軽量なろうリーダー

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

作者: イチイ アキラ

本文

ある日、夢をみた。

この国の未来を。

「――つまり。僕らの子世代に」

「はい」

アルフレッドは愛する婚約者がみた夢に――正直に言って、まず喜んだ。

「ふふ、僕らに子供……」

「も、もう。殿下っ」

自分たちの未来。自分たちが結ばれて子もいる未来を、この愛する婚約者は 夢みて(・・・) くれたのだ。喜んだってしょうがない。

王太子アルフレッドが、婚約者のエステルを溺愛しているのは有名だ。初めての五歳の出会いで、膝をついて愛を請うて、彼女だけ愛すると誓ってから十二年。

いや、子が産まれるなら側妃とかとらなくて済む、と……薄らと笑う。溺愛しているという話が広まる今でも、自分の娘を側妃に上げようと、さらにはエステルを押しのけ正妃にしようと、考える愚か者が多いのだ。

エステルはアスター公爵令嬢だが、まずは顔合わせ、お見合いのはずの時点で。アルフレッド王太子に一目惚れされ、以来十二年間。王太子の愛は深まるばかり。

何と彼女は、アルフレッドと出会う数日前にも夢をみていた。

この、プラチナのような目映く輝く金髪に深い青い瞳をした美少年に膝をつかれ、上目つかいでうるうると「けっこんしてください」と言われる、夢を。

アスター公爵は王妃という大変な役割に大事な娘を、と渋っていた。

それに娘の不思議な力を、さては王家は取り込みたいのか、と……。

しかし、王太子の娘にメロメロな様子にすぐに「あれ?」となった。

王太子妃教育で意地悪な教師――他に王妃を出したい他の家からの刺客――に気がついて変更させたのもアルフレッド。

王宮に通うエステルにつけられる護衛を、一から面接したのもアルフレッド。案の定、こっちにも刺客がいた。

それでも大変な王太子妃教育に「僕が頑張れば良くない?」と娘の将来の仕事を先んじて請け負おうとしたり。それは娘が頑張りたいからと断れば渋々と引き下がり。その代わり休憩時間を多くとってね、とスケジュール管理を見直していった。

物語に出てきた挿絵の人魚の姫が髪に真珠をつけていて。きれいだなと娘が思って小さくつぶやいた次の瞬間、エステルの髪を飾る真珠を自分で用意したい――獲りたいからちょっと海に行って潜ってくるね――は、全力で止めた。娘が真珠よりふつうのリボンの方が軽くて好きと宥めたらリボンが代わりに贈られた――気がついたら王太子が自分ひとりで城下町まで買いに行っていて、護衛たちが悲鳴をあげて探していたのは後々のためにふせられた。すいません。

エステルのデビュタントのドレスをデザインしたいから今のうちから泊まり込みでデザイナーに師事をと言い出したとき、それは親の役目だから楽しみだからと、王様と王妃様にも止められた。将来もしお前に娘が産まれたとしたら、姫のドレスの諸々選ぶことを誰かに譲れるのかと諭されてはっとして公爵にごめんなさいした王太子。ありがとう両陛下。さすが同じ親目線。でもデビュタントが終わったら遠慮なくドレスが贈られてきた。

裏、ないな?

ベタ惚れだな?

王太子は何故にこんなにもエステルを好きなのか。アスター公爵の方が気にして尋ねたら、美少年はもじもじしながら「雷にうたれたみたいだった」と、エステルを一目みた瞬間のことをその後三時間は語った。ちなみにアスター公爵も子と妻ラブだから、大いに頷いて話ははずんだ。

エステルは確かに美女である奥様に似て艶やかな濃い茶の髪に琥珀のような瞳の美少女であるので、ひっそり三時間に付き合わされた使用人の皆さまも頷いていた。

外見だけが好みなのかと思いきや。エステルがひどい熱にかかり顔が真っ赤に、パンパンに腫れたときもアルフレッドは「赤い顔の君も好き」と止められているのにエステルを安心させたいと告げに病室に突撃し、娘の寝室に入るなとアスター公爵に拳骨をおとされた。でも公爵は夜に奥様に号泣した。ありがたいことだと。

ちなみにうつって、王太子も赤い顔で寝込んだ。

二人とも治って良かった。

「君の笑顔が大好き」

「一生懸命王太子妃教育頑張ってくれてるのも大好き」

「甘いチョコレートが好きなところも大好きだし、苦手な苦いコーヒーも最近飲めるようになったのもえらい、大好き」

「女性探検家のサリエットの物語が大好きなのは知ってるけど……うん、冒険は僕と行こうね? 大好きだから。え、行かない? 行けない? あれは物語の空想の世界? そんな現実みてる君が素敵で大好き!」

治ってからも賛辞はおさまらなかった。

娘をよく見ているし理解してくれているなと、その頃には公爵も王太子を気に入っていた。

娘と王太子の治世が平和になるためには、頼まれていないけどいくらでも力を貸そう。後見人になろう。頑張りたい。本当に頼まれていないけど。お義父さんて呼んでも良いよ。

そんな二人も今は十七歳。

今日は学園も休み。だから王太子妃教育もほとんど終わっているエステルは、ただ普通にアルフレッドにお茶に誘われて登城していた。残りの勉強――王家のやばめなお話や仕来りは、結婚してからにとアルフレッドから止めていた。自分に何かあって――その時にまだ王家に嫁いでいないのに、そんなことを覚えていたら、エステルの方こそ危険じゃないか、と。

ちなみにエステルを幸せにするまで死ぬ気はさらさらないけど。「エステル と(・) 」ですよと、愛しい婚約者に訂正された。好き。

そうしてお茶しながらの話題は、エステルが久しぶりに夢をみた、と。

「私たちの子世代に、ミーズ伯爵の庶子が学園をかき乱して、もしかしたら私たちの子まで……」

エステルの話をアルフレッドは信じている。

彼女は、時折、夢で先をみる。

自分の婚約を受け入れてくれたのも夢でみたからだと言われたらなおさらに。ありがとう、夢の神。いるかわからないけど。

夢では。

ミーズ伯爵の庶子が高位貴族の子や、騎士団長の子。大商人や神殿の長の子らを味方につけて、意地悪な異母姉を断罪するのだという。

だがそれは冤罪。

姉のものを欲しがり奪い、虐めて――家では使用人の如き扱いをしていたのは庶子の方。

伯爵である父に愛されているのは自分の方だから、と。そして何と、伯爵自身もその虐待をしていた。

愛する愛人の子の方が、政略で親に決められ押し付けられた妻の子より……と。

夢は、冤罪を明かされた庶子や虐待をしていた伯爵と、関わった子息たちの哀れな末路で終わった。

問題は。

そこに、場合によっては自分たちの子――王子も加わる可能性がある、と。

「って、ミーズ伯爵家て、マリア嬢が跡取りだよね? 父親? 庶子? 愛人?」

アルフレッドが気がついた。ミーズ伯爵家はマリア嬢という一人娘が跡取りだ。クラスは違うが同い年で知っている。ずいぶんと優秀な女生徒だ。エステルには負けるが。

なのに何故、庶子が? 父親は婿であろう?

「そう、マリア嬢は流行病で……クリオ子爵家のナイアスさまと婚約しているのだけど」

夢ではマリア嬢が流行病で亡くなることから後の世のミーズ伯爵令嬢――ユリアの苦しみは始まっていた。彼女こそがマリアの娘。正統な跡取りである。

ナイアスは何と葬儀のあとすぐ、平民の愛人を家に呼び寄せる。その娘――何とユリアと同い年のポーラという子をも。

「何て裏切り」

許せないと、婚約者第一のアルフレッドの瞳が怒りに燃える。

「ナイアスさまはユリア嬢が成人、学園を卒業するまでの中継ぎのはずでした。庶子にはミーズ伯爵家の血もないのに」

しかもナイアスは子爵家の三男なはず。ポーラという娘がミーズ伯爵家にはなんら関わりがないはずだ。

「でもミーズ伯爵家って……」

「ええ」

確か、先代が商売に失敗し、家計が苦しいとか……だからか。

王家は、きちんと把握していた。もしも伯爵家が潰れたら、そのとばっちりは他の家や領民に行く。

最悪にならないよう、申請が来たら王家からも援助をやりくりする予定だった。だから裕福なクリオ子爵家が手を差し伸べたと報告があり、安堵していた。調べてみたら悪くはない条件での関係のようであったし。

ほっとしていたのに。

「ナイアス、そういうやつだったんだな」

未来のミーズ伯爵の夫だということで、アルフレッドも何度か言葉を交わしていた。

そう、マリア嬢もナイアスも、二人の前では仲も悪くなさそうだった。夜会などで並んで参加しているのをみていたそれは、上辺だけだったなんて。

……これはクリオ子爵家の、乗っ取りか?

いや、まだこれはエステルの夢だから――では、何故そんな夢をみたか。

「……ねぇ」

「はい、アルフレッド様」

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

「ええ」

愛しい君と僕の将来の国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

夢で先をみるということを無条件で信じてくれる愛しい婚約者に、エステルも艶やかに微笑んだ。

彼女もまた、こんなにも己を愛してくれる存在に愛を返す――一目惚れをしていたのは、実はお互い様。夢をみた分、自分の方が先なのは内緒。

愛するひとの国の未来の世ため、日々己を高めようと頑張る。

それは未来の王と王妃。

――すでに諸々、覚悟も。

「それに流行病は止めませんと」

「あ、そうだよね。さすが僕のエステル!」

クリオ子爵家のナイアスは辛気くさい婚約者に辟易していた。

ミーズ伯爵家のマリア嬢は確かにぱっとした華やかさはないが、淡い茶色の髪と若葉色の瞳は優しげであるというのに。

辛気くさくなるのは自分のせいだとは思いもしないナイアスだ。自分が借金の返済のために婿になってやるのだと、常に上から押しつけていては。

ナイアスは爵位が上のマリアが自分に逆らわないのは、借金のせいではなく、惚れられているからだとも思っていた。

あんな辛気くさい女。自分のような金髪碧眼の美形に婿になられて、喜んでいるだろう。

そう、彼は 次期伯爵(・・・・) ということで、方々でちやほやされるうちに思い上がってしまった。

確かに後の世に少年たちを籠絡する少女の 素(・) になるくらいだから、顔は良かったが。

自分がものすごく出来る男だから、良い男だから、このように皆から慕われるのだ。話しかけられ、微笑まれて。高位貴族の皆様とも肩を並べて、お話しすら。

いつしか見下していた。

子爵でしかない父や、見習えといつもいわれている兄たち――ぱっとしない婚約者のマリアを。

だから自分はマリアなどという婚約者を 押しつけられて(・・・・・・・) 伯爵となるのだ。

そうだ。俺が 伯爵(・・) なのだ。

それがエステルの夢の中のナイアス――このままならば。

ところが。

「え、婚約が白紙?」

親がため息をついている。

「え、だって借金が?」

「アスター公爵家がミーズ伯爵家の特産の果実を気に入って、先行投資してきたそうだ」

「特産?」

これから婿になるというのにそれすら知らなかったナイアス。

「先代が失敗した商売を、アスター公爵家が後見になって……今度は成功しそうだ……」

「そんな……」

「むう、上手いこと伯爵家からのツテが手に入ると……お前を良いところの婿にしてやれると……」

クリオ子爵が手を回して商売の邪魔をしたのではなかったから、アスター公爵家はそこまでは追求はしなかったが。

子爵の商売の腕なら、時間はかかっただろうが、伯爵家の建て直しもできたろう。子爵家の介入は、王家が調べていた通り、真っ当で。

子爵家は伯爵家からの繋がりでさらに商会を広げたいのが目的で。

――決して、乗っ取りなどと恐れ多いことは。

借金は、返された。

しかもナイアスとマリアの婚約もアスター公爵家が間に入り、きれいに解消された。ミーズ伯爵家にもクリオ子爵にも、互いに筋を通して。

だからこれからも互いにしがらみもなく。良き関係でいられたはず。

クリオ子爵はしっかりとしていた。跡取りの長男と補佐でスペアな次男。婿出しの三男を上手いこと上級貴族との繋がりにできたと、喜んでいたのに。

子爵のただ一つの失敗は。

長男と次男はしっかりしていたから、同じように育てた三男もまた、しっかりしていると油断したこと。哀れなことでもある。

エステルの夢の中では子爵も流行病で亡くなっていたのが不幸だろうか。

彼が生きていれば、正統な孫をきちんと扱っただろうから。

それに冤罪後、子爵家にお咎めが少なかったのは、結婚後伯爵となり兄たちより地位が上になったと増長した三男が、子爵たちの諫める声を聞かなかったからともある。

それもまた夢の中。

ナイアスは次の日。

ミーズ伯爵令嬢を学園で探していた。

どうして婚約をやめたのか尋ねたかった。お前は自分に惚れていたのだろう、と。

「マリア!」

見つけて叫ぶように呼びかけると――

「無礼な。下がりなさい」

王太子に溺愛されている婚約者のアスター公爵令嬢にとめられた。

「わたくしたちが話をしているのがわかりませんの?」

無礼だ。

しかし、ナイアスは愚か者だった。

つい先日、夜会で挨拶したとき。そのまま会話にてアスター公爵令嬢はナイアスが話したことに笑って相づちを打ってくれていたから。

だから自分はこの方に話しかけることを許されていると……。

――その時は隣にマリアがいたのに。

「あ、申し訳ありません、私はそちらのマリアに用がありまして――」

「無礼な」

再び。

エステルが、扇の向こうで不愉快そうに眉をひそめたことに、ナイアスは「え?」と、本当に解らず戸惑った。

「何故、ミーズ伯爵令嬢を呼び捨てにする?」

そして何より。

「何故、わたくしに直答している」

つい先日までは許されていた――先日まで。

マリアの婚約者であるうちは。

マリアには一度一瞥されたが、軽く視線を伏せられ――ふいと視線をそらされた。それは婚約者でもなければ当然の、むしろ今までを思えば、無視が一番優しい対応だったのに。ミーズ伯爵家はクリオ子爵家に恩があったから、の……――。

「それで、その果実の種から作る化粧水なのですが……」

「柚子にそのような使い方が……」

「果実が新鮮なうちにそのまま湯船に浮かべるのは季節限定ですし、通年使える工夫もしたいですね……」

「実はジャムにも……」

目の前で少女たちはミーズ伯爵家の特産品についての話にはずんでいる。

王太子妃教育がほとんど終わっているエステルに、教育の代わりに伯爵家の建て直しを手伝わせてみようという、王家と公爵家のやりとりもあり。

それを理由にしてミーズ伯爵家の借金に介入したのだ。

もちろん 王家(自分の家) と公爵家に計画を持ちかけ手を回したのはアルフレッド。思っていた以上に何故か協力的な公爵家には、毎回驚きつつ。もうすぐお義父さん、いつもありがとうございます。

少女たちに無視をされ――己の身分を理解していないナイアスはぽつんとたたずんでいた。

やがて屈辱に怒りに顔を赤く染め、マリアの肩を掴まなければ。エステルの目の前でマリアの頬を叩こうと、乱暴を働かなければ。彼はまだ――夢のとおりな罪は犯していないと、見逃しても良かったのだが。

――結局はその程度の男。

――僕らの未来に必要かな?

待機していた、いやむしろエステルに常に配備されている護衛たちに抑えられたナイアス。

彼は即座に牢に。

身分が上なミーズ伯爵令嬢への暴行と、アスター公爵令嬢への無礼と、暴行未遂で。あのまま暴れる可能性があれば彼女も危険だったから。

「ごめんね、まさか君に危険が……」

「いいえ、この程度は。むしろマリアさんが肩をひどく掴まれて……」

「うん、ちゃんと医師の派遣はしたから。あ、ちゃんと女医さんで!」

エステルのために優秀な女性医師を――女性だが医師になりたい優秀な者のための援助を数年前からしているアルフレッド。これはこの国の医療の発展にも女性の自立にもつながり。理由や罹患部位により、医者にかかり辛かった女性も減ることになり。

王妃や嫁いだ王女たちにも喜ばれている。

うちの王太子、やるわね。

「クリオ子爵家はどう出ました?」

「まぁ、あの家自体は悪くはなかったからね……」

ちゃんとしていたのに、どうしてあんな男が。

野心はある家だったが、調べてみて長男や次男はきちんとしていた。三男は――つまりは、彼のもって生まれたどうしようもないことだったのだろう。

ナイアスを牢に迎えに来た父と長男は、それでも彼のために頭を下げていた。マリア嬢へも。

子爵家はナイアスのマリア嬢への態度を――まさかお前の方が爵位が下で、お前は「婿入り」なのだぞと――理解して無かった息子に、心底からミーズ伯爵家へ謝罪した。

把握し、教育が足りなかったのも、確か。

しかもまさか――マリア嬢が自分に惚れているだなんて。そんな己惚れで思い上がりをしていただなんて。

その挙げ句に逆上だ。

見下していた相手に無視されたからと。あの無視は、アスター公爵令嬢の手前ならば当然の態度で、マリア嬢の優しさだったと――事情を知った兄たちから説明されて、やっと解って……後悔した。己の思い上がりを。

ミーズ伯爵家にしてみれば、直前まではクリオ子爵家は恩人。

だから今までの関係によって、ナイアスへの罰は鞭打ちなどもなく罰金だけ。牢からの保釈金も大変だったろうからと、マリア嬢もまた許した。止めてくれた方たちにより、ケガは軽く済んだことだし。

今までの態度は確かに酷かったが、借金を立て替えてくれていたクリオ子爵には、本当に感謝をしていたから。

――本当に、エステルの夢で間に合った。彼女は まだ(・・) 。夢の中のように子を――ナイアスに身体を許してなかったのは不幸中の幸い。

ナイアスもまた、その後すぐ、思い知った。

自分は、ミーズ伯爵家の婿入りだから、地位や価値があったのだと。

伯爵令嬢のマリアがいたから、その婚約者だから。高位貴族が使えるサロンに入れたし、高級店にも顔パスで入れた――何より王太子や公爵令嬢とも話ができていたのだ、と……。

彼はやがて、長男が後を継いだ子爵家の商会にて、働き始めた。

身分を理解し、色々と反省した彼は、接客も考えてできるようになっていた。それは貴族相手でも平民でも、変わらず丁寧な対応を心がけると――。

やがて平民の女性と結婚し、娘が生まれたという。

彼もまた、エステルの夢にてある意味救われた者の一人だろう。

実の娘を虐げ――罪を犯さずにすんだのだから。破滅を免れて。

流行病は、何とアルフレッドが支援していた医師が留学していた国に、対策の前例があった。

その医師からの報せ。夢のなかでは間に合わなかったその報せを、今の時期から。

王太子は先見の明があると皆が讃えるが、本人だけは不満げに。

「エステルのおかげなのに」

けれども彼女のために医師たちを育てようとしたり、そもそも「夢でみた」などという荒唐無稽なことを彼が信じるからこそだ。

エステルは、だから彼の功績だと思う。

難産で死にかけたのも、また彼が医療に力を入れていてくれたから助かったのだし。彼こそ本当に先をみているひとだ。好き。

そうして産まれた我が子が――ミーズ伯爵家の令嬢を一目見て、雷にうたれたように固まっている。すぐに片膝をついて「けっこんしてください」と言っている姿に、すごい既視感。

ミーズ伯爵家のマリアは病にて亡くなることもなく。その数年前に良き縁にて婿を迎えていた。特産品もアスター公爵家からの援助がなくても、もうやっていけるようになっていて。

そして今日、ユリアと名付けた娘もそろそろ礼儀をおぼえられたからと、一度エステルにご挨拶をと連れて来たところ。

王太子(父親) にそっくりな王子が一目惚れをした。

それを見ていたアスター公爵が、懐かしいと微笑み、腕の中にいる産まれたばかりの王女――孫をあやす。こちらは妻と娘に似て艶やかな濃い茶色の髪に、しかし王太子譲りの深い青い瞳。これもまた可愛らしい。

王太子も義父の腕の中の娘を、その美形な顔を台無しにも本望と、あやしている。可愛らしいとまた三時間は語り合うのだろうか。

「……この子が大国の王太子に一目惚れされる夢をみたって、いつ伝えようかしら?」

娘が産まれた日からデビュタントのドレスをどうしようか悩んでいる王太子――今や夫は、父と変わらず仲が良い。あの時、お義父さんが選んだエステルのドレスは妖精、いや天使、いや女神のようでした。さすがです。尊敬です。この子もきっと……――そこに、数年後には近隣の強大国の王太子が加わる談議。

きっと、その夢も良きように手を打ってくれるだろう。