軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(3)

「バナージ様」

フィーヌは声を上げる。

「これ以上騒ぎが大きくなってご迷惑をおかけすることは本意ではございません。退室させていただいても?」

バナージはふんっと鼻から息を吐く。

「弁解の余地がなくなり、いたたまれなくなって逃げるのか?」

「……お言葉ですが、わたくしは何もふしだらなことはしておりません。ふしだらと言うなら、バナージ様とレイナのほうがよっぽどふしだらな関係ではございませんか」

はっきりと言い放ったフィーヌの言葉に、バナージの顔が赤く染まる。

「なんだと! このっ」

殴られる。そう思った瞬間、バナージの腕をホークが掴んだ。

「女性に手を上げようとするとは、紳士の風上にも置けないな」

「なっ! 離せ!」

バナージは驚いたように目を見開き、ホークの手を振り払う。

「フィーヌを庇おうとすること自体が、ロサイダー卿とフィーヌがただならぬ関係であることの証拠のようなものだ」

「なるほど。貴公の考えはよくわかった。話が通じないようだから、俺も失礼するとしよう。ひとつ不思議なのは、お前たちからは部屋を開ける前から我々への悪意が感じ取れたことだな」

バナージはぐっと言葉に詰まったが、すぐにふんと鼻で笑う。

「例の神恵で見えたとでもいうのか? なんとでも言える、お気楽でご都合主義な神恵で羨ましい限りだ」

(ロサイダー卿の神恵ってなんなのかしら?)

フィーヌは不思議に思う。

一方のホークはぎろりとバナージを睨み付け、部屋の出口に向かって彼らの横を通り過ぎた。

「やだ、怖ーい」

「大丈夫だ。俺がいる」

レイナがわざとらしく怯えた態度でバナージの腕に掴まった。

「ロサイダー卿。融資の件は白紙だ。本当に残念だよ」

「元より期待していない」

にやにやするバナージに対してホークは吐き捨てるように言うと、部屋を出て行った。

(融資? もしかして──)

フィーヌはハッとする。

軍の維持には多額の資金が必要になる。

特に、つい最近まで隣国からの侵略や魔物の対応に当たっていたロサイダー領では支出が膨らんでいるはず。領地に目ぼしい産業もないロサイダー辺境伯家の財政が厳しい状態であることは、想像に難くない。

(もしかしてバナージ様は、軍事費を融資するって言ってロサイダー卿を呼び出したの? 最低ね)

国を守るために命を張って戦っている彼らに対して、なんたる仕打ちなのかと怒りが込み上げる。

「さてと」

バナージはにやにやしながらフィーヌのほうを向く。

「フィーヌ・ショット! お前との婚約は破棄する」

バナージがバンと片手を前に出し、フィーヌに宣言する。

「……承知いたしました」

フィーヌは俯くとすうっと息を吸い、深呼吸して部屋を出て行った。そうしないと、この愚かな男に対して怒りが爆発してしまいそうだからだ。

俯き加減に部屋を出るフィーヌの態度は、傍から見るとショックを受けているように見えただろう。

(やっと婚約破棄できたわ。本当に清々した)

部屋を出てひとりになったフィーヌは、真っ直ぐに前を見て歩き始めた。

喜びから、自然と口角が上がる。

「ふふっ、ふふふっ」

ショックを受けているように見せたのは、目の前で大喜びすると何か企んでいると思われて婚約破棄をしてもらえなくなることを恐れたからだ。

(ああ。わたくし、遂にあの人とおさらばできるのね)

まんまと騙されてくれて、喜びを抑えられない。

「さようなら、おバカさん達」

あの愚かで間抜けな婚約者から解放されたことが、嬉しくてたまらなかった。

◇ ◇ ◇

ダイナー公爵家を出たホークは周囲を見回した。生憎、ロサイダー辺境伯家の馬車は見える範囲になかった。

胸元から出した呼笛を鳴らすと、ほどなくして四頭立ての馬車が近づいてくる。

「早かったですね、閣下。会議の話はまとまりましたか?」

気安い様子で話しかけてきたのは、ホークの右腕的存在であるカール・ウインザーだ。

赤茶色の髪に浅黒い肌をした快活な男で、平民ではあるものの人格的にも能力的にもホークは彼を高く評価している。

「人生で最も不愉快な会合だった。融資の話はなくなった」

ホークはぶっきらぼうに吐き捨てると、馬車に乗り込む。一方のカールは「ええっ!」と声を漏らした。

「いい話だと思ったのに」

「金はなんとでもなる。ロサイダー辺境伯家が困窮して万が一にも隣国に領地を取られたりすれば、一番困るのは国だ。国王陛下がそんな状態にするわけがないだろう」

「それはそうなのですが、現金がもらえればいろいろ武器を買い足せるので助かるのはたしかです」

カールは不満げに顔を顰める。

ロサイダー辺境伯家の近年の軍事支出規模をよく理解しているだけに、この融資への期待も大きかったのだろう。

だが、突然降ってわいたこの融資の話が自分を王都に呼び出す口実であることを、ホークは最初から察していた。

ホークがバナージと一緒に過ごした王立学院時代、彼は自分より身分が低い貴族令息を権力で従える典型的な親の七光りタイプの学生だった。やせ細った子供が物乞いしていても硬貨一枚恵まない男が、何のメリットもない巨額の融資などするはずがない。