軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

58話 杖の香り

新一年生の杖がそろそろ出来上がってくる頃になると、話題はそれ一色になる。

レナリアもやっとできあがってきた魔法杖を手にして、嬉しさを抑えきれなかった。

魔法学園では一年生から三年生の間、言語学・数学・歴史などの基礎的な学問を、特別クラス・Aクラス・Bクラスの三つのクラスに分かれて学ぶ。

レナリアが在籍する特別クラスは、高位貴族だけのクラスだ。

魔法を学ぶ場合は、それぞれの属性のクラスに分かれて学ぶ。レナリアと同じ風魔法クラスの生徒は、この特別クラスには他にいない。

次の授業は魔法なので教室を移動しようとしたレナリアは、最近話をするようになった同じ特別クラスのアジュール・ライトニアに話しかけられた。

「レナリアさんの杖は何で作ったの?」

「桃の木よ」

「まあ、セシル様と一緒なのね」

王族が桃の木で作った杖を好むというのは、割と知られている。だからアジュールも、レナリアは王族の血を引くから桃の木を選んだのだろうと思った。

実際は、おいしい匂いがいいと言ったチャムの好みなのだが。

「ええ。アジュールさんは?」

「私はカエデよ。木目が綺麗なの」

アジュールはそう言って、緻密で複雑な木目の杖を大事そうに見せる。

カエデで作った魔法杖は、丁寧に扱えば持ち主の魔力によく馴染み、魔法の操作が上手になるので、持ち主に誠実な杖だと言われる。

魔法を習いたての生徒でも扱いやすいので、新入生には人気の木だ。

「本当に素敵ね」

だが同じカエデの木を使っても、その木目にはそれぞれ違いがある。

アジュールの持つカエデの杖は、本人と同じく繊細で優しい印象の杖だった。

「あら? レナリアさんの杖はほんのり甘い香りがするのね」

「そうなの」

本来、桃の木に香りはない。

だがレナリアの杖は、芯にイビルトレントの枝を入れているからか、なぜか桃の香りがする。チャムは大喜びだが、レナリアとしては他の杖と違うことがバレそうで、ヒヤヒヤしている。

「いいわね。私も次に作る時は桃の木にしてみようかしら。どのあたりに木があるの?」

「ええと、私も花の香りに誘われて探しに行ったからよく分からないのよ」

桃の木のある場所は結界の外なので、うかつなことを言って探しに行ったりしたら大変だ。

さすがにトレントの群れが襲ってくることはないだろうが、ファイアーウルフのような動物型の魔物が襲ってくる可能性はある。

「残念だわ。来年は探してみようかしら」

「そうね」

確か、二年生でも結界の外に出るのは禁止されていたような気がする。

何とも答えようがなくて、レナリアはあやふやな返事しかできなかった。

「ああ、でもこのカエデの木の杖も気にいっているのよね。やっぱりこの杖のままでいいかも……」

香りがするのは羨ましいが、それでも手にしっくりと馴染む自分の杖も大事だ。アジュールは来年のことだというのに、真剣に悩んでいた。

「このカエデの杖から自分の好きな香りがすればいいのに」

それを聞いたレナリアは前世で作ったことのある香り玉を思い出す。

聖女仲間の間で流行っていたのだが、香りの強い花を摘んで煮詰めた中に木片を一晩漬けておき、その木片を布の切れ端で作った玉飾りの中に入れておくと、よい香りが長続きする。

清貧の中で暮らす聖女たちにとって、香り玉は心を慰める贅沢品であった。

今なら魔石に魔法陣を刻めば、香りが長続きするようにできるんじゃないのかとレナリアは考えた。

魔法杖には魔法を増幅する魔法陣を刻んだ魔石をつけることができる。

アジュールの杖には、彼女の髪の色とお揃いの緑の魔石がついていた。

レナリアの杖にもタンザナイトの色に似た魔石がついているが、そこについているのは増幅の魔法陣に見せかけた減衰の魔法陣だ。

たまたまレナリアの父のクリスフォードの同級生が魔法陣の第一人者であったため、魔石の表面に刻む微増幅の魔法陣と、杖に接合していて見えない部分に刻む減衰の魔法陣を開発してもらった。

理論上はこの二つの魔法陣が一つの魔石に混在するのは可能だが、実際に魔法陣を刻むとなると、魔法陣が反発して魔石が割れてしまう。

だがフィルの力を借りるレナリアには可能だ。

授業でお湯の出る魔石を作った時と同じように、二つの魔法陣を刻むことに成功したのである。

それと同じように、増幅の魔法陣と香りが持続する魔法陣を組み合わせられないだろうか。

杖は木でできている。

だから杖本体に香りをつければ、もしかしたら……。

「セシル様と同じ杖が欲しくて、あの方の後でもつけたのでしょう? それで迷って結界の外へ出たあげくにみんなに迷惑をかけるなんて……。信じられないわ」

そう考えこんでいたレナリアの後ろから、トゲのある言葉がかかる。

振り返ると、燃えるような赤い髪をしたマグダレーナ・オルティスが、レナリアを憎々しげに睨んでいた。