軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百二十二話 癒やしの時間

『炎天の紅楼』一層を通り、迷宮の外に向かう。途中で巨大なリスのような魔物が倒されているのを見かけたが、尻尾の部分が切り取られていた。周囲の戦闘の痕跡だけでは断定はできないが、どうやらアニエスさんたちが倒したらしい。

赤い葉がひらひらと舞う中を進み、外に出る。外は迷宮の中と同じ、夕暮れの時間帯になっていた。

「ふぃー、やっと外に出てきた……あっ、ルイーザさんっ」

「――アトベ様、皆さんっ……!」

外で待っていてくれたのか、ルイーザさんがこちらに駆け寄ってくる――このままでは受け止めることになるかと思ったが、彼女はギリギリのところで速度を緩めた。

「はぁっ、はぁっ……す、すみません。良かった、本当に無事で……」

「こちらこそすみません、ご心配をおかけしました」

「いえいえ、こちらこそ……」

「ルイーザさん、そういうときは思い切っていっちゃっていいですよ?」

「ミサキちゃん、自分も便乗しようとしてない……?」

「ミサキならやりかねないわね……テレジアの前でも遠慮がないんだから」

「…………」

荷車に乗っているテレジアが顔だけ出してこちらを見ている。それを見たルイーザさんは少し申し訳なさそうに笑ってから、表情を引き締めた。

「救助者の治療については、診療所を手配してあります」

「ありがとうございます、ルイーザさん」

負傷したメンバーもいるので、診療所まで一緒に行くことにする。セレスさんやコルレオーネさんたちは一度工房に戻ることになった。

「では、私もいったん部隊に戻ります。セラフィナ先輩、また何かあったら呼んでくださいね」

「任務を優先した方が……と言いたいが、今回は世話になった。恩に着る、アデリーヌ」

「ええ、そのつもりで参加してますから。頑張ればまたバカンスに連れていってもらえそうですしね」

3パーティの状況を把握する上で、アデリーヌさんの『サーチアロー』にはかなり助けられた。今回のように複数パーティで連携を取るなら、可能なら助力をお願いしたい。

「……あっ、今のは冗談ですよ。私で良かったら見返りとかなしで参加します。セラフィナ先輩あっての私ですから」

「また保養所を利用する機会があったら、ぜひお声がけします」

「本当ですか? 冗談で言ってみただけなんですけど……本当に誠実を絵に描いたみたいな人ですね、アトベさんは」

「アデリーヌ、浮かれすぎているぞ」

「ひぇっ……そ、それではアデリーヌ二等兵、本日はこれにて失礼いたします!」

アデリーヌさんはセラフィナさんに睨まれて、逃げるように走っていく――しかしセラフィナさんも本気で怒ってはいないようで、すぐに表情が和らいだ。

「まったく……彼女は真面目にしていれば優秀なのですが」

「そうそう、私みたいに」

「ふふっ……ミサキちゃん、確かにアデリーヌさんとは気が合いそうね」

「仲良くできない人はあんまりいません! お兄ちゃんと仲が悪くなければ!」

「……そういうのをはっきり言えるのは、良いと思う」

「…………」

珍しくミサキに同意するメリッサを、フェリスさんは無言で見ている。俺にはその姿が、娘と友人のやりとりを見守っているように見えた。

◆◇◆

ルウリィを診療所に連れて行くと、すぐに治療を始めてもらうことができた。

現在できる治療が終わったあと、俺はエリーティアに頼まれ、一緒にルウリィの主治医と面談することになった。

白衣を着た『 医師(ドクター) 』だという彼女は、多忙ゆえなのか目にくっきりとしたクマがあったが、眼光には鋭さがあった。

「『猿侯』の呪詛によって生じた状態異常……『イビルドミネイト』は、適切な方法で術者を討伐したことで解除された。他の探索者についても同じだが、長く迷宮の中にいたこと、自らの意志を失わされていたことで、意識が完全に回復するまでは時間がかかる」

「っ……ルウリィは、これから……」

これからどうなるのか。それを尋ねようとしたエリーティアを安心させるためか、医師は目を細めて微笑みかける。

「心配はない、こういった症例には経験があるのでね。私は医療の方面からアプローチすることはできても『呪詛』自体を消すことはできない。それをしてくれたあなた方には、ただ感謝するばかりだ」

医師が俺たちに頭を下げる。エリーティアは安堵のあまり、また感極まりそうになっていたが――こぼれそうになった涙を見せまいと顔を隠す。

「先生、ルウリィのことをよろしくお願いします」

「申し遅れたが、私はヤクモという。ギルド直轄の医療機関であれば、どこからでもこの病院と連絡を取ることができる。患者の容態についてはギルドを通しても確認できるので、必ずしもここに通ってもらう必要はない。私の名前を出して問い合わせてくれればいい」

「ありがとうございます、ヤクモ先生」

「私もおそらく、あなたと同じ国……日本からの転生者だ。自分の名をこうやって書くというのも、もはや懐かしいが」

医師は手帳を取り出し、その端に『八雲』と書いてみせる。

「同郷の方とこうして会うたびに、自分がここに来たときのことを考える。同時に、私がこの世界でも『医師』であることを選んで良かったと思う……それは、ただの自己満足なのかもしれないが」

「そんなことはありません。治療所があるおかげで、こうして仲間のことを託すことができるんですから」

「……ありがとう。ルウリィが目覚めたら、またすぐに会いに来ます」

「ああ、そうするといい」

八雲先生に挨拶をして、俺たちは部屋を辞した。治療所の廊下を歩きながらエリーティアのほうを見ると、彼女も何か言おうとしていたのか、ちょうど目が合う。

「……ルウリィが目覚めるまでついていたいし、そうしようと思ってた。でも、パーティのみんなと一緒にいるのも同じくらい大事だから。みんなが戦うとき、必ず私は一番前で剣を振るっていたい」

「いつも切り込み隊長をしてもらってて言うのもなんだけど、エリーティアの勇敢さには本当に助けられてるよ」

「勇敢なんて……アリヒトやみんなが居てくれるって思うから、力が湧いてくるだけなのに」

転生する前は、生き残るために剣を取るなんてことは必要がなかっただろう。そんな彼女が、今は多くの探索者に実力を認められる剣士になった。

しかし魔物を倒すのではなく、人間同士で戦わなければならない時が訪れたら。

その相手が、エリーティアの兄が率いるパーティだとしたら――秘神と契約した者同士が戦うときが、本当に訪れるとしたら。

「……『白夜旅団』のことは驚いたけど、私たちは彼らとまだ戦うことを強制されたりはしてない。一度、アリアドネと話してみた方がいいのかもしれないわね」

言葉にしなくても、考えていることが伝わっている。そんなに顔に出ているだろうかと苦笑すると、エリーティアも笑った。

「実の兄と戦うかもしれないのに落ち着いてるなんて、酷い妹でしょう?」

「いや。『神戦』の内容は、パーティ同士が戦うようなことじゃなければいい……俺はそう思ってるよ」

「ええ……私もそう思う。でも、白夜旅団が五番区の序列一位にいる以上、彼らには道を開けてもらわないといけない」

「白夜旅団は『色銘武器』を集めている……それは五番区に留まっていることと何か関係があるのか?」

「……アリヒト。私、兄さんと、アニエスさんが二人で話しているのを聞いてしまったことがあるの」

「エリーティア、それは……」

旅団の団長と副団長の話――二人で、とは他のメンバーがいない時にということか。

その内容についてエリーティアが話す前に、俺はふと気づく。スーツの裾を引かれていることに。

「…………」

「っ……テレジア、もう大丈夫なのか?」

いつの間にか治療を終えて出てきていたテレジアが、俺の問いかけにこくりと頷く。

装備していた 防具(ボディスーツ) ――『ハイドアンドシーク』が破損してしまったので、彼女は代わりに病院着を羽織っていた。

――羽織っていたのだが。彼女は俺たちが見ている前で、胸元の結び目に手を当て、それを解こうとする。

「ちょっ……こ、ここじゃ駄目っ……!」

「…………」

「そ、そう……傷は大丈夫って言いたかったのね。包帯が巻いてあるけど、もう痛くはない?」

どうやら病院着の下は包帯が巻いてあるようだが、本当に平気ということなのか、テレジアはエリーティアの質問に頷きを返す。そして、持っていた診断書を俺に渡してくれた。

テレジアは肋骨などの数ヶ所にヒビが入るほどの重症だったが、治療はすでに済んでいるとある。だが、まだ万全の状態ではない。

一日は絶対安静、極力歩き回ったりはしないようにすること。診断書のそんな記述を見て、俺は普通に歩いてきてしまったテレジアを――怒るに怒れなくて、そっと蜥蜴のマスクを撫でた。

「テレジア、もう少し安静にしてないといけない。完全に治るまでは大事を取ろう」

「…………」

テレジアは頷かず、俺を見上げる――しかし分かってくれたのか、こくりと頷く。

「何か不自由があったら言ってね、私がテレジアの補助をするから」

「…………」

エリーティアが声をかけるが、テレジアは心配はないというように歩き出そうとする――しかし不意にふらついてしまい、俺にしがみついてくる。

「……、……」

「テレジア、俺の技能でも回復させられるから、家に帰るまでは俺が運んでいってもいいか?」

「ア、アリヒト……ッ」

迷宮国で経験を積み、レベルを上げる――そうすることで、近接戦闘が専門ではない俺でも身体能力は全体的に上がっている。テレジアを軽々と抱えて運べるほどに。

「……それは、背負って行くんじゃ駄目なの?」

「あ、ああいや……身体に少しでも負担をかけないようにと思って」

「その、客観的に見て……私がとやかく言うことじゃないけど、お姫様抱っこなんだけど……?」

「(っ……!)」

言われてみれば、そういう呼ばれ方をするような気はする。風呂でのぼせたテレジアを運び出す時に一度やっているのだが、テレジアも勿論覚えてはないだろう。

「まあ、仲睦まじいこと」

驚いた、というように口を押さえてこちらを見ていたのは――イヴリルさんだった。傍らに控えているヴァイオラの姿もある。

「いえ、私たちのことはお構いなく。テレジアさんはアトベ様にそうしていただくだけのことをしたと思いますし」

「……アトベ様、私たちの知人……人形遣いの彼女のことですが。まだ意識は戻りませんが、治療の方針は定まりました」

『人形遣い』の女性は、ルウリィより前に『猿侯』に捕らえられていた。『猿侯』に従属させられていた時間が長いほど、快復までは時間がかかるということだ。

「迷宮の魔物が放つ瘴気の中で過ごしすぎたのですわ。『探索者』とはよく言ったものです……人間はあくまで迷宮に一時的に潜り、探ることしか許されない」

イヴリルさんは悔しそうに唇を噛む――しかしヴァイオラが案じるように触れると、彼女は何かを耐えるように目を閉じてから、改めてゆっくりと見開いた。

「……彼女はいずれ目を覚ますでしょう。ですが『戦人形』を『マリオネット』で操り、動かしたことは……」

「操られていた人がしたことの責任は、『猿侯』に問うべきです。そして、戦いは終わりました。誰も責められるべきではないと俺は思います」

『戦人形』の攻撃から俺たちを守るために、テレジアは傷ついてしまった。だが、そのテレジアが、イヴリルさんを見てゆっくりと首を振った。

「……あなたたちには、いくら感謝してもし尽くせません。もし許されるのなら、今さらと言われてしまうとしても、『私たちのこと』をお話しさせてください」

「お嬢様……」

「ヴァイオラ、あなたも同じ思いのはずです。あの日アトベ様たちと出会い、共に戦い、そして救われた。私たちは、アトベ様のおかげでようやく顔を上げられたのです」

「……俺で良ければ、話を聞かせてください。心の準備ができてからで構いません」

「ありがとうございます。今日は、彼女についていようと思います……どうか皆様、ゆっくり身体を休めてくださいませ」

イヴリルさんが深く礼をする。彼女たちに見送られ、俺たちは治療所の待合室で待っている仲間たちのもとに向かった。

◆現在の状況◆

・『アリヒト』の『支援回復1』が発動 →『テレジア』『エリーティア』の体力が回復

「……アリヒトの前にいると一生疲れないのよね、原理的には」

「…………」

「ははは……まあ、それが俺の役目みたいなものだから」

『支援回復1』の効果が出ているのか、いつもは冷んやりとして感じるテレジアの体温が高くなっているように思う。絶対安静ということなので、今日一日は極力俺がテレジアの足代わりになることにしよう。