンベルの振った槍が巻き起こした音だ。

それは何の技も無い、単なる振り回しである。しかし、それゆえにすさまじい。

再び飛び込もうと身構えたザリュースを狙うように槍が構えられる。ゼンベルは巨大な槍を右腕一本で振り回しているのだ。旋風のようなその動きはひとたび振るわれたとしても、瞬時に構えが元に戻る。

ザリュースは攻めあぐねる。

どう攻略すれば良いのか。

答えは簡単だ。避けた上で飛び込めばよい。理論は分かる。だが、それを実際に行うことは困難を極める。しかも槍は長い武器だ。それゆえに受けたとしてもフロスト・ペインの特殊能力も効果が無い。

ならば――。

ザリュースはゆっくりと間合いに入る。豪風を巻き起こしながら槍がなぎ払われてくる。

更に踏み込み、槍の刃物がついてない部分をフロスト・ペインで受ける。すさまじい衝撃がフロスト・ペインを持つ手に走る。さらに、ザリュースの体が浮いた。

成人したリザードマン――110キロにもなる重量を、片腕の腕力のみで吹き飛ばしたのだ。それはまさに常識離れした腕力である。

――興奮。

自らの族長の圧倒的な臂力を目の当たりにした戦士たちが、咆哮を上げる。

バシャバシャと尻尾を使いながらバランスを保ち、後退するザリュース。

痺れた手を振りながらザリュースは僅かに目を細める。

ゼンベルのそれは子供が棒を振り回すような大した技術の無い、単なる振り回しだ。しかしながらその巨躯――想像を絶する筋力から来る振り回しは単純に強い。

単純であればあるほど、破るのが難しいのはなんでもそうだ。

受けた場合は確かめたとおり、吹き飛ばされ次の行動に移すことができないので、良い手ではない。

ならば最初の計画通り、飛び込むしかないのだ。ミスすれば一撃でよくて戦闘不能、悪けば即死という暴風の中に。

しかし、3メートルという距離は遠い。攻撃可能距離に近づくまでに、構えなおしの時間を十分にゼンベルに与えてしまうだろう。遠心力を利用しての攻撃である分、中に踏み込んだ方が遅いという考えはできるが、距離が近くなった分、回避も困難になる。先端部分の斧にも似た部分では無いとはいえ、鋼鉄の棒で殴られるだけのダメージは予測される。しかもあの筋力ではやはり致命傷になりかねない。

戦略を立て直しつつあるザリュースに戦い始めたところから今だ一歩も動いていないゼンベルは、ニンマリと笑って問いかける。

「どうした? フロスト・ペインの能力は出さねぇのか?」

ニヤニヤという笑みは挑発だろう。

そんなゼンベルにザリュースは答えを返さない。

「昔、俺はあいつに負けたんだよ。フロスト・ペインを持っていた奴に」

ザリュースは思い出す。ゼンベルの言うオスに心当たりはある。鋭剣<シャープ・エッジ>部族の族長である。そしてザリュースが首を取った相手でもある。

ザリュースはゼンベルという一点に集中させていた意志を少しばかり緩め、周囲に広く拡散させる。

無数の敵意がある中で、最も強いものはシャープ・エッジ部族の生き残り達のものだろう。

「この左指はそのときに受けた傷が元でな」

ピラピラと指が2本無い左手をアピールするようにゼンベルは見せ付ける。

「あの俺を負かした能力を発動させれば勝てるかもしれねぇぞ?」

「そうか?」

ザリュースは冷静に、ひどく冷静に返す。

確かにあの能力は強い。

1日に3回しか使えないだけあって、使えばかなりの確率で勝利をもたらしてくれるだろう。ザリュースが前の持ち主と戦ったときに勝てたのは、すでに3回使ってしまった後だったからだ。もしあの時使われていれば、ザリュースの命は奪われていただろう。

しかし、そんなフロスト・ペインの力を知っている者が教えるように言うだろうか。

ザリュースはゼンベルというリザードマンをより一層用心すべき相手と判断する。全力を隠して勝てる相手ではない。

ザリュースは覚悟を決めたように飛び込む。

それをハルバードがすさまじい速度で迎撃する。

ザリュースは避けるのではなく、フロスト・ペインで受ける。その受けるポーズを見たリザードマンの誰もが、再び吹き飛ぶことを予測した。しかし、たった2人だけ違う結果に終わると確信していたものがいる。

そのうちの1人はクルシュだ。

ザリュースが何の意味も無く、結果の予想できる行動に出るとは思っていない。非常に色々と考えた上で行動するオスだ。それぐらいは出合ってほんの短い時間だが、目で追っていて完全に理解している。

持ち上げられたフロスト・ペインとハルバードがぶつかり合い――

『フォートレス!』

――戦技が発動された。

先ほど吹き飛ばされたはずのザリュースが、今度はゼンベルの一撃を受けて、びくとも動かない。それはまさに要塞の如くである。

ゼンベルが驚き――いや感心に目を見開く。

その瞬間――ザリュースは疾風の動きでゼンベルに肉薄した。ハルバードを戻そうとしても遅い。完全に力を殺されたハルバードでは引き戻すまでにその筋力をもってしても多少の時間が掛かる。ザリュースが肉薄するのは十分な時間が。

そしてフロスト・ペインがゼンベルの肉体を切り裂――。

『アイアン・ナチュラル・ウェポン』

――鮮血が舞った。

溢れんばかりの大きな歓声が上がり、非常に小さな悲鳴が上がる。

鮮血を撒き散らし、後ろに逃げるように後退したのはゼンベルではない。顔に2本の、血が流れ出るほどの傷跡を作ったのはザリュースだ。

ゼンベルは先ほどまでとは逆に、逃がさないとばかりにザリュースに肉薄するよう踏み込む。そしてザリュースの肉体を先ほど抉ったもので攻撃する。

それは――爪だ。

フロスト・ペインと爪がぶつかり、硬質な金属音が響いた。遅れて、手から離されたハルバードが水音を立てた。

リザードマンの爪は人のものより堅く尖っている。しかしながらこのように金属音が響くほど堅いわけではない。そう、これは肉体武器を鋼のごとく堅くするという戦技の1つ『鋼鉄の肉体武器<アイアン・ナチュラル・ウェポン>』の働きによるものだ。

先ほどまで適当という言葉が相応しかった槍さばきに比べ、繰り出される手刀は熟達者の領域まで足を踏み込んでいる。

そうだ。

ゼンベルは戦士ではなく、己が肉体を武器とする格闘家としての技量を積んでいるのだ。

数度の応酬。

ゼンベルが手刀で攻撃し、ザリュースがフロスト・ペインで斬りつける。そんな攻撃を互いに避け、弾き、ほんの少しの距離が開く。

「――はっは、生き残ったかよ!」

ゼンベルは左手の指に付着した血と肉片をべろりと舐める。

同じくザリュースの口から人より長い舌が出て、己の人で言うなら頬にあたる部分にできた傷口から流れる赤い液体をぺろりと舐める。

目を貫くつもりではなった手刀の一撃はギリギリでザリュースが頭を傾げることで回避された。そして傷も深いわけではない。まだまだ戦意はある。

「つーかよぉ。あの技を使わない奴を倒しても手加減されてるような気がするんだよなぁ」

両の拳を握り締め、数度、胸の前でぶつけ合うゼンベル。

「悪いが。あれは使うつもりは無い」

「ふーん。負けてから本気じゃなかった発言は無しだぜ?」

「そんなことをいうタイプに見えてるのか?」

「……いや、そりゃねぇな。――使う気がねぇなら行くぞ!」

肉体攻撃を剣で受ければ、攻撃した側が傷つく。それは当たり前の通りである。しかしながら戦技はそんな常識すらも変えてしまう。

『アイアン・スキン』

肉体を攻撃の瞬間だけ強固な鉄と同等の硬度に高める戦技の発動を持って、太い足がブォンという音を立てながらザリュースを蹴りつける。

それを避けざまにフロスト・ペインで足を切りつけるが、やはり金属音が響き弾かれる。

ザリュースは感嘆に目を見開く。

魔法の剣を弾く。

それがどれほど戦技を高めたら、そしてどれだけの時間を『アイアン・スキン』につぎ込んだらできるのかと驚愕して。

ザリュースもいくつか学んでいる戦技は、多数を考えたものが主だ。周囲を攻撃する『ワールウィンド』や背後等――視野外からの攻撃を完璧に知覚する『アイズ・イン・ザ・バック』などだ。

強大な個の敵に対して効果的な戦技は有していない。それに対し、ゼンベルは自らの能力を最も高める方向に戦技を得ている。

不利であるといえば不利だろう。

しかしながらザリュースは自らの勝利を確信した。

圧倒的な手数による攻撃。

蹴り、殴る。

ゼンベルの肉体能力から繰り出される一撃は早く、重い。その前にあっては流石のザリュースも攻撃はやめ、防御するのが限界のようだった。

連打に次ぐ連打。

重さと破壊力をかねた一撃を防ぎきれなければザリュースの敗北は確実である。周囲を見守るリザードマンたちは連撃を繰り出す自らの族長の勝利を確信し、応援の声を上げる。

しかしながら周囲の声とは裏腹に、戦う2者――そして見守るもう1人――はどちらが現在優勢なのかを理解したうえで攻防を繰り返す。

時折ゼンベルの爪がザリュースの体をかすり、その度ごとに血が滲む。傍から見ればザリュースが押され、ピンチになっているように思えるだろう。しかしながら、ゼンベルは連撃を弾かれる一度ごとに自らの勝算が無くなっていくのを感じ取り、だんだんと心の中で焦りが強くなっていくのを抑え切れなかった。

フロスト・ペインは刀身に冷気を宿すことで、切り裂いた相手に追加で冷気によるダメージを与える能力を持つ。それ以外にも、武器を交えた相手にも多少の冷気ダメージを送り込む力を持っている。つまりは肉体武器と刀身がぶつかるだけでも、僅かな冷気がゼンベルを蝕みつつあるのだ。

手はかじかみ、足は痺れ。すこしづつ動きは鈍くなっていく。

それを理解しているからこそ、ザリュースは防戦一方――言い換えればほんの少しづつダメージを与える手段を選んだのだ。回避しないのはそのためだ。

確実な勝利をとる道を選ぶ。

それは油断が無いという意味で、今のゼンベルにとっては最大の敵だ。

飛び込んできたザリュースに対して放った必殺の一撃。

あれを防ぎきられた段階でゼンベルの勝算はかなり低くなったのだ。更には数度にかけて行った挑発にも乗らなかった時点で。そんな奴が油断なく、もっとも安全かつ確実な戦い方をする。

それは難攻不落の要塞に単騎で戦いを挑むようなものだ。

かつて戦ったあるオスのリザードマンがゼンベルの脳裏に浮かぶ。あの頃よりも自らは強くなった。それでいながら自分の胸にも足りないリザードマン――ザリュースには届かない。無論、フロスト・ペインの能力によって負けると言い訳することもできるだろう。

しかしそのような情けないことは言いたくもない。

流石はあのオスを殺したものか。

連撃を止めることなく。それでいながらゼンベルは頭の冷静な部分で、自らの蹴打をフロスト・ペインで防ぐ、眼前のザリュースに賞賛を送る。

弾かれ、弾かれ、また弾かれる。

だんだんと自らの族長の一撃が容易く弾かれるようになってきたのが、周りのリザードマンたちにも分かるのだろう。歓声が訝しげなものへと変わっていく。

実際、ゼンベルの四肢はかなり動きが鈍くなってきた。それでいながら今だ防戦一方のザリュース。どれだけ油断が無いというのか。

ザリュースは強い。

クルシュは確信を持って言える。

リザードマンの殆どがその屈強な肉体能力で押し込むように戦うのに対し、ゼンベルと同じようにザリュースは技術をもって戦う。そしてその技術を補佐するのがフロスト・ペインだ。もし仮にフロスト・ペインを通常の戦士に渡して、今と同じようにゼンベルと戦えるか。それは不可能だろう。武器は強いが、それを十全と引き出すことができる、そして引き出すように技術を磨いているのだ。

そして何より強いのは、その読みあいに勝てる頭の回転だ。

槍を捨てたときの一撃を回避できたのは、ザリュースが油断せずに読んでいたからだ。そしてフロスト・ペインの特殊能力を発動させないのも。

旅人の焼印を押してまで出た旅で、どれだけのものを手に入れて戻ってきたのか。

「ほんと、すごいオスだなぁ……」

やがて――どれだけ時間が経ったか。見ているリザードマンからするとさした時間ではない。しかし、戦いあう2者からはどれだけの時間に思えただろうか。

そんな時間が経過し、全身から血を流すザリュースと、今だ無傷のゼンベルがそこにはいた。

今だ戦意を失っていないザリュースを褒めるべきか。周囲のリザードマンたちはそう評価する。自らの族長とここまで戦ったものはいないと。

そんな中、ゼンベルは何も言わずに構えを解く。

何が起こったのか、周囲のリザードマンたちが固唾を呑んで見守る中、ゼンベルは大きく声を張り上げた。

「おれの負けだ!」

どよめく。

何が起こったのか理解できない。そんな表情をしたリザードマンばかりだ。ただ、1人のリザードマンだけが円陣の中に小走りで駆け込んでいく。

それはクルシュだ。

「大丈夫?」

「まぁ、死ぬような傷は無いはずだし、これから考えられる戦においても問題にはならないと思う」

「はぁ。とりあえず治癒の魔法をかけるわ」

服をごそごそといじり、顔を露出させるクルシュ。それから治癒の魔法をかけ始める。傷口が先ほどまでの痛みの熱さではなく、心地良い温もりの暖かさに包まれていく。

治癒の魔法を受けながら、ザリュースは顔を動かし、先ほどまで戦っていたゼンベルを見る。

ゼンベルは周囲を部族のものに取り囲まれ、何があったか、ザリュースが何を狙っていたのかという説明を行っている。

「こんなものね」

2度、魔法をかけたクルシュの治療完了の言葉を受け、ザリュースは自らの体を見下ろす。

傷口から流れ出た血によって今だ全身傷だらけのようだが、ザリュースは自らの傷が完全に癒えたことを感じられた。体を動かすと少しばかり引っ張られるような微妙な感覚が残るが、だからといって傷口が開くとかそういうことは無い。

「――ありがとう」

「どういたしまして」

クスリと笑ったクルシュ。剥き出された真珠色の牙が美しい。だがらこそ素直にザリュースは言葉にする。

「――綺麗だな」

「なっ!」

互いに黙る。

クルシュからすればなんでこのオスは平然とそんなことを言うんだ、という思いからの沈黙である。普段から褒められたことの無いクルシュにしてみれば、ザリュースというオスは心臓に悪い発言が多すぎる。

ザリュースからするとクルシュが黙った理由が分からない。もしかすると何かヘマをしたのではないかという不安が頭を過ぎる。正直、メスは自分の人生に関係ないだろうと思っていたために、どのような行動を取ればいいのか不明なために、ザリュースも結構一杯一杯なのだ。

そんな如何したらよいのかという困った2人を助けるように声が掛かった。

「おいおい、羨ましいじゃねぇか、こんちくしょう」

2人揃ってゼンベルを見る。

非常に似通った――顔のぐるんと回った同時の動きに、話しかけたゼンベルが一瞬口ごもる。

「あー。俺も癒してくれねぇか? 白いの」

クルシュのアルビノの顔を見ても平然とした態度。しかしながらゼンベルの外見を始めて見た時の印象を思い出し、そんなものかと納得する。

「はいはい。……でも良いの? この部族の祭司にやらせないで」

「ああ、かまわんかまわん。それよりかなり痛いんだよなぁ。やってくれねぇか?」

「あなたがやれって言ったんだからね?」

「おう。俺が無理矢理やらせたということで1つ頼むぜ」

クルシュはため息を1つつくと、治癒の魔法をかけ始める。

「あっちは良いのか?」

「ん? ……ああ、理解させたぜ。どうして俺が負けたのかをな」

ザリュースとゼンベル。2人の視線がリザードマンたちに向けられる。

ザリュースはいまだ無数の敵意ある視線が送られてくるが、心なし減ったようにも感じられた。そして少数だが好意的な視線が混じりだしたようだった。

「はい。終わりました」

ゼンベルに対して、クルシュが治癒の魔法を使った回数はザリュースよりも多い。見た目には出てなかったが、それだけ深手だったということだ。

「ほう。うちの祭司よりも凄いな」

「ありがとう。素直に受け取っておくわ」

「さて、互いに傷も癒えたことだし、早速で悪いが話に入っても構わないか?」

「おお! 話を聞かせてもらおうか――といいたいところだが」そこでゼンベルは言葉を切り、にやりと笑う。そして――「酒だ」

ザリュースとクルシュ――2人とも何を言われたのか分からないような、不思議そうな顔をした。そんな2人を面白そうに見ながらゼンベルは子供にも分かるように説明する。

「めんどくさい話は酒の席でするもんだ。わかるだろ?」

「わかんねぇーよ」

憮然とした顔でザリュースは小さく返答する。命がけで戦った挙句酒盛り、というのに即座に付いていけるほどスレてはいないし、荒んでもいない。ただ、何か祝いたいことがあったときにやるような奴だろうと、自分を納得させる。

そんなザリュースを――初めてみるオスのそんな顔をしげしげと眺めるクルシュ。その好奇心ともいうべき何かによってきらきらと輝く目を避けるように、ザリュースはどうにでもしてくれといわんばかり表情で、了解の意志を伝えた。

陸地に置かれた2メートル近い焚き火台から、紅蓮の炎が夜空に届けといわんばかりに燃え上がっていた。その巨大な赤い光源によって夜闇は遠ざけられている。

その焚き火台の近くにドンと置かれた、高さ1メートル以上、口の直径は80センチほどはある壷。そこからは発酵臭が風に乗って漂っていた。

何十人というリザードマンが入れ替わり立ち代わり、その壷の中の液体を汲み上げる。

しかし、幾度汲み上げても気配はその壷からは感じられなかった。

これがザリュースの持つフロスト・ペインに並ぶ、4至宝の1つ。『酒の大壷』である。

無限に尽きることなく酒を生み出すとされるが、味自体はさほど良いものではない。人間の多少でも酒を飲んだことのあるものであれば、かすかに眉を顰めて然るべき一品である。しかし、リザードマンからすればこれこそ美味い酒である。

そのためお客さんが尽きない有様だった。

そんな壷が置かれた場所から少し離れたこの場は、非常に静かなエリアだった。なぜかというと、その答えは一目瞭然である。それは酒に酔った幾人ものリザードマンが突っ伏しているからだ。

ぐてっと転がり、ピクリとも動かない。いや、呼吸をしている証に胸は動いているし、尻尾がくねる者もいる。

ここは完全に酔ったリザードマンの廃棄場所なのだ。

そんな場所を、植物系モンスターと呼ばれる服を脱いだクルシュは、尻尾のみまるで別の生き物ように陽気にくねらせ、地面に注意を払いながら歩く。

アルビノの体を大勢の前で晒しながら歩くのは、生まれて以来初めての経験だ。族長が異形と言うこともあり、多少は驚かれたが、すぐに溶け込めたのだ。まぁ、今だ多少、奇異の眼がクルシュを追ってくるが、それでも殆ど気にならない程度だ。

心がスッとするような感覚。

それは開放感なのだろうか。

クルシュは両手に食べ物を持ち、そんな風に心を――揺らしながら歩いていく。

向かった先ではザリュースとゼンベルが、大地の上で胡坐をかきながら2人で飲みあっていた。

椰子の実にも似た木の実の殻を、杯として使っている。なみなみと入った液体は透き通るような透明。しかしながら強い発酵臭が漂う。

前にツマミだろう、魚が生のままドンと置かれている。歩いてきたクルシュにニヤリとゼンベルは笑いかける。

「おう、植物系モンスター」

「……その呼び名どうにかならない?」

もう脱いでるのに。

そんな呟きを完全に無視するゼンベル。

実際何度言っても止めないのだから、このオスはいつまでもこうやって自分をからかうつもりなんだろう。そう理解し、クルシュは無駄な抵抗は辞めることとする。

「それで話は終わったの?」

ザリュースとゼンベル。2人は互いの顔を見合わせ、頷く。

「一通りな」

「それで何の話だったわけ?」

ザリュースとゼンベル、2人で話がしたいということで、クルシュは席を離れるように頼まれたのだ。そうはっきり言われてしまっては仕方無く、席を離れて食べ物を取ってきたのだが、本音で言うなら話に参加させてもらいたかった。もしこれからの戦のことであれば自分も無関係ではないのだから。

不味いことは聞かないまでも要約したこと聞かせて欲しい。そんな気持ちで言葉をつむぐ。

「オス同士の話だ」

ザリュースが不機嫌そうになったクルシュを宥めるように口を挟む。

「クルシュの部族でした話と変わらないさ。あとはこの部族が食事の少ない中どうやって残ったかだ」

「ああ」

それはクルシュも興味のある話だ。教えろ、という無言の圧力を込めたクルシュの瞳を受け、大したことではない、そう前置きをしてからゼンベルは話す。

「元々俺達は数が少なかったんだ。だから戦争に参加してまで、食い物を求めなくてもなんとかなったというのが正解だな。まぁ、個人的には趣味の一環として戦争には参加したかったんだけどな。長老どもが教えて切れなかったという寸法よ」

そりゃ教えないだろうな、とクルシュは思い、同じような表情のザリュースと互いに頷きあう。

「それでどうするの? 同盟を組んで一緒に戦うの?」

「あん? ああ、ザリュースには伝えたんだが――戦うに決まってんじゃねーか。つーか、お前達が来なくても俺達は戦ったぞ?」

「ホント、戦闘狂って感じね」

「ほめんなよ、照れんじゃねぇか」

褒めてないけど。そう言いたげなクルシュ。そんな彼女の表情を気にしてないのか、気づいてないのか。ゼンベルはクルシュに頼みごとをする。

「そうそう、植物系モンスター。お前からも説得してくれよ。何度言ってザリュースが族長になってくれないんだよ」

その言葉にくたびれた様にザリュースは表情を歪めた。クルシュが離れてから、幾度と無く繰り返された問答なんだ、ということが分かるような疲れっぷりだ。

「部族も違うし、俺はた――」旅人と続けようとして、ゼンベルも同じだと思い別の話題を振る「なんで旅に出ようと思ったんだ?」

「あん? ああ、フロストペインの前の持ち主に負けたからだ」

何かそういう部族の掟でもあるのか。そんな風に思った2人にゼンベルは軽く言った。

「負けたからショックでよぉ。ならもっと強くなろうと思ってな。なら、この辺よりももっと色々と行ってみてえじゃねぇか。だから旅人になったってわけよ」

自らとまったく違う目的に、ザリュースは肩を落とす。なんとなく浮かんでいた親近感がどこかに吹っ飛んでいったと感じだ。クルシュが慰めるように、優しく肩に手を置いたのが救いといえば救いか。

そんなザリュースたちに気づかず、ゼンベルは機嫌よさそうに続ける。

「あの山には強ぇやつがいるんだろうなと思ったわけよ、俺は。なんたってでっかいからな。そして、そこであった奴に色々と教わったわけさ。ついでにあの槍もな。いらねぇと思ったけど、出会った印だとか言われちまうとな」

「……そうだったのか、良かったな」

「おう、あんがとよ」

――皮肉も通じない。

ザリュースは酒をぐいっと呷る。喉が熱くなり、収まった胃から熱が体内に広がっていくようだった。そんなザリュースに非常に静かな声が掛かる。今までの雰囲気とは違う声に、誰が発したのか一瞬ザリュースが分からないほど。

「で。おまぇの予測によると勝てるのか?」

声を発したゼンベルの顔を見ながら、真剣に考え、そしてザリュースは答えを述べる。

「……それは不明だ」

「まぁ、そりゃそうだよな」

絶対に勝てる戦いなんか無い。しかも相手の戦力等が一切不明な状態で勝てるなんて口にできる者がいるはずが無い。

「ただ……向こうの狙いから判断すると、皆殺しは狙っていないはずだ」

「ああ、あのモンスターが言った話ね」

何でザリュースがそういったのか理解できないゼンベルに対し、即座に答えたのはクルシュだ。そして今だ不思議そうなゼンベルに対し、教師のような口調で教えようとする。

「あのモンスターが言った言葉を思い出してくれる?」

「すまんな。おれはそのときに寝てたんで話を聞いてねぇんだ」

「……誰かから聞いたでしょ?」

「はん。面倒だったんで、忘れたぜ。奴らが攻めてきたら返り討ちにすりゃいいって考えたぐらいだな。覚えてることは」

駄目だ、こいつ。そんな顔で説明することを放棄するクルシュ。

「……向こうはこう言ったんだ。必死の抵抗をして、支配するにたる価値を示せってな」

ゼンベルの顔が危険な感情を孕み、恐ろしげに歪む。

「むかつくな。最初っからこっちを下に見てやがる」

「向こうはこっちの抵抗を破る程度の兵力を集めて、有無を言わさない圧倒的な力で潰しにかかってくる可能性がある。ただ、それでも支配を狙っているなら皆殺しにはしないはずだ」

「ふざけやがって」

ゼンベルが危険な唸り声を上げた。あのザリュースとの戦いにおいてもこれほどの敵意は浮かべてなかった。それだけ不快だということか。

「……だからその思い上がりを叩き潰す。5部族を集めこちらが準備できる最大の力を示してやる。まずは横っ面をはたき倒して、それでこちらが生半可な存在じゃないという価値を示してやるんだ」

「はん、いいねぇ。そういう話の方が分かりやすくて好きだぜ」

どうやって戦うか、そんな話題に熱を帯びていくオスの2人に、水をかけるようにクルシュは言う。

「あまり向こうのプライドをズタズタにするメリットは無いと思うわ。最低限の価値を示す程度でいいんじゃない?」

「おいおい、いやみな野郎に頭を下げるのかよ?」

「ねぇ、ザリュース。……避難が危険なことは理解したわ。でも私は鎖で縛られても、命があるほうが良いと思うんだけど」

ポツリとクルシュはもらす。

2人ともその考えを否定することも、奴隷根性だとあざ笑うこともしない。その考えを馬鹿にできるものは増長した者か、将来を考える能力の無い者だ

誰だって支配されたいわけではない。ただ、それでも殺されるよりは未来がある。未来さえあれば可能性が残るのだ。すぐに考えつくのが、養殖の手法が皆に広がれば、今いる場所を捨てて逃げられるかもしれないということだろう。

そんな可能性を捨て、死ねと命令する方が上に立つものとして異常をきたしている。

「耳をそばだててくれ」

ザリュースの静かな声に、風に乗って聞こえてくる笑い声に3人は揃って耳を傾ける。

「支配されたらこんなこともできないかもしれないからな」

「できるかもしれない。そうでしょ?」

「そうだな。ただ、向こうはこちらの価値を求めているんだ。どうにせよ戦闘は避けられない」

クルシュは頷く。

それは充分に理解している。避けられない戦いだということは。しかしながら――

「でも言いたいのは……死なないでね」

「――死なないさ、あの答えを聞くまではな」

「――!」

クルシュとザリュースは夜空の下、互いに真剣に見つめあう。

そして約束を交わすのであった。

――完全に部外者となり、憮然としたゼンベルを横にしながら。