軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

530.マカロンの色と乙女心

ベロニカが言うように、こちらの世界では、王侯貴族が愛人を囲うことは別段珍しいことではない。

血の正統性を確保するため、令嬢は純潔を求められる反面、最初の男子を産んだ後は夫次第とはいえ、ある程度恋愛を楽しむ風潮も確かに存在している。

その最たるものが宮廷風恋愛と呼ばれる騎士と貴婦人の繋がりであり、あくまで精神的なものとされているもののそれにとどまらないカップルもいるだろう。

夫側も、優秀な騎士を自領につなぎとめるためにある程度黙認することもあれば不貞による告発を行うことも、不倫が露呈した妻が合意ではなく無理矢理関係を持たされたのだと訴えることも、また、騎士の側からそれを否定されて決闘騒ぎに発展することもある。

「でもさ、一人の女の人がそんな色んな男の人と付き合ってて、トラブル……ええと、問題は起きなかったの?」

マリアの疑問はもっともだ。愛する人は独占したいという感情は、メルフィーナにもよく分かる。

アレクシスがそんなことをする人でないと信じているし、それが貴族の習いであったとしても、彼が外に女性を囲うような真似をすれば、きっと嫉妬してしまうだろう。

「建国の乙女はとても天真爛漫な方でいらしたので、周りも仕方がないという様子でした。本当に悪気を感じない方でしたし、人を貶したりあら探しをするようなところは少しもなくて、仕えやすい主人であると侍女や召使いたちにもとても好かれていました」

「あ、性格はよかったんだ」

ベロニカも建国の乙女に対する印象はよかったのだろう。苦笑交じりではあるもののその言葉は過去を懐かしむようなものであり、苦い過去を振り返るような様子はなかった。

「マリア様の傍におられる方はお分かりになると思いますが、乙女の力というのは絶大なものです。思慕や愛情ももちろんあると思いますが、病を治め、明るく笑っている乙女に対して崇拝や庇護欲に似た感情もあったのだと思います」

その陰には自分と同じ名を持つ公爵夫人がいたのだろうし、第一王子であるヴィルヘルムの妹ビクトリアや、ユリウスの婚約者キャロラインに相当する女性もいたのではないだろうか。

彼女の振る舞いが誰も不幸にしていなかったわけではないのだろう。

なんとなく複雑な気持ちになっていると、マリアが脱力したように、しみじみと言った。

「建国の乙女って、本当に私とは全然違うね。私なんかあちこち抜けっぱなしだから、ちやほやされると却って居心地が悪くなりそう」

「マリアはマリアのままでいいわよ。むしろ、それで助かったわ」

「聖女様が降臨する二年ほど前から、神殿と教会が随分穏やかではない様子でしたが、聖女様が来ることを予想していたんですよね?」

色恋の話には興味がないらしく、ユリウスが話を変える。正直落ち着かない話ではあるし、マリアも話題が変わったことにほっとした様子だった。

「はい、戦争や意図的な降臨はともかく、飢饉や災害などで自然に聖女様がこられる場合、ほぼ予想ができますので」

「……ああ、なるほど。乙女の周囲にいる人々は皆、名前も立場も似ているようですから、それを目印にしているのですね」

ユリウスの言葉にベロニカは苦笑し、一拍置いて頷いた。

「今回は、二十八年前、オルドランド家に閣下が誕生した折に、乙女が来るのだと確信しました。閣下の母君は北部の神殿で公子をお産みになったので。その場で「祝福」をさせていただきましたので」

「あれ、その場にベロニカがいたってこと?」

「「祝福」を行う神官は、ある程度神聖言語を学んでいます。意味は理解できずとも、文字の形が他の方とは明らかに違いますので。最後の部分が別の文字に置き換わっていれば、それが未来に乙女が降臨する指標となります」

そうして明らかに他と違う表記がある者は、年頃になれば改めてベロニカかアインが「祝福」を行うことで確認するのだという。

アレクシスは攻略対象の中で最も年上だ。

もしこの世界がハートの国のマリアのシナリオを繰り返しているのなら、北部の公爵家にアレクシスかそれに似た名前の子供が生まれ、「鑑定」を行って他の人々と違う文字が現れた場合、この世界のことを把握している組織には後に聖女が訪れることがわかるわけだ。

「もしかして、「祝福」はそのために行っているのですか?」

この世界の貴族はほとんど全員が年頃になれば男の子は教会で、女の子は神殿で「祝福」を受ける。教会と神殿のトップが道を同じくする者同士であり、不仲は対外的なポーズだというのなら、その可能性もあるのではないか。

だがその疑念は、ベロニカによってあっさりと否定された。

「いえ、それは後から思いついた利用法です。元々は、寄る辺のない、特に女性を守るための口実のようなものでした」

「女性を、ですか?」

「はい。早くに両親や結婚相手を失うと、女性は行き場を失くし辛い思いをする時代が長く続いたので、それをどうにかしたかったのです。孤児や未亡人の女性であっても、神殿が特異な「才能」があると保証すれば、奉公や結婚、再婚に有利になる時代もあったので」

そうした流れは時代が進むにつれて神殿の外郭組織に直接保護する形に変わっていき、神殿から修道院が生まれることになったのだという。

「修道院が孤児院を併設しているのが多いのは、そういう時代があったからなのですね」

「はい。今でも「才能」の有無で奉公先に恵まれる子は多いのです。とはいえ、私も全ての「才能」が読み解けるわけではないので、不明な「才能」も多いのですが」

「「才能」があってもそれが何か分からない子も少なからずいる、ということですね」

「はい。ですので「才能」はあくまで向き不向き程度であるという風潮を作ってきました。よほど特殊な「才能」――例えば「剣聖」のようなものは、どうしても目立ってしまいますが」

背後に立つセドリックがどんな表情をしているのか、振り返って確認するのは野暮というものだろう。

こうして不意に、自分や親しい相手につながるような話題が出てくるから、ベロニカとの会話は時々肝が冷える。

「私がこの世界に来ることは、二十八年も前に決まってたってことだよね」

憂鬱そうにマリアがぼやくのに、手を伸ばしてその肩をポンポン、と叩く。

あちらの世界とこちらの世界が同じ早さで時が流れているとは限らないけれど、今年十七になったばかりのマリアには、愉快な話ではないだろう。

最初の目的はともかく、乙女の身の回りにいる人々の類似性から、その存在が出現したことで乙女の降臨を予想し、実際に調べ上げる仕組みをベロニカは作ったことになる。

改めて、一人でそんな組織を作り、維持しているベロニカという女性に畏怖を覚える。

相対して話している分には鷹揚で寛容な貴族の女性という雰囲気だ。けれど彼女の歩んできた道の長さを思えば、それだけの人の訳もない。

「建国の乙女は、ある意味とても乙女に向いている方だったようですね。他の乙女のように心を病むこともなさそうですし、魔物の討伐に積極的ではなくとも、乙女が存在するだけで豊作や健康が促進されるならば、ずっといてくれるほうがこの世界の人間としては助かりますし」

ベロニカはユリウスの言葉に頷いて、ふっと息を吐いた。

「その前の乙女のことがありましたので、乙女の精神的な支援については私も気を張っていた部分もあったのですが、マリア・フランチェスカ・モンティーニ様に限ってはこの世界を最大限に楽しんで過ごしているようでした」

そう言って、ふ、ふふ、と思い出し笑いをする。

「そういえば、私も甘いお菓子を振る舞ってもらったことがあります。小さくて、ころりとしたお菓子で、中にバターのようなクリームのようなものが挟まっていて。建国の乙女の得意なお菓子という話でしたが、とても美味でした」

「それって、もしかして、マカロン?」

「ああ、そうです。マカロンという名前でした。――作るのに相当な手間と材料費が掛かりましたが、口に入れると脆く崩れて一瞬でなくなってしまうので、随分贅沢な気持ちになりました」

「あの、そのマカロンの色は覚えていますか?」

「レモンのようなきれいな色でしたよ。私の瞳の色に似せたのだと笑っていました。他の方にもその方の瞳の色に合わせて、同じお菓子を作っていましたね」

「そ、そうなんだー」

マリアが硬い声で言って、ちらりとこちらに視線を向けてくる。

その瞳には明らかに、「ベロニカも粉を掛けられてるんじゃん」と言っている気がした。

マカロンはハートの国のマリアの中に出てくるアイテムのひとつで、攻略対象の好感度を示すバロメーターの役割もあった。

攻略対象の瞳の色のマカロンを渡して、拒絶されたら攻略ルートに入っておらず、受け取ってもらえたら好感度小、その場で食べてもらえたら好感度中、相手から食べさせてもらえば好感度大という流れだ。

ベロニカは言いにくいことでも、聞けばきちんと答えてくれる人だ。

彼女は積極的に愛人のひとりとして求められたわけではなさそうなのに、瞳の色のマカロンを差し出されたことはある。マリア・フランチェスカ・モンティーニが何を意図していたかは分からないけれど、周囲の好感度はきっちり計っていたのだろう。

「なんか、本当に楽しんでたんだね、この世界を」

マリアはしみじみと言い、ベロニカは不思議そうにそうですね、と答える。

「……私も今度、作ってみようかな。メルフィーナ、マカロンのレシピって知ってる?」

「レシピは知っているし材料も比較的手に入れやすいものが多いけれど、着色料が少し難しいかもしれないわね」

「そっかあ……」

マリアが作ったマカロンを、誰に食べて欲しいかは明確だ。

彼女の護衛騎士の瞳の色は藍色で、それだけ濃い色を出すのは少し難しいかもしれない。

――灰色掛かった青は、何から抽出できるのかしら。

ついそんなことを考えてしまい、冷めたお茶を傾けて、ため息と一緒に飲み込むことになった。