軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十七話 弱肉強食

遠くから見えた泉が結構大きいことは分かっていたが、すぐ近くまで行ってみると、普通に人が泳げそうなくらいの広さがあった。だいたい五十メートルプールくらいだろうか。

泉の向こうは急な勾配の坂――というより、切り立った崖になっている。左右から回り込めば崖の上に行けそうなので、後で魔物が居ないか確かめておいた方がいいかもしれない。

「この泉、すごく透き通ってるわね……水の魔物がいるかと思ったけど、生き物自体がいないみたい」

「そうですね……泳げるようなら、私が中に入って詳しく調べてみましょうか」

五十嵐さんとリョーコさんの二人が相談しながら泉に近づいていく。先ほどまでは泉の近くに三、四体のストレイシープがいたが、逃げてしまったのか出てこない。

泉のほとりには小さな林があり、テレジアとシオンが近づいていくが、やはり何もいないようだった。

泉の周囲は白い砂地で、透き通る青い水もあいまって、写真の中でだけ見たことのある世界のどこかのリゾート地のようだった。草原ばかりだと思っていたこの迷宮でこんな光景を見られるとは思わず、少々気分が和んでしまう。

「アリヒト、気を抜かない方がいいと思ったんだけど……これじゃ無理もないわね」

周囲を警戒していたエリーティアも、現状は安全だと判断したのか、緊張を緩める。隣にいたスズナもそれを見て嬉しそうに笑った。

「こんなに綺麗な風景を見られる迷宮もあるんですね。大人になってから、お金を貯めて旅行をしないと見られないと思っていました」

「ああ、そうだな。あまり綺麗すぎると、何か仕掛けがあるんじゃないかと思うところだが……今のところは大丈夫そうか」

「今のところはって、可愛い羊がいるだけじゃないですか。あ、狼さんも狙ってますけどね」

エアロウルフは油断しなければ問題ない敵で、他の魔物は姿が見られない。狼と羊しかいない階層があるというのも、この迷宮の特色ということだろうか。

しかしストレイシープの上位種はどこにいるのだろう。数が少ないのか、視界が開けているにも関わらず、一向に見当たらない。

「アンナ、罠を仕掛ける場所はこの辺りでいいのか?」

「事前に情報屋さんから教わった情報では、この泉の近くに仕掛けておくと、夜のうちに『サンダーヘッド』という魔物がかかることがあるそうです」

「名前を聞くからに、雷を起こすやつやんか……」

「攻撃されたら、パーマになっちゃいそう……せ、先生、雷ってどうしたら対策できるんですか?」

カエデとイブキは戦闘になったときのことを想像したのか、かなり腰が引けている。うちの五十嵐さんも雷を使うが、敵に使われるとなるとどれくらいの威力かが気にかかるところだ。

「電気を帯びる装備を外しておく……いや、それより良い方法があるか。避雷針を仕掛けて、そこに電流を流させればいい。アンナ、罠を見せてくれるか?」

アンナがインベントリーから罠を一つ取り出す。それは、カゴの中に餌を仕掛けて、手を出したら挟まれるというシンプルなものだった。

「本来は、ストレイシープを捕るために作られたそうです。そこに他の魔物が引っかかることがあって、『サンダーヘッド』の存在が確認されたそうです」

「なるほどな……」

罠師のファルマさんも、こういったものを作ることができたりするのだろうか。罠を仕掛けないと姿を見られない魔物がいるというのは、今まで考えたこともなかった――こうした経験ができるのはありがたい。

「私の『サンダーボルト』を使ったら、回復されちゃったりするのかしら」

「可能性はありますね。敵の得意そうな属性は、あえて使わない方が得策でしょう」

「あの、ちょっといいです? アリヒトお兄さん」

「ん……どうした?」

ミサキが内緒の話があるようなので、みんなに一度断ってその場を離れ、聞いてみることにする。

「珍しく、真面目な話みたいだな……」

「失敬な、私だって真面目なことくらい考えますよ。ちょっとフォーシーズンズの皆さんには申し訳ないですけど、私の『士気解放』のことって、あんまり広まっちゃいけない気がするので、二人で相談したいなと思いまして」

とは言っても、あまり内緒話が長くなるとみんなも訝しむので、俺は何でもない話だというように、みんなの方を振り返って手を上げてみせた。何事かとこちらを見ていた彼女たちも、表情を明るくして応じてくれる。

「えーと、罠を仕掛けるって確実に成功するか分からないじゃないですか。でも、私の『フォーチュンロール』があれば、ほぼほぼいけると思うんですよ」

「そうか、その手があったか。確かにそれはいいアイデアだ」

俺は思わず手を打つ仕草をする。昔、友人にオーバーリアクションだと笑われたことがあった――だが、今でも癖で出てしまう。

「えへへ、お褒めのお言葉ありがとうございまーす。私も存在感が薄くならないようにって気にしてるんですよー、最近ひな壇で相槌をする係の人みたいになってますから」

「また懐かしい比喩だな……ミサキがひな壇にいたら、かなりの頻度で話を振られそうだけどな。いつもムードメーカーを務めてくれて助かってるよ」

「嬉しみー! これからもいつトークを振られてもいいように構えてます!」

ミサキは思った以上に喜んでいる――これは多分、口数が多いことを気にしていたからだろう。

「まあ、話がすぐ脱線しそうになるのは気をつけないとな……しかし『フォーチュンロール』を使って罠を絶対に成功させるっていうのは、『フォーシーズンズ』の皆にも言っておいた方が良さそうだな。確実にかかるとなれば心構えも変わってくる」

「その判断はお兄ちゃんに任せます。お兄ちゃんが内緒って言ったことは絶対言わないですし、みんなともそういうお話はしてますから」

「え……そ、そうなのか? いつの間にそんな話を……」

ミサキは人差し指を立てて、『内緒です』というようなポーズを取る。そうされると、何も聞けなくなってしまう――気になることこの上ないのだが。

シオンと共に索敵を続けてくれていたテレジアだが、そうこうしているうちに戻ってきていた。彼女は崖の上を指で示しており、シオンもお座りをしてそちらを見ている。

「魔物がいるってことか? 倒しておいた方がよさそうか」

「…………」

「この辺りにキャンプを張るのなら、倒しておいた方がいいでしょうね。それと……後部くん、ちょっといい?」

「どうしました?」

五十嵐さんに呼ばれて振り返ると、泉の近くにいるメンバーが、一人水に足を踏み入れようとしているリョーコさんを見ていた。

「……あっ。ご、ごめんなさい、アトベさん。綺麗な水ですが、泳いだりするのは危険ですよね。迷宮の中なので、何があるか分かりませんし」

「そ、そうですね……水質さえ問題なければ、少しは泳いでも構わないとは思うんですが」

泳ぐのが好きで水泳のインストラクターになったのなら、この泉は魅力的に映るのかもしれない。

安全さえ確保できれば、絶対に止めなくてはいけないわけでもない。水中の調査をしたら、新たな発見も――と考えるが。フォーシーズンズの精神的支柱といえる、いつも冷静なリョーコさんにしては、少し大胆な行動にも思えた。

(……ライセンスを見せてもらったら、何か彼女の気分が昂揚するようなことが起きてたり……いや、それは心配しすぎか)

「水質調査でしたら、こういう方法が使えると思います」

リョーコさんはボアコートの内側に手を差し入れ、すっと小さな瓶を取り出す。飲み水を運ぶためのもののようだが、それをパーティのメンバーで飲んで空にすると、泉の浅瀬にかがみ込み、水を汲んだ。

◆?瓶◆

・『牧羊神の寝床』で採取された水が入った瓶。

「なるほど……水もこうすれば、『鑑定の巻物』を使える対象になるってことですか」

「はい、そうなんです。手で水を汲んで鑑定をしようとしてもできなくはないんですが、これなら間違いありませんから」

「あの、私に鑑定させていただいてもいいですか? 技能で鑑定できたら、巻物を使わずにすみます」

「ええ、良かったらお願いするわ。アトベさん、お願いしてもいいですか?」

「はい。マドカ、気をつけてな」

マドカは瓶を受け取ると、みんなに注目される中で少し緊張した様子を見せつつ、『鑑定』の技能を発動させた。

◆清潔な水の入った瓶◆

・『牧羊神の寝床』で採取された清潔な水。

・健康状態に影響を与えない。

・電気を通しやすい。

「えっと、泳いだりしても大丈夫です。飲み水にも使えますね」

「じゃあ、うちもちょっとだけ飲んでみよかな。イブキも飲む?」

「瓶の水を飲んだばかりだから、たぷんたぷんにならないくらいなら……あ、美味しい……」

まるでピクニックにでも来たかのようだが、さらに俺たちはこれからここでキャンプをするのである。

(子供の頃にやったきりで、社会人になってからはなかなかできなかったな……まあ、キャンプに付き合ってくれるようなアウトドアな友人もいなかったが)

「後部くん、アンナちゃんが罠を仕掛ける場所を吟味したいって。ライセンスに描いてもらった地図を送ってもらうわね」

「ええ、俺も見せてもらいます。夜までかなり待つのかと思いましたが、どうもこの階層に来てから時間の流れの感覚が違うみたいですね」

「すぐに夕方になりそうですね……テントを建てるのなら、暗くなる前の方がいいと思います」

スズナは流れる雲を見ながら言う。迷宮によっては時間の流れが早い――ということでなく、朝と夜の入れ替わりが早いということだと思うが、確かに暗くなってから行動するのは危険だ。

夜間の敵襲に警戒しつつ、罠を見張る。幾つかのテントに分かれることになるので、俺が他のメンバーの後方に位置取っておかなくてはいけない。

俺はライセンスを取り出し、泉と、周囲の地形が書き込まれたアンナの手書き地図を見る。俺の考えでは、泉の西側にある林の付近に罠を一つ、泉の南方に一つ、そして泉の東側に一つといったところだろうか。それを見張るため、テントを張る位置も考えなくてはならない。

(後で、ハーピィを呼んで空からも偵察してもらうか……一応、他のパーティの動向も確認しておかないとな)

この階層にいる他のパーティは少ないが、俺達が泉の近くにいるのを見て、興味を示している様子はある――まあ敵対しているわけではないのだが、肝心の獲物が競合してしまうような事態は避けたい。罠にかかったのなら、こちらに優先権があるとは思うが。

「ミスター・アリヒト、あなたの意見を聞かせてください。どこがいいでしょうか」

「泉の近くの林にまず一つ仕掛けて、あとはアンナがここだと思う場所と、俺たちがここだと思う場所を選んでみようか」

「はい。私は、泉の付近を見渡せる正面がいいと思います。キャンプがあることを悟られると警戒されるかもしれないので、設営する場所が難しいですが……」

「西側の林が遮蔽物になってるから、それを利用すれば……ああ、東側にも起伏があって、テントを罠の位置から見えないように隠すことくらいはできそうだな」

「高い位置からだと広く見渡せるし、崖の上からも見張った方がいいでしょうね」

意見はまとまった――フォーシーズンズは泉の東側、五十嵐さんとシオン、スズナ、ミサキ、メリッサが林の近くに、俺とテレジア、エリーティアとマドカが崖の上に陣取ることになった。

崖の上のメンバーに主力のエリーティアがいるのは、俺の護衛という意味合いが強い。マドカのことも考えると、エリーティアに居てもらうと安心できる――一撃が命取りになりかねないのだから、先手で敵を殲滅できた方がいい。

「みんな、もし戦闘になったら、できれば崖に背を向けてくれるかな。そうすれば、俺の技能で支援できる」

『はいっ!』

「ワォン!」

異口同音ではあったが、全員が一斉に返事をする――シオンも意味が分かっているようで、タイミングが遅れたものの、返事をするように吠える。

「アンナ、罠を仕掛けるのは少し待ってもらえるか。仕掛け方のレクチャーをしてもらってもいいかな」

「…………」

「テレジア、できるのか?」

テレジアはこくりと頷く――どうやら、罠は仕掛けられるらしい。念のためにアンナの説明を受けているが、問題はなさそうだ。

「『ローグ』って、罠の扱いも少しできる職業なのかしら」

「罠を外す種類の技能があったので、レベルが上がると仕掛ける方も覚えられるのかもしれないですね。技能が無くても、他の職より得意なんだと思います」

そのうちに、罠の設置についてのレクチャーは、鉄のカゴを組み立てたあと、中に餌となるものを入れるところまで進んだ。

「ここに、お肉を入れます。罠を仕掛けたあと、魔物がこのお肉を取ろうとすると、バネの力が働いて、『脱力』の毒が塗られた歯と一緒に、檻が閉まります」

「…………」

「……? テレジアさん、どうされましたか?」

仕掛けるための骨付き肉を見て、テレジアが動きを止めている――俺は何が起きているのかに気づき、携帯食料を取り出して、テレジアに差し出した。

「俺から見ても美味そうな肉だが、罠に使うものだからな。今は味気ないものですまないが、後でテントを作った後にちゃんとした食事を作ろう」

テレジアはやはり肉に未練があるようだったが、俺から携帯食料を受け取ると、包みを開けて食べ始めた。

「……んっ……」

「調味した干し肉を野菜や木の実と一緒に固めたものですから、その携帯食バーも悪くはありませんが。罠に使うお肉も、魔物を引き寄せるために上質なものが使われています。食べたくなる気持ちも理解できます」

肉を入れると罠の設置が完了してしまうらしく、アンナは罠をいったん撤去する。なるほど、彼女自身はすでに何度か使ったことがあるようで、手慣れたものだ。

「アンナ、その肉は『サンダーヘッド』の好物なのか?」

「そう聞いています。『サンダーヘッド』は獰猛な性質をしていて、肉食です。襲ってきた肉食獣を、返り討ちにして食べてしまうこともあるそうです」

「ひぇっ……ひ、羊さんって大人しいものだと思ってましたけど、そんな過激な……」

「……『エアロウルフ』も食べるの? それなら、さっき捕まえた三体を解体して肉を置いておいた方が、簡単に引っかかるかもしれない」

メリッサが提案するが、もし肉を食べても逃げてしまったらと考えると、罠にかけて時間を稼ぐというのが有効に思える。

エアロウルフ三体を倒した収穫は、エアロウルフそのものの素材と、三体のうち一体の額についていた魔石だった。鑑定してみたところ、『旋風石』というものだった――石英のような形をした薄緑色の結晶で、おそらくはエアロウルフの使っていた技を使用できるようにすると考えられる。肉は確かに用途がないので、釣り餌として使えなくもない。

「しかしまあ、肉を野ざらしにしておくのはマナーに反する気がするな。罠にかからなかったら、その後の方策として考えることにしよう」

「わかった。キョウカもすごい顔をしてるから、今回は解体しないでおく。帰ってから毛皮は剥ぐかもしれない」

「だ、大丈夫……ちょっとね、狼って言っても犬に似てるから、解体はどうかなと思っちゃっただけ。やっつけておいて、そんなこと言うべきじゃないわよね」

魔物の見た目は魔物魔物していてくれた方が、気分的にはありがたいのかもしれない――と言っていると、恐ろしすぎる姿の魔物が出てきたりしかねないが。ワタダマも顔は怖かったが、あれくらいなら迷宮国の魔物全体からすると可愛い方だ。

「エアロウルフをいっぱい餌付けしたら、狼さん大軍団とか作れちゃいません?」

「魔物を服従させるのは条件が難しいからな。今のところは、デミハーピィだけで……」

ミサキにそう答えて思い出す。『蔓草の傀儡師』の本体であるところの種子――牧場に足を運んで契約しておかなくては。厄介な能力を持つ魔物だからこそ、敵にその能力を使ったときの有用性も大きいだろう。

「とにかく、エアロウルフを獲物にするような魔物なら、しっかり心構えをしておかないと。みんな、『気を引き締めていこう』」

◆現在の状況◆

・アリヒトが『支援高揚1』を発動 →パーティの士気が12向上

・アリヒトが『支援回復1』を発動 →パーティの体力が全快

(おっと……ここまでの探索で少し疲労してたか。長丁場になるから、定期的に支援回復を発動させていかないとな)

これまでも何度か『支援高揚』を使っていたので、士気解放まで必要な士気の数値はあと40ほど。俺は夜に備えてみんなでキャンプの準備をしつつ、再使用できるようになるたびに『支援高揚1』を使い、ミサキの『フォーチュンロール』を発動できるように準備をした。