作品タイトル不明
31 合間に語る
「端的に言うと、姉さんが『行き遅れ』だなんてうわさを流していたのはマクラレンだったんだよ」
「マクラレン侯爵が?」
「うん、噂の元を辿ったらマクラレンと、マクラレン夫人に行きついた」
想像もしていなかった言葉に、テオドールは困惑の声をあげた。
フィオナを揶揄する「行き遅れ」という言葉に違和感を覚えたらしいアルテリアが調べたようだった。テオドールも家の方で調べさせてはいたが、社交界に精通しているアルテリアの方がこれについては情報を得るのが早かった。
「夫人も?」
「うん、夫人には愛人がいるって話だっただろう? それを黙認してもらうかわりにマクラレンにその噂を流すよう指示を受けていたらしいよ」
「何故そんなことを」
「……まあ普通に考えて、姉さんの『市場価値』を下げるためだろうね」
「っ、そんなことのために!」
「あいつにとっては『そんなこと』じゃなかったんだろ」
声を荒げるテオドールとは対照的に、アルテリアは冷静だった。
噂に違和感を感じたときから、この噂によって利益を得るのは誰かと考えた時に、行き当たる相手は一人しかいなかった。いまもフィオナに執着をしている、マクラレン侯爵こそが、その噂を流した張本人に違いないと、あたりを付けていたのだ。
「実際にマクラレン夫人から話を聞いたって人が結構居てね、彼女社交界では割と顔が利くから」
「……、だとしても、それを嬉々として喧伝する奴らもどうかと思うが」
「悲しいかな、社交界って言うのはそういうものなんだよ」
テオドールは普段、夜会やお茶会に参加しない。故に社交は得意ではないから、そんな貴族たちの暇つぶしを理解できないだろう。アルテリアも別に噂話が好きというわけではないけれど、話を合わせるにはその話題に乗るのが一番早かった。
「さすがにみんな、僕の前でわざわざ言及はしなかったけどね」
それでも、フィオナに「行き遅れ」というレッテルは貼られ続けた。フィオナが社交に参加しないというのもまた、噂に拍車をかけた。
「ま、でもそれも終わりかあ」
言いながら、アルテリアはテオドールを見た。アルテリアの言わんとしてることが分かったのか、照れたように視線を彷徨わす姿に、また笑う。
フィオナとテオドールの件は、アルテリアにとっては喜ばしいことだった。大切な姉と、親友が結ばれたのだから。
「さて、そろそろ時間かな」
「時間?」
時計を見るアルテリアに、首を傾げると、コンコンとドアがノックされた。アルテリアが「どうぞ」と言えば、ドアを開けてフィオナが入ってくる。身だしなみを整えたのか、ドレスは着替えられていた。
「テオドール様、よろしければ我が家で昼食を食べていかれませんか? 多分、何も食べてらっしゃらないですよね?」
「ああ、ありがとう」
「はー、お腹減った。先に食堂に行ってるよ」
立ち上がったアルテリアが、すっとドアから外に出ていった。流れるように二人きりになったフィオナとテオドールが、視線をかわす。先ほどの、フィオナの寝室でのことが思い出されて、お互い中々視線を合わせることが出来ない。
「え、ええと、行きましょうか」
「……フィオナ嬢」
「はいっ」
ドアの方に向かおうとしたところで声を掛けられて、フィオナがびく、と肩を跳ねさせる。テオドールの方を恐る恐る振り返ると、ふ、と優しく微笑まれる。その表情の甘さに、フィオナはぐ、と言葉に詰まってしまう。
「そんなに緊張しないでほしい」
「……はい、すみません」
わずかに上気した頬と微笑む姿に、今度はテオドールが言葉に詰まる番だった。テオドールとしては、あまりフィオナに可愛らしい態度を取られてしまうと、思わず触れたくなるのを抑えられなくなりそうで怖かった。
自分を信じてくれていることはわかるけれど、全幅の信頼を寄せられると、それはそれで辛いものがあった。
「その、……あまりそういう顔をしないでくれ、……理性に自信がなくなる」
「そ、そういう顔と、言われましても」
フィオナがわざとそんな可愛らしい顔をしているとはテオドールも思っていない。そのままで可愛らしいのだ。そこまで考えて、己の重症ぶりに自嘲する。何を置いても、惚れた方が負けなのである。
「今はまだ、何もしない」
「っ……!」
フィオナに一歩近づいて、テオドールがそう、耳元で囁いた。突然のことに、フィオナは肩を跳ねさせて、いよいよその顔を真っ赤にしてしまった。
このまま食堂に行けば、当然揶揄われてしまうだろう。それに、またアルテリアに牽制されてしまうかもしれない。フィオナが落ち着くまで待とうと、テオドールはその手を取った。
「フィオナ嬢、これからたくさん話をしよう」
「お話、ですか」
「ああ、貴女のことをもっと知りたい。そして、俺のことも知ってほしい」
「……そうですね」
それからしばらく、二人はその場で話し込んだ。
ぽつりぽつりと、お互いのことを伝えあう時間が、穏やかに流れていくのが幸せに感じられた。
話の途切れない二人の間に、しびれを切らした空腹のアルテリアが駆け込んでくるのは、もう少し後の話。