軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

226.別れと二通の手紙

そろそろ出発の時間だと言われて領主邸の外に出ると、城館の前庭、冬の間の荷物を運びこむ馬車の列から少し離れて、子供たちがそれぞれ別れを惜しんでいた。

「俺とこいつはここにいるし、もう少し大きくなったらこっちからも会いに行きます」

「ああ、いつでも来てくれ。歓迎するよ」

ロドの言葉に頷くウィリアムに、兄の隣でレナは小さな手をウィリアムに伸ばす。

「あのね、ウィリアム様、これあげる」

「ありがとうレナ。――綺麗な石だな。どこで見つけたんだ?」

「こないだ森に行った時に拾ったの。メル様の瞳と同じ色だから、メル様にあげようと思ってたけど、また拾ってくるから、これはウィリアム様にあげるね」

「宝物にするよ」

冬の間、子供たちは大半の時間を共に過ごしておしゃべりやゲームに興じていたこともあり、身分の垣根はほとんど感じなくなった。

その分別れは辛いのだろう、みんなしんみりとした表情だ。

「ウィリアム、きっとまた会いましょう。手紙を書きます」

「セレーネ様……はい、きっと」

セレーネの差し出した手を握り、ウィリアムはじわりと涙を滲ませた。

「メルフィーナ様、荷物の積み入れが完了しました。いつでも出発できます」

「ご苦労様です。無事ウィリアムを公爵邸まで連れて行ってあげてください」

「お任せください。閣下からも、しっかり務めるように言われておりますので」

若い騎士は背中を伸ばして言うと、手に持っていた小さな箱を開き、メルフィーナに差し出す。箱の中は布張りで、羊皮紙と植物紙の手紙が一通ずつ入っていた。

「こちらは、閣下からメルフィーナ様にお渡しするように預かったものです。必ず手渡しするようにと」

「ありがとう。確かに受け取りました」

恭しく礼を執る騎士から小箱を受け取り、ウィリアムの元に向かう。

「ウィリアム、用意が済んだそうよ」

「はい、伯母様。マリー叔母様も、また」

「ええ、また会える日を楽しみにしています」

マリーと軽く抱擁しあったあと、ウィリアムがこちらをちらりと見る。前回はしなかったけれど、今日はメルフィーナも体を屈めてウィリアムを優しく抱きしめた。

「いつでもまた来てね。あなたを歓迎するわ」

「はい、伯母様!」

少し涙を滲ませながらも、ウィリアムはとびきりの笑顔で答える。そろそろ馬車に乗り込もうというときに、バタバタと領主邸から木箱を抱えたエドとラッド、クリフが出てきた。

「ま、間に合いました! ウィリアム様! お昼を作ったので、道中で食べてください。護衛の方々の分もありますので、よろしければ皆様で!」

「エド! 顔を見せてくれないから、寂しく思っていたよ」

「すみません、どうしても仕上げまで僕の手でやりたくて。……ウィリアム様、また来てくださいね。僕、それまでにもっと色々なものを作れるようになっておきますから!」

「ああ、その日を楽しみにしている」

料理が入っているらしい箱を追加で積み込む間、子供たちは笑って言葉を交わし、ウィリアムは馬車に乗った後も、動き出してからも何度も窓から身を乗り出して腕を振り、周囲を騎馬で護衛している騎士をハラハラさせていた。

「エド、たくさん料理を作ったのね」

「はい! あの、勝手をしてしまってごめんなさい。材料費とかは、僕のお給金から出すので」

「馬鹿ね、そんなことしたら私、すごーく怒るわよ」

つん、とエドの額を指先で突くと、まだ子供っぽさの残る顔立ちでえへへ、とエドは笑う。

「ウィリアム様はチーズとかホワイトソースのようなミルクを使ったお料理がお好きなので、マスとクリームのパイやチーズを入れたサンドイッチなどを作りました。それから、デザートにチーズのタルトも」

「きっといいお土産になったわ。ありがとう、エド」

「余った分は、みんなのおやつに取っておいてあります!」

わっ、と子供達も歓声を上げる。エドの作る料理はどれも絶品で、領主邸の住人はすっかり舌と胃袋を掴まれ済だ。

別れのしんみりとした空気も、それで少し和らいだ。

「エドには敵わないわねぇ」

「お茶を淹れて、執務室に運びますね」

マリーの言葉に頷いて、子供たちに声をかけ、執務室に戻る。

春を目前にそろそろ今年やるべきことの前準備も少しずつ増えてきた。

けれどひとまず、騎士から預かった二通の手紙を読むことになった。

* * *

マリーの淹れてくれたお茶でほっと一息吐いたあと、小箱に入った手紙のうち、まずは植物紙で書かれたものを開く。

こちらはアレクシスからのもので、ウィリアムの滞在に関する礼と、何か必要なものがあれば連絡を入れるようにという旨の後、もう一通の手紙について触れられていた。

そちらは元々アレクシスに宛てられたもので、エンカー地方に関わる内容だったが先に中身を検めさせてもらったこと。差出人はコーネリアが所属している教区の神殿からで、エンカー地方に対する「祝福」を行う打診だったことが書かれている。

コーネリアを経由して、まだエンカー地方に一度も「祝福」がされていないと聞いた神殿長が気を回してくれたらしい。

アレクシスの手紙には、神殿長は人徳があり信頼に足る人物であると思うが、判断は君に任せるとある。

あとはマリーにも息災であるよう伝えて欲しいことと、オーギュストの行動が目に余るようなら好きに懲罰して構わない旨が記されていた。

――こういうの、マリー宛にもう一通、手紙を書いてあげればいいのに。

アレクシスは相変わらず、少し気が利かない。そもそもあまり筆まめではないし、メルフィーナに送られてきた手紙も形式を守って伝えるべきことを箇条書きにした、まるで報告書のようだ。

――まあ、あれで案外詩的というほうが、ちょっとびっくりするけれど。

くすくすと肩を揺らしていると、マリーが不思議そうな目を向けて来る。

「アレクシスが、マリーによろしくって。あと、オーギュストが何かやらかしたら好きにぶっていいみたいよ」

「まあ、お兄様ったら」

「俺にももう少し、労いが欲しいところですねえ」

「労いに、ソアラソンヌに戻る休暇をあげましょうか? なんだかんだで、ずっと付いてもらっているし」

たまには休みも欲しいだろうとそう言ったのに、オーギュストはわざとらしいくらいぴっ、と背筋を伸ばす。

「いえ! 俺としましては、出来る限り領主邸にいたいです! 朝から晩まで書類に埋もれることもないですし、荷物を運んでいたら年配の同僚に捕まって嫁取りはまだかと説教されることもありませんし、何より抜群に食事が美味いので!」

「メルフィーナ様、懲罰用の棒が必要でしたら、どこかで見繕ってきます」

「あはは」

マリーの言葉にひゅっ、と肩を竦めたオーギュストについ声を出して笑ってしまう。

「まあ、今は比較的余裕があるけれど、夏はこの執務室も中々の書類の埋もれ具合よ。もちろん、公爵家ほどではないでしょうし、今年はいくらか、文官たちに仕事を振り分けるから去年よりはぐっと楽になると思うわ」

最初の年と去年の半ばまでは専任の文官がいなかったので決裁の全てはメルフィーナの手によって行われていたけれど、ギュンターとヘルムートの二人の地方執政官と共に文官も何人か入って大分形式も整ってきた。

冬の間にこれまで行って来た領主直轄の事業についても彼らに一からやり方を学んでもらったので、今年からは事務仕事に関しては、メルフィーナの負担はかなり軽減するはずだ。

「それにしても、結構文官への業務の移譲を急ぎましたね。なんとなく、メルフィーナ様はそういうことは自分でやりたいのかと思っていました」

「最終的には優秀な文官たちがエンカー地方を回してくれて、私は心行くまでだらだらするのが夢だもの」

「はあ……、叶うといいですね、その夢」

「メルフィーナ様、今からでも棒を」

「大丈夫よマリー。……だらだらはともかく、いつ何があるか分からないから。私がしばらくエンカー地方を離れることもあるかもしれないし、その間に代わりがいなくて事業が回らないなんてことにならないように、準備はしておかないとね」

「確かに、閣下にもルーファス様がいますから、それに越したことはないと思います」

オーギュストが納得したように頷くのに、それに、と小さく息を吐く。

「やっぱり私でないと対応出来ないことも、あると思うしね」

そう漏らして、もう一通、すでに封蝋を解いた跡のある羊皮紙の手紙を開く。

内容はアレクシスの手紙にあったように、エンカー地方の「祝福」を執り行いたい旨が記されていた。

――エンカー地方の領主は、私なのにね。

コーネリアから話を聞いたなら、メルフィーナが領主であることも、この領主邸に手紙を出すのが順当であることも分かったはずだ。妻は夫の所有物という感覚が根強い世界なのでこういうこともあるかもしれないけれど、なんとなく、チクチクとしたものが胸に刺さる。

それに、わざわざ「祝福」について神殿から言い出してきたことも少し不自然な気がする。

去年、教会に「祝福」に来てもらった後、神殿への依頼は保留になったままだった。

元々「祝福」はすべての子供に行うものでもないし、大きなトラブルは無かったものの、探りを入れられるような質問をされたことが胸に引っかかっていた。

それでもエンカー地方には教会も神殿もなく、「祝福」が足りていないのは事実だ。

今となっては、その「祝福」自体、なんだか胡散臭く感じるけれど、男の子だけやって女の子はやらずじまいというのも、公平ではないだろう。

デスクの引き出しから植物紙を取り出し、あいさつ文に続き、「祝福」を依頼する旨と、日程についてはそちらに任せるので使者に告げて欲しいと書き記す。

文字を内側にして丁寧に折って開かないように癖をつけたあと、宛先を書き、封蝋で留める。

紙が貴重ということもあり、この世界では複数枚の手紙を書くことは滅多にないし、封筒は普及しておらず、手紙はこの形式で送るのが最も一般的だ。

「マリー、ヘルムートかギュンターを呼んでくれる? それから、これをラッドに渡して、次のソアラソンヌへの買い出しの時に宛先の神殿に持っていって、返事も聞いてくるように伝えて。返事はすぐに貰えるとは限らないから、その間にして欲しいことも出発前にまとめておくわ」

「かしこまりました」

「……コーネリア様に、お土産に何か持たせたほうがいいかしら」

エンカー地方では何を食べても美味しい美味しいと感動していた神官が、教会の食事について語っていた言葉を思い出す。あのしょぼしょぼとした表情は、中々忘れられそうもない。

マリーも同じことを思い出したのだろう、メルフィーナの言葉に深く頷いた。

「それは、とても喜ぶと思います」

「チーズやエールはあちらでも作っているでしょうし、料理にすると運んでいる間に傷んでしまうわね。……ああ、ちょうどいいものがあったわ!」

ぱん、と両手を打ったメルフィーナに、マリーもオーギュストも不思議そうな表情をする。

長く熟成させたあれが、そろそろ食べ頃のはずだ。

試しにひとつ、領主邸に運び、エドに何か作ってもらおう。

「祝福」を受ける年頃の少女たちに通達をして会場を決めて、その他にも春本番を前に色々とやることも多い。

そうしたあれこれも、小さなご褒美で乗り切ることが出来るというものだ。