軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百七十三話 死地からの脱出/爪痕

「――まだ終わりじゃない……終わらせない……!」

アリヒトが来てくれた。みんなも――私は、勝手なことをしたのに。

アルフェッカの車輪の音。飛び降りた誰かが、私に駆け寄ってくる――私を後ろから支えてくれたのは、キョウカだった。

「エリーティアさんっ……こんなに傷ついて……本当に、無茶するんだから……っ!」

「……ごめんなさい。皆……逃げて……あの、魔物が……」

私の意識は途切れる。包み込まれるようなキョウカの温かさ――そして、離れているのに私を癒してくれる、アリヒトの回復の力。

もう祈ることしかできない。皆が無事でいてくれること、この砦の外に逃げてくれることを。

◆◇◆

エリーティアが『炎天の紅楼』に行ってしまうかもしれないとは分かっていた。

クーゼルカさんとホスロウさんを通じて、一時的にでも5つ星の迷宮に入る許可を得ることができた――称号を持っている探索者は、資格を持たない迷宮に入ることを特例で許可されることがある。エリーティアが単身で迷宮に入ったことこそが、その特例の範囲に入っている条件だった。

二階層に入り、エリーティアの現在地をアデリーヌさんの『使い魔の矢』で偵察してもらい、アルフェッカの力を借りて急行した――砦の閉ざされていた門は『支援攻撃1』で固定ダメージを入れて壊したが、中に入るには『煉獄の障壁』を破らなければならなかった。

『マスター、銀の車輪は炎などで阻むことはできぬ。突き破ってみせよう』

アルフェッカの技能の一つである『銀の軌跡』には、地形効果による障害を突破する力がある――そして炎を抜けた先で、俺たちは一人で『猿侯』たちの前に立つエリーティアを見つけた。

砦の中に突入できたのは、アルフェッカに搭乗した五十嵐さん、テレジア、セラフィナさん、俺の四人――脱出するときも『銀の軌跡』で障壁を破らなくてはならない。

だがそれは、敵の追撃を振り切った先の話だ。五十嵐さんがエリーティアをアルフェッカに乗せる前に、猿の面をつけた探索者――『猿侯の眷属』に狙われてしまう。

「――はぁぁぁぁっ!!」

「アリアドネ、支援を頼む!」

『――秘神の名において、大盾の守護者に加護を与える』

◆現在の状況◆

・『アリヒト』が『支援防御1』を発動

・『セラフィナ』が『オーラシールド』を発動

・『猿侯の眷属・格闘家』が『震空波』を発動 →『セラフィナ』に命中 防御半減

・『猿侯の眷属・踊り子』が『ダンスシックル』を発動 →『ガードアーム』が防御 ノーダメージ

「くっ……!」

「セラフィナさんっ……!」

「――アトベ殿っ、援護をお願いします……っ、はぁぁぁぁっ!」

「私も援護くらいならっ……やぁぁぁっ!」

◆現在の状況◆

・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『フォースシュート・スタン』

・『セラフィナ』が『シールドスラム』を発動 →『猿侯の眷属・格闘家』に命中 スタン

・『キョウカ』が『サンダーボルト』を発動 →『猿侯の眷属・踊り子』に命中 感電無効 スタン

セラフィナさんが盾で『格闘家』を押し飛ばす――五十嵐さんはエリーティアを抱きかかえながら、片手だけで雷撃の技能を使い、『踊り子』を牽制した。

しかしもう一人――『地形士』が何かの技能を使おうとしている。それが俺たちに不利に働くと直感が訴える。

「――させるかっ!」

◆現在の状況◆

・『猿侯の眷属・地形士』が『砂礫地帯』の発動準備

・『アリヒト』が『フォースシュート・フリーズ』を発動 →『猿侯の眷属・地形士』

に命中 凍結 行動をキャンセル

技能の名前だけ見れば、地面の状態を変えるようなもの――俺が言うのも何だが、これはもはや魔法に近い。『地形士』の髪色は、やはり迷宮国の民らしい色をしている。

「もう少し……っ、後部くんっ!」

俺はアルフェッカから飛び降り、五十嵐さんが担いできたエリーティアを担いで乗り込ませる――テレジアは体勢を立て直した『格闘家』の攻撃を回避し、注意を引きつけている。しかしレベルの差なのか、回避はできても押されてしまっている。

「テレジア、戻れっ! ここは帰還の巻物が使えない、門から出るしかない!」

「っ……!」

「――後部くん、『魔猿』の攻撃が来る……っ、駄目、『サンダーボルト』が届かない!」

牽制ができない距離で『獄卒の魔猿』が、『猿侯』が背負っていた巨大な金棒のうち一本を与えられ――それを投擲しようと振りかぶる。

「――ガァァァッ!!」

『――マスター、あの魔物が狙っているのは……っ』

アルフェッカ――『銀の車輪』が破壊されれば、俺たちは脱出することができなくなる。

それを知っていて、『魔猿』はアルフェッカを狙ってきた。あの巨大な武器を防ぐには、方法は一つしかない。

「――はぁぁぁぁぁっ!」

「セラフィナさん、『支援します』っ! アリアドネ、頼む!」

『星機神の装甲よ、すべてに抗う盾となれ……!』

◆現在の状況◆

・『セラフィナ』が『防御態勢』を発動

・『セラフィナ』が『オーラシールド』を発動

・『セラフィナ』が『ディフェンスフォース』を発動

・『アリヒト』が『支援防御2』を発動 →支援内容:『オーラシールド』『ディフェンスフォース』

・『アリアドネ』が『ガードヴァリアント』を発動 →対象:『セラフィナ』

・『★獄卒の魔猿』が『攻城投擲』を発動 →『セラフィナ』に命中 ノーダメージ 物理攻撃反射

・『★獄卒の魔猿』に反射攻撃が命中

「ゲギャッ……!!」

セラフィナさんの大盾よりも巨大な質量が、激しい音を立てて衝突する――俺の『支援防御2』で作り出した防壁が破られても、セラフィナさんの盾は見事に『魔猿』の金棒を弾き返した。

しかし、それは目くらましに過ぎなかった。

初めから『猿侯』は、自らが投げる武器を確実に当てるために『魔猿』を囮として使っていたのだ。

「――グォォォォォッ!」

◆現在の状況◆

・『☆赫灼たる猿侯』が『暗器投擲』を発動 →『アルフェッカ』に命中 拘束 技能封印

『猿侯』の投げた鉄球には、鎖が繋げられていた――アルフェッカの車体に絡みつき、彼女は身動きを取ることができなくなる。

『これが狙いか……狡猾な……っ』

「アルフェッカ、今鎖を解いてやる……っ!」

「こんな大きな鎖、どうすれば……っ、駄目……引きずられる……!」

『猿侯』の膂力は、エリーティアと五十嵐さんが乗り込んでいるアルフェッカの車体を片腕で動かしてしまう。アルフェッカは全力で後方に進もうと車輪を回転させるが、『猿侯』は足を地面に沈み込ませながらも、鎖を確実に手繰り寄せていく。

『……マスター……今、我は実体化を解くことができぬ』

「アルフェッカ……諦めるな! 必ず助けてやる!」

『猿侯』の圧倒的な力を前にして、具現化したアルフェッカが恐れを口にする。

『――一撃でいい。我が秘神よ、その腕を以て、星機剣を振るいたまえ』

ムラクモの声が聞こえる。俺は操られるように、『彼女』を引き抜く――刀身が脈動するように、光を放っている。

『――契約者の危機的状況を確認。星機剣使用承認。デバイス起動まで残り十秒。切断対象:ヘルテクト鋼』

「残り十秒……っ、五十嵐さん、一緒に『猿侯』に仕掛けてください!」

「っ……ええ……やぁぁぁぁっ!」

一度でいい、スタンさせることさえできれば――十秒には届かなくても、少しでも時間を稼ぐことはできる。

◆現在の状況◆

・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『フォースシュート・スタン』

・『☆赫灼たる猿侯』が『デモンズハンド』を発動

・『キョウカ』が『サンダーボルト』を発動 →『☆赫灼たる猿侯』が防御 スタンに抵抗

・『アリヒト』が『フォースシュート・スタン』を発動 →『☆赫灼たる猿侯』が防御 スタンに抵抗

(弾き飛ばした……魔力で覆った手で……!)

「――グギャギャギャギャッ!」

『猿侯』が嘲笑する――何をしても無駄だというように。

この魔物は、探索者をあざ笑っている。苦しめて、弄んで楽しんでいる。

エリーティアは『猿侯』に出会ってしまったからこそ、心に傷を負うことになった。他にも多くの被害者がいる――絶対に負けることはできないのに。

『魔王』と呼ばれた魔物に、俺たちの攻撃は届かない。

「後部くん……っ」

「――まだだ。まだ終わってない……!」

俺は魔法銃を構える――いつだってそうだった。

そこに『彼女』がいると信じる。俺たちはいつもそうやってきた――だから。

「テレジア、『支援する』っ……!」

◆現在の状況◆

・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『フリーズバレット』

・『テレジア』が『アサルトヒット』を発動 →『☆赫灼たる猿侯』に対して攻撃力2倍

・『テレジア』が『蝶の舞い』を発動 攻撃回数増加

・『テレジア』が『☆赫灼たる猿侯』に攻撃 4回命中 クリティカル

・『フリーズバレット』が4回発生 弱点攻撃 凍結が二段階進行

この乱戦の間に、テレジアは気配を消して『猿侯』の裏に回っていた。

――青い蝶が、飛び立つ。テレジアが『猿侯』の死角から放った斬撃は、厚い毛皮を破り、血しぶきを上げる。

「グォッ……ォォ……!!」

『猿侯』が苦鳴の咆哮を上げる。完全な不意打ち――レベル差があっても、攻撃は通じる。まして、弱点の属性を突くことができれば。

「――ガァァッ……アァァ……!」

『猿侯』が打撃を受けることがよほど稀なのか、『魔猿』と『眷属』たちが動けずにいる――そんな彼らに向けて『猿侯』は腕を振り払い、攻撃命令を下す。

「いや……もう遅い。時間だ」

『――契約者よ、協力に感謝する。星機剣発動開始――アームデバイスリミッター解除』

◆現在の状況◆

・『アリアドネ』が『ガードアーム』を召喚

・『アリアドネ』が『ムラクモ』を使用して技能発動 『天地刃・斬鉄』

今までは俺たちを守るために現れていた機神の腕――それが、俺の手を離れたムラクモを握ろうとした瞬間。

ムラクモが、巨大な機械の腕に見合う大きさに変化する。そして具現化したムラクモと全く同じ剣捌きで――振りかぶり、『天地刃』を繰り出した。

◆現在の状況◆

・『天地刃・斬鉄』が『煉獄の鎖』に命中 →『煉獄の鎖』を破壊 『アルフェッカ』の拘束が解除

「鎖が切れた……っ、アリアドネさん、凄い……!」

「秘神の腕で振るうと、あのようなことになるとは……っ、テレジア殿、こちらへ! 脱出しますっ!」

「……っ!」

テレジアが『アクセルダッシュ』を使って駆けてくる。俺は彼女を引き上げるために手を伸ばす――しかし。

「――ガァァァァァッ!!」

『猿侯』の、地の底から響くような声。『猿侯』が繰り出した腕の先に、紋様が浮き上がり――それは、瞬く間にテレジアの首元に後ろから喰らいついた。

「――テレジアッ!」

◆現在の状況◆

・『☆赫灼たる猿侯』が『呪詛侵蝕』を発動 →『テレジア』に命中

・『☆赫灼たる猿侯』が『隷属印』の上書きを開始

「っ……!」

引き上げたテレジアは、苦悶を声に出す。

『猿侯』がテレジアに対して何かをした。俺は走り始めたアルフェッカの上で、テレジアの首にかかる髪を除け――そこにあるものを確かめる。

(これが『隷属印』……『猿侯』は、これに干渉した。奴は『隷属印』を操ることができる……これで、探索者を従わせているんだ……!)

テレジアの首の後ろには、大きな痣のようなものが浮かび上がっていた。

このまま『隷属印』の上書きが終わってしまえば、テレジアもまた『猿侯』に従属させられることになる。

『マスター……』

アルフェッカが脱出を躊躇うように訴えかけてくる。このまま逃げれば、テレジアは――だが、今は退かなければならない。

「――全速で離脱してくれ、アルフェッカ」

『……了解した』

◆現在の状況◆

・『アルフェッカ』が『バニシングバースト』を発動 →速度上昇 限界突破 『残影』を付加

・『アルフェッカ』が『銀の軌跡』を発動 →『煉獄の障壁』を通過

燃え盛る炎を突き破り、俺たちは砦の外に出る。

◆現在の状況◆

・『ルウリィ』が『ヒールウィンド』を発動 →対象:『☆赫灼たる猿侯』

・『ルウリィ』が『ピュリフィケーション』を発動 →対象:『☆赫灼たる猿侯』

ライセンスの範囲から外れる寸前で、俺はその名前を見た。エリーティアの親友、ルウリィ――彼女が『猿侯』を治癒している。

「アリヒト……ごめんなさい……私、皆と一緒にって言ったのに……」

エリーティアが五十嵐さんの腕の中で意識を取り戻す。彼女の瞳から涙が溢れ、とめどなく頬を伝っていく。

「何も自分を責めることはない。俺も分かっていたんだ……エリーティアはすぐにでも迷宮に入ろうとするだろう。だが、それで分かったこともある」

ルウリィは生きていた――たとえ『猿侯』に従属させられていても。

「俺は必ず戻ってくる……『猿侯』には大きな貸しができた。それは返してもらわなきゃならない」

「…………」

テレジアの隷属印が完全に書き換えられてしまう前に。俺たちは必ず『猿侯』を倒す。

『猿侯』との初めての戦いは、苦い結果に終わることになった――だが。

怒りだけではなく、静かな決意がある。俺たちの手で、『猿侯』が始めた悲劇の幕を引かなくてはならない。

いつしか強く握りしめた俺の手に、テレジアが手を重ねてくれる。

彼女が受けた『呪詛』は、必ず解く。

滞在できる期間は七日。その限られた時間で、俺たちは全てを取り戻す。

燃えさかる炎で飾られた砦を離れながら、俺は再びここに戻ってくる時のことを思っていた。