軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

空を飛ぶ

ジェムはシートベルトのように私の体に巻き付いた。

私が落ちないようにしてくれたのか、それともライバル視しているセイクリッドに直接乗りたくなかったのか、本心は謎でしかない。

ヴィルが合図をだすと、セイクリッドは羽ばたく。

二回、三回と翼をはためかせるだけで、大きな体が浮かんだ。

浮遊魔法や飛行魔法をしっかり学んだあとだと、この大きな体で空を飛べるのは奇跡のように思えてならなかった。

セイクリッドはすいすいと街の上空を飛んでいく。

ドラゴンが大きな影を地上に映しだすと、子どもだけでなく、大人までも驚いた顔で空を見上げていた。

「セイクリッド、すごいわ! あなた、上手に空を飛ぶのね!」

こんなに大きな体なのに、私がブリザード号で乗るよりも飛行が安定している。

まったく揺れないし、風の抵抗も感じない。それらは魔法の制御によって成り立つものなのだ。ヴィルがしているのかと思っていたが、そうではない。セイクリッド自身が乗っている人達が快適に過ごせるよう、魔法を展開させているのだ。

よしよし、とセイクリッドの背中を撫でていたら、ジェムがとんでもない行動にでる。

突然、球体に戻ったかと思えば、その身を投げだしたのだ。

「えっ、ええ!?」

そのまま落ちると思いきや、ジェムの体は宙に浮き、ドラゴンの飛行に並行して飛んでいたのだ。

「なっ、なぜなの!? どうして空が飛べるの!?」

ジェムはどうだ! とばかりの目で私を見ている。

お願いだから、飛ぶときは前を向いてほしい。

いやいや、そうじゃなくて!!

衝撃で体がぐらりと傾いたが、ヴィルが腕を回し、ぐっと引き寄せてくれた。

「ミシャ、あまり空の上で暴れるな」

「だ、だって、ジェムが空を飛んでいるんですよ!? 冷静でいるほうが難しいです!!」

「それはまあ、そうかもしれないが。正直、私も驚いた」

ヴィルを振り返ると、飛行するジェムを眺め、クールな様子でいる。まったくびっくりしているようには見えなかった。

「ジェム、あなたがとてもすごい精霊だってことはわかったから、戻ってきてちょうだい!」

そうお願いすると、ジェムは空中でぴょんと跳ね、セイクリッドの背中に着地する。

「ねえ、さっきの空中でのぴょん、はどこを跳ねたの!?」

気にしたら負けなのだろうが、何も見なかった振りはできなかったのだ。

当然、ジェムは説明するわけもなく、再度私のシートベルトと化す。

回されていたヴィルの腕は、ジェムが触手でぺんぺん叩いてどかしていた。

「ジェム、あなたは本当に、理解の範疇を遙かに超えたことをしてくれるわ……」

褒めたわけではないのに、ジェムは嬉しそうにチカチカ光っていたのだった。

そうこうしているうちに、ツィルド伯爵邸の上空に到着した。

「この家はセイクリッドが降りられるような広場はないから、このまま飛び降りる」

「はい?」

ヴィルはジェムのシートベルトを力ずくで剥がすと、私を抱き上げる。

ジェムは私の胴体に巻き付き、不服だとばかりに抗議するように赤く光っていた。

「あの、いったい何を」

「歯を食いしばっておけ」

「なっ――ッ!!」

ヴィルはツィルド伯爵の庭をめがけ、私を横抱きにした状態で飛び降りた。

ただ、ジェットコースターのような感覚はなく、気がついたときには地上に着地していた。

「え、こ、これは?」

「どうやらセイクリッドが転移魔法で地上まで送ってくれたらしい」

ヴィルは魔法で抵抗をなくした状態で着地する予定だったようだ。

心臓に悪いので、その辺はしっかり説明してほしかった。

セイクリッドは数回空の上で旋回したのちに、どこかへ飛んでいってしまった。

ツィルド伯爵邸の庭は高くそびえる薔薇の生け垣が迷路のようになっていて、抜け出すだけでも一苦労、といった感じである。

「転移するなら、玄関にしてほしかったな」

「安全に着地させてくれただけでも感謝しましょう」

「それもそうだな」

十分ほど庭でさまよい、やっとのことで玄関にたどり着く。

ヴィルがノッカーを叩くと、すぐに扉が開いた。

扉の向こう側には誰もいない。どうやら魔法仕掛けの扉のようだ。

エントランスにも人の気配はなかったが、箒を握った三歳児くらいの小さな人影を発見した。

「あっ!」

私が声をあげると、花台と花瓶の影に溶け込み、姿が見えなくなってしまった。

「家事妖精だな」

「初めて見ました」

家事妖精というのは、掃除、洗濯、炊事などの家事を担ってくれる妖精だ。

たいてい魔法使いに依頼して、家に縛り付けるような契約を結んでいる。

土地にある魔力と引き換えに労働してくれるわけだが、なんだか気の毒というか、可哀想な魔法なのだ。

その後も、使用人がやってくる気配はない。

どうやらこの屋敷は、使用人を雇わず、魔法や家事妖精の力で維持されているようだ。