軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

274.ハーブと少女の欲しい物

「東部ではトウモロコシを使った食事がかなり普及していましたな。エンカー地方で食べられているのとはまた違った料理法も多く、洗練されているとは言い難いですが、中々美味いものでした」

東部で一番多い料理法が、トウモロコシ粉を小麦粉と合わせて練り、茹でた団子なのだという。野菜くずなどと一緒に煮込んだスープがもっとも多く食されており、一部の土地では領主がトウモロコシの粉を買い付け、慈善事業として崩壊寸前の集落への振る舞いも行っているそうだ。

「そのほかは、粉を水で溶いて粘りが出るまで煮詰めたものにソースをかけたものもありますな。こちらは料理というより、その付け合わせという側面が強いですが」

アントニオは悪くない印象として伝えてくれた言葉だけれど、どちらも材料や手間が少なくて済む、いわば貧しい食べ方と言える。それだけで、東部の余裕のなさが伝わってくるようだった。

「今年の冬までは予断を許さない状況でしょうが、公爵家より種芋の販売が始まったので、少しずつ回復していくのではないかと思います」

「そう祈りたいわね。ところで今回運んでもらった種だけど、全部頂くわ。薬草の種もあるようだけど、ロマーナではどのような使い方が一般的なのかしら」

「そうですな、セージなどは肉や魚料理と合わせてよく使われています。我々としては、薬草というより調味料に近いかもしれません。タイムも肉や魚の臭み消しとして使われますが、ロマーナでは高貴な夫人の枕元に置かれることも多く、質のいい布の袋に刺繍を入れるなどして、ポプリにしたものの需要も高い薬草です」

「いい匂いがするものね」

「はい、空気を清めるということで、一部地方の神殿や教会でも積極的に育てられているようですよ」

人にとって好ましい匂いのするものは、空気清浄の作用があるという考え方だろう。

前世でも、中世ではペストマスクの中に良い香りのするポプリを仕込むことで感染を回避できるという考え方があったという。

病気の感染予防に効果がないことは、その結果が示しているけれど、セージもタイムも長い歴史の中で愛され続けてきた、素晴らしい薬草であるのは間違いない。どちらも寒さにも強いはずなので、エンカー地方にも根付いてくれればよいと思う。

「セージはエンカー地方で作られている腸詰にもよく合うと思うわ。収穫できるのが楽しみね」

雑談交じりに情報交換をしていると、レナとオーギュストとともに広げられた商品を見回っていたマリアが戻ってきた。

「何か欲しい物はあった?」

「ええと、ほとんど用途が分からないものが多かったけど、見て回るのは楽しかった。絨毯とか、綺麗な柄が多かったし」

「今回運んだのはヨウホウで仕入れたものですね。芸術の町だけあって、凝った装飾が多いのも特徴です。色使いが多く華やかな柄となるとロマーナ産のものに軍配があがるでしょうが、緻密で生真面目な仕事をする職人の多い町です」

「ヨウホウは北部の東側にある町ね。芸術の都として有名だけれど、毛織物もやっているのね」

その言葉に答えたのは、オーギュストだった。

「あの町は、工芸品で手に入らないものを探す方が難しいと思います。その分、仕入れには目利きが必要になるんですけどね、アントニオはさすがで、良い物ばかり仕入れてありました」

「ありがとうございます、カーライル卿。そこを分かって頂けるとは、商人冥利に尽きます」

元々、アントニオを紹介してくれたのもオーギュストだった。二人の交わす言葉は慇懃なものだけれど、会話の口調は軽やかで、親しさを感じさせる。

現在作っている迎賓館用に、絨毯やタペストリーも多く必要になってくるだろう。大規模な仕入れになるので、後日改めて相談させてもらおうと決める。

「あのね、商人のおじさん。マリア様は、大豆が欲しいんだって」

「ダイズ、ですか?」

「うん。豆らしいんだけど、知らない?」

聞き覚えが無かったのだろう、一瞬だけ戸惑いを見せたものの、すぐに商人らしい表情の下にそれは隠れた。

「どのような特徴の豆か、お聞かせ願っても構わないでしょうか」

「ええと、すごく淡いオレンジ色……私の肌みたいな色の豆で、形は丸から少し縦に長さがある形をしていて……もしかしたら、緑のまま食べているかもしれないけれど、乾燥させたらその色になるんです」

「なるほど……豆はかなり種類があり、私も全てを把握しているわけではありませんが、王都で食べられているものならその近郊で育てられている可能性が高いですね」

元々、豆は平民の食べ物なのでマリアが豆を欲しがるとは思わなかったのだろう。アントニオは頭の中にある豆類を思い出しているらしく、考え込むような様子だった。やがて思い当たったことがあるらしく顔を上げたものの、そこには懐疑的なものが浮いている。

「お探しの豆かは分かりませんが、先ほど話していました東部の南寄りの街で、似たような豆を見たことがある記憶があります。しかし、あれはほとんど家畜用であるはずなので、お嬢様のご希望のものでない可能性が高いですが」

「いえ、それかもしれないわ」

メルフィーナは胸の前で、軽く手のひらを合わせる。

この世界では、豆は家畜の餌か貧民の食べ物のイメージが強く、あまり食品としての地位が高くない。マメ科植物を緑肥として扱っている土地もあるけれど、時期が来たら放牧して牛や豚、羊などの餌にされることも多い。

「トウモロコシも元々家畜用と言われていたけれど、今ではれっきとした主食になっているでしょう? 是非一度、見つけたら運んでちょうだい。その時は、乾燥させた豆もそうだけれど、植物部分は枯れていても構わないから、その土地の土ごと布で包んで持ってきてくれるとありがたいわ」

「土ごとですか」

「ええ。エンカー地方に無い豆が育つ土の「鑑定」もしてみたいし」

大豆には日照時間や、その土地に豆の生育を助ける根粒菌が存在するかどうかの問題もあり、育つ土地をそれなりに選ぶ可能性がある。

うまくエンカー地方の土壌とマッチすればよいけれど、そうでなければ土壌改良から始めなければならない。

その場合、他の病気などを持ち込まないよう厳重に「鑑定」したうえで、メルフィーナの菜園ではなく更に隔離した圃場での栽培から始めることになるだろう。中々時間も手間もかかる可能性が高い。

――でも、今、エンカー地方にはマリアがいる。

現在エンカー地方であらゆる作物の豊作が続いているのは、ほぼ間違いなくマリアの存在があるからだ。

ただそこにいるだけでこれだけの効果があるなら、マリアが手ずから育てれば、さらに強い効果が期待できるのではないだろうか。

「かしこまりました。メルフィーナ様がお望みとあらば、すぐにでも届くよう手配いたしましょう」

「そんなに大急ぎでなくても大丈夫よ?」

アントニオはメルフィーナとの付き合いもそこそこ長くなってきて、変わったオーダーにもそれなりに慣れている。

一年の大半を隊商とともに移動して暮らしているというし、いずれまたロマーナに戻り、北部に来る時にでも構わないと思っていると、いえ、ときっぱりと首を横に振った。

「ご希望のものを需要のある場所へ運ぶのが商人の本懐でありますし、会頭からもメルフィーナ様のご希望は最優先するようにと、通達が出ています」

なにより、とアントニオは力強く笑い、胸に手を当てて深く頭を垂れる。

「私自身がメルフィーナ様に救われた身です。商人としてメルフィーナ様の妹様のお役に立つことが出来るならば、望外の喜びとなるでしょう」

オーダーはあくまでマリアのものであると告げながら、メルフィーナへのこれまでの付き合いと敬意も忘れない。やり手の商人というのは、本当にそつのないものだと、しみじみと感心させられる一幕だった。