軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

231.謝罪と憂鬱な話

神殿長のバルバラから朝食を終えたら時間を取って欲しいという知らせを受け、夕べ起きたことの報告をオーギュストから受ける。

それもあって、朝食はマリーとオーギュストの三人で執務室で済ませることになった。

こんなことは領主邸に越してきて初めてだったので、料理を運んできてくれたアンナも心配そうな様子を見せていた。

「正直このまま誤魔化すつもりかもと思っていたんですが、早急に動くことを選んだようですね」

「それにしても、領主邸の何を調べていたのでしょう。地下にはエールの貯蔵庫しかありませんし……」

そう言って、マリーはふと言葉を止める。

今は製造を中止しているとはいえ、地下倉庫の奥では以前砂糖を作っていて、今でもその時染みついた甘い匂いが漂っている。それを他所の人間に知られるのはよくないと思ったのだろう。

「まあ、何が目的だったかは本人に聞くしかないけれど、夕べのオーギュストへの対応を見る限り、正直に話してくれそうもないわね」

戦争がないこの世界でも、城や城塞の詳細な情報は秘匿されているものだし、それを調べていると知られるのは敵対する意思があると思われても文句は言えない行為だ。

けれど神殿は、教会と並んで一貫して声高に戦争や私闘を批判する立場であるし、王都や領都、公爵家の敷地ならともかく、堀で囲まれた中に執政官や文官、職人が多く行き来しているエンカー地方の城館についてこそこそと調べる動機は思いつかない。

そもそも、知りたければメルフィーナに領主邸の中を案内してほしいと依頼すればそれで済むことだ。少なくとも前情報なく深夜にウロウロするよりずっと多くの情報を得られるはずである。

――地下に入ろうとしていたというのが、気になるわね。

エンカー地方の、いや、アレクシスを巻き込んだ以上北部そのものの大きな秘密が、領主邸の地下には眠っている。けれどその秘密は十分に守られているはずだ。

どこからともなく漏れているようならば、神殿の人間がこそこそと一人で夜中に探りを入れるような事態で済むとは思えない。

下手をすれば、王城騎士団が調査に乗り出してきてもおかしくない事態だろう。

「まあ、神殿の目的がどうあれ、エンカー地方ってこの一年で新技術や事業がぽんぽん生まれている状態ですから、密偵が来ることはこの先警戒してもいいとは思います。それを考えると、堀を造ったのはよかったですね。さすがにアレを越えて外部から侵入しようという者はいないでしょうし」

「そうね。領主邸から切り離した迎賓館を造る必要が、そろそろあるのかもしれないわ」

別館が現在客用の宿泊に対応しているとはいえ、内部は簡単に行き来することが出来るようになっている。これまで訪ねてくるのは精々アレクシスくらいのものだったけれど、この先は客を迎えるケースも増えて来るだろう。

元々この世界は夜に出歩くような習慣は貴族、平民ともに無い。夜間は敷地内に防犯のために犬を放せば、出歩く者などいないだろう。

「ひとまず神殿長様の話を聞きましょうか。オーギュスト、神官様を止めてくれてありがとう。ちゃんと夜は寝ている?」

「それはもう。俺は寝付きも寝起きもすごくいいんです」

「ならよかったわ」

メルフィーナの護衛騎士は交代要員がいないのが常態化してしまっているので、複数人が交代して付くように、いい加減システムを変えていくべきなのだろう。

「色々なことが軌道に乗ってきたと思ったら、足りない部分が新しく出て来るわね」

「まだメルフィーナ様が領主に就任して二年目ですからね。その分色々試したり変えたりする柔軟さがあります」

マリーの言葉に微苦笑しながら頷く。

足りないことは色々とあるけれど、その都度、良い方向に向かうように変化していくしかないだろう。

* * *

「領主様、この度は、私の随員が無礼を働いたこと、深くお詫び申し上げます」

朝食を終え、ロイドに神殿の一行を応接室に呼んでもらうと、ドアを潜った途端、バルバラと傍に付いていたモニカが深く頭を下げた。

「まあ、神殿長様。いけません、頭を上げてください」

「いいえ、神殿の者が出先で無作法を犯すなど、あってはならないことです。私の監督責任でもありますので」

「どうか、それでも頭を上げてくださいな。――神殿長様のお気持ちは分かりましたし、これでは話を聞くことも出来ません」

再度促して、ようやくバルバラは顔を上げる。神官は静謐と冷静であることを自分に課しているというが、こんなことが起きた後だからだろう、その表情には陰りが浮いている。

「どうぞ、ソファに座って下さい。報告は騎士から聞いていますが、何か行き違いがあるのかもしれません。神殿長様からもお伺いさせていただきたいのです」

バルバラはもう一度頭を下げると、メルフィーナの向かいの席に向かう。一度足元をふらつかせ、傍にいたモニカがぱっと手を貸した。

「私も今朝、カタリナに告解を受けたのです。彼女は、どうしても領主様のエールを呑んでみたかったそうで」

「エールですか?」

はい、と頷き、バルバラは心底情けないというように息を吐いた。

「なんでも、コーネリアから、領主邸で供されるエールは非常に美味であると聞かされていたのだそうです。神殿の暮らしには節制の誓願がありますので、本来美食の賛美は無作法なこととされています。その場ではカタリナもコーネリアを咎めたそうなのですが、ずっと気になっていたようで」

コーネリアは美食の賛美が非常に得手で、メルフィーナも常々感心したものだった。モニカにも語って聞かせていたようだし、同じ調子でカタリナにも話していたのだろう。

神殿の一行とは、夕べモニカと晩餐を共にした以外は彼女たちの部屋に食事を運んでいる。来客用ということもあり、飲み物は一度煮沸した水とお茶、ソアラソンヌから仕入れたワインだった。

言ってくれればいくらでも出したけれど、バルバラの手前ということもあるし、カタリナのあの性格からして、エールが飲みたいとは言えなかったのだろう。

「寝静まった後に領主様の城館をこそこそとエールを探して歩き回るなんて、なんと恥知らずなことを……本当に、申し訳ありません」

「いえ、事情は分かりました。神官様は今どちらに?」

「朝一番でソアラソンヌに戻しました。本来ならば本人から領主様に謝罪させるべきではあると思いますが、神殿の人間として領主様の前に出すことすら憚られると判断いたしました。――公爵様からの推薦を頂いたというのに、このようなことになってしまい、申し訳ありません」

バルバラはもう一度浅く頭を下げ、きっぱりと言った。

「カタリナは、しばらく外向きの仕事も控えさせて、神殿内でもう一度、神官としての心得を学ばせようと思います」

「そうですか……」

それが真実かどうかは、メルフィーナには分からない。だが追及してこれ以上あちらから「理由」を引き出すのは難しそうだ。

あまり強く追及して、藪から蛇が出るのは一番困る。

「分かりました、今回は一人の神官様の私欲によるトラブルであり、神殿が我が領に思うところがあったわけではないということでよろしいですね」

バルバラが深く頷いたのを確認して、メルフィーナも貴族らしい微笑を浮かべる。

「でしたら、この話はこれで終わりといたしましょう。カタリナ様への対応は神殿長様にお任せいたしますが、どうかコーネリア様をお叱りにならないでくださいね。あの方には我が領民を救って頂いただけでなく、魔物討伐の手助けまでしていただいて、とても感謝しておりますので」

神殿や教会は、権威や権力とはまた少し違い、敬意を払わなければならない存在だ。派遣されて来た神官をもてなすのは領主として当たり前のことであるし、節制の誓願をしているとはいえ、もてなしを受けることは教会・神殿両方で是とされていることのはずである。

コーネリアが言っていたように、もてなしのあるなしで神官が仕事をサボるわけではないからと最低限のもてなししかしない領主もいるようだけれど、あまり褒められた行いとはいえない。

「分かりました。みだりに私欲を煽らないよう、やんわりと告げる程度にいたしましょう」

今日の午後は予定通りメルト村で「祝福」を行うこと、その補佐はモニカに入ってもらうことなどを軽く話し合い、バルバラは応接室を出て行った。

ドアが閉まると、先日のオーギュストのように、ほっと肩から力が抜ける。

「どう思う? さっきの話」

「まあ、矛盾はありませんよね。地下にエールがあることは俺でも知っていますし、給仕のメイドから聞いた可能性もあります。というか、俺なら他に目的があったとしても見咎められた時の言い訳に、あらかじめ使用人に他の目的になりそうな質問をしておくと思います」

「オーギュスト卿らしいです」

「マリー様、それ、褒めていますか?」

その問いを、マリーはとっくに冷えたお茶を傾けることで黙殺した。

「まあ、どちらにしてもこれ以上は難しいでしょうね。あの神官を連れ戻して鞭打ちにしても、実りある展開になるわけでもありませんし」

「事なきを得たとはいえ、こちらでも今回のことは教訓にしなければならないわね」

息を吐いて、メルフィーナも冷えたお茶に手を付ける。

「神殿の人を前にすると緊張するオーギュストの気持ち、ちょっとわかっちゃったわ。こっちが驚くほど真剣で、なんというか、肩に力が入ってしまうわね」

「ですよねー」

マリーもこくりと頷く。

「コーネリア様が懐かしいわ」

「あの方は、あれで大分変わった方だと思いますけどね」

教会の「祝福」の時もそうだったけれど、どうにも「祝福」が絡むと疲れる顛末になるようだ。

アレクシスが資金の面でも教会や神殿を誘致するのは中々大変だと漏らしていたけれど、日常的にこんな出来事が起きるとすると、それもまた、憂鬱な話である。