軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(4)

フィーヌは声がしたほうに目を凝らす。

「訓練場で戦士たちが訓練しているのでしょう」

「そのようね」

「奥様、その……少しだけ見に行ってみませんか?」

「もちろんよ。彼がいるといいわね」

フィーヌはフフッと笑う。すると、アンナはほんのりと頬を赤らめた。

アンナが密かに想いを寄せる幼馴染の青年がここロサイダー領の戦士だと知ったのは、つい先日のことだ。たまたま訓練しているところに遭遇して、アンナの態度で気づいた。

アンナは片思いだと言っていたが、フィーヌが見る限りあながち一方通行の恋ではないように見えた。

フィーヌはアンナと一緒に訓練場の入り口から中を覗く。

円形の施設は周囲が試合などをする際の観客席になっており、中央が訓練するための広場だ。広場では数十人の戦士が剣の訓練をしているのが見えた。

「あっ」

広場を見つめるアンナが声を漏らす。

フィーヌが横顔を窺うと、彼女は広場の一点をじっと見つめていた。きっと、意中の彼を見つけたのだろう。

(ふふっ。可愛い。もう少しだけここで時間を潰そうかしら)

思わず笑みが零れる。

フィーヌの最近の関心事のひとつは、この恋がいつ成就するかを見守ることだ。

飽きることなく訓練を見守るアンナに付き合ってフィーヌも訓練の様子を眺めた。

剣がぶつかり合うたびに金属の音が辺りに響く。

(さすがに実戦を重ねてきた戦士だけあるわね。もしかしたら、王都の騎士よりも強いかも)

王都騎士団はヴィットーレの国中から優秀な剣の使い手が集まっている。その王都騎士団と互角かそれ以上となると、ロサイダー領の戦士がいかに精鋭揃いであるかがうかがい知れた。

時間にして十分ほど経っただろうか。

訓練を眺めるフィーヌ達の後ろから、ガリッと地面の石を踏む音が聞こえた。

「何か面白いものでもあるのか?」

不意に聞こえた低い声にハッとして、フィーヌは振り返る。

「閣下!」

フィーヌは突然現れたホークに驚いた。慌てて頭を下げ、挨拶をする。

「執務の気分転換に散歩に来ました。閣下は訓練の様子を視察に?」

「いや、きみを探しに来た」

「わたくしを? ……もしかして、花を植えたのがお気に召しませんでしたか?」

ホークが執務を抜けてフィーヌをわざわざ探しに来るなど、今まで一度もなかった。それなりの理由があるはずだが思い当たらないので、考えられるとすればそれくらいだ。

「花?」

ホークは首を傾げる。

「屋敷の敷地内のそこかしこに花の苗を植えたのが気に入らないのではないのですか?」

「花の苗……」

ホークは周囲を見回し、たまたま近くに植えられていた苗を見る。

「そうか。これはきみが植えたのか」

まるで、今初めて花が咲いていることに気付いたかのような様子だ。

(違うの?)

フィーヌは困惑した。

花の苗を植えたのが気に入らないのでなければ、なぜ自分に会いに来たのか、ますます理由がわからない。

「俺はきみにロサイダー辺境伯夫人にふさわしい待遇を用意すると言った。それは、この屋敷を執り仕切る権限も含まれる。花は好きにすればいい」

「……ありがとうございます。ちなみにその〝屋敷を執り仕切る権限〟には、人事権も含まれますか?」

「もちろん。誰か気に入らない者でもいたのか?」

「いいえ」

フィーヌは首を横に振る。

(この人、厨房に愛人がいるのに、わたくしに人事権を渡していいのかしら?)

他人事ながらに、心配になる。一体フィーヌがシェリーを解雇したらどうするつもりなのかと思ったが、フィーヌには関係のないことだと思い直す。

どうせ二年で離縁するのだ。

「ところで、お話というのは?」

「ここではなんだから、屋敷に戻らないか?」

「かしこまりました」

フィーヌは頷くと、アンナのほうを振り返る。

「アンナ。わたくしは閣下と先に屋敷に戻っているから、ゆっくりしてきて」

「え? わたくしも一緒に戻ります」

「いいのよ。閣下がいるから迷子になる心配もないし」

ぱちんとウインクすると、アンナは頬を少し赤らめて「ありがとうございます」とお辞儀した。本当はもっと彼の姿を見ていたかったのだろう。

「さあ、戻りましょう」

「そうだな」

ホークが片腕を差し出したので、フィーヌはありがたくエスコートをお願いすることにした。

「さっきの侍女、ずいぶんと熱心に訓練の様子を見入っていたが女戦士にでもなりたいのか?」

「まさか。女性が男性を見つめていたら、理由はふたつしかありません。好意か警戒です」

「なるほど。よく覚えておこう」

ホークは興味深げに相槌を打つ。

「言われてみれば、結婚した最初の日、きみは俺から一切目を逸らさず見つめてきたな?」

「そうでしょうか? 覚えておりません」

「あんなに真っ直ぐ見つめてきたくせに、つれないな。ふたりの初めての夜だったのに」

「からかっているのですか?」

じとっと睨み付けると、ホークはくくっと肩を揺らして笑う。

(ホーク様って、いまいち掴み切れないわ)

一緒に暮らし始めて早ひと月半。

ホークは『辺境伯夫人にふさわしい待遇を用意する』と宣言した通り、決してフィーヌを蔑ろにしたりはしない。

食事も一日一回は一緒に摂るように時間を調整してくれているし、夜もフィーヌの元を訪ねてくる。

子供を作らないのだから寝室に来る必要はないと再三にわたって訴えたが、聞く耳なしだ。