軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25.才能と男の美学

エンカー地方はにわかに建築ラッシュとなった。

外の職人や人足と村人が交じって仕事をする。多くの外部の者が出入りすることになり、その宿や食事といったニーズが急速に高まったのを受けて、メルフィーナは臨時で自由市の設置を認めることにした。

新たな村の広場に選定された土地はまず更地にし、村の起点となる石が置かれ、そこに仮の施設として職人が寝泊まりできる建物を建て、周りで住人が商売をすることを許した。

エンカー村の住人は、外の人間を相手に商売することに慣れてはいない。揉め事になった者には二度と許可を下ろさないとセドリックが命じてくれたため、大きなトラブルは起きなかったけれど、挑戦してみたものの自分に商売は向いていないと人足や秋蒔きの農地に戻る者も少なくなかった。

そんな中で、上手く商売をする者も現れ出す。

現在エンカー村に潤沢にある食べ物と言えば、トウモロコシと鶏肉と野菜類である。味付けは塩と月兎の葉で包むことで付く胡椒に似た風味で、人によっては生姜や大蒜を足していき、フライパンで焼いたものが具になることが多い。

メルフィーナも口にしたことがあるけれど、肉体労働者を相手にしているだけあって中々ボリュームがあり、塩も強めにつけてあった。

調理法自体はシンプルなので、多少腕前に差があってもそう味が大きく変わるものではないはずだけれど、それでも明らかににぎわっている屋台と、そこに並ぶのを億劫がった者が購入する屋台に分かれている。

商売の腕とは、そういうものなのだろう。収穫物の運び出しが終わった後も希望するなら、新たに設置する予定の飲食店で働いてもらえないか声を掛けてみるのもいいかもしれない。

最近はもっぱら執務室にこもって仕事をしている時間の長いメルフィーナだが、数日に一度程度は外に出て村や新しく家を建てている区画を歩くことにしている。視察という名目だが実際は気分転換に近い。

「メルフィーナ様に声を掛けてもらうと、その後労働効率が上がるという噂ですよ」

「怖い領主様だものね」

「ふふっ」

珍しく声を出して笑ったマリーにメルフィーナもクスクスと肩を揺らす。メルフィーナとマリーがそうして並んで歩いていると、つい手を止めて見入ってしまう者、監督者に手が止まっているのをどやされる者が出るのだが、監督者まで見とれていると背後に控えたセドリックの視線で皆そそくさと仕事に戻っていった。

「大きなトラブルも起きていないようだし、平和ね」

「……そうですね」

仕事中は口数が減りがちなセドリックの応えを聞きながら、新しく建築が進んでいる区画を進むと、見知った顔に出くわした。

「あっ、こんにちは、メルフィーナ様!」

「あらロド。エンカー村で会うなんて、珍しいわね」

「とーちゃんが、畑は手が足りてるって言うから、最近はこの辺で手伝いしてることが多いんだ。稼いだ分オレの小遣いにしていいっていうからさ」

この世界では子供も立派な労働力だ。畑に出るのも当たり前だし、ロドくらいの年から徒弟や奉公に入るのも珍しいことではない。

農奴は決められた土地を耕すか領主の命じる以外の仕事をしてはならないと定められているけれど、身分から解放されて真っ先に別の仕事に興味を持つのはやはり子供達のようだ。

「そうなのね。今は何をしているの?」

意外なことに、ロドが手に持っているのは鉄筆だった。薄い木の板に書き込んでいるものは、数字に見える。

その疑問に答えたのは、ロドではなくその傍で休憩をしていた男性たちの一人だった。

「この坊主がチョロチョロしていたんで、休憩時間に必要なレンガやら瓦やらの数を出すのに書いていた算術を教えてみたんですよ。ちょっとした冗談のつもりだったんですが、あっという間に俺達より達者になっちまったんで、簡単な計算は任せているんです」

「まあ……」

「多分この坊主は「才能」がありますよ。一度教会で見てもらって、祝福を受けているようなら都会に徒弟に出した方がいいかもしれません」

「おっちゃん達は大袈裟なんだって。ちゃんと数字を書かないと、答えわかんないし」

「数字を十個覚えて三日で四桁まで計算できるようになるのはな、特別なことなんだぞ坊主」

「そうよロド、本当に大変なことよ」

ロドはほんの数週間前まで農奴の子として暮らしていた。文字や計算など習ったことがあるはずもないのに、大工に計算方法を教えてもらってすでにそこまで出来るなら、特別な才能と言える。

「へへっ」

それなのに、当の本人ときたら大人に褒められて嬉しそうに笑うばかりだ。

ロドにとっては新しく覚えた技術は、まだ遊びの延長のようなものなのだろう。

前世でも、数百のキャラクターの名前を全部言えたり、時刻表を全て覚えてしまう子供の話を聞くことはあった。それらの多くは大人になると消失する能力らしいけれど、こちらの世界には「才能」というものがある。

子供の頃に「才能」が芽生えた少年は教会で、少女は神殿で祝福を受けると、その才能が個人の能力として固定されるのだ。

――メルフィーナも、子供の頃に神殿で祝福を受けたのよね。それで手に入ったのが「鑑定」で、すごくがっかりしたんだっけ。

「鑑定」は貴族の子女として一流の物を見慣れていると、それなりの確率で手に入る「才能」である。屋敷に出入りしている商人はもっと精度の高い「鑑定」と、何より多くの目利きをした経験があるので、「鑑定」は貴族の子女にとってはほとんど必要のないものでもあった。

もっとも、前世の記憶という膨大な知識と、こうして辺境の地で領主をするという不思議な縁を持った後は、この弱い「鑑定」もそれなりに役に立つことも多い。

「ねえロド、教会で祝福を受けてみない? もし「算術」や「演算」の才能があったら、街に出て大工や木工職人の徒弟に入るのもいいと思うわ。きっと歓迎されるわよ」

「ううん、俺はいいよ」

迷う素振りも見せずに首を横に振られて、驚く。

職人はこの世界では安定した技能職である。徒弟時代は大変だと聞くけれど、一人前になれば食い詰めることもなくなるはずだ。

元農奴として土地に縛り付けられていたロドにとって、とてもいい道になるはずだ。

「もしかして、家族と離れるのが寂しい? それなら先に祝福だけ受けて、徒弟に入るのはもう少し先にしたらいいわ」

「違うって。そうじゃなくて俺は……もういいよ。俺、どこにも行く気ないし」

そう言って、ぷい、とそっぽを向いたロドに戸惑ってしまう。

これまでメルフィーナ様、メルフィーナ様と全身で慕ってくれていたのに、今は頬を赤くして、怒っている様子だった。

弟にもこんな態度を取られたことはなくて、焦っていると、ごほん、と背後に立っているセドリックが咳払いをした。

セドリックは、以前メルフィーナに近づいてきたロドを蹴り飛ばしたことがある。ロド自身はショックを引きずっている様子はなく、最近は他の子どもたちもメルフィーナの周囲に集まって後ろを歩いているセドリックを気にする素振りを見せなくなっていたけれど、今でもセドリックがメルフィーナに荒い態度を取る人間に威圧を向けるのは珍しくない。

「セドリック、控えて」

「いえ、すこしだけ、発言させていただきたいだけです。――少年、メルフィーナ様は非常に聡明な方だが、言わなければ伝わらないこともある」

「………」

「言葉にすることが気まずいのは、男として分からないでもないが、後悔しないようきちんと伝えなさい」

ロドはちらりとこちらを見て、頬をふくらませ、唇を尖らせた。手に持っていた鉄筆をもじもじといじっている。

「メルフィーナ様は、これからどんどん、エンカー地方をでっかくしていくんだって、親父が言ってた……」

「ええ、そうね。そうしたいと思っているわ」

「だからぁ……オレは、どっかのでっかい街に行くんじゃなくて、メルフィーナ様がでっかくする場所にいたくて……メルフィーナ様の、役に立ちたいんだよ!」

最後の方は、ほとんど叫ぶような告白だった。

あまりに熱烈な言葉に一拍置いて、かあ、と頬が熱くなってくる。

ピュウピュウ、と周りにいた大工や人足たちが冷やかすように口笛を吹き、ロドはほとんど涙目でメルフィーナを睨みつけていた。

けれどその頬は収穫前の林檎のように染まっていて、瞳は真摯なものだ。

「ここで計算習ってたのも、何か出来ることが増えればオレも役に立てるかなって思っただけだから! よそに行く気なんて全然ねえの! わかった!?」

「……わかりました」

その勢いに気圧されて頷くと、ロドはもう一度、ぷい、と顔を背ける。

「分かってくれたらいいから。もう他所に行けとか、言わないでくれよな」

「うん……ごめんなさいね、ロド」

「いいよ。謝らないで。……前も言ったけど、メルフィーナ様に、謝らせたくないんだ」

まだ拗ねたような様子ではあったけれど、これがただ照れているだけだというのはさすがにメルフィーナにも理解はできた。

どうやらメルフィーナより、セドリックの方がロドの気持ちを正確に理解していたらしい。

職人たちはニヤニヤしながら午後の休憩が終わると言うので別れの言葉を告げてその場を離れ、まだ照れくささに火照る頬に手のひらを当てて歩きながら、そういえばと思う。

「セドリックは、どうしてロドの気持ちが分かったの?」

「――私も、男ですから」

返って来たのはやはり、よく分からない言葉だった。

騎士と元農奴の少年に共通するものがあるとは思えないけれど、もしかしたら男同士で通じる美学のようなものがあるのかもしれない。

とりあえず、収穫が落ち着いたら一度ニドにも相談して、教会の祝福だけは受けてもらえるよう説得しようと思う。

能力はあって困るものでもないし、それこそ将来的にエンカー地方の発展の役に立つ仕事に就くことも出来るだろう。

そう言えば、きっとロドも拒むことはないはずだ。

「能力は多い方がメルフィーナ様の役に立つと耳打ちすれば、すぐにでも受けると思いますよ」

セドリックは冷静な声で言った。

これもまた、男の美学というものなのかもしれない。