軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

他人の事情

「ごめんなさい。初めて会うのにこんなことを言うのもなんだけれど、普通の婚約者は花街で春を売ってこいだなんて言うわけないと思うの」

花街で行われる仕事は、生半可な覚悟で行くような場所ではない。自分の確固たる意思を持って向かい、職に就くような場所である。誰かに言われてほいほい働きに行くようなところではないのだ。

「やっぱそうだよね。うちの親父も酔っ払って、花街にでも行って金を稼いでこい、簡単に大金が手に入るから、なんて言っていたから、きっと大変な場所なんだろうな、とは思っていたけれど」

まだ繊維工場でこつこつ働いていたほうがいい、と助言しておく。

「それから稼いだお金は自分で管理しておいたほうがいいわ」

「でも、家に置いていたら親父に盗まれるし、持ち歩いていても奪われるし……」

「だったら銀行商に預けて――」

と言いかけたものの、彼女は身分証を持っていないので銀行商でお金を預けることができない。

手の打ちようがない、なんて思っていたら、彼女の腕には青あざのようなものを発見してしまう。

「ねえヘルタ、もしかしてその内出血って」

「作業中に誤って棍棒をぶつけてしまったんだ! って、言うように命じられていて」

「誰に?」

「親父に」

思わず頭を抱え込む。

「ごめん、こういう話、これまで他人にしたことなんてなかったのに、あんたが少し死んだ母親の面影があったから、つい……」

ここまで話を聞いてしまった以上、放っておくわけにはいかない。

ラウライフに連れていけば、父が仕事を与えてくれるだろう。

けれどもいきなり過酷な環境に彼女を連れて行くは気の毒である。

レヴィアタン侯爵に相談したら、彼女を保護するだけでなく、仕事も斡旋してくれないだろうか。

もしも難しいと言われたときは、ヴィルにお願いしてみよう。

それでもダメなときは、ホイップ先生に相談して、家付きのメイドとして雇えないか交渉したい。

ミュラー男爵にも貸しがあるので、彼女をお店で雇ってくれないかお願いもできる。

ラウライフへ連れていくのは最終手段にしよう。

とにかく、この気の毒な女性を放っておくことはできなかった。

「ねえ、ヘルタ、あなた、私と一緒にこない?」

「え、あんたと?」

「ええ。もう家に帰らないほうがいいわ。婚約者とも会わないほうがいい」

ヘルタは心のどこかで、周囲の人々からの扱いに疑問を覚えていたのかもしれない。

私の突然の提案を拒絶せずに、「そんなことをして、いいのか?」と呟いていた。

「いいのよ。このままだったら、あなた自身がすり減って、人生が台無しになるから」

「あたしの人生なんて、あってないようなもんだと思っていたんだけれど」

「そんなことない! 若いんだから、十分可能性があるわ」

「あんた、あたしよりも若いのに、ずいぶん達観したような物言いをするんだね」

「それは、気のせいよ、きっと!」

前世では三十年以上生きているので、ヘルタよりは人生経験があるのだ。

「私の後見人に相談して、仕事と住む場所を用意できないか聞いてみるから」

「ありがとう。でも、そこまでよくしてもらっておいて、あたしはあんたに返せるものなんてないのに」

「大丈夫、気にしないで」

ヘルタからここで働く男性の中に、叔父らしき人がいないか聞くつもりである。

情報と引き換えに、彼女を助けるのだ。

「そんなわけだから、仕事が終わったら家に帰らず、私のところに来てくれる?」

「わかった」

叔父を探しにきただけなのに、うっかり他人の事情に深入りしてしまうなんて。

しかしヘルタの不幸過ぎる状況を放っておくわけにはいかなかった。

ひとまず彼女を連れ帰って、工場内についての情報を聞き出そう。