軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

455.失敗と傍にいる人

魔法はイメージだと繰り返し言われたユリウスの言葉を思い出しながら、眉間にぐっと皺を寄せて手のひらに集まる力を絞る。

自分の魔力を頭の中で想像すれば、それは海のように大きく、重たい大量の水だ。そこから必要な分だけを汲み上げて、魔法に転換する。

手のひらで掬うのは少なすぎて、湖の量を注ぐのは多すぎる。極端だけれど、手のひらと湖の間で調節するのは想像するよりかなり難しい。

――少しずつ、でも、少なすぎないように。

手のひらに包んだ魔石にゆっくりと魔力を注ぎ込んで、もう少し入ると思った瞬間、パキッ、と軽い音が手の中で響く。しまったと思った時にはもう遅く、不承不承手を開くと真っ二つになった魔石が転がっていた。

「あぁー」

「残念でしたね」

隣にいたオーギュストが気遣うように言ってくれるのに肩を落とし、うん、と小さく頷く。オーギュストは手袋を嵌めた手で割れた魔石を取り上げると、かけらがマリアの手のひらに落ちていないか慎重に確認したあと、割れた魔石を小さな壺の中に放り込んだ。

割れた魔石も何かに再利用できないかと溜めているものの、失敗した魔石の方がずっと多い。壺の中身が溜まっていくほどに、じわじわと焦りも増していく。

「今のはいけると思ったんだけどな……もう少し、って思ったとたん割れちゃったよ」

「難しいですね。足りないままで続けると、一杯にはならないんですよね」

「うん、それで、今まで作った聖魔石は七割くらいの入りで止めてる。出来ればもうちょっとギリギリを攻めたいんだけどね」

本番のプルイーナの魔石は、絶対に割ることは出来ない。

けれど、メルフィーナの構想の中核になるものなので、最良のものを作りたい。

頬杖をついて、小さくため息を吐く。

最近のマリアのやっていることは、簡単な帳簿の確認を除けばこの聖魔石づくりがメインだ。大切な役割だとは分かっているけれど、こうも失敗続きで、そのたびに貴重な魔石を真っ二つにしているとなれば、気分も落ち込んでくるというものだ。

「メルフィーナたち、今頃楽しんでるかなぁ」

閉め切った窓の向こうは今日もどんよりとした曇り空が広がっていた。

エンカー地方の冬が訪れた最初の頃はあまり気にならなかったけれど、こう毎日太陽を見ない日が続くと自分でも不思議なくらい気が滅入ってくる。エンカー地方歴三年目のメルフィーナもそれはよく分かっているようで、冬になってからは食卓には積極的に魚料理が出るようになった。

お昼に出たサーモンのパイも美味しかったけれど、相変わらずの灰色の空に、今日は少し、憂鬱な気持ちになる。

「気分転換に散歩でも行きますか?」

「うーん……」

行き詰まっているマリアが分かるのだろう、オーギュストがそう声を掛けてくれるけれど、生返事が漏れてしまう。

自分でも行き詰まっていることは解っているけれど、それどころではないような気持ちもあるし、かといってこのまま聖魔石の製作を続けても、魔石を割ることの繰り返しだろう。

焦らなくていいのだと、メルフィーナは言ってくれる。

この世界の責任は、支配している王侯貴族にあり、自分の意に沿わない形で転移してきたマリアが気負うことも、義務を感じることもないのだと、折に触れて伝えてくれる。

それはメルフィーナの本音なのだろう。優しいけれど、芯の通った人だ。友人だからといって適当な気休めを言っているわけではないということは、分かっている。

出来ることがあるならやりたいと走り出しては転んで落ち込んでいる自分が馬鹿みたいに思うこともあるけれど、でも、そうでなければそれまでの全てを失ってここにいる意味を見つけることが出来ない。

「おかしいよね。こっちに来たばかりの頃はずっと家に帰りたいとか、この世界のために何かしたいなんて思えないって、そんなことばっかり考えてたのに、今はどうすれば、自分がこの世界にいる意味を見つけられるのかって、そんなことを考えちゃうんだ」

つん、と箱に等間隔に並べられた空の魔石を、指先でつつく。

日本にいた頃からマリアの世界はとても単純で、自分ではそれなりに悩みやコンプレックスもあると思っていたけれど、やらなければならない目の前のことに奔走していれば、大抵のことは目まぐるしく過ぎていった。

けれど、荒野の奥で、おそらく自分以前の「マリア」を見つけてしまった時から、それが変わってしまったように思う。

自分の人生について、考える時間がとても増えた。

ゲームの「マリア」がああも男性に囲まれてそれをよしとしていた理由も、今はなんとなく、分かる気がする。

この世界に来てしまった、自分の人生をひっくり返すような劇的な現象に巻き込まれてしまった、その理由が欲しい。

それが世界を救うことでも、一世一代の恋をすることでも、なんでもいい。明確な、自分が納得できる理由が欲しい。

家族や生まれて育った世界と引き離された先で、辛くて苦しいことばかりなんて、絶対に嫌だ。それなら目の前のきらびやかな物に溺れているほうが、どれだけ楽だろう。

最近、恋がうまく行った友人が身近にいるから、なおさらそんなことを考えてしまうのだろうか。

「オーギュストは、アレクシスの家臣なんだよね」

「そうですね」

「私が北部から出て行ったら、もう、会えないよね」

「いえ、望んでいただけるならついて行きますよ、どこへなりとも」

「えっ」

あっさりと、普段と変わらない会話の延長のように答えられてうつむきがちになっていた顔を思わず勢いよく上げてしまった。

そこにあるのは、本当にいつもと変わらない、ほんの少し意地悪な感じの笑みを浮かべる騎士の顔だ。

「現実的な話をすれば、閣下はマリア様に永年の後援を約束されました。マリア様が望めば俺の身柄は好きに使っていいと言うはずですよ」

そうして、ちらりと悪戯っぽい目を向けてくる。

「そして、俺個人の話をするなら、俺はすでにマリア様に騎士の誓いをした後なので、もし閣下が反対するなら出奔してでもついて行きます。――これが答えで大丈夫ですか?」

「え、ええと……」

「あなたが望むなら世界の果てでも、たとえ、世界を超えてでも、傍にいます」

失敗続きで弱気になった末の、愚痴に近いような言葉だったのに、想像よりずっと重たい言葉が返ってきて、怯んでしまう。

けれど、藍色の瞳で真っすぐに見つめられれば、その言葉は決してマリアを茶化して言っているわけではないことが伝わってくる。

オーギュストは、この世界の騎士としてはかなり軽薄に感じられる態度らしいけれど、真面目で真摯な人だと、傍にいれば解る。決して適当なことは言わないし、常にマリアを気遣い、労わってくれた。

その言葉は放たれた口調ほど簡単なものではないことも、ある程度この世界に馴染んだ今のマリアには理解できる。

その重さを受け止めたい。

その気持ちに相応しい、自分になりたいと、自然に思ってしまう。

「あ、あのさ……」

「はい」

「それって、オーギュストが言うところの、その、「至上の愛」ってやつなの……?」

恋慕や肉欲とは切り離した、騎士の忠誠心と浪漫で出来ているらしいそれは、マリアにはいまだに少し理解しがたい感覚だ。

「……マリア様は、どう思いますか?」

それなのに、それを教えてくれた騎士は、意地悪にそう聞き返してくる。

「うう……」

――私が、それでは嫌だって言ったら、オーギュストはどう返事をするんだろう。

どんな返事が返ってきたら自分は満足するのか。それに対して、どう答えるのか。

考えても思考は全然形にならなくて、混乱する一方だ。

混乱したままおかしなことを口走れば、春から今までにかけて作ってきた、目の前の騎士との関係もがらりと変わってしまうかもしれない。

「……あー、やめやめ!」

思考がぐちゃぐちゃになり始めたことに気が付いて、勢いよく立ち上がる。淑女としては零点な振る舞いに、オーギュストが目をぱちぱちとさせた。

「オーギュスト、やっぱ散歩行こう! こういう時は太陽を浴びて風に吹かれたりして、あと体も動かしたほうがいいよ」

「太陽、隠れてますけど大丈夫そうですか?」

「曇り空でも紫外線ってそんなに変わらないって聞いたことあるけど、どうなのかなあ。あ、紫外線っていうのは、太陽の光の中で、日焼けする原因みたいなやつのことなんだけど」

いつものように……かなり意識してはきはきと喋りながら、団欒室の外に出る。廊下の空気は少し冷たくて、外に出ればなお、凍えるほどに冷たいだろう。

けれど、今は頭を冷やすのに、それはちょうどいい気がする。ただでさえ行き詰まっているところにドンと大きなものを乗せられたのだ。こんな時ほど冷静にならなくては。

「マリア様」

いつもは少し後ろに控えているオーギュストが、階段の前で前に出て、手を差し出してくれる。

最近はちゃんと受けるようにしている、騎士としてのエスコートだ。オーギュストにとっては当たり前の、意識するようなことでもないものだと頭では分かっているし、マリアだって最近は自然と受けることが出来るようになっていた。

それなのに、今日は手を重ねるのも、差し出された腕に掴まるのも、何だか照れくさく、気恥ずかしく、首の後ろがむずむずするようで、落ち着かなかった。