軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

567.お祭りと結婚式と隅っこの誓い

よく晴れているということもあり、祭りの会場は華やかににぎわっていた。

メルフィーナが領主として初めての春祭りの開催を祝う挨拶を行うまで、領主邸の振る舞いや露店の販売が始まらないことになっているが、花の下で顔見知り同士わいわいとお喋りをするだけでも楽しいのだろう。すでに木の根元に腰を下ろして持参したエールを飲み始めている者もいて、花見の典型的な楽しみ方という風情である。

急ごしらえの壇上にアレクシスのエスコートで上がり、手を放す。周囲に人が集まってくるもののマイクなどはないので、自然と声を張ることになった。

「この三年、色々なことがありましたね」

柔らかな春の暖かな日差しの中、そう言葉を放つ。みな自然と笑顔がこぼれていて、とてもいい日だ。

「三年前、まだメルト村という村はなく、ここが僅かな麦畑と豆と芋を作る畑の他は、冷たい風が走る土地だったことを、覚えている人も多いと思います」

その言葉に、賑わいがメルフィーナを中心に鎮まっていく。

発展に伴い新たに加わった人々も多いけれど、大多数は元々この土地で開拓を続けていた農民か農奴の出身者が多い。見渡すだけでも当時からメルフィーナに協力して働いてくれた人たちの顔が揃っていた。

「長い寒さに耐え、冬を越えて、日々の勤めを果たす私の領民を、私は心から誇りに思います。今日、皆で春を祝う日を迎えられたことを心から喜びます。開拓の厳しさ、難しさはここにいる全ての人が理解しているでしょう。エンカー地方はこれからも、どんどん変わっていくと思います。ですが戸惑いも喜びも、皆で共に分け合い、来年も、その先も、こうして花が咲けば集い、春の訪れを祝いましょう」

この土地を良くしていくのだという心は、ここにいる人々の願いであり、多くを失ってきただろう彼らの祈りでもある。

メルフィーナに知識があっても、実際に土地を耕し、苗を植え、手を土で汚してきたのは領民たちだ。

彼らがいなければ、成し遂げられなかったことばかりだった。

マリーがエールをついだゴブレットを用意して、メルフィーナに渡してくれる。それを受け取り、ゆったりと布を使った袖を片手で押さえて、空に向かって掲げる。

「去年、エンカー村で収穫した麦から造ったエールです。今年も実り多い年であることを祈り、皆が健康で、幸福であることを祈り、メルト村初めての春祭りを始めます。みんな、今日は春の訪れを大いに祝い、新たな門出を祝福してください!」

メルフィーナが最初の一杯のエールに口を付けたことで、わっ! と歓声が上がる。

「メルフィーナ様!」

「メルフィーナ様、万歳!」

「メルト村万歳!」

歓声に手を挙げて応えながら壇上から下りると、場は一気に祭りの熱気が広がっていく。メルト村村長のニドや彼を支えている周囲の人々と軽く言葉を交わし、一日を楽しむように告げて領主邸の振る舞いの屋台に向かうと、すでに長蛇の列だった。

「みんな、お疲れ様。調子はどうかしら」

「メルフィーナ様! 今は大丈夫ですが、この勢いだとエールが足りなくなるかもしれません」

いつものメイド服を着て差し出されるカップにエールを注ぎながら、アンナが焦った声を出す。

領主邸のブースにはエドとクリフ、アンナの他、アンナの下についているメイド二人がくるくると忙しそうに働いていた。

今年の領主邸のスープはベーコンの切れ端をたっぷりと使った豆とキャベツのスープと、鳥の骨ガラで出汁を取ったポロ葱と芋のスープの二種類になった。どちらも庶民の間では比較的ありふれたレシピだけれど、エドが大鍋で煮込んだスープはなんともよい香りを放っている。

「ラッドが適宜運んできてくれることになっているけれど、そうみたいね」

頬に手を当てて、苦笑する。エンカー地方ではいわゆる領主邸のエールはエンカー村の直売所で購入が可能だけれど、領主の振る舞いとなるとまた特別感があるのだろう。

「列を乱して喧嘩にならないように、よく見ていてね。折角のお祭りの日に水を差したりしないように」

巡回の兵士に声を掛け、薄紅色の花の下、ゆっくりと会場を進む。普段ならば顔見知りの領民に声を掛けられ子供たちに取り囲まれているところだけれど、今日はアレクシスと腕を組んでいるせいか、大人はおろか子供たちまで寄ってこなかった。

秋は、移動が始まる商人たちが売れ残りを減らそうと盛大に行商の荷物を広げるけれど、まだ春が始まった今の時期はエンカー地方で食べ物を扱っている屋台の出店や、領内に長期滞在している商人の店が多い。買い物を楽しむというより、外で食事をしながら花を愛でるのがメインになっていて、ゆったりと歩きながら子供たちの歌声や華やかなお喋りの声がそこかしこから聞こえて来た。

「ウィリアム、何か食べたいものはある?」

アレクシスとは反対側で手をつないでいるウィリアムに尋ねると、彼は目を輝かせ、周囲をきょろきょろと見た後、あれを、と屋台のひとつを指した。

鉄板の上で串に刺したフランクフルトの表面を炙ったものを売っている屋台である。ちょうど列が途切れたところだったので、二つ購入して片方をウィリアムに渡し、もう片方は自分でパクリと口にする。

表面がよく炙られていてパリッとした歯ごたえと、中の肉のむっちりとした感触と適度な塩気のバランスがいい。串が刺してあるので皿を持参する必要もなく、食べ歩きにはもってこいの調理法だ。

育ち盛りのウィリアムはともかく、メルフィーナには少し量が多いと思っていると、隣のアレクシスが愕然としたような顔でこちらを見ていることに気づき、首を傾げる。

「? 美味しいわよ。あ、あなたも食べる?」

「いや、私は……」

「すごく美味しいですよ、伯父様!」

ひょこ、とメルフィーナの隣で顔を覗かせたウィリアムは、すでに一本食べきったらしい。まだ半分ほど残っているメルフィーナの串に視線を向けて、アレクシスはこくりと頷いた。

「……いただこう」

「食べ掛けが気になるなら、新しいものを買うけれど」

「それでいい」

「あ、お行儀が悪かったかしら……」

アレクシスもエンカー村の屋台で買い物をして食べたことはあるけれど、あの時はちゃんとテーブルに着いて食べていた。彼の中に歩き食いの文化が無いのは、考えてみれば当たり前かもしれない。

「いや、そういうことではない。なんでもない。気にしないでくれ」

妙に歯切れの悪いアレクシスに首を傾げたものの、もう一度何でもないと言われて残りの串を食べきってもらう。メルフィーナには量が多かったので助かったけれど、アレクシスの白い頬がいつもより赤くなっているのが少しだけ気になった。

のんびりと周囲を見て回り、時々ウィリアムやアレクシスと屋台の食べ物を分け合って、平和に祭りを楽しんでいる光景を堪能する。一度領主邸のブースに戻って食休みをしていると、エンカー村の広場の鐘楼から、正午を告げる鐘の音が響いてきた。

「そろそろね。ちょっと領主のお仕事をしてくるわ」

メルフィーナが立ち上がると、アレクシスも自然と隣についてくれる。マリーとセドリックに、ウィリアムと一緒にいてくれるように声を掛けて、普段は農作業の休憩所に使われている少し拓けた場所まで移動すると、すでに準備は万端に整っていた。

「メルフィーナ様、今日はよろしくお願いします!」

まだ若い――メルフィーナより二つ三つほど年下の少女に満面の笑顔で言われ、その隣で緊張顔の青年が深々と頭を下げる。この時ばかりは隣のアレクシスにめげずに子供たちがわらわらと寄ってきて、籠に盛った花冠を渡してくれた。

似たような男女の二人が何人も揃っていて、みな普段よりおめかしをしている。男性の胸と女性の腰帯には、それぞれエンカー村で作られた花飾りがお揃いの色で華を添えていた。

春は結婚の季節でもある。今年、エンカー村とメルト村で縁談のまとまった者たちと、祝福に駆け付けた家族や親類、祭りに参加して通りかかった人たちなど、たくさんの人でにぎわっていた。

「二人とも、おめでとう。幾久しく、健康で、仲良く、多くの恵みが二人に降り注ぎますように」

花嫁の頭に載せるのは、村の子供たちが編んだ花冠である。お揃いの花で作ったコサージュを花嫁に渡すと、それは彼女の手で新郎の胸の花飾りの傍に飾られた。

「ありがとうございます、メルフィーナ様!」

「ありがとうございます! きっと彼女を守り、幸せにします!」

今年、エンカー地方で結婚が決まったのは二十名、計十組のカップルだった。エンカー地方には教会がないので、彼らを祝福するのは領主であるメルフィーナの役割である。

おめでとう、幸せに。祝福の言葉を繰り返し、花嫁に花冠を載せ、子供達から追加の花冠を受け取った。

「メルフィーナ様、これがさいご、です」

「ユディット――あなたも花冠を編んでくれたの?」

紺色の髪を肩で揃え、金の瞳をした少女――ユディットは、こくこくと頷いた。昔に比べると随分言葉が増えたけれど、それでもまだ喋るより頷いたり首を横に振ったりするほうが楽らしい。

「ありがとう。とても上手に編めているわね」

その言葉にユディットは、目を細めて笑う。

その表情に、今日は領主邸で留守番をしていると言った大神官の面影を見て、微笑む。

彼女も来ればよかったのにと思ってしまうのは、きっと自分の勝手な感傷なのだろう。

最後の花嫁に花冠を被せ、祝福の言葉を告げて、彼らはそれぞれ、祝いにきた親族たちの元に戻っていった。

歌や手拍子の音に合わせて、新郎と新婦がダンスを踊っている。以前アンナが言っていた、結婚式のダンスなのだろう。

「――みんな、幸せになってくれればいいわね」

元気に、健康に、そして幸せになってほしい。苦難は少なく、実りは多い、そんな人生であってもらいたい。

「――私たちも参加するか?」

「え?」

不意に、アレクシスに声を掛けられて隣に視線を向ける。いつも通り、彼は真面目で感情が読みにくい表情だった。

「あ、結婚式のダンス? いえ、あれは結婚したばかりの二人が踊るものよ。私たちは、とっくに」

結婚式もしたし、誓いのキスだってした。

とても冷たい口づけだったし、その後、愛する気はないなんて言われてしまったけれど。あんな風に笑い合って、未来に希望しかないように寄り添い合ったものではなかったけれど。

それももうとっくに過去のことだ。

「その……」

組んでいるのとは逆の手を差し伸べられて、おずおずと手を重ねる。

庶民のダンスはメルフィーナにも、きっとアレクシスにも、馴染みのないものだ。

けれど、向かい合って、見つめ合って、けれどそれだけで十分だった。

「幾久しく、健康で、寄り添い合い、多くの恵みが君に降り注ぐように。君に、生涯の愛を誓う」

「――ありがとう、アレクシス。ずっと元気で、一緒にいて、あなたと沢山の恵みを共に分かち合えますように」

薄紅色の花の下、賑やかな結婚会場の隅を借りて、小さく誓い合った。

それは長く、毎年花が咲くたびに、二人でそっと手をつないで思い出す約束になった。