軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百十六話 攻城兵器

『炎天の紅楼』の一層に入り、紅葉した樹木の中を行く。空を仰ぐと、オレンジ色に染まっている――日本の秋、その夕暮れにもこんな光景が見られるだろうか。樹木の高さは全くスケールが違うが。

魔物の気配はないが、ナユタさんの話によると全く出ないわけではなく、脇道に入った先に生息しているとのことだった。

「これ……前にも思いましたが、鳥居にも似ていますね」

「そうね……偶然かしら。鳥居と同じ目的で作られたものではないでしょうし」

赤く塗られた金属の列柱。この間を通り抜けていくと、転移して二層に入る。

少し歩くとすぐに視界が開け、まず見えてくるのは大きな河――そして、西と東に砦がある。

しかし、今までと大きく違うのは『中央の砦』ができているということだった。

「新しい砦……こんなに短時間で築いたっていうの……?」

「元々、これが猿侯の目指した砦の姿だったのか……分からないが。あの中央の砦を、簡単に攻めさせないような構造に見えるな」

河を渡って、さらに開けた場所を抜けないと中央の砦の城壁には張り付けない。

「では、もう一度地形を確認してみます。地上から見える部分以外も変化しているかもしれませんし」

「お願いします、アデリーヌさん」

アデリーヌさんがボウガンのハンドルを回す――そして、空に向かって構える。

「我が魔力を込めし矢よ。ひとときの命を得て、従順なる使い魔となれ……!」

◆現在の状況◆

・『アデリーヌ』が『アローファミリア』を発動 →『使い魔の矢』を1本生成

・『アデリーヌ』が『サーチアロー』を発動 →『使い魔の矢』を発射

「ライセンスで地形が見られます。でも、視界が遮られてる範囲がありますね」

西と東の砦は、木製の壁で作られた簡易なものだ。門も木でできており、これは開くための仕掛けがある。

だが、今は門が閉じていない。中央の砦は入り口がないが、大きく迂回して後方に回ると門がある――だが、崖になっているのでこちらから入るのは得策ではない。飛行系の手段を使ったとして、空中で迎撃されることを考えるとリスクが大きすぎるし、パーティ全員で砦に入れない。

「門が閉じてないのは……誘ってるっていうことか。それとも、強度を考えれば門を閉める意味がさほどないか……」

「それよりも……見てください、東西の砦、その奥にある門の前を」

「……『猿侯』が……二体いる……!」

思わず目を疑う――あれほど強力な魔物が、もう一体いたというのか。

「…………」

「……テレジア?」

「テレジアは『呪詛』を受けた魔物について、判別がつく……ということかもしれぬ」

セレスさんの言う通りなら、テレジアはこの『猿侯』二体をどう見ているのか。

――テレジアはゆっくり首を振る。

「アリヒト、『猿侯』は『影武者』を作る能力を持っているの。この二体は、テレジアの感覚に従うなら、どちらも『猿侯』本体じゃない。一方は『獄卒の魔猿』という名前つきだと思うわ」

エリーティアが先に潜入したときに見たものか――『影武者』とは。

「同じ名前つきが同時に二体いるというのは考えづらい。倒せば時間を置いてもう一度同じ名前つきが出現するという話だから……そうなると……」

「『猿侯』の配下の名前つきは、二体いる。もしくは、別の何者かが『影武者』になっている可能性がありますね。その二体に、中央の砦に続く門を守らせている」

セラフィナさんの言う通りなら、どちらかと交戦している間に『猿侯』がどう動くか――生存することを何より優先するなら、影武者が戦っている間に移動する可能性がある。

「アリヒト様、私にも見せてくださいますか?」

「っ……は、はい、すみません。全員で情報を共有すべきですね」

「アデリーヌ、地図の情報を共有してもらえるだろうか」

「了解しました、すみません、気が利かなくて」

アデリーヌさんが作戦に参加している全員に地形情報を送る。イヴリルさんとヴァイオラさんも、それぞれのライセンスを取り出す――俺たちのものとは、色や材質が違うように見える。

「『影武者』を二体作っていることで、これらのどちらかが本体でないというのは明白ですが、迷宮では何が起きるか分からない……この心理から、どちらかが偽物であるという判断は、事前に地形を把握できても初見の探索者には難しいでしょう。一度アリヒト様たちが『猿侯』に遭遇したからこそ、相手の策に乗らずに済みます」

「『影武者』を目視したのはエリーティアです。それを知らなければ、一気に窮地に陥る可能性があった……」

「私が無謀なことをしたことには変わりはないわ……でも『影武者』の情報は役に立って良かった。他に、猿侯に操られている探索者についても話しておくわ」

猿の面をつけた探索者が三人、そして猿侯の側で回復役をさせられているルウリィ。

それだけではなく、エリーティアが目撃した他のパーティ――男性の四人組。ガルフとカザンという人物が敵に魅了され、他の二人も無力化された。

おそらくその四人も、猿侯に従属させられていると見ていいだろう。

「『踊り子』『格闘家』『地形士』『治癒師』……エリーティア様、確認したのはこの四人と、男性四人のパーティだけでしたか?」

「ええ、私が見たのは……イヴリルさん、何か知っているの?」

「……過去に猿侯に挑み、そして敗れたパーティの中には、私の探している人物がいるのです。『人形遣い』の女性が」

イヴリルさんだけでなく、ヴァイオラさんもこちらに向いて、何かの意志を示しているように見える。二人にとって重要な人物――それはつまり、エリーティアと同じように、大切な人を取り戻したいということになる。

「彼女が生きていることを確かめても、『猿侯』の砦を攻略することはできませんでした。私の前に、『猿侯』は姿を現しさえしなかった……それどころか、私たちが敵の拠点と見ていた砦は、カムフラージュのための偽物だったのです」

イヴリルさんが指差したのは、河を渡る前の手前――『猿侯』の砦とは違う位置にある建物だった。

「こんなものが……」

「この砦跡の壁は、おそらく試験的に作ったものでしょう。この中央にできた砦の壁と、外見が酷似しています」

「小さな砦を作ってから、大きなものに作り変えたということですか」

まるで領地に城を築くかのような振る舞い――『猿侯』は『魔王』と呼ばれる通りに、この階層を自らの領土として改造している。

「イヴリル殿の言う通りなら、この二体の影武者と戦っている間に、本体に逃げられることも考えられます」

「もしくは、何か仕掛けてくるか……今必要なのは、確実に『猿侯』本体を討伐することです。そのためには『猿侯』の意表を突き、なおかつ敵の戦力を分散させなければいけない」

「分散……ということですね。現在のメンバーは、支援者の方々を除いて17名。なるべくなら、広範囲の状況を把握できるアデリーヌには、支援者の方々と待機してもらうのが良いでしょう」

「了解しました。『使い魔の矢』で周囲の状況を把握して、皆さんに共有できるようにします」

「わしらと同じように待機組か。よろしく頼むぞ、アデリーヌ」

「は、はい……っ! 『翡翠の民』の方と、こんなところで会えるなんて光栄です」

「そのような大したものではないがの……あまり幻想を持つものでもないぞ」

セレスさんは三角帽子を被り直すと、マドカの乗っている荷車に再び乗り込む。

「アリヒトよ、『クィーンズテイル』の試し撃ちに良い標的が見つかったのう」

「……セレスさん、それはこの砦跡のことですか?」

「うむ。猿侯の砦は、わしらがここまで来ても何ら反応を示しておらぬ。いわば奴の庭先といえるこの場所で、着々と砦攻めの準備を進める……それも愉快ではないか?」

セレスさんが不敵に微笑む。ホスロウさんとクーゼルカさんも関心を示すが、俺たちに向けて頷くと、砦を睨みつけた。

「ここは私たちが見張っておきます、アトベ殿」

「ありがとうございます。みんな、少し待っててくれ」

仲間たちに言いおいて、俺はマドカとセレスさんと移動し、地図上に示された砦跡に向かった。

◆◇◆

河の流れの音が聞こえなくなる。森の中に広い荒れ地があり、そこにはほぼ原型を留めた石造りの壁があった。

猿侯は森の一部を焼き払い、砦をここに作ろうとした。もしくは、ここに似たものが元からあったのか――いずれにせよ、セレスさんの言う通り、『中央の砦』を構築する石壁に酷似している。

「さて……アリヒト、今回はわしの魔力を使って撃ってみよう。マドカ、準備は良いか?」

「はい、いつでも……っ」

「……『クィーンズテイル』……魔力充填開始……!」

セレスさんの魔力が『女王蠍の残光』に繋がれた、二つの金属棒を介して注ぎ込まれていく――消費量はかなり大きいが、彼女は一人だけの魔力で発射に必要な魔力を賄う。

「これで出力は八割と言ったところじゃ……十割で撃てば冷却に時間がかかる。では、行くぞ……っ!」

「はい!」

「お願いします、セレスさん!」

「――発射!」

『女王蠍の残光』が脈動する――そして『九尾』を砲身として、眩い流星のような光が、まず上方に走り抜けて、一瞬の滞留のあと、有機的な曲線を描いて石壁に向かって飛んでいく。

◆現在の状況◆

・『セレス』が『クィーンズテイル』を使用 → 地形:城壁 破壊成功

極太の光の束が九本、石壁に突き刺さり貫通する――容易に崩せそうになかった壁が崩れ、それも広範囲に渡って破壊される。

えぐり取られた地面は楕円形のクレーターになっている。俺もマドカも、発射したセレスさん自身も驚きに言葉を失うほどの威力だった。

◆現在の状況◆

・『クィーンズテイル』の冷却開始 再発射可能まで500秒

白熱した砲身から煙が上がっている――触れれば火傷では済まなさそうだ。しかしそれを500秒で冷却するために、セレスさんとシュタイナーさんの手で魔石を使った冷却機構が組み込まれているらしい。

「……あ、あの……こんなに凄いものなら、これだけで魔物を倒せちゃうんじゃ……」

「この兵器は建物に対しては特効がある。魔物に対する威力ももちろん高いが、回避系の技能を使われた時は脆いじゃろうな。もし『猿侯』に対しての切り札として使うなら、当てるための工夫が必要じゃ」

「そうですね……ですが、この壁を壊せるなら、『猿侯』を驚かせることができます」

セレスさんは何も言わず、マドカの肩をぽんと叩く。マドカはそれだけで意図を察したのか、荷車を皆のいる場所へと移動させ始めた。

砦を攻める方法なんて、今まで考えたことすらない。しかし得られた情報から、頭の中には一つの案が浮かんでいる。仲間たちの意見を聞かせてもらい、実行に値するか評価してもらう必要はあるが――果たしてどう受け取られるかだ。

◆◇◆

まず、メンバーを三つの班に分ける。基準はペアで実力を発揮しやすいこと、あとは全体のバランスを考えて、このような編成となった。

◆第1パーティ◆

1:クーゼルカ レベル13 ハイフェンサー

2:ナユタ レベル12 スカウト

3:キョウカ レベル8 ヴァルキリー

4:シオン レベル8 ガードハウンド

5:ミサキ レベル7 ギャンブラー

6:スズナ レベル7 巫女

◆第2パーティ◆

1:ホスロウ レベル13 グラディエイター

2:フェリシア レベル12 キャットファイター

3:メリッサ レベル8 解体師

4:イヴリル レベル12 職業秘匿

5:ヴァイオラ レベル12 職業秘匿

◆第3パーティ◆

1:アリヒト レベル8 ※αΩ∧

2:エリーティア レベル11 フローレスナイト

3:セラフィナ レベル12 機動歩兵

4:テレジア レベル8 ローグ

5:マドカ レベル5 商人

待機メンバー1:セレス ルーンメーカー レベル5

待機メンバー2:キアラ ブラックスミス レベル4

待機メンバー3:ルカ テイラー レベル7

待機メンバー4:アデリーヌ 狩人 レベル8

初めて目にする職業がいくつかあるが、イヴリルとヴァイオラについては情報が欠落していた。これは自分の意志で伏せられるということなのか――『秘匿』という表示をそのまま受け取るなら、そう読み取れる。

セレスさんのレベルについても不明で、シュタイナーさんは本名の『キアラ』で登録されているようだ。以前パーティに入ってもらったときはライセンスの表示を見る余裕がなかったが、はっきり表示されてしまうとシュタイナーさんも決まりが悪そうだ――仕方がないと考えてくれているようだが。

「アリヒト、アタシたちはここで待機しているけど、魔物が来ても時間稼ぎ程度しかできそうにないわね……それでもいい?」

「はい、無理はしないでください。操られた探索者を無力化できたら……難しいですが、彼らを見ていてもらう必要があります」

「本当なら、ギルドセイバー部隊の班を一つ動員するくらいのことですけど……すみません、部隊のみんなを連れてくるわけにはいかなくて」

「いえ、皆さんに来ていただけただけで有り難いです。どれだけ感謝してもしきれない」

「何も気にされることはありません。私たちは自分の意志でここに来ていますので」

「特定のパーティに肩入れをしないってのは、ルールとしては存在してるがな。アトベ君たちに五番区に来てもらうよう依頼したのもまたギルドだ。ギルドに『貢献』しているパーティに協力したい、それくらいの理屈はまかり通るさ」

クーゼルカさんとホスロウさんが言うと、ナユタさんも頷く。アデリーヌさんはかしこまって敬礼をしてみせる――そんな四人を見て、セラフィナさんは静かに微笑んだ。

「ありがとうございます。私などが、アリヒト殿の代わりに言うのはおこがましいですが……」

「そんなことはないですよ。俺たちはセラフィナさんの力が無ければここまで来ていない」

「……アリヒト殿」

「セラフィナ君は優秀な守備役だからな。俺も前に出て壁になるタイプだが、純粋な守りの固さではセラフィナ君の方が上だろう」

「っ……恐縮です、ホスロウ竜曹殿」

「それでアリヒト君、この編成で俺たちはどう動く?」

「はい、まずこの東と西の砦ですが、ここにいる『猿侯』の影武者と、クーゼルカさんの班、ホスロウさんの班に交戦してもらいます」

東西二つの砦に同時に攻め入り、影武者二体の注意を引きつけてもらう。

そして俺たちの班は『クィーンズテイル』を使うことで可能になる、強行作戦を実行する。配下に砦を守らせて奥に控えているだろう『猿侯』の元に辿り着く。

「敵は東西の砦で交戦が始まれば、そこから中央の砦に侵入されることを警戒するでしょう。俺たちは『第三の矢』として、その警戒の外から攻める」

「……作戦名は『第三の矢』。了解しました、アトベ殿。私の班は東の砦を攻撃します」

「俺たちは西だな。アデリーヌ君、配置に着き次第連絡する」

「は、はいっ……両班の突入タイミングを、こちらで同期させていただきます!」

アデリーヌさんが敬礼をする。そして、三つの班の全員がこちらを向く。

「みんな……作戦開始だ。全部終わったら、もう一度ここに戻ってこよう」

『はいっ!』

仲間たちの声が揃う。他のメンバーもそれぞれに返事をしてくれて、クーゼルカ班、ホスロウ班が移動を始める。

「よし……俺たちも行こう」

「アリヒト、どのタイミングで突入するの?」

「『影武者』が解けるタイミングだ。二つの班の動向は、アデリーヌさんに教えてもらって……」

『アリヒト、パーティの一員がそれぞれの班に所属しているのなら、私が戦況を伝えることはできる』

「アリアドネ……」

『戦況』と聞いて、俺は一つのことを思いつく。東の砦、西の砦――どちらに潜入した仲間も、俺に背中を向ける瞬間はあるはずだ。

ならば『支援』ができる。『影武者』の正体を暴き、操られている探索者を解放する戦い――その中で、俺にやれる限りのことをする。

「また、何か考えてるわね……アリヒト」

「『後ろ』にいてこそできることがある。それをやるのが『後衛』だ」

「……アリヒトがそうやって笑うときって、本当に凄いことをやってくれるわよね」

エリーティアが笑う。そうだ――これから始まる戦いに必要なものは、怒りや憎しみだけじゃなく。

戦いが終わった後に手に入るものを思い、前に進む意志を持ち続けることだ。