作品タイトル不明
329.雑談とランチのお誘い
メルフィーナたちと合流して組み紐を編んだりデザインを考えたりしているうちに太陽が空の真上に輝き始める頃になり、広場周辺の屋台から色々な食べ物の匂いが漂うようになってきた。
アレクシスは最初、作業に交ざる気はなさそうだったけれど、メルフィーナがウィリアムと一緒にやってあげるといいと声を掛けると、ほんの少しだけ躊躇したあとに、黙ってウィリアムの隣に腰を下ろす。ウィリアムを挟んで反対側にマリーも座り、先に花の編み方を覚えたウィリアムに教えてもらっている様子はやけにほのぼのとするものだった。
「なんか、セドリック、すごく上手くない……?」
女性たちに紐の編み方を教わると一度でマスターし、おまけにどんどん精度が上がっていく。形も全体のバランスも完璧だった。
「セドリック、すごく手先が器用なのよね。彫金師になってもやっていけると思うわ」
「あー、お米に字を書いたり、寄木細工とかも出来そう」
「そうそう、そういうの。寄木細工って、スパニッシュ帝国の秘匿技術のひとつなのよね。なんでも町ひとつを大きな壁で囲って、出入りする人も厳密に管理して作られているらしいわ。螺鈿もあると実家にいた頃出入り商人から聞いたこともあるけど、実物は見たことないわね」
マリアにとっては寄木細工は親戚が温泉旅行に行った折にお土産として買ってきてくれた木製の小さな木箱だった。木目を組み合わせて作った綺麗な模様が入っていて、子供の頃はお気に入りのビーズやちょっとした宝物を入れていた。
「らでんってなんだっけ」
「貝のキラキラしてる部分を剥がして張り付ける技法ね。それは綺麗なものよ」
そんな話で盛り上がっていると、近くに立っていた兵士がかしこまった様子でメルフィーナに声を掛ける。
「メルフィーナ様、大獅子商会のアントニオがお目通りを願っています」
「あら、アントニオ! こちらに来てちょうだい」
「準備の最中に、失礼いたします。メルフィーナ様、公爵閣下、マリア様も、ご壮健な様子でなによりです。先ほど本国より隊商が到着いたしまして、少々騒がしくなると思うので、お知らせに参りました」
マリアとも何度か面識のある商人、アントニオはユリウスと同じくらいの長身の上に筋骨隆々で、腕など丸太のようだし、赤茶色の顎髭を伸ばしていて一見すると映画に出て来る海賊のようにも見えるけれど、今日も太陽のように眩しい笑顔を浮かべていた。
それでいて少しも胡散臭さを感じず、むしろ人柄の良さを感じさせる人だ。
「随分ギリギリの到着になったのね。無理をさせてしまっていないかしら」
「途中で少々、街道が滞っていたようです。間に合ってよかったと会頭も胸を撫で下ろしておりました」
「レイモンドも着いているのね。挨拶をしたいところだけれど、きっと到着したばかりで忙しいわね」
「メルフィーナ様さえよろしければ、昼食をご一緒させていただけないかとのことです。香辛料も多く持参いたしましたし、今回はロマーナから料理人も連れてきていますので」
アントニオの言葉に、メルフィーナは少し考える様子だった。
「アレクシスたちはどうする?」
「君に同行しよう」
「マリアたちは」
「あ、出来たら私も行きたい! えーと、邪魔でなければでいいけど」
ロマーナ共和国の大商人、レイモンドといえば護衛のショウ・ライオンと共に、ハートの国のマリアの追加ディスクに登場する攻略対象の一人である。
追加ディスクの方が攻略難易度が低く、その分ストーリーをじっくりと楽しめる乙女ゲーム度が高く、マリアもユーザーとして楽しんだ記憶があり、少しミーハーな気持ちもあった。
アントニオは何人でも問題ないと快諾してくれて、昼食の準備が済んだら商会がエンカー地方の本拠にしている建物に迎えに来るということで話はついた。
「大獅子商会の建物って、みっつしかない窓ガラスの入った建物のひとつだっけ?」
「そう、今年建てたばかりでね、すごく立派だから、驚くと思うわよ」
* * *
しばらくして、案内に来た商会員の先導で商会の建物に向かうと、メルフィーナの言うようにとても立派な建物が待ち構えていた。
広場からは少し離れていて馬車で移動になったものの、開けた土地を綺麗に均してかなり大きな敷地を確保しており、今はそこに幌を張った荷馬車がずらりと並んでいた。建物自体はレンガ造りで、裏にはもっと広い敷地があり、そこは倉庫や保管庫があるのだという。
間違いなく領主邸より大きい。城館全体と同じくらいあるかもしれない。けれどここが貴族の屋敷ではないと思わせるのは、全体的に機能を優先している印象が強いためだろう。
日本で言うなら、大きな駐車場を持つホームセンターや海外のディスカウントスーパーのような印象だろうか。
正門から迎え入れられて中に入り、しばらく歩いて大きな食堂に通される。メルフィーナとアレクシスが長いテーブルの誕生日席に並んで座り、アレクシスの隣がウィリアム、メルフィーナの隣にマリアが案内された。
「こうした席では、侍女や護衛騎士は同じ食卓に着かないのだけれど、レイモンドはとても気が利くわね」
「使用人は一緒は駄目ってこと?」
「一緒くたに毒を盛られたら困るでしょう?」
笑いながら中々怖い返事をされるけれど、納得もできる。もっとも、招いた相手に毒を盛るなら護衛や使用人に対しても口封じをする準備はしてあるだろうから、あまり意味がない気もした。
――そういうとき、「鑑定」を持っていると気が楽なのかもしれない。
貴族にはそれなりの確率で出る「才能」だと聞いているけれど、案外毒殺を生き残った人が「鑑定」を持っていて、子孫に優先的に引き継がれていったという事情があったのかもしれない。そんなことを思っていると、扉が開き、すらりとした体躯の男性が入室してくる。
メルフィーナの明るい金髪によく似た、光沢のあるストレートの金の髪を緩く紐で結び、アクセサリーは少ないけれど一目で高級な服を着ているのが分かる。瞳は一見青い色をしているように見えるけれど、よく見れば青と金が複雑に混じり合ったアースアイだ。
「公爵閣下、メルフィーナ様、お招きに応じていただき、誠にありがとうございます。お久しぶりにお会いできたこと、幸甚の至りでございます」
「レイモンド、お久しぶりね。またお会いできて嬉しいわ」
寡黙に頷いて済ませたアレクシスと対照的に、メルフィーナは明るく弾んだ声で応じる。レイモンドもそれに対して、ビジネスマンのように整って洗練された仕草の中に、うっすらと喜びを滲ませていた。
メルフィーナがとんでもない人たらしであることは、マリア自身が強く実感している部分だ。メルフィーナに認められたり褒められたりすると、やけに心地よく感じるし、この人のために何かしてあげたいと自然と思わせる、そんな人だ。
――母性というか、姉みというか……抗えないよなあ。
誰だってメルフィーナに惹かれるのではないかとマリアは思っているし、ここにも一人、同じような人がいたらしい。
レイモンドが席に着くと、給仕が順番に入ってきて食事が始まる。いわゆるコース形式で、食前酒として白ワイン、それから前菜という流れだった。ワインはワイングラスではなく、日本でいうところの強い酒用の小さなグラスの形を、木でくりぬいたようなものだ。
「再会を祝して、まずは乾杯を」
そう告げるとレイモンドがカップに口をつけ、全員がそれに倣う。マリアはワインを口にしたのは初めてだけれど、少し酸っぱくて、思ったよりアルコールが強くなさそうだった。
「思ったより強くなくて、美味しい」
「こちらではワインは水で薄めて飲むものだから、度数もそんなに強くないわね。薄いとは感じないから、水の代わりにヴェルジュと葡萄ジュースが混ぜてあると思うわ」
とても贅沢な飲み方よ、とこっそりメルフィーナが教えてくれた。
「ロマーナは美食の国でもあるから、何が出て来るか楽しみね」