軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百四話 再びの霊媒

宿舎に戻ってきたあと、入浴を終えたスズナが一人で居間に入ってくる。彼女は扉を閉めると、向かいのソファに座った。

「アリヒトさん、私のライセンスにこんな表示が来ています」

◆通知◆

・『アリアドネ』が『スズナ』に『霊媒』の使用を要求

アリアドネは『霊媒』をすることに疑問があるようだったが――と、詮索するようなことを考えても全部伝わるので、なるべく頭を空にする。

『……その気遣いは過ぎたものと考える』

すまない、と頭の中で返事をする。スズナにもアリアドネの声は聞こえているようで、照れ笑いをしていた。

「では、アリアドネさんを私の身体に降ろします」

「ああ、頼む」

スズナは床の上で正座をすると、目を閉じて集中を始める。彼女の身体が淡い青色の光を帯びて、長い黒髪が幾筋かふわりと浮かび上がる――そして。

「……この 憑坐(よりまし) の身に降りて、世に御声を聞こしめし給え」

スズナがそう唱えると、一度がくん、と彼女の身体から力が抜け――そして、髪の色がアリアドネと同じ色に変化する。

「久しぶりだな、アリアドネ」

「私の感覚としては、それほど時間を空けているようには感じない」

淡々と言うアリアドネだが、前に『霊媒』をしたときとは、彼女の雰囲気が違って感じる。

「契約を結んでからの時間が長くなるほど、秘神と契約者の 連携(リンク) は最適化される。現状は、まだ最適化の途上にあると評価する」

機械的というか、言うなれば物凄く高度な人工知能のようだというか――いや、アリアドネは機械ではないので、それは勝手な印象にはなるが。

「秘神は創造主による被造物であるから、そういった解釈は一部において妥当と考える」

「それを言ったら、俺たちも何かの因果で生まれてるわけだからな」

「……私とあなたの肉体と精神には、大きな構造の隔たりがある。しかし、こうして受肉した状態では、肉体の面においては人間の性質を理解できる。一定のシミュレーションは可能ということ」

「……ん?」

本題に入る前の話だからといって、気を抜いていた――アリアドネが何か、聞き流してはいけないことを言ったような気がする。

「 星機甲(フォギア) の入手については、この段階で発見できたのは幸いだった。単一のパーティメンバーに瞬間的な高防御を付与することにおいて、このパーツは不可欠であると考える」

「瞬間的な高防御か……それに、転移の能力も使えるのかな」

アリアドネは頷き、そしてじっと俺を見てくる。何を言おうとしているのだろう――スズナの姿ではあるが、瞳の輝きがアリアドネ本人のように変化している。

「……ここで試験的に使用しても良いが、完全にパーツの機能を引き出すには、私自身にも魔力の蓄積が必要となる」

「ここで使わない方が良いってことか。分かった、早速魔力の供給を始めよう」

「は、はい……お願いします、アリヒトさん」

急にスズナの振る舞いに戻ったが、こういうときアリアドネとしてはスズナに身体の主導権を渡すようにしているのだろうか。

スズナがこちらに移動してきて、隣に座る。そしてこちらに背中を向けてくれたので、前と同じように肩甲骨のあたりに触れた。

◆現在の状況◆

・『アリヒト』が『アシストチャージ』を発動 →『スズナ』の魔力が回復

・『スズナ』が『秘神アリアドネ』の『エナジーシンク』を『代行』

・『アリヒト』と『スズナ』の魔力が均衡

『アシストチャージ』の魔力回復量は、俺の消費する量より少し多い。俺がスズナの魔力を回復させ、『エナジーシンク』によって二人の魔力を均一にすると、いわゆる永久機関が完成する――といっても、魔力を消耗せず信仰値を上げ続けられるというだけだが。

「これで、一回ですね……では、もう一度……っ」

「スズナ、もう少し間を空けなくても大丈夫か?」

「は、はい、なんとか‥…大丈夫です、もう慣れてきましたから」

風呂から上がったばかりだからか、スズナの身体が熱いような気がする――触れる場所をその都度少し変えて、熱がこもらないようにした方がいいか。

「…………」

テレジアがこちらをじっと見ている気がする――何をしているのか分かっていても気になる光景だろう。

「一度に上げられる信仰値には限度がある。レベルや前回から経過した時間などが関与するが、まだ余裕がある。私がいいと言うまで続けるとよい」

アリアドネがいいと言うまで続ける――それは何回くらいなのだろう。もはや無心になって続けるしかない。

「よし、もう一度行くぞ……!」

「はい、お願いします……!」

自分の身体から溢れた魔力が、手のひらからスズナに伝わっていく。『アシストチャージ』で最大値を超えて溢れた魔力は、キラキラと光の粒のようになって、スズナの身体から立ち上って消えていく。

(なるほど、これでアリアドネの魔力も 蓄積(チャージ) されてるのか……)

二回、三回――一度魔力をチャージするたびに、だんだんスズナの肩から力が抜けてくる。彼女の言う通り、慣れてきたということだろうか。

四回、五回。一回ごとに位置をずらしているが、そうするとだんだん触れる場所が無くなってくる。

「だいぶ身体が熱くなってきてるが……休憩するか?」

「……アリヒトさん……大丈夫です、続けてください……次は、もう少し下で……」

もう少し下というと、腰の少し上のあたりだ。あまり下に行きすぎないように、背中といえる範囲に触れる――すると、スズナが後ろ手に手を伸ばしてきて、俺の手首を掴んだ。

「もう少し……下で良い。その方が、魔力が循環する効率が良い」

「わ、分かった……行くぞ、『アシストチャージ』」

「っ……」

触れる位置によって効率が違うというが、それはどれくらい違うのだろう。確かに肩甲骨に触れたときよりも、スズナに魔力が流れ込むのが早い気がする。

「……そのまま、続けると良い。あと三回なら、精神波動…… 揺(・) ら(・) ぎ(・) は押さえられる」

「あ、ああ……もう三回だな」

「はい、三回なら……大丈夫、です……何、とか……っ」

どうも大丈夫には見えないのだが――と言うのも気が引けるが、身体に悪影響があるようなことでもないはずだ。

アリアドネに指示された位置に『アシストチャージ』を続ける。身体の中心、左右に少しずれた位置。この位置には何か理由があるのだろうか。

「……人体には『星体図』というものがある。魔力の収束する点、それを結んだ経路。ただ魔力を通せばいいのではなく、収束点を順にたどっていく」

説明したあと、アリアドネはそろそろと振り返り、こちらに向き直る。そして、何を言い出すかと思うと――。

「本来、収束点は身体の表側にもある」

「……表側?」

「アリヒトの技能が『前にいる人物』に適用されるものであるため、表側には触れることができない。しかし、背後から表側に接触することも技能の定義的には可能のはず」

「い、いや……っ、それは駄目だ、アリアドネ」

背中側からなら何も気にせず触れていいという訳でもないのに、表側となると完全に許容範囲を逸脱している。

それがアリアドネに分かってもらえるだろうか。彼女は俺から目を逸らしていたが、つい、とこちらを向く。

「……道義的な側面からも、そして関係性としても、問題は……だ、駄目ですっ、そんなこと、アリヒトさんにしてもらうのはっ……!」

アリアドネからスズナに途中で切り替わる――慌ててしまったのか、スズナは俺に詰め寄ってきて、ソファに押し倒されてしまった。

「す、すみません、私……っ」

「だ、大丈夫、謝るのは……」

「誤解を招くようなことを言った。巫女の許可を得ずに、個人の意見を代弁するべきではない。これは、今後において極力禁止事項とする……と、いうことです……」

スズナが身体を起こした拍子にまたアリアドネに切り替わり、またスズナに戻る。

とても申し訳なさそうにするスズナだが、俺としても同じ気持ちだ。こんな時どうするべきか――。

「…………」

テレジアが俺の視界に入るところまでやってくる。そして、蜥蜴のマスクの頭を押さえた。

彼女が言わんとするところは――そういうことなのだろうか。場合によっては怒られてしまいそうだが、ここは思い切るしかない。

「……スズナ、俺の方こそごめん」

「……あ……」

スズナの頭を撫でる。しかしさらりとした髪に触れてすぐに気づく。

「わ、悪い、風呂上がりで髪に触ったりするのは……」

「……いえ、気になりません。もう乾いていますから」

「……そうか」

続けるべきか、スズナの顔を見れば迷うことはなかった。スズナは少しくすぐったそうにしつつも、頭を撫でられたままでいる。

「ありがとうございます。アリヒトさんにこうしてもらうと、落ち着きます……」

「……アリアドネは、もう身体から離れたのか? 髪の色が……」

「あ……そ、そうみたいです。アリアドネさんも、少し悪戯なところがありますね」

スズナはそう言うが、アリアドネの念話は聞こえてこない。信仰値は十分に高まったようだ――そして、アリアドネの魔力も。

「……きゃっ!?」

「ど、どうした?」

急にスズナが声を上げる。何事かと見てみると、いつの間にかミサキが入ってきていた。

「え、えっと……そのですね、スズちゃんが気になって来てみましたら、ちょっと部屋の中が悩ましい空気になっていて、由々しき事態ですねということに……ご、ごめんなさーいっ!」

「ちょっ……ミサキちゃん、そんな逃げるみたいに……っ」

「落ち着いてください、ミサキ様っ……ああっ……!?」

ミサキがドアを開けると、その向こうには五十嵐さん、ルイーザさん、そしてファルマさんの姿があった。

「あらあら……せっかくですから、みんなで旅行の気分というのも良いかと思ったのですが……」

「申し訳ございません、重要なことをしていらっしゃると承知の上で、好奇心に負け……いえ、お邪魔をするようなことを……」

「……え、えっと……私は二人が気になるっていうから……ごめんなさい」

「いや、こちらこそ時間がかかってしまって……」

「はい、無事に終わりましたのでもう大丈夫です。アリヒトさん、それでは部屋に戻りますね」

スズナは身支度を整えると、皆で連れ立って寝室に戻っていった――かと思いきや、ドアが閉まる前にファルマさんが顔を出す。

「……アトベ様、おいたはなさっていませんか?」

「は、はい。誓ってもしていません」

「ふふっ……ミサキちゃんはあんなふうに言っていましたけど……いえ、これを言うのは意地悪でしょうか」

「ファルマさん、それは……」

「おやすみなさい、アトベ様」

どういうことかと聞く前に、ファルマさんはいつもの微笑みのままで行ってしまった。

「…………」

「……どうした?」

テレジアは俺の肩に触れようとしていたようだが、振り返るとすっと手を引いた。

「そろそろ休むか……テレジアもしっかり寝た方がいい」

「…………」

テレジアはこくりと頷くと、ソファの上で丸まる。

風邪を引かないように毛布を持ってきてかけると、テレジアはそれを引き寄せて、顔だけを出してこちらを見た。

首の後ろの呪印を確かめることはしなかった。イビルドミネイトの侵蝕は、迷宮を出てからは進んでいない。

俺も横になって目を閉じる。眠れるかどうか分からないと思っていたが、目を閉じるとアリアドネの声が聞こえてきた。

『……契約者よ。我が加護のもとで、眠りにつくがいい』

その声が子守唄のように響く。休むべきときは休む、それが目的への最短距離だ。

最後に薄く目を開けると、テレジアはこちらを向いたままで、すでに眠っているようだった。