軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

72.領主邸のピザパーティ

身支度を整えて部屋を出ると、ちょうどセレーネもメイドを連れて外に出てきたところだった。

「おはようございます、姉様!」

「おはようセレーネ。タイミングぴったりだったわね」

自然と手をつなぎ、階段を降りる。もうセレーネが立ち眩みを起こすことはほとんどなくなったけれど、念のため、今も階段や段差が多い所では誰かに付き添ってもらうようにしているのが完全に習慣づいていた。

「顔色がいいわね。夕べはよく眠れた?」

「はい、とても静かでしたし、朝までぐっすりでした」

「雪が降ると、とても静かになるのよね。あまり積もらなかったようだから、よかったけれど」

とはいえ、北部では一度降った雪は春の雪解けの季節まで解けることはないので、ここから先は積もる一方になる。完全に引きこもるわけではないので、適宜雪かきなどをしていく必要があるだろう。

食堂で簡単な朝食を終え、団欒室でのんびり過ごすのはいつものことだけれど、今日はとある計画のため、セレーネはずっと落ち着かない様子だった。

「セレーネ、そんなにそわそわしていても、時間は早く過ぎるわけではないわ」

「そうですけど、楽しみで」

「楽しみは、焦れた後の方が大きくなるかもしれないわね」

うう、と子供っぽく唸り、自分でそれに気づいたらしくセレーネはフェリーチェを抱きしめて、密度の高い冬毛にぎゅっと顔をうずめた。

「僕も、セドリックみたいにレースを編んだら、時間は早く過ぎるでしょうか」

セレーネの向かいですいすいとかぎ針でレースを編んでいたセドリックは、急に水を向けられて曖昧に笑みを浮かべる。

「そちらが楽しくて、階下に行きたくなくなるかもしれないわよ?」

「楽しいことが一杯だなんて、すごく贅沢じゃないですか」

そうは言っても、体はひとつしかないのだから複数の趣味があっても結局どちらかを選ぶしかない。セレーネが言いたいのは、それくらい待つ時間が長く感じるということだろう。

「少し早いけど、もう始めましょうか」

「! はい!」

わん! とセレーネにつられたようにひと吠えして、フェリーチェもぐるぐると団欒室の中を走り回るけれど、手のひらで制するとぴたり、と足を止める。

ゴドーはしっかりと躾をしてくれたらしい。

窯がある関係で、領主邸でもっとも暖かい場所は厨房であり、今日も中に入ると部屋全体が暖められているようなじんわりとした温もりに包まれていた。

真冬でも安定してパンが焼けるのも、この厨房の暖かさが一役買っている。

「メルフィーナ様、もう始めるんですか?」

「ええ、セレーネが待ちきれないみたい」

「姉様、意地悪です」

少し唇を尖らせて下からちらりと睨みつけられたあと、セレーネはエドに歩み寄る。

「エド、今日はよろしく頼む」

「はい、おまかせください!」

セレーネが食堂で皆と食事を摂るようになって、数日が過ぎた。

立場上孤食に慣れているだろうセレーネが戸惑わないか、最初は心配していたものの、それ以前にしばらくメルフィーナと食事を共にしていたので多少は人との食事にも慣れていたらしい。思ったよりもあっさり、セレーネも食堂に馴染むことが出来た。

現在、領主邸の食事は基本的にエドが作り、アンナがその手伝いに入っている。メルフィーナも時々参加することはあるけれど、メインはエドが行っていて、最近は食材の買い付けや厨房に関することも取り仕切るようになってくれた。

料理人や給仕と言葉を交わし、厨房から続きにある食堂で食事をすることで、セレーネも作る方に興味を持ったらしい。何か手伝ってみたいと言われたので、折角なので新しい料理を作ることにした。

「まず粉を計量して、ボウルに粉と水、塩、豆油を入れて、練っていくわ。最初はへらでまとめて、馴染んだら手で練るとやりやすいわよ」

セレーネに粉をカップで計ってもらい、エドが手際よく粉をまとめていく。この辺りはパイやキッシュの皮などと工程が近いので、手慣れたものだ。

「あまり練りすぎると粘りが強くなってしまうから、ある程度まとまったら丸めて、しばらく生地を休ませましょう」

三十分も寝かせればいいだろうから、その間にソースを作ることにする。

「 大蒜(にんにく) と玉ねぎをみじん切りにしていくのだけれど、セレーネには、刃物は危ないわね」

「僕、すごく気を付けます! やらせてください姉様!」

「でも、指でも切ったら……」

この一か月で、セレーネの貧血は随分改善し、血の気が引くこともほとんどなくなっているけれど、怪我や出血に対しては多少過保護な気持ちになってしまう。メルフィーナのそんな躊躇を感じ取ったのだろう、いつも素直で愛くるしい様子のセレーネは、いつになく強く言ってくる。

「僕、男ですよ。ちょっとくらい怪我しても大丈夫ですし、それに、同じ年のエドがやっているのに、僕が出来ないのは恥ずかしいです」

「そうね……」

エドは今でこそ「才能」の片鱗を見せるほど腕が上がっているけれど、この春にエンカー地方に来るまでは料理をしたことは無かったと言っていた。セレーネとのブランクはせいぜい8カ月というところだ。

エドとセレーネでは身分が違い過ぎるし、出来ることと出来ないことがそれぞれあるのも当たり前ではあるけれど、エンカー地方の領主邸という小さな屋敷の中のことだ、同い年の少年二人の距離がとても近くなっても、それは仕方がないだろう。

「じゃあ、決して怪我をしないように、気を付けると約束してね?」

「はい!」

玉葱は目に沁み、大蒜は匂いが強いのでエドに任せて、夏の間に作ったドライトマトをカットしてもらう。

生来大きすぎる魔力で体が弱い状態が続いていたセレーネは、刃物自体を握るのはこれが初めてなのだろう、非常に危なっかしい様子ではあったけれど、なんとか指示通りトマトをカットし終える。

「これをお湯とビネガーを少し入れたもので戻していくわ。別のフライパンで大蒜と玉ねぎを炒めて、玉ねぎが透明になってきたら、煮汁ごとトマトをフライパンに移して、蓋をして弱火で十五分ほど煮て、それが終わったら煮汁が無くなるまで煮詰めていき、最後に塩を足して味を調節してソースの完成よ」

「姉様、指がいい匂いがします」

「食べ物を調理すると匂いがついちゃうのよね。食材に触れた後は指を舐めたりしないで、都度手を洗うようにしてね」

ドライトマトや野菜などはともかく、肉や魚などは細菌汚染や寄生虫感染の可能性もゼロではない。領主邸を後にした以後、セレーネが料理に触れる機会があるとも思えないけれど、成人すれば魔物との戦いに赴く状況も、不衛生な場所で食事をすることもあるはずだ。

手を洗ったり、拭いたりする習慣がつくのは健康面のためにも良いだろう。

トマトソースの匂いが漂い始めた厨房で、ソースの世話はエドに任せ、生地を均等に分けて丸めていく。それが終わったら伸ばし棒で伸ばし、平たい生地に成形していく。

「平焼きパンのような形ですね」

「形は似ているけれど、仕上がりは全然違うわよ」

石窯に火を入れてもらい、予熱をしている間に生地を作り終え、完成したソースを塗れば基本のピザの出来上がりだ。

ここに、それぞれが好きな具を足していく。

「好みの具を載せていって、最後にチーズを掛けてね。私のお勧めはベーコンかフランクフルトを薄く切ったものだけれど、ピーマンや香草もいいアクセントになるし、野菜を載せてボリュームを出すのもいいわ」

チーズもモッツァレラと、熟成が進みつつある丸型のチーズをひとつ用意した。まだミモレットやパルミジャーノ・レッジャーノのようなハードタイプのチーズになるには熟成期間が短いけれど、表面が濃い黄色から淡いオレンジに変化して、中々美味しそうになっている。

思い思いに生地の上に具を載せている間に、チーズをカットして「鑑定」を掛けてみる。雑菌や病原性細菌の繁殖がないことを確認し、一切れ試食してみた。

外側は水気が抜けてねっとりと硬い感触になっているけれど、内側はまだ少し柔らかい。乳と塩の混じったところに熟成によるアミノ酸のうまみが加わり、コクが増している。

――美味しい、これでも十分、販売に足る味だわ。

まだ癖が出ていない分、濃いチーズの味が好きだと物足りないかもしれないけれど、これはこれで万人に受ける味だろう。色々な料理にも合うだろうし、シンプルに蜂蜜を垂らしても、絶対に美味しいはずだ。

チーズは現状、修道院が販売して貴族が食べるものだ。販売するとなると、どうしても貴族相手になり、可搬性を高めるためにはハードタイプになるまで熟成を進めるしかない。

――あとは、カットしてオイルを充填して瓶詰にするか、量産して単価を下げて、購買力がそれほど高くない層にも安価で食べられるようにするかね。

前者はさらにコストがかかるけれど、保存が出来る上に好きな時に食べることができる。

後者は、今の時点では時期尚早だろう。

「姉様、具を並べ終えました」

「じゃあ、チーズを選んでね。モッツァレラと、この新しいチーズ、どっちも美味しいと思うわ」

「両方ではいけませんか?」

セレーネの言葉に一瞬虚を衝かれ、ふわりと笑う。

領主邸に来たばかりの頃は、出した膳にほとんど手を付けない日も多かったというのに、セレーネもすっかり食いしん坊になった。

「そうね、それも絶対美味しいわ」

「では、両方がいいです!」

モッツァレラと丸チーズをどちらも細かくカットして、生地に載せ終えたら持ち手の長いへらに乗せ、予熱を終えた石窯に入れる。

「すぐに焼き上がるから、時間に気を付けて。大体60から90を数える間で、それ以上は焦げてしまうから」

「はい! いち、にー、さん」

「よん、ごー、ろく、しち!」

エドが声を出して数を数えるのに、セレーネも続く。少年たちの微笑ましい様子に、ついつい笑みが浮いてしまった。

「エド、クリフ。貯蔵室からエールの小樽を持ってきてくれる?」

「はい、すぐに!」

漂い出したチーズの焼ける匂いに、二人はそそくさと厨房を出て行く。焼き上がったピザは素早くテーブルに並べられた。

石窯の高温で、チーズの表面はやや茶色みがかった色に焼けている。温まったことでチーズや肉類の香りが立って、それが混じり合い、なんとも食欲をそそる匂いが漂っている。

「すごい、すごい! 美味しそうです!」

「カットして、皆で交換して食べましょう。ピザにはエールがすごく合うのよ」

メルフィーナとセレーネ、エドにはお茶を冷ましたものを、他のメンバーはエールをそれぞれカップに注ぐ。ささやかに乾杯し、まずはメルフィーナが切り分けたピザを一枚取り上げた。

無発酵の焼き立ての生地はぱりぱりとしていて、いわゆるクリスピータイプのピザである。酸味のあるトマトソースにねっとりとした焼けたチーズの香ばしさと、スモークしたベーコンの甘い脂の味が合わさって、なんとも贅沢かつジャンクな味になっている。

「うん、すごく美味しいわ」

「僕もいただきます」

セレーネが丸いチーズが多めに載ったピザを取り上げ、ぱくりと口に入れる。その途端、ぱっ、と青い瞳を輝かせた。

「! すごく美味しいです!」

「みんなもどうぞ、ピザは熱いうちに食べてこそよ」

めいめいに手を伸ばしてピザを口にし、それから華やいだ表情を見せる。熱いピザで火傷しかかったところにエールを飲み干す快感はたまらないものだ。

「姉様、僕たちはエールはいけませんか」

「領主邸のエールは酒精が強いから、まだ体が成長しきっていないうちはよくないの。お茶で乾杯しましょう」

木製のカップを掲げると、セレーネはとん、と自分のカップをぶつけ、それからエドに向き直る。

「エドも、乾杯」

「あ、ええと」

「エド、カップを掲げて」

慌てて自分のカップを持ち上げたエドに、セレーネが笑ってカップを当てる。メルフィーナも同じように、エドと乾杯を交わした。

「お茶も美味しいです、姉様」

「載っている具によっても味が違うから、色々と食べてね」

「はい!」

――ピザとエールときたら、次はフライドチキン……チキンナゲットもいいわね。

ラードでも揚げ物は出来るという知識はあるけれど、まだ試したことがない。廃油はコンポストに回せるし、次はやってみようか。

それからコールスローのサラダと、ジャガイモが採れるようになったら、フライドポテトも付けたいところである。

「メルフィーナ様、ピザというのは、とても美味しいですね」

「ええ、春には春の、夏には夏の具を載せて季節ごとに楽しむのも、いいと思うわ」

「やっぱり、エンカー地方に美食家が来たら、最低一年は離れられませんね!」

みんなの笑い声が食堂に響く。

とある冬の日の、ありふれた、そして幸福な領主邸の一日だった。