軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

215.帰還と再会の約束

事前に準備をしていても、当日になれば結局バタバタしてしまうのは前世も今世も変わりないらしい。

「メルフィーナ様、バスケットにサンドイッチ、詰め終わりました」

「ありがとうエド、こっちもケーキを焼き終わったから、オーブンが空くわ」

「あ、でしたら熱が残っているうちにもう一品作りたいです」

エンカー地方で穫れた果物を干して蒸留酒に漬けたものを使って焼いたパウンドケーキの粗熱を取っていると、小箱を抱えたマリーが厨房に入って来る。

「メルフィーナ様、瓶詰類も全て入れ終わりました」

「ありがとうマリー。……ちょっとお土産が多すぎたかしら?」

振り返ると、厨房のテーブルは所狭しと料理が並んでいた。エールや兵士たちの食料についてはすでに手配済みだけれど、今日明日の移動中に食べてもらう食事はちょっと張り切りすぎたかもしれない。

「きっと喜びますよ、お兄様も、神官様も。あと半刻ほどで出発になりそうです」

焼き立ては柔らかすぎるので、パウンドケーキは食べる時に各自で切ってもらうことにして、植物紙で包んで木箱に詰める。慌ただしく用意した料理を荷運びの兵士に渡し、マリーと共に領主邸の玄関から外に出ると、眩しい太陽の光に目を細める。

北部の冬はその大半が空を雲に覆われて、太陽が差す日は貴重である。今日はその、貴重な一日になったようだ。

「晴れて良かった。ソアラソンヌに着くまで、お天気が続いてくれるといいのだけれど」

前世のような天気予報など望むべくもないこの世界では、移動中の天候の変化は賭けである。これだけ晴れていれば、少なくとも逗留する村に着くまでは問題なく移動できるだろう。

城館の前庭には馬車が並び、荷物の積み忘れがないか確認している段階だった。先頭の馬車はもういつでも出発できる状態のようだ。

アレクシスはこちらに残るオーギュストとウィリアムと何か話をしていたようだ。その隣ではコーネリアとセレーネのメイドのユリアが別れを惜しんでいた。

「アレクシス、今回は本当にありがとう。またいつでも来てちょうだい」

「そうさせてもらう。マリー、息災で。ウィリアム、私がいない間は、マリーとメルフィーナを私の代わりに守ってくれ」

「勿論です伯父上!」

「ふふ、小さな騎士様ね」

力強く答えるウィリアムにメルフィーナとマリーはくすくすと肩を揺らして笑う。

和やかな家族の別れの挨拶の横で、到底和やかではない雰囲気を抱えた存在もあった。

「領主様……本当に本当に、お世話になりました。わたし、一生エンカー地方で過ごした時間を忘れません」

コーネリアは元々涙もろいところがあるようだったけれど、すでにそばかすの散った頬を涙で濡らしている。夕べは眠れなかったらしく、目のあたりはしょぼしょぼとなっていた。

「神官様、元気を出してください。馬車に道中の食事やお土産も、沢山積んでおきました。焼き立ての焼き菓子も入れてあるので、道中で楽しんでください」

「うう、ありがとうございます領主様。ですが、こんなことを言ってはいけないと分かっていますが、帰りたくないです」

丁寧に叩き洗いを繰り返してなんとか白さを取り戻した法衣に身を包み、すっかり帰り支度が済んでもコーネリアは肩を落としたまま、未練たっぷりに声をかけたメルフィーナを見つめてくる。

未練があるのはメルフィーナではなくエンカー地方の美食であるのは分かっているけれど、ここまで熱烈な視線を向けられるとなんだか少し照れてしまう。

「今生の別れという訳ではありませんよ。また来ればいいではないですか。いつでも歓迎します」

「次にこちらに来ることが出来るのは何年後か、もしかしたら二度と来ることが出来ないかもしれないと思うと、ああ、体から力が抜けて……」

元々コーネリアは神殿の暮らしが合わないことは隠していなかったけれど、よほど戻るのが辛いのだろう。

なんとか元気づけてあげたいけれど、神殿に所属する神官に帰らなくてもいいと言う訳にもいかない。困り果ててアレクシスに視線を向ける。

「コーネリア殿は毎年プルイーナ戦にも随伴してくれる優れた神官で、私も信頼している。エンカー地方に神官が必要なときは、コーネリア殿に依頼できるよう、神殿長にも伝えておこう」

「私も神殿への心づけに、神官様を信頼するという書簡を付けます」

「ああ、公爵様! 領主様! 感謝いたします!」

「私とも、またお会いしましょうね、コーネリア様。お手紙を書いてもいいですか?」

寂しそうに言うユリアに、コーネリアは蕾が綻ぶように笑った。

「もちろんですユリア様。ソアラソンヌ南教区の神殿所属のコーネリア宛に、お手紙をください。わたしも書きます」

「きっとですよ」

二人は気が合うと思っていたけれど、すっかり友人の様子だ。

手を取り合って別れを惜しむ二人を眺めていると、マリーにそっと手を取られる。

「マリー? どうしたの?」

「メルフィーナ様が、とてもお寂しそうな様子だったので」

気遣いの中に、ほんの少し拗ねたような色を滲ませるマリーに、メルフィーナも笑ってその手を握り返す。

「マリーもアレクシスが帰ってしまうし、寂しいわよね。私がいるから大丈夫よ」

「……そういうことではないのですが、そういうことにしておきます」

そう言ったマリーの反対側の手を、ウィリアムが自然と握っている。

子供らしい気遣いと、初めて彼に会ったときとはすっかり変わった様子に、自然と頬が緩んだ。

別れを惜しみ、再会の約束をして馬車に乗り込んだ二人を見送り、後続の馬車がすっかり城館から出て行って正門が閉じられると、途端に静寂が耳をつく。

冬は元々、とても静かな季節だ。人の気配が減っただけで、それを強く実感した。

「すっかり静かになってしまったわね」

「子供たちもいますし、きっと、賑やかな冬が続きますよ」

「そうね。冬の間に出来る楽しみを、もう少し増やしてもいいかもしれないわ」

住人達と団欒し、刺繍を刺し、領地のことを考えているうちに、やがて冬は終わるだろう。

春になれば雪が解けて、実りと収穫が始まる季節だ。すぐに麦穂が揺れ、麦の収穫が始まり、その頃にはまた近隣の都市や町から職人たちが集まって来るだろう。

エンカー地方とメルト村の城壁の草案をまとめておきたいし、まだまだやってみたい事業も試してみたい技術もある。

「ここにいたら冷えてしまうわね。中に入って、温かいお茶でも淹れましょうか。結局詰め切れなかった料理やお菓子があるから、皆で食べましょう」

「私、殿下やロドたちを呼んできますね!」

「ああ、ウィリアム、走っては駄目よ……って、行ってしまいましたね」

「男の子は本当に元気ね」

マリーとそんなことを言い合いながら、領主邸に入り、ふと外を振り返る。

冬が始まり、そして深まっていくほんの短い間に、なんだか色々なことが起きてしまった。

これから解決していかねばならないことも、考えなければならないこともたくさんある。

――でも。

「メルフィーナ様?」

「なんでもないわ」

マリーに声を掛けられて、メルフィーナが領主邸に入ると、オーギュストがドアを閉める。

――きっと、なんとかなるわ。

自分は楽天家とは言い難いけれど、そう信じられるのは、自分が一人ではないと思うことが出来るようになったからだろう。

ふっと口元をほころばせて、自分を待っていてくれる人たちの元へ歩き出した。