軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

539.幼い心と周囲のやっかみ

「それでね、リッカの実はそれまで渋くて食べられなかったんだけど、メルフィーナ様が食べ方を考えてくれて、今では家で育てている人もいるんだ。ゆっくり干すと、しわしわになって、甘くなるんだよ」

「リッカの実か。あの鮮やかな夕暮れの色の実だな。南部の森にも生えていて、同じように干して食べる。薄くスライスして、オイルを掛けてそのまま食べたり、肉料理に合わせたりするな」

「へえ! 元々南部の食べ方なんだね!」

「果実は貴族も好む食べ物だからな。むしろ平民の口には、中々入らないはずだ」

この辺りでは元々リッカの実を食べる習慣がない――というより食べ方を知らなかったらしい。

開拓地で開拓民や農奴しかおらず、そうした知識を持つ者が長年いなかったのが大きいのだろう。その他にもメルフィーナはこの土地にある色々なものを食べる方法を教えていったらしい。

他にも排泄する場所を限定的にし、荒れ地を焼いて灰を撒き、畑地を増やして作る作物を段階的に回していくという南部でよく取られている方法をこの地にもたらしたそうだ。

「それまでは、みんな朝起きたら夜になるまでずっと働いていたけど、メルフィーナ様がそれだとダメだって、必ず休憩を入れるようにって言って、今はお昼と午後は一回ずつお休みを取るようになったんだって。お茶もね、今では飲むのが当たり前だけど、メルフィーナ様が来るまではそんなにお水も飲まなかったのにってお父さんは言うんだよ」

「水を飲むのが、そんなに大事なのか?」

「すっごく大事なんだって! 特に夏は、皆でお水を飲んだか声を掛け合うようにって言われてるよ」

「ああ、だから村や畑を見回っているときに、何かを飲んでいる姿をよく見たんだな。エールを飲んでいるかと思っていたんだが」

昼食はともかく、休憩の合間に茶を用意するのは、貴族の文化だ。商人や職人も、休憩を取ってお茶を飲むようなことはしないし、まして農民にそのような習慣を根付かせて、領主が得することなどひとつもない。

だが、そうした下へのねぎらいは、人心を掴むだろう。特に辛い開拓時代にそのような習慣を根付かせれば、休憩し茶を飲むたびにその習慣をもたらした者を強く意識するはずだ。

ルドルフは鐘楼を見せてはどうだすごいだろう、港を見せてはどうだ素晴らしいだろうと胸を張るけれど、レナの話からはメルフィーナがどうやって人の心を掴み、この土地の人心を支配していったのかがよく伝わってくる。

鐘楼も港も、大きな予算と腕のいい職人がいればできるものだ。むしろこうした人の心を掴むやり方をこそ、姉から学んでほしいものだと思う。

「レナは、いつからメルフィーナ様にお仕えしているんだ?」

「ええと、ちゃんとお仕事するようになったのは去年から! でもその前から、クローバーの種を集めたり、子供ができるお仕事はやってたよ」

メルフィーナは平民・農奴を問わず子供にも仕事を与え、それに対する報酬を払っていたらしい。

聞けばどれも他愛ない、子供でもできるような仕事だったけれど、兵士や役人だけでなくメルフィーナが直接引率をすることもあったのだそうだ。

「みんなね、メルフィーナ様が大好きなの! だから……」

それまで明るい表情でメルフィーナのやってきたことを喋っていた少女は、言いかけて、ふと言葉を詰まらせた。

「どうした?」

「お母さんは、領主邸で初めて雇われた女の人だったの。だから、その頃からレナとお兄ちゃんはよく領主邸に来ていて、他の子よりメルフィーナ様ともお喋りできることが多くて」

「ああ」

「レナは、メルフィーナ様のお仕事のお手伝いができて、すごく嬉しい。たくさん役に立ちたいなって思ってる。でも、メルフィーナ様を好きなのはレナたちだけじゃなくて、村のみんなも、みんなメルフィーナ様が好きなの」

レナの表情は沈み、先ほどの勢いとは裏腹に、言葉を選ぶようにぽつぽつと話す。

「冬の間はメルフィーナ様はあんまり村に来られないし、視察に行ってもお仕事だから、子供と遊べる時間はあんまり長くなくて、だから、レナはずるいって言われちゃった」

そう言ったのは、おそらく村の子供なのだろう。

クロフォード家がメルフィーナに付けた侍女やメイドたちは、北部に嫁いですぐに南部に送り返されてきたと聞いたことがある。

レナがエンカー地方の村長の娘で、その母がこの城館の最初の女性使用人だったのは、身の回りの雑用を行う女性が必要だったからだろうとエリアスは思う。

貴族の使用人は、その性質上貴族と触れる機会も多い。そして貴族の中には使用人を動く家具のように扱う者もいれば、それなりに親しく振る舞う者もいて、それは個々人の性質に大きく左右される。

メルフィーナがどちら側として振る舞っているかなど考えるまでもないし、使用人の子供にも優しく接しているだろうことも想像に難くなかった。

そうした特別扱いは、心地よいものだ。だがそれによって周囲がどんな反応をするかも、おおむね想像がつく。

誰だって、特別な人の特別な相手になりたいのは同じだ。何かの幸運でそれを掴んだ相手に、ほんの少し違えば自分があそこにいたかもしれないと思ってしまうものなのだろう。

「私は、君くらいの年からルドルフ様に仕えているんだが、やはり同じように言われたよ。お前はズルいって」

「エリアス様も?」

「ああ。まあ、私は足りないところだらけだから、言われても仕方がなかった。追いつこうと努力はしたが、いつも失敗してばかりだったからな」

分け隔てなく声をかけ、太陽のように笑い、屈託のないルドルフは、南部の同年代の少年たちの間では幼い頃から自然と中心的人物だった。

エリアスのように活動的とは言えず、少年たちの輪から少し浮いているような自分がルドルフに直接仕えていることも、秋の終わりから春にかけてを王都で過ごすルドルフに随伴を許されていることも、激しいやっかみを受けたものだ。

ルドルフに言ったことはないが、そうした感情から嫌がらせを受けたこともあった。

子供には子供なりの誇りというものがある。きっと、この少女も周りからどう言われたのか、メルフィーナに伝えることはしないだろう。

「ルドルフ様、エリアス様のこと大好きなのに?」

「はは、最近はどんどん、嫌われている気がするよ」

ここ数日のルドルフの苛立ちは、肌にピリピリと感じるほどだ。

北部にいる間はメルフィーナの目を憚り大きなトラブルになることはないかもしれないけれど、南部に戻れば成人を迎えたルドルフはクロフォード家の領地のひとつに封じられることになるだろう。

エリアスもついていく予定だけれど、その前に側仕えから離れるように言われてしまうかもしれない。

「ううん、大好きだよ。大好きだから何でわかってくれないのって思うんだよ。大好きだから、自分と同じものを好きになってほしいなって思うの」

拙い言葉を組み合わせて必死に慰めようとしてくれる少女に苦笑して、小さな少女の頭を撫でる。自然とそうしてみたけれど、子供の頭を撫でるなど柄にもないことをしてしまったと慌てて手を引っ込めた。

「君は、子供なのにすごいな。メルフィーナ様が可愛がるのも、分かる気がするよ」

「えへへ、

でも、レナはずっとはメルフィーナ様の傍にいないと思う。メルフィーナ様は大好きだけど、レナは遠くに行くんだ。でもお兄ちゃんはずっとここにいて、メルフィーナ様の傍で働くんだって。だからエリアス様も、ずっとルドルフ様の傍で働けるといいね」

奉公や嫁入りにはまだ早い年齢だけれど、村長の娘となれば大きな街にある商家や貴族への奉公も決まりやすいだろう。特に女の子は、行儀見習いとして早いうちに家を出ることも少なくないので、レナにもすでに奉公の話が出ているのかもしれない。

クロフォード家にも、実家であるアイゼンハルト家にも似たような子供は何人もいた。

「たまに帰ってくればいいさ。どこにいたって、君が生まれた土地はここなんだから」

「うん!」

レナは元気よく言って、その後は領主邸で出る料理の中で何が一番好きか、でも結局母親がつくる料理が一番おいしいとか、妹が可愛いというような他愛のない話に終始した。

「あ、そろそろ行かなきゃまたお兄ちゃんに怒られちゃう! おしゃべりしてくれてありがとう、エリアス様! またね!」

そうして、現れたときと同じだけの唐突さで小さな手をぶんぶん振って、立ち去っていった。

気が付けば、地面を見下ろして鬱々としていた気持ちが大分軽くなっている。

――大好きだから、同じものを好きになってほしい、か。

物の道理を知らないからこそ、レナはとてもシンプルだ。

そうできたら、ルドルフに伝えられたら、どれほど良いだろう。

どうだ、私の仕えるクロフォード家のご令嬢は、私の主人の姉君は素晴らしい方だろう。輝かしい方だろう。

そう胸を張ることができれば、どれほど。

「――少し、外に出てみるか」

折角、不意に現れた春の風のような少女が鬱屈を吹き払ってくれたのだ。また鬱々とするのはもったいない。

かといって部屋に戻って一人でいれば、物思いに囚われてしまうだろう。城館内をウロウロすることは憚られるが、ルドルフは好きに過ごせと言っていたのだから城館の外を少し歩いて回るのも、いいかもしれない。

ベンチから立ち上がり、背筋を伸ばす。

空は相変わらず曇天だけれど、先ほどよりは軽くなった心を抱えて、エリアスは歩き出した。