軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

524.新しい服と恋の悩み

「そういえばコーネリア、いつもとちがう服だね」

「はい、エリさんからお借りしたのをそのまま着てきてしまいました」

戻ってもいい報せがよほど嬉しかったのだろう、照れくさそうに笑っているコーネリアは、平民がよく着ているリネンの裾の長いワンピースを身に着けている。

一見すると地味になりがちな色合いだけれど、襟から胸元に掛けて生地より一段渋みのあるウォールナットに染めた糸で細やかな花を、白い糸で花を結ぶ茎と葉が刺繍されていて、華美ではないが上品な装飾がされていた。

コーネリアが赤茶色の髪をしているので、全体的な色合いもまとまっていて、とてもよく似合っている。

こちらの世界では布が非常に高価なので、貴族であってもあまり大量のドレスを持つというわけにはいかない。平民はなおのことで、下着兼寝間着の白いシュミーズと、上に着るワンピースを一枚だけ持っているというのも普通のことだ。

その分自分の服に対する愛着が強くなるらしく、エンカー地方の生活が安定した頃から、女性たちは自分や家族の服にそれとわかる小さな刺繍を入れるのが流行していた。

エリはメルト村の村長の妻で、現在はそれなりに裕福な暮らし向きのはずなので、コーネリアに服を貸す余裕もあるのだろう。

「エリは刺繍のセンスがいいわね。布と糸の色使いも素敵だわ」

元々は大きな商家の出身ということもあり、読み書きや計算から裁縫や刺繍といったものも教養の一環として身に付けていたのだという。実際エリの言葉遣いはとてもきれいだし、所作も洗練されていた。

きちんとした紹介人がいれば、貴族の使用人も問題なくこなせるレベルである。

「はい、今度刺繍を教えていただくことになりました」

短い間でもすっかり打ち解けてしまったらしい、嬉しそうに言うコーネリアに「いいなぁ」とマリアのしみじみとした声が重なる。

マリアは刺繍や裁縫にそれほど強い興味を示さない。靴の製作には真剣に取り組んでいたし、今でも時々デザインを考えては彼女の職人と話し合っているし、祭りの時の花飾りは楽しそうに作っていたのでそうした作業が嫌いというわけではないのだろうけれど、どちらかといえば体を動かす方が好きなタイプだ。

「マリア、新しい服を作る?」

ならば思わず漏れた感じの羨望の声は、センスのいい服のほうに掛かっているのだろう。その予想は合っていたらしく、マリアは照れくさそうに笑う。

「あ、ええと。……うん、可愛いのがいいな。たまにはスカートとか」

マリアは時々メルフィーナの服を借りることもあるけれど、動きやすい服が好きでドレスを好まないので、普段は女性の冒険者が着るようなパンツスタイルの服を着ている。

「明るい色の布を選んで新しく仕立てましょうか? もうすぐ春も来るし」

「……ううん」

その言葉に一瞬表情を明るくしたのに、すぐに思い直すように視線を泳がせる。何か迷うことがあるとも思えなかったけれど、選択しきれないような、迷いを滲ませる態度だった。

「いいじゃないですか。新しい服は気分も華やぎますし」

その背中を押すように、後ろに控えていたオーギュストが軽い口調で言うと、マリアはますます照れたように頬を赤く染めた。

「うん、じゃあ……作ろうかな」

「仕立て屋を呼んで、領主邸の女性の服を注文しましょう。オーダーがまとまっていたほうが仕立て屋も喜ぶでしょうし」

「うん」

マリアはようやく安堵したように笑って頷く。

その態度にいつもとは違う小さな違和感を覚えたものの、ちらり、と黒い瞳がこちらを向いたことで、この場での追及はしないでおくことにした。

* * *

「え、あの方、大神官様なのですか?」

昼食後、コーネリアが留守にしていた間の情報の共有という名目で場所を温室に移し、長い話をかいつまんで話すと、コーネリアは相変わらずおっとりと驚きを表した。

「そう。普段は顔を隠しているみたいだけれど、直接会ったことはないのよね?」

「いえいえ、わたしのように地方の修道院から神官に取り立てられたような立場は、いわば下っ端に毛が生えたようなものですからそんな上の方との面会なんてとてもとても」

「神官って、他にどういうなりかたがあるの?」

マリアの疑問にコーネリアはそうですねえ、と考えるように首を傾げる。

「中央神殿――王都にある神殿の中枢のような場所でお役目についているのは、大抵貴族から幼い頃に神殿に入った方々ですね。神官見習いという立場で儀礼や礼節を学び、成長すると終身誓願を経て神官となるので、修道女を経ていないことがほとんどです」

修道院には持て余された貴族の娘の受け入れ口という一面も確かにあるものの、基本的には修道――文字通り道を修めるためにある施設である。

畑を耕し、エールやチーズを造り出荷し、写本を行う。貴族としてはまず行わない労働を通して修道院という施設を維持、運営し、神と対話をするための場所だ。

一方神殿は、直接的に神を祀り仕えるための場所である。怪我の治療や妊娠した女性の保護施設という一面はあるものの、方向性は違っている。

おそらくその中から特に才能のある者を選抜して、神官として育てているのだろう。

とはいえ、コーネリアは修道院の壁の中に閉じこもって修練を行う修道女の生活は水が合わなかったらしく、ならば神官にとある種の昇進を遂げたものの、もっと合わなかったと肩を落としていたことがあるので、中央に座す 選良(エリート) 神官の立場に特に羨望もなさそうだった。

「大神官様が、千年以上生きている潜性の魔力を使う方ですか……なんというか、現実感がないですね」

今指につまんでいる、エドの焼いたクッキーの方がコーネリアにとってはずっとリアルなものらしい。美味しそうに口に入れて、頬が落ちると言いたげに幸せそうな顔をしていた。

「これから色々なことを彼女から聞いていかなければならないわ。ユリウス様は大変乗り気な様子だけれど、任せきりにするわけにもいかないし、コーネリアも協力してもらえるかしら」

「勿論です。魔法のような専門的な話はユリウス様にお任せするとして、それ以外の部分ではお役に立てるように頑張ります」

「頼りにしているわ」

コーネリアは食いしん坊でのんびりとした性格でエドと並ぶ領主邸のムードメーカーだが、その反面状況を俯瞰して非常にバランスのいい物の見方をする人だ。

日常的に彼女に助けられる部分も多いので、戻って来てくれたのは心強い。

話を終えて後はとりとめもない話題に興じ、女性だけでのんびりと過ごしていると、しばらくもじもじとしていたマリアが意を決したように言った。

「ええと、私からも報告があるんだけど。一応みんなには伝えておいたほうがいいかなって思うんだけど……。オーギュストと、その、うまくいきそうというか、付き合うことになったというか」

「えっ」

「あ、いやまだ、何も始まっていないんだけどね!? 全部これからなんだけど! 一応その……告白して、いい返事ももらえたというか……」

思わず驚きの声を上げたメルフィーナに焦って言い訳をするように言っていたマリアだけれど、顔を真っ赤にしている。

「その、ベロニカの話がある前に思い切って言ったんだ。そしたら、同じ気持ちだって、言ってもらえて」

「まあ、よかったですねえ」

コーネリアが素直に祝福すると、マリアはうん、と小さく頷いた。

「それはよかった、んだけど、付き合うことになってもオーギュストは全然態度変わらないし、私もついいつもと同じ感じにしちゃってさ。でも浮かれたりしている場合じゃなくない? っていう気持ちあるし、なんか時々、わーっ! てなっちゃうんだよね」

「マリア様とオーギュスト卿はいつも一緒にいるので、関係性が変わっても中々変化が難しいかもしれませんね」

マリーが落ち着いた声で言うと、コーネリアはほほえまし気に笑う。

「場所を変えたら気分も変わるかもしれません。メルフィーナ様と閣下のように、デートするのはどうでしょう」

「えっ!? お泊りはまだ早くない!?」

「え? いえ、エンカー地方のどこかへお二人で出かけたらということですが」

初々しい恋の話が好きなのは、どの世界の乙女も変わらないものなのだろう、あらあら、というように笑うコーネリアに、マリーもふっと口元を笑みの形にする。

だが、その俎上に上げられている本人は必死なものだ。マリアは黒い瞳を潤ませて、うう、と小さく唸った。

「うん、そうだよね。……デートかぁ、うん」

「そうね、馬に乗ってきたらどうかしら。マリアは運動が得意だし、乗馬を教えてもらったら?」

「乗馬かぁ、王都からこっちに来るときはしがみつくばっかりで怖くて必死だったけど、のんびりと乗るなら楽しいかな」

どうやら乗り気のようで、それにほっと息を吐く。

ここしばらく、マリアには辛い話が多かった。息抜きに楽しいことがあってほしいし、それが彼女の人生を華やかにさせるのならば、なおいいと思う。

「冬の間は、馬は運動不足になりがちだから、ついでに軽く走らせてくるといいわ。私もそのうち行こうかしら」

「メルフィーナは馬に乗れるの?」

「アレクシスに乗せてもらうわ」

ソリに乗せてもらった時は、まだ今のような関係ではなかったけれど目まぐるしく移動する風景が新鮮だった。

今ならきっと、もっと楽しいだろう。

そんなことを思っていると、マリー、コーネリア、マリアに視線を向けられているのに気が付く。どうしたのだろうと首を傾げると、マリアがしみじみと言った。

「そういえば、この中で一番大人なのって、メルフィーナだったね」

「ごちそうさまです」

「何だか照れてしまいますねー」

三人三様に言われ、その意味はよく解らなかったけれど、なんとなく気恥ずかしく、少し冷めたお茶を傾けて誤魔化すことにした。