軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

252.悪役令嬢と聖女の邂逅

私マリア! 16歳! ちょっと英語と数学が苦手だけど、元気で前向きなふつうの女の子!

でもある時、異世界に召喚されちゃったの!

私の持つ聖女の力で、疫病が蔓延する世界を救って欲しいんだって!

おまけにこの世界、強い魔物がい~っぱいいて、もう大変!

しかも王子様や魔法使い、騎士団長と恋のフラグが立っちゃって!?

そしたら悪役令嬢や毒殺令嬢まで私の命を狙ってきちゃった!

優しいみんなが助けてくれるけど、そのたびに恋のハプニングが起きちゃうの!

みんなかっこよくて優しくて、ドキドキしちゃって誰か一人なんて選べないよぉ~!

一体私、これからどうなっちゃうの!?

「あの、メルフィーナ、様?」

「……ごめんなさい、少し、びっくりしてしまって」

不安を湛えた目を向ける少女の声に、はっと我に返る。

――今思うと、すごいオープニングだったわ。

前世ではライフワークのようにハートの国のマリアをやりこんでいたメルフィーナだったけれど、愛好した理由はストーリーを進めるのに多くの知識と考察を必要とするゴリゴリのハードモードのクリアだったため、オープニング画面をまともに見たのは最初だけで後はずっとスキップしていたので、今の今まで忘れかけていた。

呆然としているメルフィーナと怯みながらこちらを見ている少女が見つめ合っているのに、気を遣ったらしいセドリックが声をかける。

「聖女様、こちらの方は」

びくっ、と細い肩を震わせる少女に、セドリックはひどく困った様子だった。

マリアが小柄ということもあり、まるで大型犬と怖がりな小型犬のようだ。

「メルフィーナ、突然の訪問を、すまなかった」

どかどかと足音を立ててこちらに来たアレクシスの気配にもきゅっ、と唇を引き結ぶのを見て、少女がとにかくすべてに怯えているのが伝わってくる。

王都から北部まで約二週間、ソアラソンヌからここまで三日、少なくともその間はセドリックとアレクシスと行動を共にしていたはずだけれど、ずっとこうだったのだろうか。

「自己紹介は、後にしましょう」

少女は怯えながらも、メルフィーナには自分から向かってきた。日本という言葉を口にしたことからも、メルフィーナが転生者と気づいているか、少なくとも日本の知識を持った存在だと思っているのだろう。

「……二人で話せる? 他に誰かがいた方がいいかしら」

ゆっくりと、怯えさせないように尋ねると、少女は黒髪を揺らして頷いた。

「二人がいい、です」

その目の下には、女子高生には似つかわしくない、深い隈が浮いていた。

ずっと眠れていない、そんな顔だ。

「あの、メルフィーナ様」

戸惑ったように控えめに声をかけるマリーに、微笑む。

「彼女は、私のお客様よ。少し二人きりにしてちょうだい。――少ししたら、お茶とお菓子を持ってきて」

マリーはしっかりと頷いてくれる。

ここまで少女の護衛をしてきたのだろうセドリックと、おそらく突然、聖女が北部にやってきて扱いかねているのだろうアレクシスに視線を向ける。

「アレクシス、セドリック、大丈夫。後は私に任せてちょうだい」

「君を信じよう」

「――よろしくお願いします、メルフィーナ様」

頷いて、マリアの手を取る。驚いた様子のマリアに笑いかける。

「行きましょう。大丈夫、私はあなたの敵じゃないわ」

* * *

「さっきまでお茶をしていたところなの。不調法でごめんなさいね」

団欒室に入ったところで、そういえばカップをそのままにしていたことを思い出す。ひとまずまとめてテーブルの端に寄せたけれど、客人を招くのには大変な不手際である。

今頃ドアの外でルーファスとロイドが頭を抱えているかもしれないと、少し逃避じみたことを考える。

見慣れた団欒室である。子供達にも開放しているので冬の間はここで過ごすことが多く、メルフィーナも領主邸で寝室と執務室の次に長く過ごす場所だった。

その団欒室のソファの向かいに、ちょこんと座る女子高生は、大変に浮いている。

「あの、それで、メルフィーナ様、は」

「あなたは、日本から来たのね?」

「! そう! あっ、あ、はい!」

「普通に喋ってくれて大丈夫よ。年もふたつしか違わないし」

困ったような笑みを作り、頷く。

「私は生まれた時からこの世界にいたからもう慣れっこだけど、貴族とか身分とか、慣れてないでしょう?」

恐怖や不安の原因の一つは、それが何か分からないという状態だ。

目の前の少女がそうならば、早々に情報を開示したほうが、きちんと話ができるだろう。

「私は日本を知っているわ。あなたは……ハートの国のマリアを、知っているのね?」

少女はぱっと目を見開く。初めて、黒い瞳に希望が宿ったようだった。こくこくと頷くのに、ほっとする。

マリアがどういう存在なのか。それはこの二年間、メルフィーナにとって大きな懸念のひとつだった。

ゲームのマリアは、突然異世界に聖女として召喚された普通の女の子、というものだ。宮廷、神殿、教会のいずれかに保護されて、そこで様々な攻略対象と出会い、恋をする。

メインエピソードで関わりがある攻略対象は八人、追加エピソードでロマーナ共和国から二人が加わることになっていた。

「私は「悪役令嬢・メルフィーナ」だけれど、あなたに危害は絶対に加えない。私も、日本の記憶があるの。断罪されるのを避けたくて、ここで暮らしてきたわ」

「そうなんだ。ここがゲームの中みたいだって気づいてから、アレクシスもメルフィーナもいないなって、思ってたの。それで、あの……」

言いかけた最中に、ぼろっ、と少女の瞳から涙があふれだす。

「っあ、あっ……あのっ、ごめんなさい、私、ずっと、何が何だか分からなくて、すごく怖くてっ、やっとちゃんと話せる人と会えて、あの」

ぽろぼろとこぼれる涙を手で拭う少女の姿に、胸が痛む。

あの目は、もうずっと眠れていない目だった。

きっとこうやって、泣いていたのだろう。

どうなるか分からなくて、すごく怖くて。

その気持ちは、メルフィーナには痛いくらい、よく分かる。

少なくともメルフィーナには、この世界で生まれた時から持っている身分と知識と財産があった。どれだけ悪い方に向かっても、命の保証だけはあったことになる。

けれど、目の前の少女にはそれすらなかったのだ。

実際には聖女の身分は王族と同等か、それ以上なので路頭に迷うようなことが起きるはずもないのだけれど、それを信じて受け入れられるかどうかはまた別の問題だろう。

「ね、隣に、座ってもいい?」

全てが恐ろしく見えるらしい少女に尋ねると、こくこくと頷かれる。ソファから立ち上がり、怯えさせないようにそっと隣に座って、少し迷ってから肩を抱き、ハンカチを渡す。

「大丈夫、大丈夫よ。こっちに来てから、ずっと、怖かったわよね」

「っ、うっ、うん、うんっ」

少女は泣きながら、怖かった、ずっと怖かったと繰り返す。

「私、帰りたい! ゲームの世界って言われたって、何が何だかわかんないよ! っく、う、ママ、ママぁ! パパ、健太ぁ……」

ハンカチを握った両手で顔を隠し、背中を丸めて、少女は全身で抱えきれない悲しみと恐怖に震えている。

こちらの世界では成人は十六歳だけれど、貴族の中で育ったメルフィーナにはそれ以前から、感情をそのまま表に出すのを見ることに慣れていない。

大きな権力と権限、財産を持つ貴族に求められるのは、冷静さと社交のための友好的な態度だ。これはおそらく、アレクシスもセドリックも変わらない。

怯えや恐怖、悲しみを隠さない少女を、どう扱っていいのか分からなかったのではないだろうか。

「怖かったよね、ここまで、頑張ったわね」

ある日異世界に来てしまった。物語ではよくある導入だけれど、実際に普通の少女が見も知らない場所に放り出されれば、目に映るもの全てが恐ろしく思えても仕方がない。

家族を呼んで泣く少女に感じるのは、聖女への恐れや不安ではなく、強い同情だった。

震える背中を撫でて、怖がらせないように、少しでも安心してもらえるように、声をかける。

「私、今はここの領主で、この屋敷の主なの。絶対あなたを守るから、もう大丈夫よ」